完結『まず、キスから始めよう~キスを待つ頬骨② オトナの恋愛小説です

水ぎわ

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第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編

第37話「ちゃんとした子には、ちゃんとした男」

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(UnsplashのFrank Floresが撮影)


 コルヌイエホテルのスタッフ用喫煙スペースで煙草をくわえていた清春は、あきれたように隣にいる異母妹の真乃見た。
 時間は、深夜23時半。清春はバーの仕事が終わったところで、真乃は深夜勤務の休憩中だ。

「おれと佐江ちゃんが何だって? おまえの話は相変わらず、前後がつながらないな」
「どういう意味よ」
「最初は、洋輔について話していた。そこから佐江ちゃんの話になって、最後におれ。それで結局、何が言いたいんだ?」
「つまり、キヨちゃんと深沢さんは同じくらいクズな男で、佐江はそんなクズ兄貴に興味があるってこと」
「……あのな」

 清春はきれいに櫛目《くしめ》の通った髪に指を突っ込み、前髪をくしゃくしゃにしながらつぶやいた。

「起承転結とか、三段論法っていうの、知っているか、真乃?」
「ああ、あれでしょう、落語のやつ」
「違う。じゃあ、”ほう・れん・そう”は?」
「野菜」
「ちがう! ”報告・連絡・相談”だ! ビジネスの基本だろう。
他人に自分の言いたいことを、分かりやすく正確に伝えるためのテクニックだよ。おまえ、社内での報告でもこんなふうにめちゃくちゃな順番で話しているんじゃないだろうな」

 真乃はピンク色に塗った唇とつんと尖らせた。

「仕事はちゃんとやっているもん。このあいだだって、ゲストから直接お褒めコメントをもらったもん」
「そうなんだよなあ」

 清春はさらに髪の毛をガシガシとかきむしった。

「こんな奴なのに、ゲストからの受けはいいんだよな。おかしいよ」
「おかしくないです。接客の基本は分かっているもの。ホテルマンとしての基礎の基礎は、キヨちゃんから叩き込まれたわよ?」
「はあ、あんな即席の付け焼刃が役に立つとはな。自信をなくすよ、おれは」

 清春は妹の隣でマルボロをふかしながらつぶやいた。
 真乃は薄く笑って灰皿で煙草をつぶし、立ち上がった。そんな妹の姿を、煙草をくわえたまま清春が眺める。

「行くのか?」
「うん。今日は泊りだし」
「夜勤の回数はどうだ? 白石さんの下にいるなら、シフトの配慮をしてもらえると思うが」
「配慮してもらっているわ。月に三回の夜勤なら、がんばっているほうよね?」
「無理するなよ、ホテルマンは体力勝負だからな」

 清春は立ち上がり、妹の頭にぽん、と手を乗せた。
 百八十五センチある清春から見れば、百五十センチそこそこの真乃は、小さくて守らねばならない存在に見えるだろう。
 清春は真乃を相手にしてどれほど憎まれ口をたたいても、最後は妹のために動いてくれる。それが分かっているから、真乃も最後のところでは清春の言うことを聞く。

 たとえ真乃が十二歳の時から突然始まった兄妹関係であっても、清春と真乃はおたがいに良好な距離と愛情を維持し続けていた。
 兄妹ってどこもこんなふうなのかな、と真乃は思う。ちらりと異母兄の端正な顔を見上げた。
 清春が、いぶかしげな顔をする。

「なんだ?」
「ううん。キヨちゃん、今日はもうこれで上がりよね、帰るの?」

 清春は端正な顔つきをニヤリとさせた。

「ああ、帰るよ」

 嘘だな、と真乃は思う。どうせ女のところにでも行くのだろう。
 二十五歳になった清春は、学生時代以上に女をとっかえひっかえしている。どの女も三ヶ月以上、もったためしがない。相変わらず女が列を作って並んでいるのに。

「なんで、こんなロクデナシ男がいいのかしら」

 妹のつぶやきを聞いて、清春は形のいい肩をすくめた。

「おれが知るか。しかしまあ、みんなそれで満足しているみたいだぜ」
「キヨちゃんって女に関しちゃクズよね。ああ、佐江がキヨちゃんなんかと付き合っていないでほんとによかった」
「何だよ。「さっきはおまえ、佐江ちゃんがおれに興味があるって言わなかったか」
「バッカみたい。そんなわけないじゃん」

 真乃が言い返すと、清春も笑って言った。

「当たり前だ。ああいう、ちゃんとした子は、ちゃんとした男と付き合うもんだ」
「キヨちゃんは自分がろくでなしって分かっているだけ、ましよね」
「おまえも男には気を付けろよ。社内恋愛だけはやめておけ。オーナーの娘という立場上、面倒なことになる」
「分かっているわよ。社内なんて手近なところで男を探す気はないもん」
「そうしてくれ。相手のことを考えると気の毒で仕方がない。ほら、もう戻れよ。夜だからって気を抜くなよ」
「はい」

 と、ここだけは素直に返事をして真乃は喫煙スペースを出ていく。最後に喫煙所にひとりのこった異母兄が、ぼそっといった一言が真乃に聞こえてきた。

「ちゃんとした子には、ちゃんとした男、だろ……おれじゃない、断じて」

 その声に、くやしさと苦々しさを聞き取ったのは、真乃の気のせいだったろうか?
 そして端正な異母兄の中にひぞむ激情を、真乃が知る機会は、意外と早くやって来た――。
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