46 / 73
第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編
第46話「誰も知らない秘密の恋」
しおりを挟む
(Unsplashのzana pqが撮影)
真乃はぱっちりした目を見開いて、職場であるホテルの廊下でうろたえたままの異母兄・清春を見た。
「なんでキヨちゃんの身体から、ディオリッシモの匂いがするのよ」
「どうもしないよ。バンケットの中の匂いがついたんだろう」
「そんなわけないじゃない。バンケットの中は、いろんな香水の匂いでごちゃ混ぜよ。ディオリッシモだけが、こんなにはっきりと香《かお》るはずがない」
「なにを言っているんだ。おまえ、もう帰れよ」
清春はもういつもと同じクールな表情に戻り、すばやく妹の背中を押した。
「早くしろ。もう少ししたらバンケットのゲストが会場から出はじめる。このあたり、大混雑するぞ」
「それも、キヨちゃんが上手に交通整理しちゃうんでしょ」
「はあ?」
美貌の兄はわけが分からないという顔つきをしてから、真乃を連れて従業員エレベーターに向かう。後ろを歩いていると、
「キヨ!」
という低い声がした。深沢洋輔だ。
真乃の肩がびくりとした。深沢は黒いジャケットにボウタイの制服を着たまま、完璧な姿をさらして大股に歩いて来る。
「キヨ。てめえ、いくら今日が宴会部のヘルプだからって、先に逃げんなよ」
「ばか。真乃をスタッフ用エベに送っていくだけだ」
深沢はすたすたと清春に近づいてきて、すううっと身体を近づけた。
「このお嬢ちゃんは、付き添いが必要なお子様でもねえだろ――って、おい、キヨ」
「なんだよ」
深沢はにやりと笑った。
「耳の後ろにキスマークがついてるぞ」
思わず、隣の兄を見る。
清春は真乃が見たことのないほどうろたえ、左手でしっかりと耳の後ろをつかんでいた。
そんな清春の狼狽《ろうばい》を笑って眺めてから、深沢は真乃に目をやった。そして、
「ウソだよ。なんだ、キスの心当たりがあるのかよ。さすがだな、千五百人のバンケットの途中でなあ」
「くそ、黙れ。洋輔」
清春は深沢をけとばし、それから真乃を従業員用エレベーターに押し込んだ。
「ちょっと、キヨちゃん!」
「もう帰れよ、おまえ」
「言われなくても、帰るわよ。それにしても、ねえキヨちゃん」
「何だ」
「仕事中にナンパするなんて、サイテー」
清春は天井を見あげてため息をついた。
真乃はエレベーターのドアを閉めた。しかしボタン操作を間違えたのか、すぐにまたドアが開いてしまった。
もう一度エレベーターを閉めようとしたとき、バンケットルームから少し離れたところに、一人で立っている清春の姿を見つけた。
わずかに横を向いて立っている清春は、無防備に自分のワイシャツの袖口の香りをかいでいた。それから柔らかく微笑み、そっと真っ白なシャツの袖口にキスをした。
まるでそこに、たおやかな女が立っているかのように。
ついさっき、やさしい口づけを交わしたばかりのように。
コルヌイエホテルのバンケットルームの前でひとり立っている清春の隣には、真乃が見たこともない形の恋が寄り添っている。
いとおしげになごりおしげに、ふんわりと笑って袖口の残り香にキスをしている異母兄の横顔は、真乃が見たこともないほど端正で美しかった。
それは、誰も知らない秘密の恋。
たぶん清春が、死ぬまで隠しきるつもりでいる秘密の恋だ。
真乃はぱっちりした目を見開いて、職場であるホテルの廊下でうろたえたままの異母兄・清春を見た。
「なんでキヨちゃんの身体から、ディオリッシモの匂いがするのよ」
「どうもしないよ。バンケットの中の匂いがついたんだろう」
「そんなわけないじゃない。バンケットの中は、いろんな香水の匂いでごちゃ混ぜよ。ディオリッシモだけが、こんなにはっきりと香《かお》るはずがない」
「なにを言っているんだ。おまえ、もう帰れよ」
清春はもういつもと同じクールな表情に戻り、すばやく妹の背中を押した。
「早くしろ。もう少ししたらバンケットのゲストが会場から出はじめる。このあたり、大混雑するぞ」
「それも、キヨちゃんが上手に交通整理しちゃうんでしょ」
「はあ?」
美貌の兄はわけが分からないという顔つきをしてから、真乃を連れて従業員エレベーターに向かう。後ろを歩いていると、
「キヨ!」
という低い声がした。深沢洋輔だ。
真乃の肩がびくりとした。深沢は黒いジャケットにボウタイの制服を着たまま、完璧な姿をさらして大股に歩いて来る。
「キヨ。てめえ、いくら今日が宴会部のヘルプだからって、先に逃げんなよ」
「ばか。真乃をスタッフ用エベに送っていくだけだ」
深沢はすたすたと清春に近づいてきて、すううっと身体を近づけた。
「このお嬢ちゃんは、付き添いが必要なお子様でもねえだろ――って、おい、キヨ」
「なんだよ」
深沢はにやりと笑った。
「耳の後ろにキスマークがついてるぞ」
思わず、隣の兄を見る。
清春は真乃が見たことのないほどうろたえ、左手でしっかりと耳の後ろをつかんでいた。
そんな清春の狼狽《ろうばい》を笑って眺めてから、深沢は真乃に目をやった。そして、
「ウソだよ。なんだ、キスの心当たりがあるのかよ。さすがだな、千五百人のバンケットの途中でなあ」
「くそ、黙れ。洋輔」
清春は深沢をけとばし、それから真乃を従業員用エレベーターに押し込んだ。
「ちょっと、キヨちゃん!」
「もう帰れよ、おまえ」
「言われなくても、帰るわよ。それにしても、ねえキヨちゃん」
「何だ」
「仕事中にナンパするなんて、サイテー」
清春は天井を見あげてため息をついた。
真乃はエレベーターのドアを閉めた。しかしボタン操作を間違えたのか、すぐにまたドアが開いてしまった。
もう一度エレベーターを閉めようとしたとき、バンケットルームから少し離れたところに、一人で立っている清春の姿を見つけた。
わずかに横を向いて立っている清春は、無防備に自分のワイシャツの袖口の香りをかいでいた。それから柔らかく微笑み、そっと真っ白なシャツの袖口にキスをした。
まるでそこに、たおやかな女が立っているかのように。
ついさっき、やさしい口づけを交わしたばかりのように。
コルヌイエホテルのバンケットルームの前でひとり立っている清春の隣には、真乃が見たこともない形の恋が寄り添っている。
いとおしげになごりおしげに、ふんわりと笑って袖口の残り香にキスをしている異母兄の横顔は、真乃が見たこともないほど端正で美しかった。
それは、誰も知らない秘密の恋。
たぶん清春が、死ぬまで隠しきるつもりでいる秘密の恋だ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
