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第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編
第48話「キヨさん、意外と策略家ね?」
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(teresabreauxによるPixabay)
佐江は狭い試着ボックスの中で真乃に寄り添いながら、かすかにふるえた声を出した。
「あたしが肩を持ち上げてドレスを足元に落とすから、そのままゆっくりとドレスから離れてね」
真乃がうなずくと、三連のパールネックレスの金具がゆるくカールしている髪に引っ掛かった。
「痛っ。ねえ佐江、こっちもはずしてよ」
「何からやったらいいのか、分からないじゃないの」
ふっと、佐江の息が真乃の首筋にかかった。ひんやりした佐江の指先がネックレスの金具をつまみ上げ、ゆっくりと髪からはずしていく。
その指が、ほんの少しだけ熱いと思うのは真乃の気のせいだろうか。
「佐江、くすぐったい」
「じっとしていないと、取れないわよ」
そういう佐江の声は、まだかすれている。
「このネックレスはあたしの私物だから、あとから返してね」
佐江はパールをはずして床に置いた。そして黒いドレスのストラップを持ち上げて、真乃のきゃしゃな肩から動かした。
すとん、とシルクのドレスが真乃の足元に落ちて、柔らかくたまる。
真乃は素早くシルクの抜けがらから逃げ出し、ストッキングの足先で三連パールのネックレスにふれた。
佐江はピンのついたままのドレスを持ち上げて、真乃をにらんだ。
「真乃、パールを足でつつくのはやめて」
「このネックレス、借りちゃってもいいの? 高いものなんでしょう?」
真乃は自分の着てきたワンピースを着ながら尋ねた。佐江はあっさりと、
「このドレスには三連パールが必要なの。それをつけておけば、あんたの美しさが倍にも三倍にもなる。あたしはその姿が見たいのよ。お金の問題じゃないわ」
真乃はふくれて親友を見た。
「あんたみたいにきれいな女にそう言われると、かえって馬鹿にされているみたい」
「真乃は、あたしなんかより100倍きれいだわ」
佐江は真乃のためにヒールをそろえてやり、自分は軽くひざまずいたままの格好で真乃を見あげた。
まるで、従順な侍女が女あるじを見上げるように。
「あんたほどきれいな女は見たことがないわ、真乃。顔立ちや姿を言っているんじゃないわよ」
「じゃあ、何よ」
なぜか佐江は顔を赤らめて答えた。
「身動きや仕草の美しさってことかしら。ところでこのあと、食事する時間はあるの?」
「もちろんよ」
真乃は答えた。
「夜は空けておいたわ」
「光栄ね」
佐江はにこりと笑って、店のバックルームへ歩いていった。その姿はキャリアを積んだ女優のように自信に満ちている。
『あんたのほうがよっぽどキレイよ』
真乃は、親友の背を見送りながら、声に出さずにそうつぶやく。
★★★
「ねえ佐江、来週のコルヌイエの20周年パーティに、ほんとに来ないの?」
真乃はワイングラスを傾けながら、佐江に向かって尋ねた。
佐江はちらりと親友を眺めて申し訳なさそうに、
「せっかく招待状をもらったのに、ごめんなさい。その日はどうしても仕事が抜けられないの」
「仕事じゃあ仕方がないけど」
真乃は鯛のアクアパッツァを大きく取りながら言った。
「惜しいわね。キヨちゃんが、ちゃんとした服で出席するのを見逃すわよ」
「ちゃんとした服って ?キヨさんは、いつもきちんとしたダークスーツを着ているじゃない」
真乃はワインをグイグイ飲みながら笑った。
「ちがう。今回の20周年パーティでは、キヨちゃんはお父さんと一緒にホスト側だから。礼装で出席するわよ」
「『ベストノアール』ね。男性の昼間の礼装だわ……」
「それで一騒動《ひとそうどう》あったのよ。キヨちゃんがどうしてもスタッフとして働くってゴネたから、お父さんがカンカンになっちゃって」
「そんな、むりでしょう。ワタベホテルズの会長の息子が、当日のスタッフだなんて」
佐江があきれたようにつぶやいた。真乃はにやりと笑い、ごっそりと鯛の身をさらっていく。
「むりはキヨちゃんだって承知よ。あれはただお父さんに逆《さか》らいたかっただけね」
「おじさま、怒ったでしょう?」
「怒ったわ。おかげでうち中のバカラのグラスが全部割れたわよ。ほんとに、たかが親子げんかでいい迷惑」
「で、最後はキヨさんが折れたのね」
「ずいぶん恩を着せて出席することにしたわ。その見返りに宴会部にいる同期のスタッフをひとり、チーフに押し上げたの。そのひとの差配《さはい》じゃなくちゃ、当日が心配だからって」
へえ、と佐江は目を丸くした。
「キヨさん、意外と策略家ね?」
佐江は狭い試着ボックスの中で真乃に寄り添いながら、かすかにふるえた声を出した。
「あたしが肩を持ち上げてドレスを足元に落とすから、そのままゆっくりとドレスから離れてね」
真乃がうなずくと、三連のパールネックレスの金具がゆるくカールしている髪に引っ掛かった。
「痛っ。ねえ佐江、こっちもはずしてよ」
「何からやったらいいのか、分からないじゃないの」
ふっと、佐江の息が真乃の首筋にかかった。ひんやりした佐江の指先がネックレスの金具をつまみ上げ、ゆっくりと髪からはずしていく。
その指が、ほんの少しだけ熱いと思うのは真乃の気のせいだろうか。
「佐江、くすぐったい」
「じっとしていないと、取れないわよ」
そういう佐江の声は、まだかすれている。
「このネックレスはあたしの私物だから、あとから返してね」
佐江はパールをはずして床に置いた。そして黒いドレスのストラップを持ち上げて、真乃のきゃしゃな肩から動かした。
すとん、とシルクのドレスが真乃の足元に落ちて、柔らかくたまる。
真乃は素早くシルクの抜けがらから逃げ出し、ストッキングの足先で三連パールのネックレスにふれた。
佐江はピンのついたままのドレスを持ち上げて、真乃をにらんだ。
「真乃、パールを足でつつくのはやめて」
「このネックレス、借りちゃってもいいの? 高いものなんでしょう?」
真乃は自分の着てきたワンピースを着ながら尋ねた。佐江はあっさりと、
「このドレスには三連パールが必要なの。それをつけておけば、あんたの美しさが倍にも三倍にもなる。あたしはその姿が見たいのよ。お金の問題じゃないわ」
真乃はふくれて親友を見た。
「あんたみたいにきれいな女にそう言われると、かえって馬鹿にされているみたい」
「真乃は、あたしなんかより100倍きれいだわ」
佐江は真乃のためにヒールをそろえてやり、自分は軽くひざまずいたままの格好で真乃を見あげた。
まるで、従順な侍女が女あるじを見上げるように。
「あんたほどきれいな女は見たことがないわ、真乃。顔立ちや姿を言っているんじゃないわよ」
「じゃあ、何よ」
なぜか佐江は顔を赤らめて答えた。
「身動きや仕草の美しさってことかしら。ところでこのあと、食事する時間はあるの?」
「もちろんよ」
真乃は答えた。
「夜は空けておいたわ」
「光栄ね」
佐江はにこりと笑って、店のバックルームへ歩いていった。その姿はキャリアを積んだ女優のように自信に満ちている。
『あんたのほうがよっぽどキレイよ』
真乃は、親友の背を見送りながら、声に出さずにそうつぶやく。
★★★
「ねえ佐江、来週のコルヌイエの20周年パーティに、ほんとに来ないの?」
真乃はワイングラスを傾けながら、佐江に向かって尋ねた。
佐江はちらりと親友を眺めて申し訳なさそうに、
「せっかく招待状をもらったのに、ごめんなさい。その日はどうしても仕事が抜けられないの」
「仕事じゃあ仕方がないけど」
真乃は鯛のアクアパッツァを大きく取りながら言った。
「惜しいわね。キヨちゃんが、ちゃんとした服で出席するのを見逃すわよ」
「ちゃんとした服って ?キヨさんは、いつもきちんとしたダークスーツを着ているじゃない」
真乃はワインをグイグイ飲みながら笑った。
「ちがう。今回の20周年パーティでは、キヨちゃんはお父さんと一緒にホスト側だから。礼装で出席するわよ」
「『ベストノアール』ね。男性の昼間の礼装だわ……」
「それで一騒動《ひとそうどう》あったのよ。キヨちゃんがどうしてもスタッフとして働くってゴネたから、お父さんがカンカンになっちゃって」
「そんな、むりでしょう。ワタベホテルズの会長の息子が、当日のスタッフだなんて」
佐江があきれたようにつぶやいた。真乃はにやりと笑い、ごっそりと鯛の身をさらっていく。
「むりはキヨちゃんだって承知よ。あれはただお父さんに逆《さか》らいたかっただけね」
「おじさま、怒ったでしょう?」
「怒ったわ。おかげでうち中のバカラのグラスが全部割れたわよ。ほんとに、たかが親子げんかでいい迷惑」
「で、最後はキヨさんが折れたのね」
「ずいぶん恩を着せて出席することにしたわ。その見返りに宴会部にいる同期のスタッフをひとり、チーフに押し上げたの。そのひとの差配《さはい》じゃなくちゃ、当日が心配だからって」
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