56 / 73
第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編
第56話「キヨには絶対に知られたくねえ事」
しおりを挟む
(Unsplashのname_ gravityが撮影)
真乃はずるずるとバッティングセンターへ引きずられていく。
「ちょっと、やめてよ! 何なの!?」
「あんた、いま、ジャマ。オンナがいると、ヨースケうごけない、やられる」
「……やられる?」
真乃がさっきまでいた場所では、深沢が大きな身体で軽々と動いている。
男たちを叩きのめしていた。
鼻をなぐり、血だらけになった顔にあらためて肘うちを噛ませ、同時に次の男の急所を膝で蹴り上げている。
男たちが倒れていく。そこへ、また念入りにケリを入れた。彼らが動けなくなっても深沢はまだ蹴り続けた。
「なんで、あんなにやるのよ……」
若い男はまだ真乃をおさえたまま、
「ハンパにすると、よくない」
「ハンパって……いや、やりすぎでしょ」
「ヨースケ、わかってる。もうやめるよ」
確かに、深沢は手足を止めていた。
最後のトドメに倒れた4人の顔を順に踏みつぶし、何の反応もないのを確認する。それから真野の隣の男に向かい、
「ホイト、佐々木さんに電話しとけ。これ、適当に回収してくれって」
「ヨースケ、じぶんでやるよ。おれ、ささきさんコワいし」
「それを言うなら『じぶんでやれよ』だ。お前の日本語はまだまだだな。なあ、俺は別に回収してもらわなくてもいいんだぜ。ただ明日の夜に面倒なことになってしらねえぞ」
「めんどう?」
「マグ・アーワイ(mag-away)。 ほっとくと、明日、仲間がまた来る」
若い男はうんざりした声でうなった。そして首をふりふり、スマホでどこかに電話をしはじめた。
深沢はシャツのそでで自分の鼻を拭き、ついた血を見て舌打ちした。
「くそ、このシャツ、新品だったんだぞ」
真乃の手から自分のジャケットを取ると、
「来いよ、大通りまで送る」
すたすたと歩き始めた。真乃があわてて、追いすがる。
「身体、なんともないの?」
「あの程度じゃなあ」
「いつもあんなことしているの?」
「まあ、だいたいな。キヨがいりゃラクだったんだが」
「キヨ? キヨちゃんもあんなことしてるの」
「あんなこと?」
自分の頬骨のあたりをなでながら、深沢は言った。
「あんたのアニキがいりゃ、もっと早くカタがついた」
「キヨちゃんがケンカするの? うそでしょ」
「あんたなあ……」
深沢は血だらけのシャツの袖を折り返しながら、真乃をじろっと見た。
「男ってのはケンカするもんなんだ。俺とキヨはガキの頃から一緒にケンカしてる」
「キヨちゃん、強いの?」
「本気になったらおれと互角かもな。でもあいつはカッコつけたいから、本気にならねえよ」
真乃はもう声も出ない。深沢は立ち止まった真乃を振り返って、にやりと笑った。
「意外か?」
「うん」
「あいつにだって、妹に知られたくねえことくらいあるだろ」
「……そうね」
真乃はふと、母が亡くなった日に清春が見せた不思議な行動を思い出していた。
佐江の抗議の言葉を指一本で止めてしまった異母兄。
あの時の清春の声は、今でも耳の奥に鳴っている。
『おれの言うことを、聞いて。佐江』
清春が『佐江』と呼ぶなんて、知らなかった。そしてあの声音《こわね》には、妹の友人に向かって使うものではない音が混じっていた。
もっと濃度のある、とろりとした蜜のような声だった。
そして清春の柔らかい声に応えた、佐江の鮮やかな色の舌。
あれはきっと清春が妹に知られたくないと思っている秘密だろう、と真乃は思った。
ディオリッシモの花のような、甘い香りに包まれた清春だけの秘密だ。
真乃は暗い路地から大通りへ出る深沢へ声をかけた。
「あんたも、キヨちゃんに知られたくないことって、ある?」
深沢は足を止め、血だらけの両手をデニムのポケットに突っ込んだ。
「……あるよ」
「どんなこと? キヨちゃんが知ったら、怒ること?」
深沢は、こきっと首を曲げて音を立てた。
「あー、まあ、カンカンになるだろうな」
「キヨちゃんがカンカンになる? どんなことよ」
「あいつ、あんたのこと大事にしてるからなあ。だがまあ、しょうがねえ」
そういうと深沢はひょいと、真乃を肩にかつぎあげた。
188センチの深沢の肩に、150センチそこそこの真乃はぬいぐるみのように乗っかった。
「なにすんのよ!」
ははは、と深沢は艶のあるバリトンで笑った。
「なにって? そうだな、キヨには絶対に知られたくねえ事――だな」
真乃はずるずるとバッティングセンターへ引きずられていく。
「ちょっと、やめてよ! 何なの!?」
「あんた、いま、ジャマ。オンナがいると、ヨースケうごけない、やられる」
「……やられる?」
真乃がさっきまでいた場所では、深沢が大きな身体で軽々と動いている。
男たちを叩きのめしていた。
鼻をなぐり、血だらけになった顔にあらためて肘うちを噛ませ、同時に次の男の急所を膝で蹴り上げている。
男たちが倒れていく。そこへ、また念入りにケリを入れた。彼らが動けなくなっても深沢はまだ蹴り続けた。
「なんで、あんなにやるのよ……」
若い男はまだ真乃をおさえたまま、
「ハンパにすると、よくない」
「ハンパって……いや、やりすぎでしょ」
「ヨースケ、わかってる。もうやめるよ」
確かに、深沢は手足を止めていた。
最後のトドメに倒れた4人の顔を順に踏みつぶし、何の反応もないのを確認する。それから真野の隣の男に向かい、
「ホイト、佐々木さんに電話しとけ。これ、適当に回収してくれって」
「ヨースケ、じぶんでやるよ。おれ、ささきさんコワいし」
「それを言うなら『じぶんでやれよ』だ。お前の日本語はまだまだだな。なあ、俺は別に回収してもらわなくてもいいんだぜ。ただ明日の夜に面倒なことになってしらねえぞ」
「めんどう?」
「マグ・アーワイ(mag-away)。 ほっとくと、明日、仲間がまた来る」
若い男はうんざりした声でうなった。そして首をふりふり、スマホでどこかに電話をしはじめた。
深沢はシャツのそでで自分の鼻を拭き、ついた血を見て舌打ちした。
「くそ、このシャツ、新品だったんだぞ」
真乃の手から自分のジャケットを取ると、
「来いよ、大通りまで送る」
すたすたと歩き始めた。真乃があわてて、追いすがる。
「身体、なんともないの?」
「あの程度じゃなあ」
「いつもあんなことしているの?」
「まあ、だいたいな。キヨがいりゃラクだったんだが」
「キヨ? キヨちゃんもあんなことしてるの」
「あんなこと?」
自分の頬骨のあたりをなでながら、深沢は言った。
「あんたのアニキがいりゃ、もっと早くカタがついた」
「キヨちゃんがケンカするの? うそでしょ」
「あんたなあ……」
深沢は血だらけのシャツの袖を折り返しながら、真乃をじろっと見た。
「男ってのはケンカするもんなんだ。俺とキヨはガキの頃から一緒にケンカしてる」
「キヨちゃん、強いの?」
「本気になったらおれと互角かもな。でもあいつはカッコつけたいから、本気にならねえよ」
真乃はもう声も出ない。深沢は立ち止まった真乃を振り返って、にやりと笑った。
「意外か?」
「うん」
「あいつにだって、妹に知られたくねえことくらいあるだろ」
「……そうね」
真乃はふと、母が亡くなった日に清春が見せた不思議な行動を思い出していた。
佐江の抗議の言葉を指一本で止めてしまった異母兄。
あの時の清春の声は、今でも耳の奥に鳴っている。
『おれの言うことを、聞いて。佐江』
清春が『佐江』と呼ぶなんて、知らなかった。そしてあの声音《こわね》には、妹の友人に向かって使うものではない音が混じっていた。
もっと濃度のある、とろりとした蜜のような声だった。
そして清春の柔らかい声に応えた、佐江の鮮やかな色の舌。
あれはきっと清春が妹に知られたくないと思っている秘密だろう、と真乃は思った。
ディオリッシモの花のような、甘い香りに包まれた清春だけの秘密だ。
真乃は暗い路地から大通りへ出る深沢へ声をかけた。
「あんたも、キヨちゃんに知られたくないことって、ある?」
深沢は足を止め、血だらけの両手をデニムのポケットに突っ込んだ。
「……あるよ」
「どんなこと? キヨちゃんが知ったら、怒ること?」
深沢は、こきっと首を曲げて音を立てた。
「あー、まあ、カンカンになるだろうな」
「キヨちゃんがカンカンになる? どんなことよ」
「あいつ、あんたのこと大事にしてるからなあ。だがまあ、しょうがねえ」
そういうと深沢はひょいと、真乃を肩にかつぎあげた。
188センチの深沢の肩に、150センチそこそこの真乃はぬいぐるみのように乗っかった。
「なにすんのよ!」
ははは、と深沢は艶のあるバリトンで笑った。
「なにって? そうだな、キヨには絶対に知られたくねえ事――だな」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
