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第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編
第57話「あんたと寝たいと思ったって、寝る必要はないわ」
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(Unsplashのarvin keynesが撮影)
真乃が肩の上で暴れても、深沢の大きな体はびくともしない。明るい大通りに出ても平気な顔で肩にかついだままだ。
「降ろしてよ、はずかしいわね!」
「もうちょい待てよ、お、車が来た」
深沢は止めたタクシーの中にひょいと真乃を放りこむと、自分も乗り込んだ。ドライバーに、
「市ヶ谷に」
真乃はタクシーの後部座席に座り、隣にいる深沢に小声で怒鳴った。
「なんなのよ、市ヶ谷に何があるってのよ」
「あんたさあ、あしたシフトはどうなの」
深沢はのんびりした声で、まったく関係のない事を尋ねた。真乃は眉をひそめて、
「明日? 明日は休みよ」
深沢は笑った。
「そりゃ、ちょうどいい」
「なにが」
真乃の肩を抱き、耳元に口を寄せてくる。
「このまま俺んちに行ったら、あんたぜったいに明日は立ち上がれねえよ」
笑いを含んだ低い声が、真乃の身体の中心にそのまま注ぎ込まれる。
よく熱した蝋《ろう》のような粘度のある声だ。真乃の身体の真ん中に熱くねばりつき、剥がせない声。
「ああ、やべえ、絶対にまずい。キヨに殺されるわ、俺」
深沢は笑った形の唇のまま、ふわっと真乃にキスをした。
ごく軽い、ふれただけのキスなのに、真乃は咽喉から何かが引きずり出された気がした。
真乃が、持っていると想像したことさえない渇きと空腹感だ。
『お腹が空いた。のどが渇いた』と真乃は思った。
『もっと欲しい。もっと。もっと……!』
深沢ののんびりした声が空腹感を駆り立てる。
「まずいんだよ、あんたは俺のたったひとりの親友の妹で、あいつが世の中の何よりも大事にしている家族だ。だから、やっちまうのはまずいんだ」
深沢は真乃の喉元を指でなぞりあげた。濃厚な色気が指からしたたり、鎖骨のくぼみにたまっていく。
その反応を見透かしたように、深沢がニヤリと笑った。
「だけど、あんたは俺が欲しい。そうだろ?」
当たり前のことのように深沢は言った。
「そして俺は、あんたと寝たい」
真乃は身体中を走る熱に圧倒されそうになる。しかしぐっと踏みとどまって、深沢をにらみつけた。
「……たとえあたしが、あんたと寝たいと思ったって、寝る必要はないわ」
「そうかい」
「いやなのよ、あんたみたいに手当たりしだいにオンナを食い散らかしている男は。そういう男はもう足りているの」
「へえ」
深沢は興味深そうな顔で真乃を見た。暗いタクシーのなか、深沢のつややかな美貌に路上の照明が、まだらな影を落としては消えた。
真乃は、その影の深みにおぼれこみたい自分を必死で食い止める。
深沢がつまみ食いしては捨てる女の一人に、なりたくない。
父のように異母兄のように、女たちのあいだをやすやすと経由する男の相手はごめんだ。
なのに今、真乃の全身から汗が噴き出している。
深沢洋輔の奥には、真乃を惑《まど》わす色気がある。
女として生まれた以上、一度くらい底なし沼のような男におぼれてみたい。それで痛い目を見てもいいじゃないか、と悪魔がささやく。
『もう二度と、これほどの男と寝るチャンスはないかもしれない』
真乃がこれまで味わったことのないような快楽を、深沢は身体の上に落としてくれるだろう。
そして真乃は、泣くことになる。
父に捨てられた母と同じように。
真乃は、動いているタクシーの後部座席で息を止めた。
低い低い声が真乃からこぼれる。
自分でも、こんな声を出せるとは思わない、凄《すご》みのある声だ。
「男の、言いなりにはならないわ。運転手さん、車を止めてください」
「良いんですか」
「止めてください」
真乃は重ねて言うと、深沢の手を自分の肩から払った。そしてじっと、つややかな男の顔を見る。
「あたしを、あんたがこれまでに寝てきた女と同じだと思わないで」
「そりゃ、残念だ」
「寝たければ、あんたがあたしの男になるのよ。逆はないわ。あたしは誰のものにもならない。それでよければあたしの部屋へ来なさいよ」
「部屋? あんた、松濤《しょうとう》の家で暮らしているんだろう」
真乃は首を振った。バッグから小さなホテルカードを取りだして、部屋番号を書いた。
深沢に差し出す。
住所を見て、深沢が眉を上げた。
「なんだ、こりゃ。『東京ステイレジデンス』、レジデンスホテルか? この住所ならコルヌイエから歩いて十五分もかからないな」
「あたしが自分で借りているの。キヨちゃんも、お父さんも知らないわ」
「そんなところに、俺を入れていいのかよ」
深沢はじっと、深い色の目で真乃を見つめた。真乃も見つめ返す。
下がっちゃダメだ、下がっちゃ。ここは一歩も引いちゃダメなところだ。
ぐっとお腹に力を入れる。
やがて、ふっくらした真乃の唇から『鍵』がこぼれた。
深沢を受け入れるための条件。真乃が一ミリだって譲るつもりがない条件だ。
「あんたが、あたしの男になる気なら入れてあげるわ」
真乃が肩の上で暴れても、深沢の大きな体はびくともしない。明るい大通りに出ても平気な顔で肩にかついだままだ。
「降ろしてよ、はずかしいわね!」
「もうちょい待てよ、お、車が来た」
深沢は止めたタクシーの中にひょいと真乃を放りこむと、自分も乗り込んだ。ドライバーに、
「市ヶ谷に」
真乃はタクシーの後部座席に座り、隣にいる深沢に小声で怒鳴った。
「なんなのよ、市ヶ谷に何があるってのよ」
「あんたさあ、あしたシフトはどうなの」
深沢はのんびりした声で、まったく関係のない事を尋ねた。真乃は眉をひそめて、
「明日? 明日は休みよ」
深沢は笑った。
「そりゃ、ちょうどいい」
「なにが」
真乃の肩を抱き、耳元に口を寄せてくる。
「このまま俺んちに行ったら、あんたぜったいに明日は立ち上がれねえよ」
笑いを含んだ低い声が、真乃の身体の中心にそのまま注ぎ込まれる。
よく熱した蝋《ろう》のような粘度のある声だ。真乃の身体の真ん中に熱くねばりつき、剥がせない声。
「ああ、やべえ、絶対にまずい。キヨに殺されるわ、俺」
深沢は笑った形の唇のまま、ふわっと真乃にキスをした。
ごく軽い、ふれただけのキスなのに、真乃は咽喉から何かが引きずり出された気がした。
真乃が、持っていると想像したことさえない渇きと空腹感だ。
『お腹が空いた。のどが渇いた』と真乃は思った。
『もっと欲しい。もっと。もっと……!』
深沢ののんびりした声が空腹感を駆り立てる。
「まずいんだよ、あんたは俺のたったひとりの親友の妹で、あいつが世の中の何よりも大事にしている家族だ。だから、やっちまうのはまずいんだ」
深沢は真乃の喉元を指でなぞりあげた。濃厚な色気が指からしたたり、鎖骨のくぼみにたまっていく。
その反応を見透かしたように、深沢がニヤリと笑った。
「だけど、あんたは俺が欲しい。そうだろ?」
当たり前のことのように深沢は言った。
「そして俺は、あんたと寝たい」
真乃は身体中を走る熱に圧倒されそうになる。しかしぐっと踏みとどまって、深沢をにらみつけた。
「……たとえあたしが、あんたと寝たいと思ったって、寝る必要はないわ」
「そうかい」
「いやなのよ、あんたみたいに手当たりしだいにオンナを食い散らかしている男は。そういう男はもう足りているの」
「へえ」
深沢は興味深そうな顔で真乃を見た。暗いタクシーのなか、深沢のつややかな美貌に路上の照明が、まだらな影を落としては消えた。
真乃は、その影の深みにおぼれこみたい自分を必死で食い止める。
深沢がつまみ食いしては捨てる女の一人に、なりたくない。
父のように異母兄のように、女たちのあいだをやすやすと経由する男の相手はごめんだ。
なのに今、真乃の全身から汗が噴き出している。
深沢洋輔の奥には、真乃を惑《まど》わす色気がある。
女として生まれた以上、一度くらい底なし沼のような男におぼれてみたい。それで痛い目を見てもいいじゃないか、と悪魔がささやく。
『もう二度と、これほどの男と寝るチャンスはないかもしれない』
真乃がこれまで味わったことのないような快楽を、深沢は身体の上に落としてくれるだろう。
そして真乃は、泣くことになる。
父に捨てられた母と同じように。
真乃は、動いているタクシーの後部座席で息を止めた。
低い低い声が真乃からこぼれる。
自分でも、こんな声を出せるとは思わない、凄《すご》みのある声だ。
「男の、言いなりにはならないわ。運転手さん、車を止めてください」
「良いんですか」
「止めてください」
真乃は重ねて言うと、深沢の手を自分の肩から払った。そしてじっと、つややかな男の顔を見る。
「あたしを、あんたがこれまでに寝てきた女と同じだと思わないで」
「そりゃ、残念だ」
「寝たければ、あんたがあたしの男になるのよ。逆はないわ。あたしは誰のものにもならない。それでよければあたしの部屋へ来なさいよ」
「部屋? あんた、松濤《しょうとう》の家で暮らしているんだろう」
真乃は首を振った。バッグから小さなホテルカードを取りだして、部屋番号を書いた。
深沢に差し出す。
住所を見て、深沢が眉を上げた。
「なんだ、こりゃ。『東京ステイレジデンス』、レジデンスホテルか? この住所ならコルヌイエから歩いて十五分もかからないな」
「あたしが自分で借りているの。キヨちゃんも、お父さんも知らないわ」
「そんなところに、俺を入れていいのかよ」
深沢はじっと、深い色の目で真乃を見つめた。真乃も見つめ返す。
下がっちゃダメだ、下がっちゃ。ここは一歩も引いちゃダメなところだ。
ぐっとお腹に力を入れる。
やがて、ふっくらした真乃の唇から『鍵』がこぼれた。
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