完結『まず、キスから始めよう~キスを待つ頬骨② オトナの恋愛小説です

水ぎわ

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第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編

第59話「一番奥で、全部吐き出させてくれ」

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(Sarah RichterによるPixabayからの画像 )

 
 ベッドの上で深沢洋輔が笑った顔は、信じられないほど邪悪だった。
 ちょうど、これから食らいつくす獲物に舌なめずりをする狼のように。
 獲物は真乃だ。

 「だけど逆に、あたしが食らいつくしてやる……」

 真乃はひそかにつぶやいた。
 色気したたる美麗な男を、骨の髄まで食らいつくすのは真乃のほうだ。
 なぜなら、真乃は『洋輔の女』になると決めたのだから。

 深沢は、まだ痛みに顔をしかめながら真乃の身体に舌を這わせる。

「キヨには、お前だけが家族だ。世界中でキヨが信用している女は、お前だけだ。その大事な妹を、俺がこれから骨まで食らうんだ。そりゃ、俺を殺したくなるだろ」
「あんたと寝ても、あたしとキヨちゃんの関係は変わらないわよ」
「ああ」
「あんたとキヨちゃんのあいだも、変わらないでしょ」
「変わる。今日からは、あいつは俺を野放しにねえよ。野良犬が初めての飼い主に逆《さか》らわねえか、見張るためだ」
「キヨちゃんがあんたの飼い主なの?」

 真乃が驚いて尋ねると、洋輔は奥に忍び込ませようとしていた長い指をとめて、ゲラゲラと笑った。

「俺は男には飼われねえ。お前が飼い主になるんだ、真乃」
「こんな男、飼えるわけがないじゃない。自分勝手で横暴で、おまけに女癖が悪い」
「女癖の悪さは、てめえの兄貴と変わらねえよ」

 深沢の骨ばった指が、ゆっくりと真乃の中に入ってゆく。真乃は目を閉じて、全身を揉みしぼった。
 ……ああ、なんて気持ちいいの。
 もっと、もっとちょうだい、もっと。
 指も、指じゃないものも全部がほしい。

 洋輔の熱、洋輔の呼吸、洋輔の声、全部が真乃のものだ。
 他の女が深沢を欲しいなら、勝手に持っていけばいい。誰が深沢の一部をとっていこうと、この男の性根と本体は永遠に真乃のそばにある。
 
 真乃が、そう決めたからだ。

 やがて、深沢の体温が真乃の中にみち、百八十八センチの長身がしなるように咆哮しはじめた。
 まるで野良犬の王が世界中に向かって遠吠《とおぼ》えをするように。

『これは俺の女だ。俺のものだ。
 だれも手を出すな。だれも、ふれるな。
 俺の、ものだ』

 そう言っている。

「……まの」
 深沢はいったん身体をとめて真乃をじっと見降ろした。
 
「これからは怪我したり腹が減ったりしたら、キヨじゃなくて、俺のところに来るんだぜ」
「……うん」

 深沢は万足増に笑うと、ぐいと一気に突き上げた。

「一番奥で、全部吐き出させてくれ」

 そう言うと、深沢は本気で真乃を蹂躙《じゅうりん》しはじめた。
 女の正気を身体から引きはがす悪魔の所業だ。
 
 ここから登る坂道を、ともに進んでゆく男に真乃は身体をそっくりゆだねた。
 深沢の厚みのある肩も、しなやかな腰も背中も、ちょっとゆがんだ鼻筋も、すべては真乃のものだから。

 カラダではない場所から沸き上がる快楽が、真乃を支配する。
 真乃が最後の叫び声を上げようとすると、洋輔の大きな身体がおおいかぶさってきた。
 大きすぎる背中に爪を立てて一気に引き裂くと、洋輔が唇を離してあきれたように笑った。

「やんちゃな子リスみてえな女だな。こんな女とつきあうなんざ、俺も正気じゃねえわ」

 それから声にならない声でささやいた。

「いけよ、真乃。
 てめえの男に、いかされろ」

 真乃の口から、最後のため息がこぼれた。
 最後の息は、どう形を作ってみても『真乃の男』の名前になった。

『洋輔。
 この坂を、一緒にのぼって』

 その声が聞こえたかのように、深沢はゆるやかに笑った。

「真乃。てめえが坂の途中で握れる手は、もう俺しかいねえんだ。おぼえとけ」

 甘やかな震えが、真乃の全身から放たれた。
 この坂を登りきった先には、真乃が欲しかったものが全部並んでいるような気がした。
 夢も希望も、仕事も未来も。
 そして、洋輔も。


 洋輔の熱を全身で受け止めながら、真乃はふと思い出した。
 
 コルヌイエホテルのスイートルーム。
 美貌の親友と異母兄が指一本で交わしたキスは、いま真乃の上で恋をこぼしている男と同じ熱を持っていた。
 じゃああれは……やはり恋だったのだろうか?

 声も汗もこぼさない、ひんやりした夜の鳥のような恋だったのか、と。

(第二章 了。明日から、最終章 「薤露青(かいろせい)」清春×佐江 が始まります。
最後まで、よろしくお願いいたします)
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