桜はそっと淡く咲く

久遠ユウ(くおんゆう)

文字の大きさ
18 / 56

律と一楓 上書き

しおりを挟む
「ここ、分かんねー」
 古文の教科書を片手に、律が横顔に擦り寄ってくる。 
「どこ? ってか律、顔近いよ」
「……一楓、最近なんか冷たい」
 口を尖らせて律が拗ねている。
「そ、そんなことないよ……ほら、続きやろ」
 無意識に避けていたことを意識付けされ、一楓は怯える心音を悟られないように笑顔を作った。
 近い、近くないの攻防戦を繪野家の居間で繰り広げていると、律が降参したのか、急に黙りこくってしまった。

「一楓、この間から様子がおかしい。もしかして俺のこと避けてる?」
 囁かれた言葉にドキリとし、一楓は慌てて、それは絶対あり得ないと、首を激しく横に振った。
 貼り付けた笑顔を見破られてしまったのか、確かめるように肩を抱き寄せられ、律が唇を重ねてこようとしてくる。「ダメだよ、おばさんが……」と、既のところで避けるように顔を背けてしまった。
「平気だって。今日、母さん送別会だから当分帰ってこない」
「それでもダメ。もうすぐ中間始まるんだから。ほら、勉強しないと」
 一楓が教科書で防御すると、先へ踏み込めないことに律の唇は益々反り立った。
 硬派な男前と囁かれてる律の拗ねる顔は、一楓の鉄壁なガードをいとも簡単に崩してくる。
 律の蜜熟した甘えに身を委ねれば、頭の片隅にある悍ましい顔は消えてくれるのだろうか。

「久し振りに二人きりなのにさ。それに妹は、友達んとこ泊まりに行ってるんだろ?」
 ムスッとした顔で食い下がってくる律の肩へと、返事の代わりに甘えるように寄りかかってみた。
「……ごめん、一楓。嫌な言い方したな」
 反省する甘い声が肩から耳に浸透し、心地いい周波数となって一楓の胸に優しく届いた。
 律のものになりたい。今、心からそう思う。
 優しい声も眸も、自分に触れてくれる手も、誰にも渡したくない。律の熱を知れば、この先に降りかかる辛いことにも耐えられるかもしれない。

 一楓は気持ちを伝えようと、長くて美しい指に自分の指を絡ませた。
「おい……そんな事したらヤバイって。手ー出してもいいのかよ。俺、ずっと我慢してんだぞ」
 肩を抱き寄せられると、カーペットの上に頼り無げな背中がゆっくりと預けられる。
 一楓は返事の代わりに目を閉じた。なのに、闇を作るとそこに薄ら笑いを浮かべる湊と亮介が現れる。
 恐怖が蘇り、体が勝手に震え出した。
 寒いのか? と、甘い声が心配げに囁き、向けられた眼差しが優しさで溢れていた。
 悍ましい行為を忘れたくて、美しい顔を両手でふわりと包み込んでみた。

「律を独り占めできて嬉しいから、震えてるだけだよ……」
 隠匿いんとくを封じ込めるよう両手を律の首に回し、逞しい肢体を抱き締めた。
「いいのか……その、最後までしても……。俺、お前を傷付けたくない……」
 気遣う言葉が吐息と混ざって耳朶に触れる。
 甘い熱が一楓の劣情に火を付け、律の首筋に唇を押し付けながら首を縦に振った。
 顔を離すと、鼻先同士を触れさせ微笑みを交わす。
 押し込めていた情欲を掻き立てられた律が、深い口付けを落としてくると、一楓は顎の角度を変えてその熱を受け入れた。

 差し込まれた舌の動きが一楓の全身を甘く縛り、シャツのボタンがひとつずつ外されていくのを許した。露わになった胸には、待ち焦がれたように二つの突起が桃花色に染まっている。片方を唇で喰まれ、もう一方は指先で摘まれると、「は……あぁ」と、乱れた悦を漏らしてしまった。
 生まれて初めて知る興奮に身を任せていると、唇だけでは留まらず、瞼や頬、首、鎖骨と、容赦なく律の唇が落ちてきた。
 へそに到達した後、ズボンごと下着をずらされ、律の口はいやらしい蜜を纏った一楓のものを頬張ろうとした。

「だめっ、汚いから……」
 不意に、自分を見下ろす亮介の双眸を思い出した。
 汚い。自分は汚い。こんなことすれば律がけがれてしまう。
 一楓は律の胸をそっと突き離した。
「一楓は汚くない、綺麗で可愛い。それとも嫌か? 俺とこんなことするのは……やっぱダメか? 怖い?」
 切ない声で問われ、一楓は激しく首を左右に振った。
「い……やじゃない。怖く、ないよ。俺も……ずっとこうしたかった。律のものにして欲し──」

 一楓の言葉は唇ごと奪われ、クチュクチュと卑猥な水音に耳を犯された。その間も律の手は休むことなく、媚芯を摘んでは引っ掻き、そうされる度に一楓の体は、打ち上げられた魚のように跳ねた。
 股間にある互いのモノは固く屹立し、擦れ合う度に甘く疼く。
 熱に侵されている間にシャツを脱ぎ捨てた律が、避妊具を咥え、一楓を愛おしそうに見下ろしてくる。
 天井で煌々と灯る光りを背にした律が、掠れた声で、ごめんと囁いた。なぜ謝ったのか分からないまま、美しくて逞しい姿に見惚れていた。

 律の手が伸びると、鞄の中からチューブらしいものを引っ張り出し、キャップを外して中身を指先に乗せている。
 ジェル状のものを纏った指は、一楓の尻の窄まりに塗り込められた。
 冷たい感触に、「ひやっ」と変な声が出てしまった。律はごめん、ごめんなと繰り返しながらも、硬く閉ざしていたひだにジェルを塗りつけ、長い指で狭い口への挿入を繰り返している。

「……ったっ」
 初めて知る痛みと違和感を味わい、目の端に雫が生まれた。
「ごめん、痛いか。やっぱりやめ──」
「へ、平気。やめない……で。早く、律のものに……して」
 早く、早く、あの悍ましい行為を、律の熱で上書きして欲しい。
 切れ切れの声で訴えると、こめかみに口付けをくれた。
 溢れる涙を舐め取られ、しょっぱいなと、律が笑う。
 強く抱き締められた後、再び窄まりに指が抽挿された。優しく、時々忙しなく動き、一楓の体は発酵したように熱くなった。

 何度も窄まりを掻き回された後、律の唇が耳に触れ、「入れるぞ」と宣言された。こくこくと何度も頷き、一楓は愛しい体を全身で受け止める覚悟をした。細く白い下肢をおずおずと開くと、足首を掴まれ、窄まりに律のそそり立った熱があてがわれる。遠慮がちに突き進んでいたのに、我慢出来なかったのか、一楓の腰に手を持ち変え、律が自身の欲望を力強く奥へと突き上げてきた。
「ああ、り……つ、律……律……」
 痛みを逃すように大好きな人の名前を叫んだ。喜悦に煽動されたのか、律の動きが速度を増してくる。
 激しく打ち付けられる肌と肌。そこから生まれる淫らな音。快感まで昇り詰めようとする律の声。乱れた二人の息遣いが、部屋中を満たしていた。
 一つになった二つの体が多幸感で満たされていく。
 深海へ沈んでいくような無重力感が、抱き締めあった体に纏う。
 ふわふわと、水の中を漂う二人の手は硬く握り締められ、胸と胸はピッタリ合わさって一滴の雫さえ侵入を許さない。

「いぶ、き、一楓、一楓……好きだ。ずっと側に……ずっと俺の側にいてくれ」
 激しい抽挿と切ない声で懇願された瞬間、一楓も知らない体の奥に甘い痺れを感じた。そこを激しく突かれると、真っ白な世界が瞼の裏に広がり、痛みよりそこを刺激して欲しい気持ちが優ってくる。
 目を開けると汗を纏った美しい男がいた。
 自分だけを欲しがる、この世で一番の、かけがえのない人。
 輝く輪郭へ両腕を差し伸ばすと、律の指で絡め取られ、誓いのような口付けを指先にくれた。
 互いの両手を硬く握り締めたと同時に、体の最奥に律のものが擦り付けられ、シャボン玉が弾けるように二人の昂りが放たれた。
 荒げた息遣いをする律の肌がしっとり汗ばんでいる。
 快楽を放った熱も、重みも、全部が嬉しい。
 一楓は握った手に力を込め、この幸せが永遠に続くようにと、律の胸にそっと口付けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...