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東郷の姉
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態度が一転して冷ややかになった東郷が、たかやしき総合病院の広報誌を持っていた。ただそれだけで病院まで来たが、思わぬところで「トウゴウ」の名前を耳にした。
事件と東郷が関係しているのか、そしてさっきの看護師の口にした名前が、東郷に関係があるのか分からないが、捜査に難航している今、どんな些細なことでも当たっていくしか方法はない。
「それにしても、鷹屋敷院長はとりつくしまもなかったですね」
看護師を待っている間、運良く外来を終えた院長に時間を貰えたが、たった十分では大したことは聞けなかった。
「おまけに、息子の交友関係は一切知らないって、中々の放任主義ですね」
って、俺も今、放任されているけれどね。
中庭の中央にそびえ立つ樫の木にもたれながら、門叶はベンチに座る錦戸に話しかけていたが、微かな相槌だけしか返さない古参に溜息を吐いた。
待ち合わせしている中庭には、樫の木やクヌギが植栽されていて、大振りな枝葉にはいつしか茜雲が彩り、枝から絶え絶えと舞い落ちた木の葉と相俟って、物悲しい夕刻を演出している。うら寂しい景色に肌寒さを感じた門叶は、ジャケットを羽織ろうと腕を持ち上げたその隙間から女性を捉え、缶コーヒーを飲んでいた錦戸に目配せをした。
「すいません、お待たせしました」
ゆっくりと歩み寄った声の主は、ほどいた長い髪を夕日で染め、グレーのパンツスーツに身を包んでいた。
制服姿で峻厳な雰囲気より、幾分か和らぎを与える印象だった。
「お疲れ様です。お忙しいところすいません」
手早くジャケットを羽織り、門叶は会釈をした。
「東郷さんのことって何ですか?」
肩にかけたショルダーバックのズレを直しながら、一重の目でいきなり切り込んでくる。
二人は改めて警察手帳を見せると、彼女はそれを一瞥し、両腕を胸の前で組んだ。
「我々は今、ある大学での事件を捜査していまして、その件で少しお話しをお聞かせ願えたらと。失礼ですが、お名前をお聞きしても──」
「諸岡と言います。この病院で看護師をしてます。その事件はニュースで見ました。でもそれと東郷さんと何か関係があるんですか」
「それをこれからお聞きしたいのです。そのトウゴウさんも看護師さんですか? 出来たらお会いしたいのですが」
門叶の質問に組んでいた腕に指を食い込ませ、「彼女はもういません」と、言下に言われた。
肩から外したカバンをベンチに置き、その横に腰を下ろした諸岡が、細い足を溜息と共に組んだ。
「退職でもされたんでしょうか」
「……彼女は亡くなってます。私と同期の看護師で、友人……です」
「え? 亡くなってるんですか?」
門叶が一驚すると、フッと口元を綻ばせ、諸岡が項垂れて続きを口にした。
「彼女は……東郷結衣と言います。あなた方が知りたい人かは知りませんけど、彼女は一年前に亡くなってます。詳しくお知りになりたいのであれば、弟さんに聞けばいいと思います」
「弟……さんですか?」
「ええ、結衣の両親は早くに亡くなってるんで、弟さんだけが家族だと言ってました」
「そうですか……。あの、亡くなった原因はご病気でしょうか」
この質問が諸岡の何かを刺激したのか、勝気に見えていた彼女の表情筋を歪にした。
「あ、いや。その答え辛いのでしたら──」
「……自殺です。飛び降り自殺です」
地面に向かって吐き出された諸岡の声は、心なしか震えているように聞こえた。
「自殺……。諸岡さんはその、原因をご存知なんですか」
門叶が尋ねると、諸岡の一重の目がキッと吊り上がった。
「知ってるも何も……。私は許してない結衣をストーカー扱いし、自殺まで追い込んだ人間を」
柳眉を逆撫で、吐露された声は地を這うように低く、憎しみを含んでいる音に聞こえた。
「よければお聞かせ願えませんか」
まろやかな錦戸の声に反応を見せた諸岡が、怒りを宿らせた眸を持ち上げ、訴えるように二人の刑事を見上げてきた。
「結衣は、不倫をしてたんです。それはもちろんいけないことで、私は何度もやめるように言いました。だけどあの子は別れなかった。院長なんかとそんな関係になるなんてダメだと言っても……」
「その、相手は鷹屋敷院長だったんですか」
友人が上司と不倫をし、挙句自殺した。
ドラマや小説でよくある話しだとしても、関係者には堪える。
この話の行く末に、事件との関連は今の所なさそうでも、膝の上でこぶしを震わせている姿を見ると、門叶は彼女の話を聞かずにはいられなかった。
「結衣は言ってました。院長は奥さんと別れて、アメリカの病院に一緒に来て欲しいと。あの子はとても喜んでました。けれど、私はそんな話しは嘘だと思ってました」
「どうしてあなたはそう思ったんですか?」
「院長は婿養子です。前院長の一人娘だった麻衣子先生と結婚し、後継者になった。もし、結衣を選べば、地位や財産も全て捨てることになります。私には院長がそれを出来るとは思えなかった」
スーツの生地が破れるほど手で握り、諸岡がやり切れない感情を吐き出すように続きを口にした。
「結衣のことを知った麻衣子先生は、院長に付き纏っている女がいると吹聴し、みんな結衣を避けるようになった。院長も結衣とのことを無かったことにしようとあの子を遠ざけたのよ。ひとり悪者になった結衣は孤立し、耐えられなくなって死を選んだんです。だけど結衣の残した言葉を知って、私は院長に殺されたんだと今でも思ってますっ」
諸岡が勢いよくベンチから立ち上がると、涙を滲ませた目で門叶達を見据えてきた。
「残した言葉とは?」
「結衣は自殺する直前、私に連絡してきました。たまたま休みで電話に出た私は異変に気付き、あの子の家に行きました。けど、その途中で歩道橋にいるのを見つけた。でも間に合わなくて、私の目の前で──。結衣は息絶える前に言ったんです、止めて貰えなかった……と」
「止めてもらえなかった、と言うことは現場に院長がいたと?」
「そうとしか思えません! きっと院長は見てたんです、結衣の最後をっ」
慟哭する諸岡に、門叶は慰めるように「花に水やりしてましたよね」と声をかけた。
「……あれは、結衣が長期入院している患者さんと植えた花です。気が紛れたらって」
「だから今は、あなたが代わりに世話をしてたんですね」
錦戸の問いかけに諸岡が頷いた後、荒ぶる感情を押し込め、元の凛々しい看護師の姿へと戻っていた。
「私も病院を辞めようと思ったけど、水やりがあるから。主任に怒られちゃいますけどね」
そう言った彼女の顔に、今日最後の陽の光が笑顔を縁取っていた。
「さっき、東郷さんには弟さんがいるとおっしゃってましたね」
カバンを肩にかける諸岡に、門叶は本題を切り出した。
「はい。たまに結衣の迎えに来てたので、顔だけは知ってます。だから、結衣のことは彼に聞いてください。私からはこれ以上話すことはありません」
わかりましたと告げ、門叶は大学の入学案内を取り出すと、講師陣が載ったページを開き、「この人ですか?」と尋ねた。
「ええ、この人です。大学の講師になったのを結衣、すごく喜んでましたから」
諸岡の指先には、穏やかに微笑む東郷拓人の顔があった。
「お姉さんと随分仲の良い姉弟だったんですね」
「そうですね、自慢の弟だって言ってましたから。優しくて、頼れる存在になったって……」
一瞬取り戻していた笑顔が翳りを帯び、諸岡はカバンを握る手に力を込めて怒りを耐えている。
「辛い事を思い出させてしまって申し訳なかったです。話してくれてありがとう」
涙を指で追いやる諸岡は、苦しそうに微笑んでくれた。その笑顔は、親友へ手向けられたように思えた。
「刑事さん、私が彼女のことを話したのは、事件にならなかった悔しさからです。新聞の片隅にも載らない命が失われたことを警察に知って欲しかった、ただそれだけです。だから、あなた方が言う事件には興味がないし、結衣が関係してるなんて思えません。自殺だけれど、その被害者みたいにあの子も殺されたようなものだから」
言い終えると、来た時と同じように礼儀正しく会釈した諸岡が、涙を溜めた視線で刑事を一瞬睨むと、彼女はパンプスを響かせ去って行った。
「東郷先生の姉──しかも自殺していたとは。その原因が不倫で相手が湊君の父親だったなんて……」
「此本さんの事件と、彼の姉の話は関係ないかもしれんがな」
錦戸の言葉に頷いたものの、東郷と千歳は講師と生徒の関係だけだ。
病院の広報誌を持っていたのも、姉が働いていたなら違和感はない。それに、もし姉の復讐をするなら院長を狙うはずだ。
やはり生方が加害者になり得る線が濃い。だが、人気者の講師と、冷めた顔の落差に隠れるもう一人の東郷がいる。二つの顔が靴底に付いたガムのように、門叶の頭から離れなかった。
事件と東郷が関係しているのか、そしてさっきの看護師の口にした名前が、東郷に関係があるのか分からないが、捜査に難航している今、どんな些細なことでも当たっていくしか方法はない。
「それにしても、鷹屋敷院長はとりつくしまもなかったですね」
看護師を待っている間、運良く外来を終えた院長に時間を貰えたが、たった十分では大したことは聞けなかった。
「おまけに、息子の交友関係は一切知らないって、中々の放任主義ですね」
って、俺も今、放任されているけれどね。
中庭の中央にそびえ立つ樫の木にもたれながら、門叶はベンチに座る錦戸に話しかけていたが、微かな相槌だけしか返さない古参に溜息を吐いた。
待ち合わせしている中庭には、樫の木やクヌギが植栽されていて、大振りな枝葉にはいつしか茜雲が彩り、枝から絶え絶えと舞い落ちた木の葉と相俟って、物悲しい夕刻を演出している。うら寂しい景色に肌寒さを感じた門叶は、ジャケットを羽織ろうと腕を持ち上げたその隙間から女性を捉え、缶コーヒーを飲んでいた錦戸に目配せをした。
「すいません、お待たせしました」
ゆっくりと歩み寄った声の主は、ほどいた長い髪を夕日で染め、グレーのパンツスーツに身を包んでいた。
制服姿で峻厳な雰囲気より、幾分か和らぎを与える印象だった。
「お疲れ様です。お忙しいところすいません」
手早くジャケットを羽織り、門叶は会釈をした。
「東郷さんのことって何ですか?」
肩にかけたショルダーバックのズレを直しながら、一重の目でいきなり切り込んでくる。
二人は改めて警察手帳を見せると、彼女はそれを一瞥し、両腕を胸の前で組んだ。
「我々は今、ある大学での事件を捜査していまして、その件で少しお話しをお聞かせ願えたらと。失礼ですが、お名前をお聞きしても──」
「諸岡と言います。この病院で看護師をしてます。その事件はニュースで見ました。でもそれと東郷さんと何か関係があるんですか」
「それをこれからお聞きしたいのです。そのトウゴウさんも看護師さんですか? 出来たらお会いしたいのですが」
門叶の質問に組んでいた腕に指を食い込ませ、「彼女はもういません」と、言下に言われた。
肩から外したカバンをベンチに置き、その横に腰を下ろした諸岡が、細い足を溜息と共に組んだ。
「退職でもされたんでしょうか」
「……彼女は亡くなってます。私と同期の看護師で、友人……です」
「え? 亡くなってるんですか?」
門叶が一驚すると、フッと口元を綻ばせ、諸岡が項垂れて続きを口にした。
「彼女は……東郷結衣と言います。あなた方が知りたい人かは知りませんけど、彼女は一年前に亡くなってます。詳しくお知りになりたいのであれば、弟さんに聞けばいいと思います」
「弟……さんですか?」
「ええ、結衣の両親は早くに亡くなってるんで、弟さんだけが家族だと言ってました」
「そうですか……。あの、亡くなった原因はご病気でしょうか」
この質問が諸岡の何かを刺激したのか、勝気に見えていた彼女の表情筋を歪にした。
「あ、いや。その答え辛いのでしたら──」
「……自殺です。飛び降り自殺です」
地面に向かって吐き出された諸岡の声は、心なしか震えているように聞こえた。
「自殺……。諸岡さんはその、原因をご存知なんですか」
門叶が尋ねると、諸岡の一重の目がキッと吊り上がった。
「知ってるも何も……。私は許してない結衣をストーカー扱いし、自殺まで追い込んだ人間を」
柳眉を逆撫で、吐露された声は地を這うように低く、憎しみを含んでいる音に聞こえた。
「よければお聞かせ願えませんか」
まろやかな錦戸の声に反応を見せた諸岡が、怒りを宿らせた眸を持ち上げ、訴えるように二人の刑事を見上げてきた。
「結衣は、不倫をしてたんです。それはもちろんいけないことで、私は何度もやめるように言いました。だけどあの子は別れなかった。院長なんかとそんな関係になるなんてダメだと言っても……」
「その、相手は鷹屋敷院長だったんですか」
友人が上司と不倫をし、挙句自殺した。
ドラマや小説でよくある話しだとしても、関係者には堪える。
この話の行く末に、事件との関連は今の所なさそうでも、膝の上でこぶしを震わせている姿を見ると、門叶は彼女の話を聞かずにはいられなかった。
「結衣は言ってました。院長は奥さんと別れて、アメリカの病院に一緒に来て欲しいと。あの子はとても喜んでました。けれど、私はそんな話しは嘘だと思ってました」
「どうしてあなたはそう思ったんですか?」
「院長は婿養子です。前院長の一人娘だった麻衣子先生と結婚し、後継者になった。もし、結衣を選べば、地位や財産も全て捨てることになります。私には院長がそれを出来るとは思えなかった」
スーツの生地が破れるほど手で握り、諸岡がやり切れない感情を吐き出すように続きを口にした。
「結衣のことを知った麻衣子先生は、院長に付き纏っている女がいると吹聴し、みんな結衣を避けるようになった。院長も結衣とのことを無かったことにしようとあの子を遠ざけたのよ。ひとり悪者になった結衣は孤立し、耐えられなくなって死を選んだんです。だけど結衣の残した言葉を知って、私は院長に殺されたんだと今でも思ってますっ」
諸岡が勢いよくベンチから立ち上がると、涙を滲ませた目で門叶達を見据えてきた。
「残した言葉とは?」
「結衣は自殺する直前、私に連絡してきました。たまたま休みで電話に出た私は異変に気付き、あの子の家に行きました。けど、その途中で歩道橋にいるのを見つけた。でも間に合わなくて、私の目の前で──。結衣は息絶える前に言ったんです、止めて貰えなかった……と」
「止めてもらえなかった、と言うことは現場に院長がいたと?」
「そうとしか思えません! きっと院長は見てたんです、結衣の最後をっ」
慟哭する諸岡に、門叶は慰めるように「花に水やりしてましたよね」と声をかけた。
「……あれは、結衣が長期入院している患者さんと植えた花です。気が紛れたらって」
「だから今は、あなたが代わりに世話をしてたんですね」
錦戸の問いかけに諸岡が頷いた後、荒ぶる感情を押し込め、元の凛々しい看護師の姿へと戻っていた。
「私も病院を辞めようと思ったけど、水やりがあるから。主任に怒られちゃいますけどね」
そう言った彼女の顔に、今日最後の陽の光が笑顔を縁取っていた。
「さっき、東郷さんには弟さんがいるとおっしゃってましたね」
カバンを肩にかける諸岡に、門叶は本題を切り出した。
「はい。たまに結衣の迎えに来てたので、顔だけは知ってます。だから、結衣のことは彼に聞いてください。私からはこれ以上話すことはありません」
わかりましたと告げ、門叶は大学の入学案内を取り出すと、講師陣が載ったページを開き、「この人ですか?」と尋ねた。
「ええ、この人です。大学の講師になったのを結衣、すごく喜んでましたから」
諸岡の指先には、穏やかに微笑む東郷拓人の顔があった。
「お姉さんと随分仲の良い姉弟だったんですね」
「そうですね、自慢の弟だって言ってましたから。優しくて、頼れる存在になったって……」
一瞬取り戻していた笑顔が翳りを帯び、諸岡はカバンを握る手に力を込めて怒りを耐えている。
「辛い事を思い出させてしまって申し訳なかったです。話してくれてありがとう」
涙を指で追いやる諸岡は、苦しそうに微笑んでくれた。その笑顔は、親友へ手向けられたように思えた。
「刑事さん、私が彼女のことを話したのは、事件にならなかった悔しさからです。新聞の片隅にも載らない命が失われたことを警察に知って欲しかった、ただそれだけです。だから、あなた方が言う事件には興味がないし、結衣が関係してるなんて思えません。自殺だけれど、その被害者みたいにあの子も殺されたようなものだから」
言い終えると、来た時と同じように礼儀正しく会釈した諸岡が、涙を溜めた視線で刑事を一瞬睨むと、彼女はパンプスを響かせ去って行った。
「東郷先生の姉──しかも自殺していたとは。その原因が不倫で相手が湊君の父親だったなんて……」
「此本さんの事件と、彼の姉の話は関係ないかもしれんがな」
錦戸の言葉に頷いたものの、東郷と千歳は講師と生徒の関係だけだ。
病院の広報誌を持っていたのも、姉が働いていたなら違和感はない。それに、もし姉の復讐をするなら院長を狙うはずだ。
やはり生方が加害者になり得る線が濃い。だが、人気者の講師と、冷めた顔の落差に隠れるもう一人の東郷がいる。二つの顔が靴底に付いたガムのように、門叶の頭から離れなかった。
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