45 / 56
声にもならない想い
しおりを挟む
「一楓、久しぶり。お前の好きなガーベラ持って来たぞ」
高台にある一楓と彼の両親が眠る場所に、律は一人訪れていた。
「俺、一楓に謝らなきゃ行けない……。お前が一人で苦しんでたのに、俺は何も気付かなくてごめんな」
墓の前に腰を下ろし、目の前に一楓がいるように優しく語りかけた。
「俺はいつだって一楓を守りたいと思ってた……。なのに気付いてもやれなかったなんて……」
何年経っても名前を呟くだけで、心は簡単に過去へと引き戻される。
今でも幻影を求め、手を差し伸べて、何も掴めないことに涙が流れる。そんな脆い自分が情けなくてまた涙が溢れる。弱い自分の繰り返しだ。
「俺は一生お前だけだ……お前しかいらない。俺が逝くまで待っててくれよな」
誓いのように優しく墓石を撫でた。
冷たい肌に触れながら、焦茶で柔らかい髪の感触を思い出す。ふわふわとした半円を描く髪を指先に絡ませると、いつも一楓は嬉しそうに微笑んでくれた。
忘れたくても、忘れられない。
声にならない想いを伝えたくても、もうその相手はいない……。
会いたい、触れたい。一瞬の幻でもいいから一楓に会いたい。
胸が張り裂け、切なさで押しつぶされそうになった時、
「リッくん?」
幼い声が遠くから聞こえた。律をそう呼ぶただ一人の顔を浮かべると、慌てて目頭を拭って「美琴ちゃん」と、振り返って呼んだ。
視線の先には、久しぶりに会う懐かしい少女が手を振っている。
少し離れたところで亮介の母親が会釈するのが見え、律も深々と頭を下げた。
「リッくん、元気だった?」
律の元へ駆け寄った美琴の顔は、輝くばかりの笑顔だった。
「元気だよ、美琴ちゃんは叔母さんと来たのか」
「うん。今日はお兄ちゃんの月命日でしょ? それに私、お兄ちゃんに伝えたいことがあったから連れて来てもらったの」
少し大人っぽくなった、屈託のない笑顔で話す美琴を見て、律は気持ちが救われる気がした。
「へえ、一楓に何を伝えるの?」
律にそう問われ、照れ臭そうに美琴が体をくねらせると、小さな手のひらで手招きしてくれる。
内緒話だと汲み取り、律は彼女の背丈に合うよう前屈みの姿勢になった。
「あのね……絵画展で金賞とったの」
雛鳥の羽のような声で耳元に囁かれた。
「すごい! すごいな、美琴ちゃん。一楓もきっと喜んでるよ」
「そっかな。だったらいいな。お兄ちゃんいつも美琴の絵を褒めてくれてたから」
「絶対喜んでるよ。美琴ちゃん、その絵って見れない?」
「絵は展示してるけど、写真ならあるよ、ほら」
スマホの画面を差し出し、律は一枚の絵に目を奪われた。
「これ……」
「お兄ちゃんとガーベラ。お兄ちゃん、このお花が好きだったから」
画面には優しく微笑む一楓らしき横顔の周りを、色彩豊かなガーベラが一面に描かれていた。
「……綺麗だ、よく描かれてる。一楓、まるで生きてるみたいだ」
「リッくんはそう言ってくれると思った。今日もお花、ガーベラだね」
供えられてるオレンジや赤の揺れる花びらを、美琴も愛おしそうに眺めている。
「美琴ちゃんもだろ」
お互い見つめ合うと、自然と笑顔が溢れた。
「そう言えば、もう一人のお兄ちゃんのお友達も、よくガーベラ持ってお見舞いに来てくれたよね」
「え、もう一人?」
律の花の横に持って来た花束を供えながら、美琴が言った。
「うん、でもいっつも自分でお兄ちゃんに渡さないんだ。私や看護師さんに頼むの」
「美琴ちゃん、それって誰かわかる?」
「うーん、名前は分かんないけど看護師さんが言ってたよ、病院の偉い人の子どもって」
美琴がそう伝えると、静かに手を合わせ、大好きな兄との会話を楽しんでいる。
病院の……それって湊のこと……。
初めて知ったもう一つの湊の顔。それは一楓を嬲っていた人間とはまるで別人に思え、律の心を波立たせた。
二つの顔に錯綜していると、「じゃ、行くね」と、美琴が律に別れを告げて去って行った。
一人残された律は、足に根が生えたようその場に立ち竦んでいた。
「湊が……花……?」
美琴の言葉の矢が、トスんと胸に刺さる。
痛みを感じているのに、それを抜いて傷口を確かめることが出来ない。
裏切りと愛情をないまぜにされ、律は胸を掴んで空を見上げた。
水縹色に一楓の笑顔が蘇ると、秋を匂わす風が律の髪をそっと揺らした。
萱の群れを優しく撫でていく風が爽籟のように渡り、大好きな声が耳元で囁いたように感じる。
「もう、許せって言ってるのか、一楓……」
高台にある一楓と彼の両親が眠る場所に、律は一人訪れていた。
「俺、一楓に謝らなきゃ行けない……。お前が一人で苦しんでたのに、俺は何も気付かなくてごめんな」
墓の前に腰を下ろし、目の前に一楓がいるように優しく語りかけた。
「俺はいつだって一楓を守りたいと思ってた……。なのに気付いてもやれなかったなんて……」
何年経っても名前を呟くだけで、心は簡単に過去へと引き戻される。
今でも幻影を求め、手を差し伸べて、何も掴めないことに涙が流れる。そんな脆い自分が情けなくてまた涙が溢れる。弱い自分の繰り返しだ。
「俺は一生お前だけだ……お前しかいらない。俺が逝くまで待っててくれよな」
誓いのように優しく墓石を撫でた。
冷たい肌に触れながら、焦茶で柔らかい髪の感触を思い出す。ふわふわとした半円を描く髪を指先に絡ませると、いつも一楓は嬉しそうに微笑んでくれた。
忘れたくても、忘れられない。
声にならない想いを伝えたくても、もうその相手はいない……。
会いたい、触れたい。一瞬の幻でもいいから一楓に会いたい。
胸が張り裂け、切なさで押しつぶされそうになった時、
「リッくん?」
幼い声が遠くから聞こえた。律をそう呼ぶただ一人の顔を浮かべると、慌てて目頭を拭って「美琴ちゃん」と、振り返って呼んだ。
視線の先には、久しぶりに会う懐かしい少女が手を振っている。
少し離れたところで亮介の母親が会釈するのが見え、律も深々と頭を下げた。
「リッくん、元気だった?」
律の元へ駆け寄った美琴の顔は、輝くばかりの笑顔だった。
「元気だよ、美琴ちゃんは叔母さんと来たのか」
「うん。今日はお兄ちゃんの月命日でしょ? それに私、お兄ちゃんに伝えたいことがあったから連れて来てもらったの」
少し大人っぽくなった、屈託のない笑顔で話す美琴を見て、律は気持ちが救われる気がした。
「へえ、一楓に何を伝えるの?」
律にそう問われ、照れ臭そうに美琴が体をくねらせると、小さな手のひらで手招きしてくれる。
内緒話だと汲み取り、律は彼女の背丈に合うよう前屈みの姿勢になった。
「あのね……絵画展で金賞とったの」
雛鳥の羽のような声で耳元に囁かれた。
「すごい! すごいな、美琴ちゃん。一楓もきっと喜んでるよ」
「そっかな。だったらいいな。お兄ちゃんいつも美琴の絵を褒めてくれてたから」
「絶対喜んでるよ。美琴ちゃん、その絵って見れない?」
「絵は展示してるけど、写真ならあるよ、ほら」
スマホの画面を差し出し、律は一枚の絵に目を奪われた。
「これ……」
「お兄ちゃんとガーベラ。お兄ちゃん、このお花が好きだったから」
画面には優しく微笑む一楓らしき横顔の周りを、色彩豊かなガーベラが一面に描かれていた。
「……綺麗だ、よく描かれてる。一楓、まるで生きてるみたいだ」
「リッくんはそう言ってくれると思った。今日もお花、ガーベラだね」
供えられてるオレンジや赤の揺れる花びらを、美琴も愛おしそうに眺めている。
「美琴ちゃんもだろ」
お互い見つめ合うと、自然と笑顔が溢れた。
「そう言えば、もう一人のお兄ちゃんのお友達も、よくガーベラ持ってお見舞いに来てくれたよね」
「え、もう一人?」
律の花の横に持って来た花束を供えながら、美琴が言った。
「うん、でもいっつも自分でお兄ちゃんに渡さないんだ。私や看護師さんに頼むの」
「美琴ちゃん、それって誰かわかる?」
「うーん、名前は分かんないけど看護師さんが言ってたよ、病院の偉い人の子どもって」
美琴がそう伝えると、静かに手を合わせ、大好きな兄との会話を楽しんでいる。
病院の……それって湊のこと……。
初めて知ったもう一つの湊の顔。それは一楓を嬲っていた人間とはまるで別人に思え、律の心を波立たせた。
二つの顔に錯綜していると、「じゃ、行くね」と、美琴が律に別れを告げて去って行った。
一人残された律は、足に根が生えたようその場に立ち竦んでいた。
「湊が……花……?」
美琴の言葉の矢が、トスんと胸に刺さる。
痛みを感じているのに、それを抜いて傷口を確かめることが出来ない。
裏切りと愛情をないまぜにされ、律は胸を掴んで空を見上げた。
水縹色に一楓の笑顔が蘇ると、秋を匂わす風が律の髪をそっと揺らした。
萱の群れを優しく撫でていく風が爽籟のように渡り、大好きな声が耳元で囁いたように感じる。
「もう、許せって言ってるのか、一楓……」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる