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罠
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大学の食堂で、律は珈琲を飲みながらスマホのフォルダーを開いた。
美琴がくれた一楓の絵に、自然と口元が綻ぶ。でも同時に思い出すのは、湊のことだった。
ガーベラを手にした湊を想像しようとしても、怒りや憎しみの方が勝っていて姿がボヤける。
憂苦な気分で中庭を眺めていると、人の気配を感じ、律は後ろを振り返った。
「あ、ご、ごめん。繪野君、今いいかな? この間のグループ課題の事で相談があるんだけど……」
同じ講義を取っている同級生が声をかけて来た。
名前はなんだっけ……あ、そうだ──
「えっと、東雲だよな? 何か問題でもあったか?」
「あ、うん。ちょっと……。その……今日の夜って、大学に来られる……?」
挙動不審な彼の名前が正解だったことに律はホッとし、スマホで時間を確認した。
「何時? バイト先に顔出した後でもいいなら構わないけど。七時くらいになるかな。遅いか?」
「だ、大丈夫。じゃあ、その時間に図書館で。先生には夜間の使用申請出してるから、他のみんなにも僕から伝えておくよ」
「わかった、じゃまた七時に」
課題の何が聞きたかったのか聞きそびれたが、「ま、いっか」と呟き、ペンをクルクルと回した
「あのぉ、刑事さん……ですよね?」
常磐大学の事務局を訪れていた門叶は、喫煙所に行ってしまった錦戸を中庭で待っていると、一人の学生に声をかけられた。
「君は?」
「……僕、東雲って言います。ちょっとお話したい事があって」
おとなしそうな学生が、刑事を前にわかりやすく緊張した面持ちで佇んでいる。
「話したい事って、事件のことかな?」
「……いえ。でも僕、ちょと気になることがあって」
「そう。わかった、聞かせてくれる?」
門叶はベンチに腰掛け、彼にも座るよう促すと、胸ポケットから手帳とペンを出した。
「今日、僕はある人を大学に呼び出すよう頼まれたんです」
「ある人? それは誰を呼び出すよう、誰に頼まれたのかな?」
「……繪野君です。今日の七時に図書館に来るようにって、糸峰さんから伝言を頼まれたんです」
「繪野……? 糸峰?」
「はい、繪野律君と、糸峰佳乃子さんです」
何故その二人が? まずその言葉が門叶の頭に浮かんだ。
二人に同級生だと言う以外の接点はないのに。
「東雲君は何故それが気になったの? 学生同士で、しかも男女なんだ。二人で話したいことでもあるんじゃないのかな」
口ではそう言いながらも、門叶の頭には疑問符が占めていた。
律はともかく、糸峰の名前が出たことが気になる。
「そ、それはそうなんですが、糸峰さんが自分だと言うなって。それに……」
「それに?」
「それに、糸峰さんが好きなのは鷹屋敷君だから、どうして繪野君なのかなって……」
「みんなの間では、彼女が湊君を好きなこと有名みたいだね」
「はい。だから不思議で……。自分で言わないのも何でかなって」
自分の発言が告げ口になると思っているのか。糸峰に何か弱みでも握られているのか。東雲から滲み出る弱々しい性格だと、つけ込まれやすいのかもしれない。
「もしかしたら、鷹屋敷君のことで頼み事でもあるとか」
「でもっ! でも、僕、前にも頼まれたことあったから、糸峰さんに」
言葉足らずの東雲が、食い気味に門叶の言葉を遮った。
「前にも?」
「はい。前にも糸峰さんに、呼び出して欲しいって頼まれたことあって……」
「その時も繪野君?」
「いえ、前は此本さんでした」
「えっ! こ、此本さんって……」
思わず門叶は声を張り上げ、東雲へと前のめりになった。
「い、いつ。それはいつ頃だった?」
喉仏がなるほど生唾を飲み込んだ。自分の心臓の音が聞こえる程に高揚している。
「な……亡くなった此本さんが見つかる前日……です」
全身の力が抜け、門叶はベンチの背もたれに寄りかかった。
「そうか……そうなんだ。で、今日も君はまた頼まれたんだね、糸峰さんに」
「はい……。僕なんだか怖くなってしまって。刑事さんの姿見て、話さなきゃって……」
戸惑う東雲の手を取り、門叶は深々と頭を下げた。
「ありがとう! 良く知らせてくれたね。今日の七時だね」
僅かな光明を感じながら門叶は東雲にもう一度礼を言うと、錦戸の番号を画面に呼び出した。
美琴がくれた一楓の絵に、自然と口元が綻ぶ。でも同時に思い出すのは、湊のことだった。
ガーベラを手にした湊を想像しようとしても、怒りや憎しみの方が勝っていて姿がボヤける。
憂苦な気分で中庭を眺めていると、人の気配を感じ、律は後ろを振り返った。
「あ、ご、ごめん。繪野君、今いいかな? この間のグループ課題の事で相談があるんだけど……」
同じ講義を取っている同級生が声をかけて来た。
名前はなんだっけ……あ、そうだ──
「えっと、東雲だよな? 何か問題でもあったか?」
「あ、うん。ちょっと……。その……今日の夜って、大学に来られる……?」
挙動不審な彼の名前が正解だったことに律はホッとし、スマホで時間を確認した。
「何時? バイト先に顔出した後でもいいなら構わないけど。七時くらいになるかな。遅いか?」
「だ、大丈夫。じゃあ、その時間に図書館で。先生には夜間の使用申請出してるから、他のみんなにも僕から伝えておくよ」
「わかった、じゃまた七時に」
課題の何が聞きたかったのか聞きそびれたが、「ま、いっか」と呟き、ペンをクルクルと回した
「あのぉ、刑事さん……ですよね?」
常磐大学の事務局を訪れていた門叶は、喫煙所に行ってしまった錦戸を中庭で待っていると、一人の学生に声をかけられた。
「君は?」
「……僕、東雲って言います。ちょっとお話したい事があって」
おとなしそうな学生が、刑事を前にわかりやすく緊張した面持ちで佇んでいる。
「話したい事って、事件のことかな?」
「……いえ。でも僕、ちょと気になることがあって」
「そう。わかった、聞かせてくれる?」
門叶はベンチに腰掛け、彼にも座るよう促すと、胸ポケットから手帳とペンを出した。
「今日、僕はある人を大学に呼び出すよう頼まれたんです」
「ある人? それは誰を呼び出すよう、誰に頼まれたのかな?」
「……繪野君です。今日の七時に図書館に来るようにって、糸峰さんから伝言を頼まれたんです」
「繪野……? 糸峰?」
「はい、繪野律君と、糸峰佳乃子さんです」
何故その二人が? まずその言葉が門叶の頭に浮かんだ。
二人に同級生だと言う以外の接点はないのに。
「東雲君は何故それが気になったの? 学生同士で、しかも男女なんだ。二人で話したいことでもあるんじゃないのかな」
口ではそう言いながらも、門叶の頭には疑問符が占めていた。
律はともかく、糸峰の名前が出たことが気になる。
「そ、それはそうなんですが、糸峰さんが自分だと言うなって。それに……」
「それに?」
「それに、糸峰さんが好きなのは鷹屋敷君だから、どうして繪野君なのかなって……」
「みんなの間では、彼女が湊君を好きなこと有名みたいだね」
「はい。だから不思議で……。自分で言わないのも何でかなって」
自分の発言が告げ口になると思っているのか。糸峰に何か弱みでも握られているのか。東雲から滲み出る弱々しい性格だと、つけ込まれやすいのかもしれない。
「もしかしたら、鷹屋敷君のことで頼み事でもあるとか」
「でもっ! でも、僕、前にも頼まれたことあったから、糸峰さんに」
言葉足らずの東雲が、食い気味に門叶の言葉を遮った。
「前にも?」
「はい。前にも糸峰さんに、呼び出して欲しいって頼まれたことあって……」
「その時も繪野君?」
「いえ、前は此本さんでした」
「えっ! こ、此本さんって……」
思わず門叶は声を張り上げ、東雲へと前のめりになった。
「い、いつ。それはいつ頃だった?」
喉仏がなるほど生唾を飲み込んだ。自分の心臓の音が聞こえる程に高揚している。
「な……亡くなった此本さんが見つかる前日……です」
全身の力が抜け、門叶はベンチの背もたれに寄りかかった。
「そうか……そうなんだ。で、今日も君はまた頼まれたんだね、糸峰さんに」
「はい……。僕なんだか怖くなってしまって。刑事さんの姿見て、話さなきゃって……」
戸惑う東雲の手を取り、門叶は深々と頭を下げた。
「ありがとう! 良く知らせてくれたね。今日の七時だね」
僅かな光明を感じながら門叶は東雲にもう一度礼を言うと、錦戸の番号を画面に呼び出した。
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