あやかし不動産、営業中!

七海澄香

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雪女

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 誰かの手だった。先ほどまで繋いでいた高原の手の感触とは違う。
 その手は華奢だが力強く、悠弥の右手をつかんだ。

 辺りがすうっと冷たくなる。纏わりついていたものの動きがぴたりと止まり、それらもひんやりと、まるで氷のように冷たくなっていく。

 手を握り返すと、それは悠弥の体を引き抜くように、頭の方向に引っ張り上げた。
 天地の感覚が戻る。足元には地面の感触。
 引きずり込まれる前の場所まで上がって来たのだろうか。

「あ……ありがとうございます……あなたは……」
 相変わらず真っ暗闇のままだが、音も戻ってきた。
 だが、その手の主は何も言わず、そのまま悠弥の手を引いて進み始める。

「あ……の……っ?」
 その速度は徐々に早くなり、悠弥は小走りでそれに続く。
 風のなかを走っている。ひんやりとした風が周りを囲んでいた。まるで亡者たちから守るように。

 悠弥はこの手の温度を思い出した。
 人としては、あまりにも冷たいその体温。
 この手に任せれば、小春のところにたどり着ける。そこにはきっと、遥もいるはずだ。悠弥はそう確信し、手を引かれるまま、暗闇を駆け抜けた。

 どれくらい走っただろう。少し先に小さな灯りが見えた。
 それに気づいた瞬間、先を行く冷たい手は悠弥を離し、今度は肩にそっと触れ、とん、と背を押した。

「ありがとう、春菜さん!」

 灯りの元へ急ぐ。小春を抱きかかえてうずくまる遥の姿がはっきりと見えた。
 二人は、時折影に巻きつかれながらもそれを振り払い、必死に耐えていた。

「遥さん!」
 眩しそうな顔でこちらを見て、それが悠弥だと気付くと、遥はその目を輝かせた。
「悠弥さん!」

 悠弥が近づくと、遥たちに纏わりついていた影は少しずつ離れていく。
「マザリモノ、マザリモノ……」
 悠弥にもはっきりと、その声が聞こえた。
 あやかしと人との混血に対する蔑称。

「黙れ! あやかしと人が混ざって何が悪い!」
 悠弥は二人をまとめて抱きしめる。
「あやかしと人とは分かりあえる。二人はその証だ!」

 悠弥は声を荒げた。
「離れろ、亡者ども!」

 悠弥の気迫に怯んだのか、声はだんだんと遠ざかり、聞き取れなくなる。
 しばらく様子を伺い、それらが完全に遠ざかったと判断したところで、悠弥は深く息をついた。

「本当に……本当に助けに来てくれたんですね……」
 遥の涙声を聞くと、全身から力が抜けた。

「悠弥さんっ?! 大丈夫ですか?」
 今度は遥が悠弥を抱きとめる形になる。

「怖かった……ほんとに……死ぬかと……」
 情けないことに、こちらも涙声である。

 小さな手が悠弥の背中をさする。
「もうだいじょうぶだよ。ありがとう、おにいちゃん」
 遥と悠弥の間に挟まれた小春が、微笑みかけた。

 なにか言葉を発すると余計に泣きそうだ。こみ上げるものをなんとか抑えこみ、もう一度、二人の肩を抱き寄せた。

「ありがとう、悠弥さん……」
 呼吸を整えて悠弥はようやく顔をあげる。
 と、遥の肩越しに、飄々と立つスーツ姿が目に留まる。

「それで、迷子の子猫ちゃんたちは、どうやって帰るつもりかな?」
「大天狗さま! どうして……」

 ふふん、と鼻を鳴らし、高原はいつものにやけ顏を作る。
「東雲くんに頼まれてね。ここまで連れてきたんだ」
「ここまでって、途中ではぐれた時はどうなることかと思いましたよ……」
「あれは君が手を離すからだろ。まったく、結構探したんだぞ」

 恨めしそうな目で見る悠弥を尻目に、高原は悠弥の後ろの暗闇に向けて笑いかけた。
「貴女のおかげで助かりましたよ」
 それに応えるように、風が皆の周りを一周した。
 小さな手を風のなかに伸ばし、小春が笑った。

「ありがとうございます、大天狗さま」
 遥が深々と頭を下げる。

「ま、面白いものが見られたから結果オーライだよ。さあ、長居は無用。戻るぞ」
 言って高原は遥に手を差し出した。
 その手を取り、遥が立ち上がる。

 物言いたげな悠弥に気づいたのか、
「レディをエスコートするのは当然だろう?」
 高原は相変わらずの自信げな表情で悠弥を牽制した。

 すでに遥と手をつないだ小春が、小さな手をこちらに差し出している。
「行こ! おにいちゃん!」

 その表情はとても晴れやかだ。
 悠弥もそれに微笑みを浮かべて応える。

「ありがとう、小春ちゃん」
 小春の手を取り、その列につながる。

「もう迷子になっちゃダメだよ!」
 小春の得意げな声に、ぶっ、と高原が吹き出し、つられて遥も笑いだす。
 暗闇の中、ひたすらに明るい一行が、現世へと歩きはじめた。




「小春! 小春……っ!」
 駆け寄った小春を抱きしめて、武史は人目もはばからず泣いた。
「おとうさん……ごめんなさい」
「ごめん、ごめんな。小春ごめんな」

 悠弥と遥は少し離れたところから、その様子を静かに見守った。
 捜索を続けていた近所の住民も、安堵の表情を浮かべていた。

 先を歩いていた高原は、くるりと踵を返すと、すれ違いざまに悠弥の肩をポンポン、と叩く。
「今回はサービスにしとくよ」
 高原はそのまま、山へ続く道に戻っていく。

「高原さん!」
 すぐに振り返るが、既にその姿はなかった。
「お礼……ちゃんと言いそびれちゃったな」
「大天狗さま、また面白いものを見せてくれって、仰ってましたよ」
 遥が耳打ちで告げる。

 もしかしたら、途中ではぐれてしまったことを少しは引け目に感じているのだろうか。
「……なわけないか」

 つぶやいて、悠弥は山へ続く道に深く頭を下げた。
「ありがとうございます。高原さん。春奈さん……」

 山から吹き降ろす夜風が、二人の間を通り抜けて行った。
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