如何様陰陽師と顔のいい式神

銀タ篇

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それから

10-03:桜と銀

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 その日も久方ぶりに頼央が邸を訪ねてきた。生憎と皆出払っており、邸には昂明と銀、そして桜の三人だけ。
 返す返すも頼央は納言兼右大将。そんな人がこのうらぶれた刀岐の邸を頻繁に訪れるなど、つくづく妙なものだと思う。

「どうだ。試しに少しの間だけでも右大将さまの邸に行ってみないか?」
「やだ」

 昂明の言葉にも桜はすげない返事を返す。

「慣れ親しんだ邸と家族とは、なかなか離れ難いようだな」

 そんな桜と昂明とのやり取りにも慣れたもので、頼央は気分も害さず笑っている。

 桜は膨れっ面のまま、零れそうな程涙を溜めたまま昂明を見上げた。

「ねえ、昂明さま。わたし、ここに居たらだめなの?」
「駄目ってわけじゃない。でも桜はもっと、ここでは得られないような沢山のことを右大将さまの元で学んできたほうが良いと思うんだ。……ここは婆や以外、女もいない。桜にとっては窮屈な場所だ」
「そんなことない!」

 けれど本当は桜にも分かっているはずだ。
 たまに晶朝が持ち寄る物語を読み、庭の花を摘んでいるだけでは、元気な桜はいずれ飽きてしまうだろう。そうして何もせぬまま大人になってしまったら、何も出来ない姫になってしまう。結果として、昂明達が桜の未来を潰してしまう事になるのだ。
 昂明も銀も、そんな事はさせたくない。

「桜。ここは、偉い貴族の邸みたいな満足のいく食べ物は出ないし、学べるものも少ない。何より、同年代の子供達だっていない。右大将さまの元でお世話になれば友だって沢山……」
「やだ! 私は! ここにいたいの!」

 叫ぶ桜は、涙をぼたぼたと零している。ここで「わかった」と言ってしまったらもう会えないと感じているのだ。
 勿論そんなことは無い。

「例えここに住んでいなくたって……ここに来たい時は来ればいいんだよ。俺達は別にお前を拒むつもりはない」
「そんなの、わからないもん! 会えなくなったら、私のことなんて忘れちゃうよ……だって、わたし昂明さまや銀と、まだほんの少ししか一緒に暮らしていないんだもん……! もっと、一緒に居たいの、ずっと居たいの……!」

 板間に額を打ち付けてわあわあと泣き叫ぶ桜の姿は、見ているこちらも辛くなる。

(別に俺だって、桜にいなくなって欲しいわけじゃないんだ……)

 それでも桜のことを考えれば、やはり今のままでは良くないと思っているのだ。

「これはとことん嫌われてしまったものだなあ」

 などと言いながらも頼央は笑う。思えば桜と初めて会った時も、頼央の一言で桜は号泣したのだった。

「桜」

 暫く黙っていた銀が、泣き伏す桜を抱き起こす。銀は戸惑う桜を優しく立たせると、桜の顔を見据えた。

「銀……」

 桜はチラリと銀を見上げた後、慌てて今度は目を逸らす。多分、泣きわめいた後の自分の顔を見られたくなかったのだろう。
 そんな桜の頬に、銀はそっと手で触れ微笑んだ。

「桜――聞いてくれ。僕は桜のことを絶対に忘れない。どんなに住む場所が離れ、時間が僕達を隔てようとも。……何よりどこに行ったとしても、船岡山からやってきた『桜』の居場所は、『桜』が僕達と過ごした場所は間違いなく此処なのだから」
「でも、そんなの……」
「それでも信じられないか? でも信じて欲しい。僕は、桜に沢山心を救われた。出会った日から今日までずっとだ。父の事も、僕自身の事も。……桜に貰った言葉の一つ一つ、僕にとっては皆かけがえのないものだ。……本当に感謝している、これからもずっと」

 銀の言葉に桜は狼狽える。慌てて俯いた頬が、顔が、赤い。

「だから、聞いてほしい。僕がこれから言う言葉を」

 次に何を言われるのか、不安と期待で桜の瞳が揺れている。
 銀の意図を察した昂明は、すかさず合いの手を入れた。

「俺の式神は、陰陽術を心得る式神だからな。姫君の心を掴んで離さない呪だって知っているのさ」

 それは大げさすぎやしないか、と銀が笑う。

「でも僕の一生に一度しか言わない、本心からの言葉だ。ちゃんと最後まで聞いて欲しい」

 桜が神妙に頷くのを見届け、銀は目を細めた。
 そんな二人の様子を、頼央も昂明も静かに見守っている。
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