ビストロ・ノクターン ~記憶のない青年と不死者の洋食屋~

銀タ篇

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第五話:嵐がやってきた

5-8:僕の居場所

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「きょっぴー!! 良かった! 心配したんだよ!」

 僕達がビストロ・ノクターンの扉を開けると、真っ先にヴィクターが走ってきて僕に抱き着いた。

「御免なさい、ヴィクター」

「本当はあの後、僕も追いかけたかったんだけど……」

 申し訳なさそうな顔でヴィクターが僕から体を離す。

「私の代わりに戻ってジェドと台風に備えて欲しいって頼んだんだ」

 アインさんがそんなヴィクターの言葉に付け加えた。

 店内を見渡すと、ガラスが割れて飛ばないように窓には養生テープが張られている。僕達がホームセンターで買ってきたやつだ。

 更にカーテンもしっかり締めて、万が一の時にもガラスが広範囲に飛び散らないようにしてあった。
 窓が大きくて沢山あるのはお店が明るくて素敵だけれど、強大な台風がやってきたときだけは流石に心配になってしまう。
 これならきっと多少は被害が防げるに違いない。

 外に置いてあった植木も今は店内に移動させてある。
 店内のテーブルも全て端の方に逆さまにして片付けてあった。

「心配かけて御免なさい、それから……有難う御座います」

 僕はヴィクターに向き直って、頭を下げた。

「そんな、謝らないでよ、きょっぴーのせいじゃないんだから。……そうだ、それよりずぶ濡れじゃない! さっきジェドが……」

「温かいお風呂を入れてありますから、まずは体を温めてらっしゃい。でないと風邪をひいてしまいますよ」

 ヴィクターが途中まで言った後、奥からジェドさんが姿を現した。

「ジェドさん……」

 僕達が濡れて帰ってくることを見越して、お風呂を沸かして待っていてくれたんだ。
 僕が帰るのを、信じていてくれたんだ。
 そう思うとじわりと涙が滲む。

「話はお風呂の後。……行ってらっしゃい」

 そんな僕ににこりと笑って、ジェドさんは背中を押す。

「ジェド、店長はともかくとして、ワイも上から下までずぶ濡れなんやけど~?」

 自分は~?と言いたげにエミリオさんがジェドさんにアピールする。

「エミリオと私はシャワーで十分。今案内するから……」

「え~……なんやワイも風呂にな……」

「はいはいはい……じゃ、ちょっと行ってくるから。後でね」

 渋るエミリオさんを無理やり引っ張って、アインさんは笑顔で階段の方へと消えて行った。

「さ、邪魔者は居なくなったんでゆっくりあったまって来てくださいね」

 清々しい顔のジェドさんが笑う。
 雨の中僕を探しに来てくれたエミリオさんを邪魔者というのは申し訳ないけれど、ひとまず僕はジェドさんやみんなの好意に甘えてお風呂に入ってくることにした。


  ◇  ◇  ◇  ◇


「……とまあ、そういう事だったんです」

 僕はヴィクターとの買い物の帰りに祖父に遭遇したこと、その祖父によって記憶が戻ったこと。……そしてアインさんを傷つけそうになって慌てて逃げた事、エミリオさんとアインさんがそんな僕を追いかけて来てくれたことなどを掻い摘んで話した。

 それから、自分の生い立ちの事についても。
 人と少し違う、クラスの中で浮いた存在であることがだんだん分かり、中学生になる頃には家に籠りがちになった事。
 祖父がとても厳格な人で、そんな祖父に怯えてさらに籠るようになった事。

 ビストロ・ノクターンに転がり込んだのは実はヴァンパイアハンターである祖父の策略で、アインさんを狙ってのものだった。そしてアインさんの亡くなった妹さんは僕の……顔も知らない母で、人間の父と共に船の事故で亡くなった事。
 僕が、ダンピールであるという事。

 このお店に対して迷惑をかけてしまったという思いもあったので、言うべきなのか悩んだけれど、僕はこれまでの事と自分に関しての事をありのままに伝えた

「……いやぁ、きょっぴーがアインさんの甥っ子だったとはねー。滅茶苦茶驚いたよ!」

 目を丸くしてヴィクターが驚いた。
 しかし、真っ先に驚いたのが甥っ子だったという事に僕は一番驚く。

(かなり色んな驚きそうなことを話した筈なのに……)

「ほんとですよね。確かに店長の同族に近い存在だとは思っていましたけれど……」

「えっ!? ジェドさん、僕がダンピールだって気づいてたんですか!?」

 さらりと『同族に近い』と言われて僕の方が驚いてしまった。

「当然ですよ。だって暗闇の中でも電気なしで普通に歩いているし、それにチロとか普通の人間が見えないものだって視えていたじゃないですか」

「あれっ……」

 ジェドさんに言われるまで全然気づかなかったけれど、そう言われてみれば……。
 他の人にはここにやってくる一部のお客さんやチロの事が見えなかったのに、僕には見えていたし話をすることがが出来た。それってよく考えたら少し特別な事だったのかもしれない。

「あンな、きょっぴー」

 何故だか、エミリオさんが神妙な面持ちで僕の事を見ている。

「きょっぴー前に中華街で『時間が遅くなった』って言うたけどな。……あれ、違うんや。時間が遅くなったんやない、きょっぴーがびっくりするほど早うなったんや」

「へっ?」

「だから結構気づかないうちにダンピールの力、使てると思うで。きょっぴー」

 確かにあの時、周りの時間が異常な程に遅くなって、僕は時間が止まったのかと思ったんだった。
 エミリオさんの言う事が本当なら、あれは僕の速さが変わったことで感じる時間の感覚が変わっただけだったのか。確かにそれは人間離れし過ぎている。

「あとまあな。匂いでわかったわ」

 ……っていうか、匂いでわかるとか。
 それって何。

「あとテンション上がるとちょっと目が赤く光るんだよね。店長もそうだったから、もしかしたらって」

 ヴィクターもやっぱり薄々感じていたんだ。みんなそんな事一言も言わなかったから全然気づかなかった。
 僕は唖然とするばかり。

「なんだ、僕以外みんな気付いてたんですね……」

 一人で落ち込んで馬鹿みたいだ。

「私はまあ、ほぼ同族だしそれに甥っ子だしね。ダンピールである事はすぐに気づいたよ」

 少し申し訳なさそうにアインさんが口を挟む。
 その気遣いが余計になんだか居たたまれなくなってしまう。

 僕は人の事ばかり気にしていたけれど、自分も大概だったんだなぁ……。
 なんだか色々馬鹿らしく思えてきてしまった。
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