11 / 67
第二章 暮れてゆく空は
陶器まつりと幽霊子育飴
しおりを挟む
毎年8月7日~10日。
六道珍皇寺の「六道まいり」と並行して行われているのが、五条坂・陶器まつりだ。
六道珍皇寺とは徒歩圏内の立地であるため、相互に出かける市民、観光客も多い。
清水焼発祥の地とも言われる五条坂で、国道一号線を挟んでの南北両側に、何百と言う陶芸の工房がその期間出店をする。
概ね北側の歩道には、京の老舗の工房が軒を連ね、南側には若手あるいは常滑や備前と言った、国内の古窯にある工房が出店している割合が高い。
清水焼だけであれば、もしかすると10月にある山科・清水焼団地一帯で開かれる「清水焼の郷まつり」の方が、出店の数では負けているにせよ、清水焼の掘り出し物が見つかる可能性は高い。
五条坂の陶器まつりは、それこそ全国規模の焼き物が一堂に会する陶器まつりなのだ。
菜穂子がまだ小さかった頃は、祖母が六道珍皇寺に行く前、あるいは行った後、五条坂にいつも立ち寄ってくれていた。
何故なら北側の少し鴨川寄りの所に、毎年陶器で出来たミニチュアの野菜を売っているお店があり、祖母はそこでキャベツだトマトだ大根だ……と、毎年少しずつままごと用として買ってくれていたのだ。
最初はままごとの道具だったのが、お盆の御供の中身や由縁を理解出来る年齢になった頃からは、それは子供心に「曾祖父への御供」となり、やがて「祖父への御供」も、それに加わることになった。
『おばあちゃん、今年はこれとこれ買って! それ、御供にするから!』
小さな野菜を握りしめた、小さな菜穂子がそう笑い、祖母もとても嬉しそうに笑ってくれていたのを思い出す。
……そして8月7日。今年は、一人で五条坂を歩いている。
父にも母にもそれぞれの用事があり、鐘は別でつく事になっているからだ。
一緒にまとめて鐘をつかないといけないと言う決まりもないため、それぞれが行ける時に行くのだ。
既に実家ではお盆用にあれこれと買われている。そこに陶器製のミニチュア野菜は、入る余地なんて実は全くない。
それでも菜穂子にとっては、祖母との思い出が残るものだ。
子供の頃の記憶を辿りながら、道路を挟んで北側に立ち並ぶお店を、東から西へと店を探して歩いた。
ただ、時代の変化か客層の変化か、思ったほど陶器製のミニチュア野菜を売っている店を見かけない。
昔は五条坂から京阪五条まで歩けば、片手で数えられる程度にはお店はあった筈なのに、今年はもうお店が途切れると言ったところまで歩いて、ようやく一軒見つけただけである。
しかもあまり選ぶ余地もなく、トマトと大根と人参くらいしか、買うことが出来なかった。
もしかしたら、もう何年もすれば、これらすら買えなくなるのかも知れない。
自分の中にある祖母との思い出が消えていくようで、菜穂子は無意識のうちに胸元をギュッと掴んでしまっていた。
「さて、Uターンするのはいいとして……どこで左折するんやったっけかな」
五条から四条に向かって伸びる路地が実は結構ある。
もちろん全てが四条に続いているわけではなくて、途中で合流したりもする。更に一方通行もそこに加わってくるので、ここに限らず、京都市内を車で走るのは、観光客にはある意味自殺行為。
菜穂子自身も、六道珍皇寺への近道はここだと思って左折をしたところが、筋違い。
あみだくじのように何度か折れ曲がって、ようやく見知った道に出ることが出来た。
「あ、六波羅蜜寺は明日からかぁ……」
鐘をつくと言う行為自体は、六道珍皇寺に限らず周辺の六波羅地区のお寺でも行われている。
ただ、8/7~10まで鐘をつくことが出来る六道珍皇寺とは違い、六波羅蜜寺は8/8~10の間「萬燈会」と言う五山送り火の由来とされる献灯行事を夜に行い、それと共に鐘をついている。
観光客を除いては、どちらとも行くと言うことはあまりない気がするし、深町家自体も、行くのは六道珍皇寺であり、六波羅蜜寺に行くことはない。
もともと陶器まつりに行かなければ、六道珍皇寺に行くのに深町家から六波羅密寺を通ることはないからだ。
だからこそ、六波羅蜜寺すぐ側の、みなとや本舗「幽霊子育飴」も、陶器製の野菜と共に、祖母との思い出が詰まった飴だ。
その名の通り、かつて命を落とした母親が三途の川を渡るための六文銭で、我が子のために乳の代わりに飴を買って食べさせた……との逸話が残る飴らしい。
もちろん当時はそんなことは知らないし、帰ってから綺麗な琥珀色の不揃いな飴を食べるのをひたすら楽しみにしていた。
そうやってお決まりの買い物をすませてから、いつもようやく六道珍皇寺に向かっていたのだ。
六道珍皇寺の「六道まいり」と並行して行われているのが、五条坂・陶器まつりだ。
六道珍皇寺とは徒歩圏内の立地であるため、相互に出かける市民、観光客も多い。
清水焼発祥の地とも言われる五条坂で、国道一号線を挟んでの南北両側に、何百と言う陶芸の工房がその期間出店をする。
概ね北側の歩道には、京の老舗の工房が軒を連ね、南側には若手あるいは常滑や備前と言った、国内の古窯にある工房が出店している割合が高い。
清水焼だけであれば、もしかすると10月にある山科・清水焼団地一帯で開かれる「清水焼の郷まつり」の方が、出店の数では負けているにせよ、清水焼の掘り出し物が見つかる可能性は高い。
五条坂の陶器まつりは、それこそ全国規模の焼き物が一堂に会する陶器まつりなのだ。
菜穂子がまだ小さかった頃は、祖母が六道珍皇寺に行く前、あるいは行った後、五条坂にいつも立ち寄ってくれていた。
何故なら北側の少し鴨川寄りの所に、毎年陶器で出来たミニチュアの野菜を売っているお店があり、祖母はそこでキャベツだトマトだ大根だ……と、毎年少しずつままごと用として買ってくれていたのだ。
最初はままごとの道具だったのが、お盆の御供の中身や由縁を理解出来る年齢になった頃からは、それは子供心に「曾祖父への御供」となり、やがて「祖父への御供」も、それに加わることになった。
『おばあちゃん、今年はこれとこれ買って! それ、御供にするから!』
小さな野菜を握りしめた、小さな菜穂子がそう笑い、祖母もとても嬉しそうに笑ってくれていたのを思い出す。
……そして8月7日。今年は、一人で五条坂を歩いている。
父にも母にもそれぞれの用事があり、鐘は別でつく事になっているからだ。
一緒にまとめて鐘をつかないといけないと言う決まりもないため、それぞれが行ける時に行くのだ。
既に実家ではお盆用にあれこれと買われている。そこに陶器製のミニチュア野菜は、入る余地なんて実は全くない。
それでも菜穂子にとっては、祖母との思い出が残るものだ。
子供の頃の記憶を辿りながら、道路を挟んで北側に立ち並ぶお店を、東から西へと店を探して歩いた。
ただ、時代の変化か客層の変化か、思ったほど陶器製のミニチュア野菜を売っている店を見かけない。
昔は五条坂から京阪五条まで歩けば、片手で数えられる程度にはお店はあった筈なのに、今年はもうお店が途切れると言ったところまで歩いて、ようやく一軒見つけただけである。
しかもあまり選ぶ余地もなく、トマトと大根と人参くらいしか、買うことが出来なかった。
もしかしたら、もう何年もすれば、これらすら買えなくなるのかも知れない。
自分の中にある祖母との思い出が消えていくようで、菜穂子は無意識のうちに胸元をギュッと掴んでしまっていた。
「さて、Uターンするのはいいとして……どこで左折するんやったっけかな」
五条から四条に向かって伸びる路地が実は結構ある。
もちろん全てが四条に続いているわけではなくて、途中で合流したりもする。更に一方通行もそこに加わってくるので、ここに限らず、京都市内を車で走るのは、観光客にはある意味自殺行為。
菜穂子自身も、六道珍皇寺への近道はここだと思って左折をしたところが、筋違い。
あみだくじのように何度か折れ曲がって、ようやく見知った道に出ることが出来た。
「あ、六波羅蜜寺は明日からかぁ……」
鐘をつくと言う行為自体は、六道珍皇寺に限らず周辺の六波羅地区のお寺でも行われている。
ただ、8/7~10まで鐘をつくことが出来る六道珍皇寺とは違い、六波羅蜜寺は8/8~10の間「萬燈会」と言う五山送り火の由来とされる献灯行事を夜に行い、それと共に鐘をついている。
観光客を除いては、どちらとも行くと言うことはあまりない気がするし、深町家自体も、行くのは六道珍皇寺であり、六波羅蜜寺に行くことはない。
もともと陶器まつりに行かなければ、六道珍皇寺に行くのに深町家から六波羅密寺を通ることはないからだ。
だからこそ、六波羅蜜寺すぐ側の、みなとや本舗「幽霊子育飴」も、陶器製の野菜と共に、祖母との思い出が詰まった飴だ。
その名の通り、かつて命を落とした母親が三途の川を渡るための六文銭で、我が子のために乳の代わりに飴を買って食べさせた……との逸話が残る飴らしい。
もちろん当時はそんなことは知らないし、帰ってから綺麗な琥珀色の不揃いな飴を食べるのをひたすら楽しみにしていた。
そうやってお決まりの買い物をすませてから、いつもようやく六道珍皇寺に向かっていたのだ。
3
あなたにおすすめの小説
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。 〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜
トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!?
婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。
気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。
美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。
けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。
食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉!
「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」
港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。
気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。
――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談)
*AIと一緒に書いています*
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる