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第四章 手つかずの世界
この世とあの世をつなぐ場所(7)
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『貴女のお祖父様は、元は区役所勤務だったとか。なので初江王様は、書類整理や三途の川の見張りなんかの雑用を振って、お祖母様を待つことをお認めになられたみたいで』
そんな祖父は、自分が辿った死後裁判の経験から、祖母には閻魔王の審議が済んだところで、しかるべき六道の界へと進んで貰おうと考えていたらしい。
というのも、前の四人は死者の生前の行いを確認していて、五人目の閻魔王のところで最初の判断が下されるからだと、八瀬青年は言う。
そこで不服があれば、その次の変成王、泰山王のところで再度審議され、それでも決着がつかない場合に、都市王、五道転輪王とが審議を行うのだそうだ。
つまり、判決に納得をしているならば、五人の王と会うだけで六道の界に向かう場合もあると言うことだ。
祖父は、戦争に行った自分はともかく、祖母は六道の界の悪とされる三道に行くことはないだろうと信じ切っていたらしい。
『……実際はどうだったんですか?』
祖父と祖母の裁判は、それぞれどんな判決が用意されていたのか。
気になった菜穂子が聞けば、八瀬青年は人差し指を口元に立てて、首を軽く横に振った。
『個人情報ですから。たとえお孫さんと言えど、お伝えは出来かねます』
『あ……まあ、そりゃそうですね……』
『ただ、今回は裁判以前の話ではあるんですよ。なんと言っても、僕が初江王様のところまで赴いたわけなんですから』
『ああ、えっと……賽の河原にいる子どもたちのお世話っていう話……』
『だってほら、元小学校教師ですよ? そりゃ、そんな死者はいっぱいいる言われたらそれまでですけど、閻魔王様の筆頭補佐官たる僕が知っている教師は、高辻先生だけ。他の補佐官たちは誰も、自分が教わった先生にお願いをしようなどとは思いつかなかったし、今まではそこまでの問題にはなってなかった』
八瀬青年がその話を閻魔王に通した後で、他の補佐官も小学校や幼稚園の先生を六道の界で探してみたらどうかと言う話も出たらしいが、何ぶん前例もないことなので、まずは言い出した八瀬青年の推す、菜穂子の祖母に引き受けて貰って、様子を見てみようとの話に落ち着いたのだと言う。
『それで話をしに行ったら、おじいちゃんがいた――と』
『そうなんですよ。しかも、さぁ次の王のところに行こう! ぱぱっと閻魔王様のところまで行って、次の輪廻の輪に入ろう! と、それはもう凄い勢いでまくしたてていらっしゃるところに遭遇してしまって』
祖母を待って、待って、待ち続けた祖父は、ようやく会えたと言わばテンション爆上がりの状態で、さあ天道界(天国)へ! と言わんばかりの勢いだったらしい。
『そんなところにですよ、僕が「子どもたちの先生になってくれ」なんて言いに行ったら、どうなると思います?』
『どうなるって……あ、おじいちゃん、もしかして反対したとか……?』
菜穂子の問いかけに、八瀬青年が何とも言えない表情になる。
……それが、答えだ。
『苦労して戦後を乗り越えて、子どもを育てて、孫の成長をここまで見守ってきた。もう十分やろう。これ以上働かすな――とね。まあ、言うてはることは分からなくもないんですが』
『ないんですが……?』
『何が苦労かなんて、人それぞれでしょうに。それって、貴女のお祖父様の思う苦労であって、先生がそう思っているとは限らないと思いませんか』
『…………』
確かに、と菜穂子も思った。
ただそれと同時に、その理屈は祖父は認めないだろうな、とも思う。
こうと決めたら梃子でも動かない、頑固な一面を祖父は持っていたからだ。
そして大抵、そんな時は祖母や周りの家族が折れていた気がする。
『あの、おばあちゃんは何て言ってるんですか……?』
やっぱり折れたんだろうか。
とは言え、それならわざわざ八瀬青年は菜穂子に声をかけたりするだろうか。
菜穂子は固唾を呑んで、八瀬青年の言葉の続きを待った。
そんな祖父は、自分が辿った死後裁判の経験から、祖母には閻魔王の審議が済んだところで、しかるべき六道の界へと進んで貰おうと考えていたらしい。
というのも、前の四人は死者の生前の行いを確認していて、五人目の閻魔王のところで最初の判断が下されるからだと、八瀬青年は言う。
そこで不服があれば、その次の変成王、泰山王のところで再度審議され、それでも決着がつかない場合に、都市王、五道転輪王とが審議を行うのだそうだ。
つまり、判決に納得をしているならば、五人の王と会うだけで六道の界に向かう場合もあると言うことだ。
祖父は、戦争に行った自分はともかく、祖母は六道の界の悪とされる三道に行くことはないだろうと信じ切っていたらしい。
『……実際はどうだったんですか?』
祖父と祖母の裁判は、それぞれどんな判決が用意されていたのか。
気になった菜穂子が聞けば、八瀬青年は人差し指を口元に立てて、首を軽く横に振った。
『個人情報ですから。たとえお孫さんと言えど、お伝えは出来かねます』
『あ……まあ、そりゃそうですね……』
『ただ、今回は裁判以前の話ではあるんですよ。なんと言っても、僕が初江王様のところまで赴いたわけなんですから』
『ああ、えっと……賽の河原にいる子どもたちのお世話っていう話……』
『だってほら、元小学校教師ですよ? そりゃ、そんな死者はいっぱいいる言われたらそれまでですけど、閻魔王様の筆頭補佐官たる僕が知っている教師は、高辻先生だけ。他の補佐官たちは誰も、自分が教わった先生にお願いをしようなどとは思いつかなかったし、今まではそこまでの問題にはなってなかった』
八瀬青年がその話を閻魔王に通した後で、他の補佐官も小学校や幼稚園の先生を六道の界で探してみたらどうかと言う話も出たらしいが、何ぶん前例もないことなので、まずは言い出した八瀬青年の推す、菜穂子の祖母に引き受けて貰って、様子を見てみようとの話に落ち着いたのだと言う。
『それで話をしに行ったら、おじいちゃんがいた――と』
『そうなんですよ。しかも、さぁ次の王のところに行こう! ぱぱっと閻魔王様のところまで行って、次の輪廻の輪に入ろう! と、それはもう凄い勢いでまくしたてていらっしゃるところに遭遇してしまって』
祖母を待って、待って、待ち続けた祖父は、ようやく会えたと言わばテンション爆上がりの状態で、さあ天道界(天国)へ! と言わんばかりの勢いだったらしい。
『そんなところにですよ、僕が「子どもたちの先生になってくれ」なんて言いに行ったら、どうなると思います?』
『どうなるって……あ、おじいちゃん、もしかして反対したとか……?』
菜穂子の問いかけに、八瀬青年が何とも言えない表情になる。
……それが、答えだ。
『苦労して戦後を乗り越えて、子どもを育てて、孫の成長をここまで見守ってきた。もう十分やろう。これ以上働かすな――とね。まあ、言うてはることは分からなくもないんですが』
『ないんですが……?』
『何が苦労かなんて、人それぞれでしょうに。それって、貴女のお祖父様の思う苦労であって、先生がそう思っているとは限らないと思いませんか』
『…………』
確かに、と菜穂子も思った。
ただそれと同時に、その理屈は祖父は認めないだろうな、とも思う。
こうと決めたら梃子でも動かない、頑固な一面を祖父は持っていたからだ。
そして大抵、そんな時は祖母や周りの家族が折れていた気がする。
『あの、おばあちゃんは何て言ってるんですか……?』
やっぱり折れたんだろうか。
とは言え、それならわざわざ八瀬青年は菜穂子に声をかけたりするだろうか。
菜穂子は固唾を呑んで、八瀬青年の言葉の続きを待った。
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