聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
99 / 813
第一部 宰相家の居候

【植物園Side】キストの深闇(前)

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 地域一帯の領主であり、シーカサーリ王立植物園の所有主でもあるロドルフォ・ベクレル伯爵から、フィロメナ夫人の実家の領地にある商会の跡取りを研修させて欲しいと言う話を聞いた時、私は少なからず驚いた。

 王妃になる筈だった娘の破談よりこちら、公の場に姿を現す事がほぼなかったからだ。

「あのの結婚がなくなって、この領地を出た後でも友人となってくれている、とても素敵なお嬢さんなの。ああ、実家の商会の後を継ぐために懸命に努力をしているお嬢さんだから、室長様が懸念される様な事にはなりませんわ。それは私が断言致します」

 研究のために女性が来ると聞いて、やや懐疑的な表情を浮かべた私に、いつも穏やかで伯爵の後ろにいる事が多いフィロメナ夫人は、珍しくそんな風に断言してきた。

 いずれにしても、所有主の意向には基本的に逆らえない。

 ベクレル伯爵は、貴族にありがちな特権意識が薄く、基本的には「聞く耳」のある当主なので、もしその女性が風紀を乱すようなら、改めて奏上しようと内心で考えながら、いったんはその女性を受け入れた。

 わざわざ医師や薬師もいるのに、何故商会でそれを取り扱おうとするのか。やはり研究とは建前ではないのか。
 そう思っていたところが、話を聞いてみたところで、如何に自分の頭が固定観念に囚われていたのかを突き付けられる結果になった。

 薬食同源。

 体によい食材を日常的に食べて健康を保てば、特に薬など必要としない――遠い異国とやらで、そんな研究が為されていたとは、全くの初耳だった。

 確かにそれならば、即効性のある薬を調合、処方している医師や薬師の分野を脅かす事はないし、身体に良い食材と言う括りであるなら、商会が手掛けたとしても不自然ではない。

 植物が持つ可能性の限界を見極めたい――この王立植物園ほど相応しい土地は他にないだろう。

 私は、その商会の次期後継者としての実績を積みたいと言う女性、いや少女と共に、その研究を手掛けてみたいと思うようになった。

 室長となって以降、書類仕事も激増し、なかなか研究の第一線に立つ機会も少なくなってきていた。

 全く自分に媚びようとしないこの少女となら、純粋に研究に没頭出来るような気もしたのだ。
 研究成果は商会のもので構わない。私が奪う事はない――言葉を尽くしてようやく納得して貰った。

 その後、研究員たちとの顔合わせをしたところで、まさかのヴェサール語での悪口雑言と反論の応酬。

 どうせ理解出来ないだろうと思って「私目当てだろう」と吐き捨てたスヴェンソンは論外だが「自分の容姿が人並み以下な八つ当たりをこちらに向けるな」と、言い返した方も大概だ。

 こんなに優秀な次期後継者を抱えるユングベリ商会、むしろ今まで何故、フィロメナ夫人の実家領地近辺でしか商売をしてこなかったのか。

 自分の半分の年齢の少女におかしな感情を持つ事は流石にないが、彼女がどうして、私にしろ他の研究員にしろ、一切の興味を示さないのかに関しては、施設の説明をしているうちに、何となく察せられるようになった。

 もちろん、商会の後を継ぐための勉強が第一と言うのもあるだろうが、恐らくは胸元を飾るネックレスが、その最大の要因だろう。

 あれはチェーンにしろ、中央の青い石にしろ、それを取り囲んでいる石にしろ、決して安いものではない。
 それほど造詣が深くない私でも、シーカサーリでは絶対にお目にかからない品質である事くらいは分かる。

 あんな品物を贈れる程の人物が、商会の後を継ごうとする彼女の為に、果たして婿入りを是としているのだろうか。

 もしそうでないなら、少し実家の権力を使って、彼女の才能を潰す事がないように、何かしらの手を回してみても良いのかも知れない。

 一言目には「貴族としての義務が」と声高に叫ぶ実家には、出来ればあまり近寄りたくはないのだが、肝心の研究に支障をきたすようになれば、そうも言っていられなくなる。
 
 研究と並行して、少し様子を見てみようと内心では考えていた。

「普通に美味ウマいぞ⁉とても雑草とは思えない……!」

 ――そして彼女が、食材としての薬草の可能性を、翌日の昼食で披露してくれた訳なのだが。

 私を含め、食堂どころか料理人たちまでが、混乱の渦の中に叩き込まれていた。

 彼女曰く、焼いたり温めたりする事で、身体に良い要素を壊してしまう場合もあるらしいので、そのあたりはおいおい実験が必要と言う事だった。

 もともと即効性がないと言う話なので、短期に効果を確認出来ないのではと思い、とりあえず実験動物を使う事を提案しておいた。

 若干顔を痙攣ひきつらせていたのは、やはり根が商会の出であり、研究者ではないからなのだろう。
 むしろ彼女に付いて来ている従業員二人の方が、そこは納得の表情を見せていた程だ。

 その二人も、次席研究員サンダールに様子を聞けば、明日からこの植物園で正式に働いても大丈夫じゃないかと言う程の呑み込みの早さらしい。

 ユングベリ商会が持つ潜在能力には驚かされるばかりだ。

 そして、どうも商会の別の仕事として、出版社を教えて欲しいようだったので、とりあえず植物園ウチと提携しているチェルハ出版を紹介しておいた。

 今回の「身体に良い食材」としての薬草の情報を取りまとめて、研究員たちに配布する資料はいずれ必要になるだろうから、それを名目としておけば、後は彼女自身が何とでもするだろう。

 午後から王宮に至急の呼び出しをくらってしまったので、研究の手助けが出来ない分、むしろ出版社に行ってくれるなら、それはそれで良いのかも知れない。

 そう遠くないとは言え、王宮まで片道30分はかかるのだ。
 ただの社交であれば行く義理はない。
 私が王宮に向かうのは、医師あるいは薬師から「仕事」として呼ばれる時だけだ。

 そして今回はその、無視出来ない呼び出しの方に当たっていた。

 当代〝扉の守護者ゲートキーパー〟が、その任についてから、もう長い。

 ギーレンの場合、仕組みは私もよくは分かっていないが、国土の広さも関係しているのか、他国の〝扉の守護者ゲートキーパー〟に比べると、扉を維持するための魔力が多く必要になるらしい。

 年を重ねるごとに、魔力と本人の生命力とのバランスが崩れ、起き上がれなくなる者も過去には多くいて、概ねその症状が見えた頃が、交代の時期とも言われている。

 恐らくは「その時期」に差しかってきたのだろうと、関係者の多くが思い始めており、何とか新しい〝扉の守護者ゲートキーパー〟が見つかるまで、今の守護者をたせようと、医師や薬師が日々慌ただしく動いていた。

 私もそれに伴って、以前よりも王宮に呼ばれる回数が少し増えている実感はあった。

 ユングベリ商会の、彼女の研究は、恐らくは当代の〝扉の守護者ゲートキーパー〟にはもう間に合わないだろう。

 だがもしかすると、次代の役に立てる可能性は無視出来ない為、私はそれを見越して、彼女の研究に手を貸すべきなのかも知れない。

 今は――園内の薬草園から、また新たな薬草を持ち込むしかないだろう。

 まだどよめきの残る食堂を後にして、私は王宮へと向かう事にした。
しおりを挟む
感想 1,451

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話 2025.10〜連載版構想書き溜め中 2025.12 〜現時点10万字越え確定

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

ワザと醜い令嬢をしていた令嬢一家華麗に亡命する

satomi
恋愛
醜く自らに魔法をかけてケルリール王国王太子と婚約をしていた侯爵家令嬢のアメリア=キートウェル。フェルナン=ケルリール王太子から醜いという理由で婚約破棄を言い渡されました。    もう王太子は能無しですし、ケルリール王国から一家で亡命してしまう事にしちゃいます!

私の事を婚約破棄した後、すぐに破滅してしまわれた元旦那様のお話

睡蓮
恋愛
サーシャとの婚約関係を、彼女の事を思っての事だと言って破棄することを宣言したクライン。うれしそうな雰囲気で婚約破棄を実現した彼であったものの、その先で結ばれた新たな婚約者との関係は全くうまく行かず、ある理由からすぐに破滅を迎えてしまう事に…。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。