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第一部 宰相家の居候
【ギーレン王宮Side】コニーの幕引(後)
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
どうやら、私がエヴェリーナ様に見せて貰った紙面の事が、エドベリが抱えている〝裏〟の者達の誰かから、エドベリにも届けられたらしかった。
あれは、名前の事を気にしなければ、貴婦人が集まるサロンや年頃のご令嬢が集まる茶会などで、話題になるのは必定と思われるような、よく出来た恋愛小説の紹介記事だ。
普通ならばそんなものはエドベリどころか陛下の目にすら届かない。
ただ「純愛を貫く二人」を邪魔する悪役扱いでリドベリ王子やバルトルド国王などと言う登場人物が出てくれば、それは〝裏〟の彼らだって、ご注進には及ぶだろう。
ただし彼らがこの話を知った頃には、紙面自体は既に高位貴族の貴婦人ご令嬢の間で「書籍が待ち遠しい」「二人の愛の行方は⁉」などと言った状態で広がり始めており、エドベリが紙面をクシャクシャに握りしめながら、話を揉み消そうと動いたところで、どこも揺さぶれない状況が既に出来上がりつつあった。
エヴェリーナ様が言った通り「例え一字でも名前が違えば追及は無理」「あくまで街の為の情報紙面の見本として、損得勘定抜きに配られており、なおかつ次の紙面自体には、ラハデ公爵とベクレル伯爵が『街の発展の為に』後見となる事を明言しているため、話を潰す事も出来ない」状況なのだ。
「良く出来ているわ。それはもうビックリするくらい。例え一字名前が違うと主張しても、これで王家がイデオン宰相とイルヴァスティ子爵令嬢との婚姻を強要すれば、間違いなく物語と重ね合わせた人々から、王家への不満が出て来る。知ったことかと切り捨ててしまうのは簡単だけれど、求心力の低下は長い目で見たら確実に為にならない。困ったわね……」
ある日後宮の一室で、エヴェリーナ様はそう言ってため息を溢された。
さすがに私も、多分に欲張り過ぎたエドベリと陛下の自業自得的側面が強いとは言え、その評判が地の底に落ちたり、イルヴァスティ子爵令嬢とその母親が身の丈に合わない権力を持って周囲に担ぎ上げられた結果、パトリック様の時の様にエドベリの周囲を脅かすようでは――と思ったところは、しっかりとエヴェリーナ様に見透かされていた。
「お茶会で、イデオン宰相とこの商会のお嬢様とは『落としどころ』を話し合わなくてはなりませんわね」
エヴェリーナ様は、私の一歩も二歩も先を行く方だ。
「イデオン宰相とは、最後、少しお二人で話せる時間をお取りしますわね?泣いて互いの無事を確かめ合われるも良し、互いに罵り合われるも良しですわ。何事にもけじめは必要でしょう?」
――と、エヴェリーナ様は仰り、私はようやくそこで、なぜ彼女がお茶会の時間を分けたのかを理解したのだ。
お茶会当日。
エヴェリーナ様がエドヴァルドに「アンジェス国の聖女をギーレンに渡して欲しい」と申し出た事に私は驚いた。
それもエドベリの様に、単に現〝扉の守護者〟であるラガルサ殿の交代要員、それを自分で見つけてきたと言う功績を誇りたいからと言う訳ではなく「紙面により落ちた王家の評判を回復させるため」「婚姻と言うおめでたい記事で話題を上書きする」と、明確な意図をエドヴァルドに示されたのだ。
そして私から見ても、王妃の器ではないと思われるアンジェス国の聖女には、結婚式後は表舞台から退かせる事で一時の婚姻をエドベリに納得させる、とも。
事実上の王妃は、アンジェス国にとって都合が良く、シャルリーヌ嬢を諦めざるを得ないようなご令嬢を国内外問わず推挙してくれて構わない――とまで、エヴェリーナ様は仰った。
エドヴァルドの目が「実の息子の事を言われているのにそれで良いのか」と私に向けられているようだったけれど、正直、パトリック様の二の舞にならないよう、王位継承者として尊重をして下さるエヴェリーナ様の案に、私はそれ以上の代案を示せないのだから、当然だと納得さえしている。
昼食の用意をさせると、エヴェリーナ様とラハデ公爵が二人きりにして下さった後、甥はポツリと「自分にしろ使用人にしろ、実母が公爵邸に居た事を覚えている人間がほぼいない」と呟いた。
ベアトリスはエドヴァルドを産んで幾許もしない内に亡くなったのだと。
ではやはり、私が知るベアトリスの最後の姿は、魂が抜けたかの様に、笑う事も忘れたまま、イデオン公爵家へと旅立ったあの時のまま――。
落胆しかけた私を見かねたのか、エドヴァルドは私を見て「ただ」と言葉を付け足した。
「この髪と瞳が、ギーレン王家の象徴である『赤』ではなく、クリストフェル家の『青』であった事――それこそが、母が私を守ってくれた証」
「私にあるのはクリストフェルの血だけだ」
――と。
(ああ……‼)
私は溢れる涙を止める事が出来なかった。
クリストフェル家の者が、アロルド・オーグレーンを許す日は永遠にこない。
その「暗黙の掟」は、ちゃんと受け継がれたのだ。
「伯母上」
オーグレーン家の継承権放棄と、アンジェス国に帰国する事を望む甥からの、最初で最後になるかも知れない呼びかけ。
午後来る商会のお嬢さんは、どうやら私の「義理の姪」になるかも知れないと言う事らしい。
「まだ確約は貰えていないので、後押しをして下さると尚嬉しいが」
公爵の地位と宰相の地位を持つ甥は、世間的には「優良物件」である筈だが、そんな甥の求めに即答しないと言うのは珍しくもあり、商会の仕事にそれだけやりがいを感じていると言う事なのだろうか。
私は、今日この場だけでも、ベアトリスの代理のつもりで、午後、そのお嬢さんに会ってみようと思った。
「……納得のいく話し合いは出来まして?」
ダイニングで待っていて下さったエヴェリーナ様の気遣いが温かい。
「……はい。それと午後来るお嬢さんは、あの紙面の宣伝の為ではなく、本気で望んでいる風に見受けられました」
「あら。それは楽しみね」
ラハデ公爵が、ガゼボで待っていれば、ガゼボと邸宅を執事が往復する間だけだが、二人が言葉を交わす事くらいは出来るだろうと粋なコトを仰って下さったのには感謝しかなかった。
ただその後現れた黒髪の少女が、ギーレン国内でもおいそれとは見ない、鮮やかな紺青色の石を使ったネックレスを身に纏い、首周りに少なくとも二箇所は「自分の物」だと主張する痕を付けて現れるに至っては、例え昨日まで会った事がなかった甥でも「本当にウチの甥が失礼を……!」と、頭を押さえつけて公爵に詫びさせたい気持ちになった。
「サイアス、貴方、気を利かせ過ぎたのではなくて?」
…私もそう思います、エヴェリーナ様。
最後までしなければ良いと言うものではありません。
何と言っても、他所様の邸宅です。
「……申し訳ありません。私も、まさかここまでとは……」
身内びいきで「ギーレンに来てから会えていなかったんだろう」とは思えど、確かに、まさかここまで執着しているとは思いもしなかった。
ただ少女自身は、好意に気付いてはいても、その執着にはまだ気が付いていない――そんな気がした。
甥の「後押しが欲しい」とは、そう言う事なのかも知れない。
「…最近、とても貴女によく似た子を見た記憶があるわ」
エヴェリーナ様の言葉にハッと我に返って少女を見れば、確かに私にもそうだと思えた。
髪の色も、髪型も、何より間延びせず、理路整然と語る話し方がまるで違う。
それでも、どこかアンジェス国の聖女と似た雰囲気を感じるのだ。
そしてそんな少女――レイナ嬢の目が、驚いたように私に向けられている。
ああ…と私は納得した。
彼女はエドヴァルドから、全て聞かされていると。
やはり甥は、本気で彼女を望んでいるのだ。
(――オーグレーンではなく、クリストフェルの血が繋がるのだと、どうか祝福しては貰えまいか)
私がエドヴァルドの言葉を反芻しているすぐ傍で、ラハデ公爵はエヴェリーナ様とレイナ嬢とのやり取りを、半ば茫然と見守っていた。
「姉上と…対等に会話が出来るご令嬢は初めてかも知れない。シャルリーヌは、一度の説明で理解が出来る娘だった。それだけでも稀有だったが、彼女は会話の中で、自分で姉上の考えを察して、姉上に向き合っている。イデオン宰相が欲しいと願うのは当たり前だ……」
「……駆け落ちの物語は、完成させてあげるべきでしょうか?」
ラハデ公爵の呟きに、私が小声でそう返すと、公爵は軽く目を瞠った。
「……あの少女も宰相殿と同じだけの熱量を持っているのならば、そうしてやるべきかも知れませんな」
「―――」
さすがにあそこまで重くなくても良いとは思ったものの「最上位」は何だと尋ねて、慌てふためいている程度には、思いはあるのだろう。
「レイナ嬢……私が王宮内の〝転移扉〟まで手引きさせて頂きますわ」
――これで良いかしら、エドヴァルド?
どうやら、私がエヴェリーナ様に見せて貰った紙面の事が、エドベリが抱えている〝裏〟の者達の誰かから、エドベリにも届けられたらしかった。
あれは、名前の事を気にしなければ、貴婦人が集まるサロンや年頃のご令嬢が集まる茶会などで、話題になるのは必定と思われるような、よく出来た恋愛小説の紹介記事だ。
普通ならばそんなものはエドベリどころか陛下の目にすら届かない。
ただ「純愛を貫く二人」を邪魔する悪役扱いでリドベリ王子やバルトルド国王などと言う登場人物が出てくれば、それは〝裏〟の彼らだって、ご注進には及ぶだろう。
ただし彼らがこの話を知った頃には、紙面自体は既に高位貴族の貴婦人ご令嬢の間で「書籍が待ち遠しい」「二人の愛の行方は⁉」などと言った状態で広がり始めており、エドベリが紙面をクシャクシャに握りしめながら、話を揉み消そうと動いたところで、どこも揺さぶれない状況が既に出来上がりつつあった。
エヴェリーナ様が言った通り「例え一字でも名前が違えば追及は無理」「あくまで街の為の情報紙面の見本として、損得勘定抜きに配られており、なおかつ次の紙面自体には、ラハデ公爵とベクレル伯爵が『街の発展の為に』後見となる事を明言しているため、話を潰す事も出来ない」状況なのだ。
「良く出来ているわ。それはもうビックリするくらい。例え一字名前が違うと主張しても、これで王家がイデオン宰相とイルヴァスティ子爵令嬢との婚姻を強要すれば、間違いなく物語と重ね合わせた人々から、王家への不満が出て来る。知ったことかと切り捨ててしまうのは簡単だけれど、求心力の低下は長い目で見たら確実に為にならない。困ったわね……」
ある日後宮の一室で、エヴェリーナ様はそう言ってため息を溢された。
さすがに私も、多分に欲張り過ぎたエドベリと陛下の自業自得的側面が強いとは言え、その評判が地の底に落ちたり、イルヴァスティ子爵令嬢とその母親が身の丈に合わない権力を持って周囲に担ぎ上げられた結果、パトリック様の時の様にエドベリの周囲を脅かすようでは――と思ったところは、しっかりとエヴェリーナ様に見透かされていた。
「お茶会で、イデオン宰相とこの商会のお嬢様とは『落としどころ』を話し合わなくてはなりませんわね」
エヴェリーナ様は、私の一歩も二歩も先を行く方だ。
「イデオン宰相とは、最後、少しお二人で話せる時間をお取りしますわね?泣いて互いの無事を確かめ合われるも良し、互いに罵り合われるも良しですわ。何事にもけじめは必要でしょう?」
――と、エヴェリーナ様は仰り、私はようやくそこで、なぜ彼女がお茶会の時間を分けたのかを理解したのだ。
お茶会当日。
エヴェリーナ様がエドヴァルドに「アンジェス国の聖女をギーレンに渡して欲しい」と申し出た事に私は驚いた。
それもエドベリの様に、単に現〝扉の守護者〟であるラガルサ殿の交代要員、それを自分で見つけてきたと言う功績を誇りたいからと言う訳ではなく「紙面により落ちた王家の評判を回復させるため」「婚姻と言うおめでたい記事で話題を上書きする」と、明確な意図をエドヴァルドに示されたのだ。
そして私から見ても、王妃の器ではないと思われるアンジェス国の聖女には、結婚式後は表舞台から退かせる事で一時の婚姻をエドベリに納得させる、とも。
事実上の王妃は、アンジェス国にとって都合が良く、シャルリーヌ嬢を諦めざるを得ないようなご令嬢を国内外問わず推挙してくれて構わない――とまで、エヴェリーナ様は仰った。
エドヴァルドの目が「実の息子の事を言われているのにそれで良いのか」と私に向けられているようだったけれど、正直、パトリック様の二の舞にならないよう、王位継承者として尊重をして下さるエヴェリーナ様の案に、私はそれ以上の代案を示せないのだから、当然だと納得さえしている。
昼食の用意をさせると、エヴェリーナ様とラハデ公爵が二人きりにして下さった後、甥はポツリと「自分にしろ使用人にしろ、実母が公爵邸に居た事を覚えている人間がほぼいない」と呟いた。
ベアトリスはエドヴァルドを産んで幾許もしない内に亡くなったのだと。
ではやはり、私が知るベアトリスの最後の姿は、魂が抜けたかの様に、笑う事も忘れたまま、イデオン公爵家へと旅立ったあの時のまま――。
落胆しかけた私を見かねたのか、エドヴァルドは私を見て「ただ」と言葉を付け足した。
「この髪と瞳が、ギーレン王家の象徴である『赤』ではなく、クリストフェル家の『青』であった事――それこそが、母が私を守ってくれた証」
「私にあるのはクリストフェルの血だけだ」
――と。
(ああ……‼)
私は溢れる涙を止める事が出来なかった。
クリストフェル家の者が、アロルド・オーグレーンを許す日は永遠にこない。
その「暗黙の掟」は、ちゃんと受け継がれたのだ。
「伯母上」
オーグレーン家の継承権放棄と、アンジェス国に帰国する事を望む甥からの、最初で最後になるかも知れない呼びかけ。
午後来る商会のお嬢さんは、どうやら私の「義理の姪」になるかも知れないと言う事らしい。
「まだ確約は貰えていないので、後押しをして下さると尚嬉しいが」
公爵の地位と宰相の地位を持つ甥は、世間的には「優良物件」である筈だが、そんな甥の求めに即答しないと言うのは珍しくもあり、商会の仕事にそれだけやりがいを感じていると言う事なのだろうか。
私は、今日この場だけでも、ベアトリスの代理のつもりで、午後、そのお嬢さんに会ってみようと思った。
「……納得のいく話し合いは出来まして?」
ダイニングで待っていて下さったエヴェリーナ様の気遣いが温かい。
「……はい。それと午後来るお嬢さんは、あの紙面の宣伝の為ではなく、本気で望んでいる風に見受けられました」
「あら。それは楽しみね」
ラハデ公爵が、ガゼボで待っていれば、ガゼボと邸宅を執事が往復する間だけだが、二人が言葉を交わす事くらいは出来るだろうと粋なコトを仰って下さったのには感謝しかなかった。
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「サイアス、貴方、気を利かせ過ぎたのではなくて?」
…私もそう思います、エヴェリーナ様。
最後までしなければ良いと言うものではありません。
何と言っても、他所様の邸宅です。
「……申し訳ありません。私も、まさかここまでとは……」
身内びいきで「ギーレンに来てから会えていなかったんだろう」とは思えど、確かに、まさかここまで執着しているとは思いもしなかった。
ただ少女自身は、好意に気付いてはいても、その執着にはまだ気が付いていない――そんな気がした。
甥の「後押しが欲しい」とは、そう言う事なのかも知れない。
「…最近、とても貴女によく似た子を見た記憶があるわ」
エヴェリーナ様の言葉にハッと我に返って少女を見れば、確かに私にもそうだと思えた。
髪の色も、髪型も、何より間延びせず、理路整然と語る話し方がまるで違う。
それでも、どこかアンジェス国の聖女と似た雰囲気を感じるのだ。
そしてそんな少女――レイナ嬢の目が、驚いたように私に向けられている。
ああ…と私は納得した。
彼女はエドヴァルドから、全て聞かされていると。
やはり甥は、本気で彼女を望んでいるのだ。
(――オーグレーンではなく、クリストフェルの血が繋がるのだと、どうか祝福しては貰えまいか)
私がエドヴァルドの言葉を反芻しているすぐ傍で、ラハデ公爵はエヴェリーナ様とレイナ嬢とのやり取りを、半ば茫然と見守っていた。
「姉上と…対等に会話が出来るご令嬢は初めてかも知れない。シャルリーヌは、一度の説明で理解が出来る娘だった。それだけでも稀有だったが、彼女は会話の中で、自分で姉上の考えを察して、姉上に向き合っている。イデオン宰相が欲しいと願うのは当たり前だ……」
「……駆け落ちの物語は、完成させてあげるべきでしょうか?」
ラハデ公爵の呟きに、私が小声でそう返すと、公爵は軽く目を瞠った。
「……あの少女も宰相殿と同じだけの熱量を持っているのならば、そうしてやるべきかも知れませんな」
「―――」
さすがにあそこまで重くなくても良いとは思ったものの「最上位」は何だと尋ねて、慌てふためいている程度には、思いはあるのだろう。
「レイナ嬢……私が王宮内の〝転移扉〟まで手引きさせて頂きますわ」
――これで良いかしら、エドヴァルド?
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