聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
101 / 785
第一部 宰相家の居候

217 馬車での〝お約束〟

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 無言のままキスト室長の邸宅おやしきを出て、馬車に乗り込んだところまでは良かったんだけれど、何故かエドヴァルドが向かいではなく、隣に腰を下ろしてきた。

「え?あのっ……」

 そのまま肩から頭の後ろに手が回って、コテン、とエドヴァルドの肩に頭をもたせかけられた。

「――言いたい事でも、ぶつけたい言葉でも、あれば聞く。何度も言うが、私がそれをいとう事はない。だからそうやって、黙って切れそうな程にてのひらを握りしめるのは止めてくれ」

「……っ」

 どうやら無意識に、またやっていたらしい。

「……すみません」
「謝罪を聞きたい訳ではないのだが」 
「す…いえ」

 気付けば「すみません」の自縄自縛に陥りそうで、さすがに私もそれ以上は言えなくなった。

「その、私……自分の甘さを思い知らされたと言うか」

 ややあってポツリと呟けば、私の頭にあるエドヴァルドの手が、僅かに揺れた。
 ただ何も言わないのは、そのまま「聞く」と言う事なんだろう。

「まさか何もかもを手中に収めて帰ろうと思っていた訳ではないだろう――そう、エヴェリーナ妃に言われました。それは、そうなんですよ。お互いにを差し出して、手打ちに――それも、そうなんですよ。……ただ」

 またてのひらを握りかけて、今度は自分で気が付いたので慌ててそれをほどく。

「私の知らないところで、今まで通りやりたい放題の生活をして、勝手にすれば良いとは思っていたんですけど……意思のない、ただの〝転移扉〟の為の『器』として生きろとまで思っていた訳じゃなかったと言うか……」

「……レイナ」

「で…でもっ、やっぱり妹の『補佐おもり』はもうごめんで。だとしたら、妹の未来を察しながらも黙って帰る事になる訳で……。見放すのではなく、選んだ――って、何だか自分が楽になるために、エドヴァルド様を利用するみたいじゃないですか?どうしても、そこがモヤモヤすると言うか、割り切れないと言うか……いやっ、甘いって言われるのは分かってますよ?分かってるんですけど――」

「……貴女は、本当に」

「エドヴァルド様?」

 盛大なため息が聞こえてきて、私は思わず身体を離そうとしたけど、かえって力を入れられて、身動きがとれなくなってしまった。

「甘いとか、甘くないとかの問題じゃないんだ。私は、全て受け入れると何度も言っている筈だ。私に貴女の全てを独占させてくれるのなら、それで対等だと。いくらでも利用すれば良いだろう。なぜそこで躊躇をする?」

「で…でも……」

「それとも貴女も、内心ではアロルド・オーグレーンの血を引く私を嫌悪しているのか?高位貴族は皆、いつかあのように人を人とも思わぬ振る舞いに及ぶかも知れないと?」

「そ…っ、それは違います!親がだったと言うだけなら、ウチもそうでしたし……コ、コニー夫人はとても良い人みたいですし、血筋だけで嫌悪なんて……!」

「なら――」

「エ、エドヴァルド様が…っ」

 何となく、こちらを向いているだろう視線は感じるものの、私は敢えてそのままエドヴァルドの言葉を遮った。

「エドヴァルド様が…やっぱり内心では、妹を見捨てる私を軽蔑するかも…って、それが……怖くて…っ」

「!」

 エドヴァルドの身体が、僅かに揺らいだ気がした。
 やはり図星なのかと、ならばもう一緒かと、そのまま内心を吐露してしまう。

「し、失望されたくなかったし…っ、だって私、多少アタマが回るくらいしか取り柄が――⁉︎」

「――本気で」

 だけど予想に反して、エドヴァルドは真顔でこちらを覗き込んできた。
 すぐ目の前に、紺青色の瞳が飛び込んでくる。

「本気でそう思っていたのか?全てこちらの都合で巻き込んでおきながら、私が貴女を軽蔑し、貴女に失望すると――そんな風に?」

「だ…って…」

 すっかり聖女いもうとには失望し、軽蔑しているだろうに――。
 私の言いたい事を察したエドヴァルドが表情かおを歪めた。

「そもそも勝手に召喚しておきながら手を離す、私とフィルバートの方がより罪が深い。軽蔑も失望も、する権利があるのは、貴女であって、私ではない」

「!」

「それと、いいか?聖女マナを望んだのはエヴェリーナ妃、つまりはギーレン王家だ。こちらから押し付ける訳ではない」

「そ…れは…」

「詭弁ではないだろう?婚姻と言う慶事で貴女がばら撒いた記事を上書きしようとしているのだから、間違いなく、ギーレン主導の『要求』だ。そして確実にエヴェリーナ妃は、聖女マナにエドベリ王子との婚姻を勧めて、首を縦に振らせるだろう。私や、仮に貴女が警告をしたとしても、かえって意地になる事は目に見えている。そもそも、あの妃に太刀打ち出来る筈もないだろうがな」

 舞菜とエヴェリーナ妃。
 ああ…うん、考えるまでもなく誘導されそうだと、そこは私も納得してしまった。

「そして私は国を優先して、エヴェリーナ妃の申し入れに応じる。聖女本人も納得するだろう事だしな。だから言っているんだ。貴女が見放す訳ではないと」

「―――」

 言葉を続けられなくなった私の頬に、そっとエドヴァルドの手が触れられる。

「聖女が一人、国の都合で入れ替わるだけだ。そして私は、貴女をそこに巻き込むつもりはない。貴女は私と共にギーレンを出るんだ。…出てくれるのだろう?」

「エドヴァルド様……」

 ――唇が重なる寸前に馬車が着くとか、もう〝お約束〟ですよね、ハイ。

*        *         *

 そして、本日の王立植物園食堂ランチ。

 ・さつまいもチャウダー(さつまいも、タマネギ、人参、ベーコン)
 ・野菜の肉巻き(人参、ナス、さやいんげん)
 ・野菜の卵包み焼き(キャベツ、タマネギ、えのき)

 研究をしているのか、給食担当の管理栄養士をしているのか……以下略。

 …と言うか、前日に植物園の食堂の厨房料理人さん達に話はしておいたけど、まさかフルコースにも出来ないだろうと、室長とも確認はしたけど。

 ――私の隣りで、宰相閣下エドヴァルドが物珍しげに料理を眺めてます。

 いやぁ…ファルコのスープとか私のオムレツとかも普通に食べていたくらい、こだわりが少ない人だって言うのは分かってたけど。

 それにしたって、この風景の馴染まなさは如何いかんともしがたい訳で。

 半径1mくらいは、結界でも張られているのかと言うくらいに、研究員の皆様が遠巻きだ。

 ひそひそと「ユングベリ嬢の婚約者が敵情視察に来たらしい」「え、連れ戻されんのか⁉︎」などなど…遠巻きになったところで、全然ヒソヒソ話になってないから!

 室長と私と、イザクとシーグは逃れようもない訳だけれど。

「そう言えば私の邸宅やしきでも、緑色の野菜が身体に良いとかどうとか言っていたと、聞いた気がするな……その延長か」

「未病医学とも予防医学とも言ってましたけど。病気を『治す』んじゃなくて、病気に『しない』事を究極の目標にしている研究分野ですね」

「まあ、確かにそれは斬新だな」

「その…出来れば彼女には、商会の仕事を続けて貰いたいのですが……?」

 私とエドヴァルドが、公爵邸の朝食よろしく話をしていると、キスト室長がおずおずと会話に入ってきた。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。