聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

218 植物園の食堂会議

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「閣下の家格を考えれば、まさか商会の入婿は不可能でしょうし。かと言って、彼女を貴族社会に押し込めてしまうのは、あまりにも惜しい。私如きが口を挟める事ではないのかも知れませんが、是非ご一考頂ければと」

 キスト室長の言葉に、何の話だと目をいたのは、多分私だけ。

 半径1mのの向こう側は頷く人多数。

「まぁ、植物園ここに来た経緯とか、だいぶ薄まったにしろそのとか見たら、商会の跡取り娘には大貴族の婚約者がいて、結婚を機に仕事を辞めさせられるのでは――と、室長以下大多数の目には映ってる」

 私にしか聞こえないような小声で教えてくれたのはイザクで、シーグはその隣で黙って頷いていた。

「痕?」

 トントンと、自分の首筋を叩いて教えてくれるイザクは、親切と言うよりは――多分皮肉や厭味。

 この前、天然仕様の首席研究員リュライネンに盛大に暴露された事を思い出して、私は思わずあらぬ方向に視線を逸らした。

「……随分と、植物園ここに馴染んだらしい」

 あれ?何だかすぐ傍の宰相閣下エドヴァルドの周囲の空気が冷たいです。

「予防医学の話もそうですが、植物園を一般市民にもっと親しんで貰うためと考えられた無料配布の紙面も、シーカサーリの街ごとを巻き込みましたからね。特に研究施設などは、日頃から変人の巣窟のように遠巻きに眺められていましたから、それが今や、街を歩けば普通に挨拶をされると、中には休日明け、感激して食堂で語る研究員もいるようですし」

 逆に今までどんな様子だったんだと、思わず内心でつっこんでしまったけど、さすがに今、口には出せない。

「何でも正妃エヴェリーナ様のご生家に近い領地にしかない果物を使った、貴重な茶葉の取り扱いに関しても、競争入札にまでこぎつけているとか。これが取り扱えるようになれば、商会の立場はベクレル伯爵夫人の実家領地周辺どころか、ギーレン国全土にわたって顔が利くようになる。もちろん、この植物園との定期的な取引に関しても、商会の規模が変われば当然可能になる。全てユングベリ嬢の手腕だ。ここで手を引いてしまうのは、とても見ていられないのですよ」

「………」

 そして空気が更に冷えました。
 最終目的かけおちの為とは言え、そこまでする必要はあったか?――と、心の声が聞こえます。

 なりゆきです!
 結果的にそうなっただけです!

 ……目で訴えてみたけど、何だか逆効果だったかも知れない。

「……彼女の才能は否定しない。だが、何度言っても、何を言っても、結局無茶をする。首根っこを掴んで連れて帰りたくなってしまうのは、間違っていると?」

 冷やかすぎる声に思わず視線を逸らしたのは私だけで、どこからか「あー…」と言う声も聞こえた気がした。

「何だかんだと言って、イザク達もレイナには甘い。ほぼ抑止になっていないからな」

 イザクもバツが悪そうに明後日の方向を向いている。

「貴族社会がどうのと言う話ではないと仰るか」

「かつて近しい身内で、望まぬ事を強要されて、心を壊した者がいた。私はレイナを二の舞いにするつもりはない。つもりはないのだが――」

「あまりに危なっかしすぎる、と」

「私や室長ほどに、貴族社会の闇を知らぬが故に、尚更に」

 エドヴァルドの言葉に、辺境伯家次男のキスト室長は、何かしら思うところがあったようだった。

「ふむ……閣下の言いたい事は、何となくですが理解出来ました。商会を潰すつもりがないと仰るのであれば、彼女が植物園ここにいる間、あるいは後々もここを訪れる限りは、なるべくフォローをするようにはします。であれば、今しばらくは商会の仕事を手掛けさせて貰えますか?」

「………同時にも厳重に行って貰えるのであれば、検討しよう」

「………なるほど。意外に閣下は狭量だと言う事を周知させれば宜しいのでしょうね」

「何とでも」

 冷やかな空気の中で含みのある会話が交わされ、その後「さて」と、空になった食事のトレイを持ったキスト室長が立ち上がった。

「植物園の見学と、研究施設の見学。一通り見て頂いて、最後に私個人の研究室兼応接室にご案内しよう。の手順書の件、ご一緒に薬草の在庫確認をされては如何か。収穫あるいは取り寄せる材料がなければ、即日一式手渡す事も可能になりますから」

「!」

 セルフ返却の概念が全くないエドヴァルドが面食らっているので、私が慌てて二人分を持とうと手を伸ばすと、察したイザクが素早く自分の分とエドヴァルドの分をすくい上げた。

「ありがと、イザク」
「お嬢様はご自分で」
「分かっておりマス」

 そんな軽口を交わしながらトレイを戻しに行くと、キスト室長が興味深そうに私とイザクを振り返った。

「時折、口調が気安いと思っていたら…あれか、イザクはもしかして商会の従業員じゃなく、閣下が貴女を心配して付けた部下なのか?」

「本来は……まあ、そう言う事ですね。調合担当なのは間違ってないんですけどね?」

「イザクの腕が確かなのは、見ていれば分かる。しかしまあ、閣下が心配性なのか、貴女にそれだけ心配をかけている前科があるのか――」

 苦笑交じりのキスト室長に、イザクが「敢えて両方、と」大真面目に答えているのは、ちょっと心外だ。

「……イザク、やっぱ一緒に氷漬けみたいだよ」

 そして私が否定をするより先に、背中が寒い。

「……俺とした事が。日頃の愚痴で余計な事を」

 シーグはずっと無言だけれど、俯いた肩がちょっと揺れていた。

 キスト室長はそれを見て「なるほど両方か」と、一人納得している。

「確かに、薬草の横流しの件なんかは特に、本来なら自警団案件だしな。ああ言った時に大人しくしているよう説得する事が必要と言うなら、分かりやすい例えではあるな。あれは確かに、イザクがいれば良かった。最後押し負けたと言う点でも、閣下の指摘は正しいしな」

 ノーと言えない〇〇人ならぬ〝鷹の眼〟。
 口にしたら怒られそうなので、不本意そうなイザクを横目に、私はだんまり。

「しかしユングベリ嬢だけでなくイザクも、ウチの首席研究員リュライネンとの共同研究をどうするか、考えなくてはならないだろうな。本来であれば、閣下あるいはユングベリ嬢と行動を共にするのだろうが、研究の進捗状況を考えると、恐らくはリュライネンも君にいて欲しいんじゃないかとは思うんだが……」

「室長……」

 歩きながら、イザクが何とも言えない表情を見せる。

「ああ、完成したら王家に手順書レシピを献上するかしないか含めて、相談しないといけなかったですよね」

 今ちょうどエドヴァルドもいて、後でキスト室長の研究室で一緒に相談するのも良いかも知れない。

「あ、そう言えばイザク、イザクの元のレシピで予備作ったんだっけ?一応あとで馬車留めにいるナシオにでも預けられる?」

 恐らくは、そう遠くないうちに帰れる手筈は整ってきているものの、念の為に用意しておくのはきっと大事。

 イザクもそれはそうだと思ったのか「大丈夫だ、後で預ける」と頷きながら答えた。
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