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第一部 宰相家の居候
226 もう一人のアルビレオ(後)
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「ウチはまぁ…そのうち分かると思うから気にしないで、とりあえず戻って来てー」
私がシーグの前で軽く手を叩くと、ようやくハッと我に返っていた。
「あ、あのっ」
「うん、私の国における双子の扱いとか、聞きたいコトは色々あるのかも知れないけど、それはまたあとでね。今はリックの話をしようね」
確か〝蘇芳戦記〟上の二人は、双子を忌み嫌った養子縁組先の祖父母の影響で母親とシーグとがベルィフの家を出され、更に養母を嫌ったリックが家を飛び出して、母親と妹を追いかけた筈で、その設定が生かされているのなら、リックの方にもシーグへの家族としての愛情はある筈なんだけど。
ちなみに母親が病に倒れ、身動きが取れずにいたところに、お忍び視察中だったエドベリと出会って拾われた――なんて逸話付きだ。
「リック……」
軽く唇を噛んで俯いたところから言っても、シーグの方には少なくとも兄妹としての情は、今もあるように見えた。
「あー…シーグが生きてるって分かれば動いてくれるような感じ、かな?」
私がちょっと下の方から顔を覗き込んで見れば、シーグは太腿に乗せた手をキュッと握りしめながら「多分……」と答えた。
「アンジェスの工作員に捕まったと知れれば『妹の仇―!』なんて、怒り狂う感じ?」
「多分……」
「そっか。じゃあ起きたら問答無用で殴り掛かる恐れがあるよって、ファルコに警告しておかなきゃかな」
私がそう言ってイザクを見やると、理解したとばかりにイザクは片手を上げた。
「まあその程度の警戒はすると思うが、なかなかこっちの話を聞かない可能性もあるな。やっぱり直に合わせた方が良さそうだ」
「え、どうやって?ナリスヴァーラ城の方にシーグ連れて行くのって、色々マズくない?エドベリ殿下の配下の人達目に入る可能性が格段に高くなるのに。だから面通ししないって話だったんじゃ?」
「それは、そうだ。かと言ってベクレル伯爵邸も問題外だ。だからここは俺が今日、植物園に泊まり込む申告を室長にして、研究室で場を設けるのはどうだって話もファルコとしていた」
え…と思わず私もシーグもイザクを見たけれど、どうやら真面目に検討中の案らしかった。
「お館様が来ると言うからこっそり出られないし、入れないだけで、実際は、ファルコとあと一人二人がその少年を担いで来るんなら普通に出来るからな」
「……そっか」
普通って何と思いながらも、出来るだろうなとも同時に思ってしまう。
だいぶ〝鷹の眼〟に慣らされてるなー、私も。
「それに植物園の方が、拗れた時に他の薬も探しやすいしな。何しろ原材料の宝庫だし、実験に使ったと言えば多少は事後報告でも許されるだろう」
しれっと鬼畜です、イザクさん。
シーグの顔色が悪くなってますよー。
「え、でもイザクが残るって言ったら、洩れなく首席研究員サンも残るって言い出すんじゃないの?今もうほとんど一緒にやってるんでしょ?」
「まあそうだろうが、途中でちょっと居眠りして貰うくらい、いくらでもやりようがある」
「……ソウデスネ」
すみません、愚問でした。
「二人ほどエドヴァルド様の所から、人数割く分には大丈夫なの?まあとりあえず、今捕まってる襲撃者達から余計な報告が王宮に行かないようにさえしておけば、少なくとも夜の間は追加の襲撃はないかも知れないけど」
「その通りだ。お館様も、そもそもその少年がニセモノを攫って、誘拐に成功したって報告をしてくれるなら、ファルコに、お嬢さんの所に戻れって仰ってるみたいだしな。そこはもう、許可は得てあると思って良い」
どうやら事前に、リックがどう出るかの回答次第で、対応をいくつか考えていたかの様な雰囲気だ。
私の疑問に迷いなくスラスラと答えていくくらいなのだから。
「……ちなみにイザク」
「お嬢さんの『立ち会いたい』は却下だとも、お館様からは伝言を受けてる」
うわぁ、やっぱり!
私は盛大に顔を痙攣らせた。
「いや、でもほら、シーグ説得したの私だし、ここは付き添いとして一緒にいた方が……見るからに物騒なお兄さんたちばっかりだと、余計に逆上するかも知れないし……」
「あのな。そんなに〝鷹の眼〟の寿命を縮めたいか?」
イザクは真顔だ。
そもそも、襲撃者に相対するよりエドヴァルドを怒らせる方が怖いとは、これいかに。
むう…と私が口をへの字に歪めたところで「あ、あのっ…」と、シーグが珍しく声を上げた。
「イザクさんは、強硬手段でちゃんとお嬢様を睡眠薬で眠らせたのに、一人で行くのが不安だった私が、回復薬で起こして連れて来ちゃった――って言う設定は、どうでしょうか……」
「「設定」」
予想だにしなかった方向からの援護射撃に、私とイザクが気せずして、揃って声をあげた。
「そのっ、リックの事はもちろん心配なんですけど…っ、それより、う…『裏切り者!』とかって罵られたら、私一人じゃどう反論して良いか……。私が殿下を裏切った訳じゃないと、説明してくれるのはお嬢様の方が良いんじゃないかと……」
「まあ、あの丸めこみを、余人にやれと言っても――っ!」
丸めこみとか言ってる時点で、私が思い切りイザクの足を踏みつけたので、流石にちょっと顔を顰めている。
「決まり!シーグが付いて来て欲しいって言ったから行くってコトで、以上終わり!大丈夫、しばらくは隣の部屋とか、違うところで待機しながら様子を見てるから!」
「……二人とも、氷漬けになっても言い張れるんだな?」
「⁉︎」
「ああっ、シーグは心配しないで!ステキな案を考えてくれたんだもの。ちゃんと私が二人分怒られるから!」
驚いた様に目を瞠るシーグの膝に、そっと手を乗せる。
「シーグ。どのみちエドベリ殿下と国王陛下にこの誘拐案を実行されたら、むしろ周辺諸国からのいい笑い物になるから。これは阻止の為の作戦の一環。そう、リックも説得してくれる?私もイザクも、隣で付いていてあげるから」
不意に名前を出されたイザクがちょっと驚いていたけど、シーグからの視線を併せて受けて、一瞬答えに困っていた。
「まあ……そうだな。ファルコたちよりはまだ、俺の方が接点はこれまであったワケだから、お嬢さんと一緒に場にいてやる事はやぶさかじゃない」
「お、お願いします、ぜひ!」
パッと表情を明るくしたシーグを横目に、私は軽くイザクを睨んだ。
「ねえ、もしかして最初から――」
「――何の話だ。一人で氷漬けを引き受けてくれるんだろう?どうせお館様も、半分くらいは期待していないだろうしな。懲りるが帰って来るとも思ってないんだろう」
「えぇ……」
いつか帰る事を信じてくれたって良いと思うんだけどな。
「ウチはまぁ…そのうち分かると思うから気にしないで、とりあえず戻って来てー」
私がシーグの前で軽く手を叩くと、ようやくハッと我に返っていた。
「あ、あのっ」
「うん、私の国における双子の扱いとか、聞きたいコトは色々あるのかも知れないけど、それはまたあとでね。今はリックの話をしようね」
確か〝蘇芳戦記〟上の二人は、双子を忌み嫌った養子縁組先の祖父母の影響で母親とシーグとがベルィフの家を出され、更に養母を嫌ったリックが家を飛び出して、母親と妹を追いかけた筈で、その設定が生かされているのなら、リックの方にもシーグへの家族としての愛情はある筈なんだけど。
ちなみに母親が病に倒れ、身動きが取れずにいたところに、お忍び視察中だったエドベリと出会って拾われた――なんて逸話付きだ。
「リック……」
軽く唇を噛んで俯いたところから言っても、シーグの方には少なくとも兄妹としての情は、今もあるように見えた。
「あー…シーグが生きてるって分かれば動いてくれるような感じ、かな?」
私がちょっと下の方から顔を覗き込んで見れば、シーグは太腿に乗せた手をキュッと握りしめながら「多分……」と答えた。
「アンジェスの工作員に捕まったと知れれば『妹の仇―!』なんて、怒り狂う感じ?」
「多分……」
「そっか。じゃあ起きたら問答無用で殴り掛かる恐れがあるよって、ファルコに警告しておかなきゃかな」
私がそう言ってイザクを見やると、理解したとばかりにイザクは片手を上げた。
「まあその程度の警戒はすると思うが、なかなかこっちの話を聞かない可能性もあるな。やっぱり直に合わせた方が良さそうだ」
「え、どうやって?ナリスヴァーラ城の方にシーグ連れて行くのって、色々マズくない?エドベリ殿下の配下の人達目に入る可能性が格段に高くなるのに。だから面通ししないって話だったんじゃ?」
「それは、そうだ。かと言ってベクレル伯爵邸も問題外だ。だからここは俺が今日、植物園に泊まり込む申告を室長にして、研究室で場を設けるのはどうだって話もファルコとしていた」
え…と思わず私もシーグもイザクを見たけれど、どうやら真面目に検討中の案らしかった。
「お館様が来ると言うからこっそり出られないし、入れないだけで、実際は、ファルコとあと一人二人がその少年を担いで来るんなら普通に出来るからな」
「……そっか」
普通って何と思いながらも、出来るだろうなとも同時に思ってしまう。
だいぶ〝鷹の眼〟に慣らされてるなー、私も。
「それに植物園の方が、拗れた時に他の薬も探しやすいしな。何しろ原材料の宝庫だし、実験に使ったと言えば多少は事後報告でも許されるだろう」
しれっと鬼畜です、イザクさん。
シーグの顔色が悪くなってますよー。
「え、でもイザクが残るって言ったら、洩れなく首席研究員サンも残るって言い出すんじゃないの?今もうほとんど一緒にやってるんでしょ?」
「まあそうだろうが、途中でちょっと居眠りして貰うくらい、いくらでもやりようがある」
「……ソウデスネ」
すみません、愚問でした。
「二人ほどエドヴァルド様の所から、人数割く分には大丈夫なの?まあとりあえず、今捕まってる襲撃者達から余計な報告が王宮に行かないようにさえしておけば、少なくとも夜の間は追加の襲撃はないかも知れないけど」
「その通りだ。お館様も、そもそもその少年がニセモノを攫って、誘拐に成功したって報告をしてくれるなら、ファルコに、お嬢さんの所に戻れって仰ってるみたいだしな。そこはもう、許可は得てあると思って良い」
どうやら事前に、リックがどう出るかの回答次第で、対応をいくつか考えていたかの様な雰囲気だ。
私の疑問に迷いなくスラスラと答えていくくらいなのだから。
「……ちなみにイザク」
「お嬢さんの『立ち会いたい』は却下だとも、お館様からは伝言を受けてる」
うわぁ、やっぱり!
私は盛大に顔を痙攣らせた。
「いや、でもほら、シーグ説得したの私だし、ここは付き添いとして一緒にいた方が……見るからに物騒なお兄さんたちばっかりだと、余計に逆上するかも知れないし……」
「あのな。そんなに〝鷹の眼〟の寿命を縮めたいか?」
イザクは真顔だ。
そもそも、襲撃者に相対するよりエドヴァルドを怒らせる方が怖いとは、これいかに。
むう…と私が口をへの字に歪めたところで「あ、あのっ…」と、シーグが珍しく声を上げた。
「イザクさんは、強硬手段でちゃんとお嬢様を睡眠薬で眠らせたのに、一人で行くのが不安だった私が、回復薬で起こして連れて来ちゃった――って言う設定は、どうでしょうか……」
「「設定」」
予想だにしなかった方向からの援護射撃に、私とイザクが気せずして、揃って声をあげた。
「そのっ、リックの事はもちろん心配なんですけど…っ、それより、う…『裏切り者!』とかって罵られたら、私一人じゃどう反論して良いか……。私が殿下を裏切った訳じゃないと、説明してくれるのはお嬢様の方が良いんじゃないかと……」
「まあ、あの丸めこみを、余人にやれと言っても――っ!」
丸めこみとか言ってる時点で、私が思い切りイザクの足を踏みつけたので、流石にちょっと顔を顰めている。
「決まり!シーグが付いて来て欲しいって言ったから行くってコトで、以上終わり!大丈夫、しばらくは隣の部屋とか、違うところで待機しながら様子を見てるから!」
「……二人とも、氷漬けになっても言い張れるんだな?」
「⁉︎」
「ああっ、シーグは心配しないで!ステキな案を考えてくれたんだもの。ちゃんと私が二人分怒られるから!」
驚いた様に目を瞠るシーグの膝に、そっと手を乗せる。
「シーグ。どのみちエドベリ殿下と国王陛下にこの誘拐案を実行されたら、むしろ周辺諸国からのいい笑い物になるから。これは阻止の為の作戦の一環。そう、リックも説得してくれる?私もイザクも、隣で付いていてあげるから」
不意に名前を出されたイザクがちょっと驚いていたけど、シーグからの視線を併せて受けて、一瞬答えに困っていた。
「まあ……そうだな。ファルコたちよりはまだ、俺の方が接点はこれまであったワケだから、お嬢さんと一緒に場にいてやる事はやぶさかじゃない」
「お、お願いします、ぜひ!」
パッと表情を明るくしたシーグを横目に、私は軽くイザクを睨んだ。
「ねえ、もしかして最初から――」
「――何の話だ。一人で氷漬けを引き受けてくれるんだろう?どうせお館様も、半分くらいは期待していないだろうしな。懲りるが帰って来るとも思ってないんだろう」
「えぇ……」
いつか帰る事を信じてくれたって良いと思うんだけどな。
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