聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

227 植物園、ひみつの食堂会議

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 本日の王立植物園食堂ランチ。

 ・ニンジンのチヂミ(にんじん、白ごま、ニラ)
 ・ごはんなしクッパ風スープ(ソイミート、大根、にんじん、しいたけ、ねぎ)
 ・大学芋(さつまいも、黒ごま)※みりんや醤油がないので、はちみつで代用

 研究をしているのか、給食担当の管理栄養士をしているのか……以下略。

「ユングベリ嬢。この連日の野菜メニューだが、一般開放区のレストランでも提供をして、植物園の名物として訴求していくのはどうかとの話が、ソルディーニ園長から来ているんだ。職員の一人からは、紙面に毎回一食ごとのレシピを掲載していくのも良いんじゃないかとの話も出ているらしい」

 植物園に着いて、私が研究室で内部向けのレシピと栄養価と効能に関して、ちまちまと書面を書き起こしていると、キスト室長がそんな風に話しかけてきた。

「ああ、いいですねそれ」

 自分が出した案を誰かが認めて、更に改良を加えてくれると言うのは嬉しいものだ。

「レシピを掲載して『どんな味かいきなり作るのが不安な人は植物園に来て下さい』ってやれば良いでしょうしね。植物園のレストランで一度提供したものを掲載するようにすれば、もしかしたら『無料でレシピなんか載せて!』って言い出す人がいても『植物園の方が先に提供してますし』で通せますもんね」

「あ、ああ。そうだな」

 私がOKを出した上に、追加案まで出されたキスト室長が、一瞬ちょっと怯んだ。

「さすがに植物園の野菜や果物は希少種を使っている場合もあるが、基本的にはどれもこれも原価が安い、あるいは自作すら可能な作物もある。まして病気になりにくい身体を作れる可能性があると聞けば、反響は大きい筈だとソルディーニ園長も言っているし、そこは私もそう思っている」

「そうですね。特に今まで見向きもされていなかった植物とかがあれば、飢饉が起きた時とかにも役に立つかも知れませんし」

「ああ。私自身、今まで〝扉の守護者ゲートキーパー〟の体調管理にばかりかかずらっていたから、ラガルサ殿が退いた後はこちらに注力するのも良いかも知れない」

 もちろん新薬の治験はさせて貰うが――と、最後のところだけ、キスト室長の声が小声だった。

 そこはブレないんですね、室長。

「それとさっき、イザクから深夜の研究室使用申請が出されたんだが、これは貴女も了承済みの話か?」

「はい、聞いてます。と言うか私もイザクほど遅くまでいるつもりはないですけど、時間外滞在は許可していただきたいです。――主にこれを書き進めると言ったところで」

 本音であり、私が夜も植物園にいるための理由でもあるところを説明すると、キスト室長の眉が僅かに寄った。

「本来ならば、即却下と言いたいところだが……閣下絡みで時間がないと言ったところか」

「そうですね。もちろん関わった案件の手を途中で離すつもりはありませんけど、どうしても一度、一緒に戻る必要はあるので」

 さすがに、おいそれとエドヴァルドの名前を出せないキスト室長も「閣下」呼びだ。

「仕方がない。イザクはともかく、貴女の『徹夜』は少なくとも認めない。これで良いか?」
「充分です、有難うございます」

 それと…と、キスト室長がそのまま声を潜めた。

「明日の朝、私は王宮立ち寄りの後、午後から植物園こちらに来る予定だ。表向き〝扉の守護者ゲートキーパー〟への定例の薬草配達だが、実際はくだんの睡眠薬の材料の配達だ。そのままラハデ家所縁ゆかりの薬師が預かって、やらかした連中に調合させるようだから、実質明日からいつでも動き出せるようになる筈だ」

「そ…うですか」

 だとすると、今日明日のうちにナリスヴァーラ城に『替え玉子息』が着いたならば、最短で明後日には王宮内の〝転移扉〟を使えるようになると言う事だ。

 後でゲルトナー経由でエドヴァルドにも伝えて貰おうと思った。

「ラガルサ殿にはエヴェリーナ様から話がいっているとは思うが、明日私も念の為確認はしておこうと思う」
「室長は――その方をかなり慕っていらっしゃったんですね」

 でなければ、彼を〝扉の守護者ゲートキーパー〟と言う役目から解放する事に、ここまで親身になったりはしないだろう。

 そう口にした私に、キスト室長はほろ苦く微笑わらった。

「まぁ…私が植物園で薬草を研究するきっかけを与えてくれた人と言うのもあるが、何代か魔力枯渇で亡くなったり、権力闘争の犠牲になって殺されてしまったりしていて、間近で何も出来ずにいた歯痒さもあるから、せめて当代こそはと思っているんだ」

「室長……」

「そうは言ってもに関しては、エヴェリーナ様の意向が多分にあるにしろ、ラガルサ殿とは真逆に、将来のいしずえにと思ってしまったくらいだから、結局のところは自己満足なんだろう」

「自己満足」

「どのみち何事も、全ての人間に賛成して、認めて貰うなどとは不可能であり傲慢だ、ユングベリ嬢。自分の中の優先順位に従って動く事が、結果として最も後悔しないと、私なんかは思っているがな」

 じゃなくて、な。
 そう言って悪びれず笑うキスト室長に、かえって説得力を感じてしまった。

 ――それは今まさに、私が立ち止まっているところへの答えそのものだったかも知れない。

*        *         *

 とりあえず〝鷹の眼〟の誰かがリックを連れて来るまでは、私もイザクもシーグも、黙々と自分たちの作業に没頭した。

「……来たぞ」

 そうしてとっぷりと日も暮れた頃。
 イザクが私とシーグを呼びに来てくれた。

 普段はイザクの補佐をしている事も多いシーグだけれど、今日は私と居て、ギリギリまでどこかに隠れている方が良いだろうと言う話になったからだ。

「ファルコとルヴェックが来ているな。いったん、一番植物園ここの警護システムが緩い食堂に来るように伝えた」

 もともとシーカサーリに残っていたゲルトナーとトーカレヴァは、食堂には立ち入らずに敷地の周囲を警戒すると言う事でこちらの話はまとまっている。

「俺らは厨房で待機。そこなら声も入るし、ちょっと端に寄れば姿も見えない」

 普段、奥まで見える厨房の受け渡し口カウンターからお皿に盛られた料理をを受け取って席に着くシステムになっているので、実際の食堂と厨房との間は、姿も見えるし声だって届く。

 その死角に待機しておこうと言う事のようだった。

「ファルコ?」

 厨房に入ってすぐ、受け渡し口カウンター越しに見えた、見慣れた後ろ姿に声をかければ、もの凄くイヤそうな表情で振り返られてしまった。

「やっぱ来るんだよな……聞いちゃいたけどな……」
「そりゃ、もう。シーグ頼みだから?…って、ファルコどうしたのその頬!」

 振り返ったファルコの頬に、明らかに真新しい切り傷が、かまいたちにでも遭遇したみたいにざっくりと付いていて、さすがにちょっとビックリしてしまった。

「ああ、コレか?案外この少年ガキがすばしっこくて、暗器がちょっとかすったけどな。命に関わるモンでもないから、心配すんな。この程度のケガなら、大して〝鷹の眼オレら〟の中じゃ珍しくもないしな」

 食堂内の椅子を複数個集めて寝かせられている少年を顎で示しながら、あっけらかんとファルコが言った。

 エドヴァルドを「攫う」方に重点が置かれていたから、刃の部分に毒が塗られていたりとか、今回そう言う事はなかったんだろうって事らしい。

 こう言うところで、くぐってきた修羅場の数が違うな…と、痛感させられてしまう。

「リック……っ」

 私がファルコと話をした事で、シーグの視線も厨房からカウンター越しに食堂の中へと移動していたのだろう。

 ――そうして自然と、椅子に寝かされる〝双子アルビレオの片割れ〟に気が付いて、悲鳴にも似た声をあげた。
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