聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

228 厨房待機中

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「リック……っ」

 小さく悲鳴交じりの声をあげたシーグが走り寄りかけたので、思わず後ろから両肩を掴んで、止めた。

「ダメダメ!とりあえず、最初は様子見だって言ったよ⁉」
「でも…っ」

 と言っても、私の力なんて軟弱もいいところだ。
 私の意図を察したイザクが素早く私の横に来て、シーグの両肩に手を置いて、手近にあった椅子に無理矢理座らせた。

「対面させるだけなら、気絶させたって良いんだ。それがイヤなら、大人しくしていろ」

「……っ」

 こう言うところは、イザクも伊達に〝鷹の眼〟で長いことやっていない。
 圧倒されたシーグは、唇を噛みしめながら、項垂うなだれた。

「じゃあまぁ、コイツ起こすけど、具体的に何を聞くって?」

 受け渡し口カウンターの向こうから、ファルコの声がする。

 私も、何せファルコに傷をつけるくらいなのだから、やはり将来の〝暗殺者〟としてのリックの技術うでは相当なものなのだろうと、最初の内はシーグと様子を見ようと決めた。

「うーんっと…例の『喋りたくなる薬』では何を言ってたの?いきなり『こっちにつけ』とかって言うのも、言うだけ無駄な気もするんだけど」

「まあな……ああ一応、リックって名前と、お館様を攫って、バシュラールとかって王家の別荘がある所に連れて行こうとしていたらしいところは聞いたけどな」

「その辺りは、他の捕まえた連中と同じってコトね」

「ああ。それで双子の妹の話に持って行こうとしたら、薬が切れたのかって思うくらいに暴れ始めたんだよ。妹はどこだ、おまえらこそ何を知ってる!ってな。それで慌ててもう一回眠らせて、今に至ってる」

「……そう」

 そうなると、リックの方にも兄妹愛はそれなりにあると言う事なんだろう。
 私はうーん…と、口元に軽く手をあてた。

「とりあえず、エドベリの悪口でも言って、煽ってみてくれる?それで暴れるとか、だんまりとかって話になったら『おまえに良く似たヤツを知ってる』くらいから、徐々に揺さぶりかけて、反応見ていく感じ?」

 殿下ではなく敢えて王子呼びで忠誠心を煽るのは、シーグに対してもやった事だ。
 多分リックも似た反応を見せる気がしている。

「……おお」

 あ、ちょっと、ファルコの反応が鈍かった。
 うん。今、思ったコトあるよね。

「ふふっ…『私が相手した方が早い』って、ちょっと思ったでしょ」

 答えはない。

 調の効率を考えたら、明らかにその方が早いと分かるからだ。

 脳裏で〝鷹の眼〟としての判断と、エドヴァルドが憮然となるだろうところとが、せめぎ合っている。

 多分、イザクも。

「そのあたりまで様子を見て、必要以上に暴れないようだったら、私がここから顔を出して話しかけるとかはどう?それなら物理的な距離もあるし。あと、後手に縛っておくとか何かすれば」

「――ああ、もうっ‼」

 私のセリフからややあって、ファルコがガシガシと頭をかきながら、もうしょうがないと言わんばかりに、吐き捨てた。

「分かった!いいか、そこから出るなよ⁉そればっかりは許可しねぇからな⁉いざとなったらイザクに強硬手段で止めさせるからな!」

 私が、片手でOKのゼスチャーをして(場の空気で通じただろう)、厨房内にあった、肉巻き用の糸の束を放り投げると、呆れ果てた――と言った表情をファルコが見せた。

「コレ、料理用じゃねぇのかよ。人間縛ろうとか考えんなよ、アンタも……」
「え、だって、ちょうど良いかと思って」

 真顔で聞いた私に、ファルコが深々と息を吐き出した。

「そりゃそうだけどな。もうちょっとこう、一般的なお嬢さんらしくっつーか……」
「それ、誰得?」
「もしかしたらお館様得かも知れねぇだろ」
「本気でそう思う?」
「……まあ、そんなモンにはなから期待してねぇか」
「でしょ」

 ポンポンとお互いにそこまで言葉を返し合ったところで、イザクが一度だけパンッと両手を合わせて音を立てた。

「ファルコ、時間」

 ごほごほと、ファルコもわざとらしい咳をしながら態勢を立て直す。

「…悪ぃ。そろそろ薬も切れるんだった。ルヴェック、起こせるか?」

「ああ、はい、大丈夫ですよ」

 ボケもツッコミもせず、淡々と私が投げた料理糸でリックを縛り上げていたルヴェックが、一番大胆かも知れない。

 私とイザクも、手近にあったスツールを手繰り寄せて腰を下ろすと、とりあえず声だけのやり取りで様子を窺う事にした。

「――よぉ、目が覚めたか、ガキンチョ」

 初っぱなから煽ってどうする、と私が思ったのに連動するように、心なしか怒りの空気が洩れ出た気がした。

「ったく、途中で暴れんなよ。聞きたいコトの半分も聞けなかったじゃねぇか」

「うるさい、よくも……っ」

 気が付いてすぐだからなのか、元からそうなのか、声が少しかすれ気味だ。

 ――戦闘中にファルコが思い切り蹴り飛ばして、肋骨にヒビを入れていたからだとは、後から聞いたコトだけど。

 最近「オカン」と化していた〝鷹の眼〟トップの本気の一端を垣間見ました。はい。

「まぁおまえも、他国の宰相の誘拐を目論んだバカの一員ってコトは、もう分かってるんだけどな」

「なっ…バカ⁉」

 隣のシーグの肩もピクリと揺れていたけれど、こちらはイザクがグッと押さえつけていた。

「いや、どう考えてもバカだろう。一晩くらいだったら誤魔化せるとでもに言われたか?んなワケあるか。俺ら護衛だっているんだぞ?下手をすれば国際問題になるコトくらい分かるだろうがよ。どれだけアタマの中が自分らに都合良いように出来てんだって話じゃねぇか」

「そ…れは…っ、二人が愛し合えばどうとでも――痛っ⁉」

 ガキがナマ言ってんじゃねぇよ!の一言と共に、どうやらファルコの拳がリックに振り下ろされたみたいだった。

 まあ確かに、と思わず呟いた私にイザクが横目で黙るように牽制してくる。
 シーグは……心なしか頬が赤い。

 ああ、うん、14歳15歳にはちょっと表現がこっ恥ずかしかったよね。
 あれ、エドベリ王子の受け売りかなぁ……粘着質王子サマなら言いそうなセリフだ。

「あのな、もうちょっとアタマ使え?おまえなら、惚れた女がいるのに、興味もない女から言い寄られて嬉しいと思うか?」

 ファルコさん、何かナナメ上からの説教してますね。

「惚れた女……?」

 もっともリックはそんな事に気付かず、ファルコの言葉にいちいち反応しているみたいだけど。

「おまえにソックリなガキンチョがアンジェスに潜入してたけどな。何の為だった?ギーレンに引き込みたい宰相が、地元に女を残してきているって聞かされて、調べてくるよう言われたからじゃなかったのか?」

「!」

 こっちは明け透け過ぎて抗議したいところだけど、黙って耐えなきゃいけないのが、ちょっぴり歯痒い。

 でもさりげなくシーグの話題に行こうとしているのは分かるので、ここはもうちょっと様子を見るしかない。

「な…んで、何でシーグの事を知ってるんだよ⁉︎こっちでだって、殿下とあと四~五人しか知らない事なんだぞ⁉︎アンタ…アンタがシーグを――⁉︎」

 ガタン!と何かが倒れる物音がした。

 どうやら興奮したリックが立ち上がろうとして、後ろ手に縛られていた不自由さから、地面に倒れ込んだみたいだった。

「おい。俺はおまえにソックリだとは言ったが、妹だなんて一言も言ってないぞ?まあ、知っちゃいたから、自ら暴露してくれるのは手間が省けてイイが」

「……っ」

「ちなみに、俺は殺してねぇ」

 そろそろ出番かなぁ…と、ぼんやり天井を見上げながら私は思った。
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