聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

230 コレは「お願い」です

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「シー…グ?」

 何で、と小さな声がリック少年の口から洩れた。

「髪の毛が入った手紙が殿下の所に送られて……〝賭け〟はこれをもって開始とするから、余計な工作員はストップさせろって……次は指にしようか、とか……」

 …それは聞いてない。

 私がチラッとシーグを見ると「あ…この辺りを、ほんの一握り切られて」と、頭頂部に手をやっている。

 ――何やってんですか、陛下。

 実際には、フィルバートに言われたトーカレヴァあたりが切ったのかも知れないけど。

 髪の毛が同封された手紙とか、どこの『呪いの手紙』だ。

「元のラベンダーっぽい髪色見たら、シーグだって分かるだろうからってコト?」
「少なくとも…殿下の下にいる者達の中では、私とリックしかいない髪の色だったから。あと、血判と」
「けっ……な、なるほど」

 エグい。最小限の小細工で、確実に相手リックの心をえぐってる。

 これは本当に、さっさとカタをつけないと、次に送られてくるのは捕虜の指とか――耳?
 いやあっ、なんの怪談それ――っ‼

 やる。あのサイコパス陛下なら絶対にそのうちやる。

 一瞬だけ身体を震わせた私は、慌ててリックへと再度向き直った。

「ご、ごめんね?元は私がシーグに、こっちに宰相閣下を迎えに来るのに協力して貰おうと思って、捕虜の中から引き抜いたんだけど。ほら、残った人たちとかに『裏切り者』だって思われたら後で大変でしょ?だから『殺されたことにでもしておいてくれ』って陛下にお願いしたら……何かこう、証拠を示すのに、過激な方向に話が転がってたみたいで」

「………え?」

 話が呑み込めていないっぽいリックは、目を丸くしたままだ。

「いやほら、シーグの王子サマへの忠誠心って疑いようもないワケだから。王子サマが国際的に恥をかかないように協力してくれ…って、したのよ。さっきも言ったけど、それって宰相閣下が帰国してしまえばそれで済む事だから。ほら、利害の一致?だから、シーグが『裏切り者』じゃないってコトはまず分かってあげてくれないかな?」

「「「……お願い……」」」

 いやいや。
 なんで〝鷹の眼〟だけじゃなく、シーグまでそこに引っかかるの?

 私別に武闘派じゃないから脅してないし、薬も使ってないし。

「あれで『うん』以外に言えるコトがあったら逆に聞きたいがな……」
「………無理」

 だからそんなところだけ分かりあわないで、イザクとシーグ!

「シーグ……本物、なんだよな……?」

 あ、説得しなきゃいけなかったのに、脱線しかけてた。

 私が「何か言ってあげて」と視線で訴えてみたところ、シーグはちょっとだけ躊躇していたけど、やがて覚悟を決めたように、リックに視線を向けた。

「連絡……しなくて、ゴメン」
「…っ!そう、そうだ!何でギーレンに戻っている事を黙ってた⁉脅しか⁉洗脳か⁉」

 失敬な、と条件反射的に私も言っちゃったけど、でもまあ、何も知らない外側から見たら、そう思っても不思議じゃないのかと、それ以上は思い留まる。

 何より今は、シーグの順番ターンだ。

 シーグはリックの言葉に、ふるふると首を横に振った。

「その……この人に『誰かが汚れ役になってでも、殿下が間違った道に進まないようお諫めするべき』じゃないかって言われて……でも、一人でいきなり戻っても、きっと皆からは『裏切った』とか『懐柔された』としか思って貰えないだろうとも思ったし……」

「そ…れは……」

「リックの言いたいコトは分かるよ。私も、もしかしたらこの人、私を都合の良いように言いくるめただけで、本当は殿下を陥れるつもりなのかと思って、もしそうなら、すぐにリックに連絡しようと思って……様子を見てたの。だけどこの人、ずっとアンジェスの宰相の為に走り回っているだけで、殿下を意図的に陥れたいワケじゃないみたいで――」

 シーグ、リック、両方からの視線を感じた私は、口角を少しだけ上げてみせた。

 ファルコやイザクの視線が「都合の良いように言いくるめたのは確かだ」と語っているのは無視です無視。

「それで今になった……と?」

 確認するようなリックの言葉に、シーグは一度だけコックリと頷いていた。

 私は私で、そう言う事なら、ギーレンに着いてからずっと、シーグが逃げようとしなかった事にも、ちょっと納得がいった。

 様子を見ていたのはお互い様と言う訳だ。

「なら、アンジェスの宰相が帰国さえすれば、ツァルダの部屋には戻って来れるのか?何なら今すぐにだって――」

「いやいや、そこはちょっと待とうね、リック」

 さすがにそこは、私も口を挟んだ。
 それは、ファルコの足の下敷きになったまま言うことじゃないと思うのよ。

 おかしいな。
 近未来の〝ギーレンの暗殺者〟は、こんな危ないシスコンだったっけかな……。

「イルヴァスティ子爵令嬢とその母親とベルトルド国王陛下、バシュラールまで誘い出してくれるの?くれないの?そこを答えてくれないと、私もシーグを手放してあげられない」

「……っ」

 場合によっては「人質」とも取れる言い様に、リックの目つきが一瞬鋭くなった。

「まあでもね、リックも王子サマを裏切る事にはならないと思うよ?と言うのもね、リックにやって欲しい事って『宰相閣下によく似た男』を攫った挙句に、任務は完了したって報告を、やって貰う事だけだから」

「「勘違い……?」」

 これには双子の声が揃った。
 意図的にやる事は、もはや「勘違い」ではないだろうにと、その目が語っている。

「ふふ。それがわざとだって言う証拠なんて、どこにもないでしょ?結果、陛下たちは、それにつられてバシュラールまで出て来ちゃいました――と。まあ、リックの任務のしくじりと思われて、後で叱られるかも知れないけど、裏切り者扱いされるよりは全然良いと思うのよね」

「…そ…れは……」

「ああそれと、シーグはもうちょっとこちら側に居て貰うよ?陛下たちが王宮を離れた後、殿下はどうするのかって言う部分で、協力をして欲しいから。何をやるかは、アナタが私の話を受けてくれない限りは説明出来ないけどね」

 基本的に、実行するのはエヴェリーナ妃であって、シーグには王宮内を〝転移扉〟のある所まで手引きして欲しいだけなんだけど、それは今言わなくても良い事だ。

 シーグも「え?」って表情を見せているけど、口に出しては何も言わなかった。
 私が「それさえ終われば、二人とも後は好きにしたら良い」と言った所為せいもあったかも知れない。

「シ、シーグ、それで良いのか?何ならここでもう一回暴れて、その隙に逃がしてやる事だって――」

 ちょっと、お兄ちゃん!

「……コレ、もう一回気絶させておくか?」

 さすがに呆れたファルコが足に力を入れていたけど、私が何か言うよりも先にシーグが「ま…待ってお願いっ!」とわたわたと手を振っていた。

「リ、リックも止めて⁉私、今、納得してココにいるから!」
「シーグ⁉」
「あ、あのね?私、今、シーカサーリの王立植物園で薬草と薬の研究をさせて貰ってるの。あ、ちょっとした潜入捜査の一環で頼まれて――」

 一瞬「言って良かったのか」って言う表情になってたけど、今更なので、私は肩をすくめるに留めておいた。

「確かにアンジェスで捕まって、強引にギーレンに連れて来られはしたんだけど、この人たちには最初から『宰相閣下を帰国させる』って言う明確な目的があるから、理不尽な扱いとか命令とかが全くなくて」

「さすがに王子サマが直接手を出してきたりとか、国同士の戦争になりかかったりとかしたら、そうは言ってられないかも知れないけど、ま、今のところは――ね」

 下手に善人と思われるのもかえって信用されないので、私もそのあたりは釘を刺しておく。

 シーグの方はちゃんと理解しているのか、そこに反発する事はなかった。

「その植物園でやらせて貰ってる事が、凄く勉強になって!それに凄く楽しくて!正直、自分の立場を一瞬忘れるくらいだった」

「シーグ……」

「分かってる!本当なら、そんな陽の当たる様な場所を歩ける人間じゃないって事くらいは!だけど、だからこそ、もう少しだけ植物園あそこに居たくて……。あそこね、本当に色んな薬とか毒とかの事を勉強出来るの!だからきっと、近い将来リックや殿下のためにもなると思うの!だから――」

 まだリックの手は取れない――と、シーグは最後、口にした。

 リックは呆然と、拒絶された事が信じられないとばかりに受け取り口カウンター越しのシーグを見上げている。

「うーん……まあ、その年齢としで『陽の当たる場所を歩けない』とか言われるのも、すっごい違和感あるんだけど、今はまあいいや。そのあたりは今度、とゆっくり話し合って」

 多分この様子だと、指を詰めて妹を組織から抜けさせるくらいは全然やりそうだけど――あ、極道じゃないんだから、それはちょっと違うか。
 
 どっちにしても、妹のあまりの後ろ向きっぷりに、お兄ちゃん引いてるよ。
 …まあその方がしやすくて良いんだけどね。

「リック」

 私の声に真剣さを感じ取ったのだろう。
 リックがわずかに頭をあげて、私の方に視線を投げた。

の任務、頼まれてくれるかな?シーグの五体満足は、保証するよ?」

 ――その後の答えは、私にとって非常に満足のいくものだった。
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