聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

235 帰国前(3)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 ギーレン王宮正門は西の端にあったところが、王族居住区は、何と東の端にあった。
 防衛上の観点から言えば当たり前なのかも知れないけど、それは馬車でそのまま正門を通された筈だ。

 これ、意外と毎日居住区から謁見や執務の為の館に移動するだけでも良い運動だなぁ…と、ちょっと場違いな事を考えながら、窓の外を眺めていた。

 王宮の敷地を取り囲むように馬車用の道があり、そこを目的の宮殿まで進んでいく形になっているらしい。

 エドベリ王子は王宮内にいて、国王代理としての公務をこなしていると聞いているけど、これなら基本的には遭遇する事もない為、ある意味安心だった。

 正門から、来賓向けの美術品関係の展示室があり、婚姻や即位式などが執り行われる大聖堂があり、夜会や謁見、饗宴の為の宮殿があり、王宮関係者が罪を犯した時の為の幽閉の塔があり、使用人居住区があり、最後に王族居住区が男女別々の宮殿に分かれて建てられていると、私は後からエヴェリーナ妃に教わった。

 そうして今は、王族居住区の女性用宮殿、公称はベナーク宮殿――通称は後宮――の中庭に、馬車から降り立っていた。

「ユングベリ商会のレイナ様でいらっしゃいますね。お待ちしておりました。エヴェリーナ様とコニー様はサロンでお待ちです。ご案内致します」

 いかにもベテラン、と言った風情の侍女が渡り廊下の奥から現れると、私に向かってそう言って頭を下げる。

「有難うございます。男性従業員がここまで商品を運んで来ているのですが、サロンまで運んでも良いのでしょうか?陛下や殿下方以外の男性が入れないと言う事であれば、今、この中庭に並べさせて頂きますが……」

「いえ、商品をサロンにお持ちいただいた後で、別室でお待ち下さいましたら大丈夫です。そちらも後ほどご案内致しますので」

 そう言われた後は、後ろのトーカレヴァやゲルトナーに目配せをしながら、中庭の見える渡り廊下を少し歩いて、サロンまでの道案内を受ける事になった。

「――いらっしゃい、レイナ嬢。サイアス邸宅やしきで会って以来ね。今日は貴女の商会の品物を見るのを楽しみにしていたのよ」

 シャンデリア、フレスコ画の様な天井、白を基調とした壁に、ビロード製と思しきソファに、一目で高級と分かるクロスのかかったテーブル…etcエトセトラ

 まさに「淑女の社交場」と言われるに相応しい部屋が、そこにはあった。
 ラハデ公爵邸さえも、霞んでいると言っても良い。
 リアルに〝フランス宮廷に咲く薔薇〟の世界だ。

 ただ、そこにいるのはアントワネット様と言うよりは〝女帝〟マリア・テレジア様と言った威圧感がビシバシと漂っているご正妃サマなんだけど。

 この度は――と私が頭を下げかけたところで、エヴェリーナ妃の方から「堅苦しい挨拶は抜きにして頂戴。初対面でもないのだから、エヴェリーナで構わなくてよ」と機先を制せられてしまった。

「貴女の好きな〝イラ〟の茶葉も用意させているのよ。もちろん、お土産分も含めてね。でもそうね、とりあえずは持って来てくれた品物を全て見させて貰いましょうか。そうでなければ、後ろの従業員達もいつまでたっても休めないものね」

 更にそう言って、後ろのトーカレヴァ達に視線を投げたので、私も慌てて後ろを振り返って、手近なテーブルに銀細工の宝石や雑貨商品を並べて貰うようにした。

「――そう、これがそのアンジェス国で三指に入る産地〝シュタム〟の銀細工なのね?」

 これはこれで、今後の事を考えれば大事な時間だ。
 私は敢えて過剰な売り込みはせずに、エヴェリーナ妃の審美眼に任せる事にした。

「…そうね。私も専門の職人でも鑑定家でもないから、あまり偉そうな事は言えないのだけれど、それでも、純度の高い銀で作られている事は分かるわ。細工に関しては……同一職人の作品ではないわね?まあでも、修行と言う意味ではちょうど良いのかしら。幾つか買い取らせて貰って、こちらの工房に送るわ。それぞれ別の工房に行く事になるかも知れないけれど、構わなくて?」

「あっ、はい、それはもちろん!画一的に腕を磨かせるよりも、それぞれに個性を持たせる方が将来性もあるかと思いますし」

「あら、意図を分かってくれて嬉しいわ。ええ、少なくとも皆、門前払いのレベルでない事は間違いないから、今後話を進めていきましょう。商業ギルド経由の手紙は、商業保護の観点からも軽視される事はないから、いつでも、、やり取りは出来てよ」

 意味ありげなエヴェリーナ妃のセリフだけれど、この場では私もニッコリと微笑わらっておくしかない。

「あの、出来れば細工をする職人と、商品のデザインをする職人をそれぞれ学ばせたいのですが、そちらはご許可いただけそうですか?」

「でざいん?」

 ギーレンの言語に、近い訳がなかったのかも知れない。私は慌てて、他の言い方を模索した。

「ええっと…商品の完成予想図や、食器に直接彫り込む模様の事…ですね。既に描かれている模様を盗むような事はもちろんさせません。全体的な構図含めて、どう言う風に決めるのかと言った基礎の部分を若い職人に学ばせたいんです。そうすれば、銀細工だけでなく、他のデザインにも応用出来るようになるかも知れませんし」

 デザインはデザインで重要なのだ。
 いずれ、ハルヴァラの白磁器に絵付けをしてくれるような職人を育てて確保しておきたい。

「設計ね……それはそれで『盗作は致しません』って言う宣誓書の様なものが別に必要になるかも知れないわね。ごめんなさい、そこは即答は出来ないわ。後日の回答とさせて貰っても良いかしら?」

「もちろんです、まずはご検討下さるだけでも嬉しく思います」

 軽く頭を下げる私に鷹揚に頷いて、エヴェリーナ妃はふと、机の上にあった一冊の本に気が付いたようだった。

「あら、これは?」

「…それは、が手に入りましたので、読書がお好きと伺っていたエヴェリーナ様に、ぜひともお見せしたいと、銀の話とは別枠で、お持ちしました」

わたくしに?」

「はい。エヴェリーナ様にこそ相応しい一冊と愚考致します」

「その様子では、あの恋愛小説の完全版と言う訳ではなさそうね」

 揶揄する様に軽く言葉を返したエヴェリーナ妃も、さすがにそれを手に取った時点で、表情から笑みが消えた。

「これは……」

 表紙が示すその紋章オーグレーン家を、エヴェリーナ妃が知らない筈がなかった。
 様子の激変したエヴェリーナ妃を訝しんだコニー夫人も、その表紙を目にした瞬間に、顔色を変えて立ち尽くした。

でかつて雇用されていた使用人が、長年保管しつづけていたんだそうです。理由は何とでも言えますが、この本を書いた当人が没している以上は、全て推測になりますので、この場では控えさせて頂きます」

「そう…そうね。貴女の判断も、貴女が思う理由も、どちらも正しいでしょうね」

 低い声で呟いたエヴェリーナ妃が、冒頭から数ページめくったところで、更に眉根を寄せている。

「それでどうしてこの本を私に薦めるのかしら。これは貴女が持っている方が、よほど武器になるような気がするのだけれど。そもそも、その為に渡されたのではなくて?」

 エヴェリーナ妃の声色が厳しくなるのも無理からぬ話ではあるけれど、そこで怯む訳にはいかない私も、ゆるゆると首を横に振った。

「確かに私は、この本をどうするかについては判断を委ねられました。委ねられたからこそ、エヴェリーナ様にお預けしようと決断したんです。――いえ、正確にはの抑止力として頂くのが一番良いと判断して、お預けしようと」

「辺境……」

 オブラートに包んだ言葉の先を悟ったエヴェリーナ妃は、ハッキリと目を見開いた。
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