131 / 785
第一部 宰相家の居候
243 駆け落ちしましょう(4)
しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「ちなみに、聖女マナがもう休んでいる――と言う事は、キスト室長の薬の効き目は保証されていると言う解釈で合っていると?」
念のため、と言った態で問いかけたエドヴァルドに「ええ、もちろん」とエヴェリーナ妃は微笑った。
「彼は辺境伯家の人間である以前に、王立植物園の研究施設を束ねる方ですもの。あそこはコネでどうにかなる場所ではありませんわ。正しく彼の実力でしてよ」
「なるほど」
「ですから、彼が作る『新薬』なら、最大限の効果が見込めるのではないかしら?」
上手くいけば従順な〝扉の守護者〟として、王家にとって都合の悪い野心や記憶を消せる。
失敗しても、せいぜい本人が二度と目覚めないかも知れない程度。
まだ誰も治験すらした事がない――そんな新薬。
「私は彼から『新薬』の実験と引き換えに、当代〝扉の守護者〟であるラガルサ殿の身を王宮から解放する事と、キスト室長の、室長としての立場を保障する事を願い出られているのですが、エヴェリーナ妃に引き継がせて頂いても構いませんか」
「構わなくてよ。今回の『よく眠れるお薬』の効き目も満足のいくもののようで、充分に結果は出して下さいましたわね」
――寒い。
エドヴァルドとエヴェリーナ妃との会話が、あちこち際どすぎて、決して魔力のせいではなく、背筋が寒くなりそうだった。
「レイナ嬢」
そんな二人をハラハラしながら見守っていると、つと、扇で口元を隠すようにしながら、コニー夫人が私の方へと話しかけてきた。
「書面上の繋がりは切れてしまっても、私がベアトリス・クリストフェルの姉である事実は変わりませんから、もしもエドヴァルドの事で困った事が起きたら、遠慮なく連絡してらしてね」
「――困った事」
「例えば色々と重すぎて逃げたくなった時とか」
「……えっと」
うっかり答えに困った私に、ゴホゴホとエドヴァルドがわざとらしく咳こむ音が割り込んできた。
どうやら扇で口元が隠されていたにせよ、しっかり聞こえていたらしい。
「あまり彼女に余計な話を吹き込まないで欲しいのだが」
伯母上、と声にならないところで聞こえた気はするけれど、使用人たちもいる手前、そこは皆が空気を読んだ感じだった。
あらあら、とエヴェリーナ妃だけが面白そうに笑っている。
「そうね。エドベリ殿下の正妃って、別にレイナ嬢でも問題ありませんものね?何なら弟に言って養子縁組の手続きをさせれば良いんですもの」
「は⁉︎」
ちなみに今のは、私の声じゃありません。
どうして本人より先に大きな声を上げてるんでしょう、宰相閣下。
「いかが、レイナ嬢?宰相様だけアンジェスにお戻り頂いても良くってよ?私たち、貴女をとても好ましく思っておりますのよ、ねぇコニー様?」
「ええ――本当に」
「…っ、そんなもの認められる訳がない‼︎彼女は私とアンジェスに戻る!それ以上も以下もない‼︎」
えーっと。
あの、御三方。私が置いてけぼりです。
どうしていいやらちょっと呆然としていると、いち早くそれに気付いたエヴェリーナ妃が「ほほ…」と笑った。
「ご本人が唖然としていては、帰るも残るも話が出来ませんわね?」
「…レイナ」
え、何でそんな愕然とした顔をするんですか。まだ何も言ってないのに!
「えーっとですね……」
エドベリ王子が論外とか、実の母親の前で断言して良いものなんだろうか。
察してくれないだろうかと思ってコニー夫人をじっと見ていると、どうしたものかと向こうも思っていたらしい、夫人の視線とぶつかった。
「……私の息子、顔の造形は悪くないと思っていたのですけれど、思ったよりモテないようですわ、エヴェリーナ様」
「あら」
「シャルリーヌ嬢も残念ですけれど、レイナ嬢も眼中になくていらっしゃるみたい」
「それは困りましたわねぇ……」
ちっとも困っていない風なエヴェリーナ妃が笑う。
「ただ高位貴族の婚姻の多くは、恋愛の要素を必要としていませんわよ?シャルリーヌもそうだけれど、レイナ嬢も、どうしようもなくなった時の逃げ道が、ギーレンにはあると思っておいて頂戴な」
そうですわね、とコニー夫人もそこで相槌を打った。
「たとえ今は良くても、囲い込まれた挙句に窒息するようでは困りますわ。息抜きがしたくなったら、お一人でもぜひいらして。エヴェリーナ様と二人、歓迎しますわ」
「あ…ありがとうございます……?」
ここはお礼を言うところで合っているんだろうか。
コニー夫人から「程々になさいな」とか何とか言われて、物凄く不本意そうなエドヴァルドの表情が怖くて、それ以上を言えなかったんだけど。
でも多分、エドヴァルドの実の父親が「最低だ」と全方向から罵られる様な男性であっても、エドヴァルド本人とコニー夫人との間にわだかまりはなさそうに見える。
むしろちゃんと「伯母」と「甥」の関係が成り立っている様に見えた。
「レイナ」
エドヴァルドが私を呼ぶ口調が、すっかり公式を取り繕う事を忘れているのが良い証左だと思う。
「ええっと、あの、帰りますよ、もちろん⁉」
わたわたと手を振った私を見て、ちょっとだけホッとした表情を見せたのは気のせいだろうか。
…あくまで周囲の空気から、そう思っただけだけど。
そこに、コンコンと扉がノックされる音が聞こえた。
「あら、時間かしら」
そう言ったエヴェリーナ妃が頷いて、扉近くにいた騎士に扉を開けさせると――中に入って来たのは、意外な人物だった。
「リック⁉」
私の顔を見て、腹の探り合いなく顔を顰めているのは、間違いなくこちら側にシーグがいる事で、強気に出られないからだ。
お兄ちゃん、今日も安定のシスコンです。
…それはさておき、私が声を上げたのは、リックの左腕の袖がざっくりと切られて、そこからじわじわと服に血が滲んでいたからだ。
深窓のお嬢様なら卒倒しかねない光景である。
「え、何その腕、どうしたの⁉何かまずい事態でも起きた⁉」
思わず立って駆け寄りかけたところが、後ろからパシリとエドヴァルドに手を掴まれて引き戻されてしまう。
「待て、レイナ!話ならここでも聞ける!」
「え、いやでもあれ……」
「仮にも王の正妃と第二夫人のいる前であの姿のまま現れたと言う事は、ケガそのものに意図があると言う事だ!」
落ち着けと言わんばかりに言葉を被せた後「――そうだな?」と、あくまで冷静に、エドヴァルドはリックに声をかけた。
答えの代わりに、リックは肩を竦めて見せる。
「一応夕食の前に『替え玉』だって事は気が付いていない態で『宰相っぽい男』をバシュラールに運んだって報告したワケ。その時は何も言われなかったけど、食事の後でついさっき、今にも寝落ちしそうな殿下に呼ばれて言われたんだよ『母上とエヴェリーナ妃の様子を見ておいてくれ』って。多分、何かが変だとは思ってるよ、あれ」
「あらあら。陛下よりはよほど見込みがありますわね」
とは言え、キスト室長謹製の「薬」を飲んだ事は確実なせいか、エヴェリーナ妃の態度には、まだ余裕がある。
リックも淡々と「だから」と話を続ける。
「殿下に言われて様子を見に来たら、今にも駆け落ちしそうな二人と、手を貸しているエヴェリーナ様とコニー様に出くわして、宰相の護衛と揉みあってケガをした――って、小細工がコレだよ」
こちらに血の滲む腕を見せつけるようにしながら、リックが口の端を歪めた。
「自分で傷を付けたらバレバレだろうから、ファルコ…だっけ?そっちで一番腕の立つアイツに頼んだ。まあ、遠慮なくやってくれたけどな。頬に傷つけた礼だとかつって」
頼むんじゃなかった…と本人はぶつぶつ言っているけど、多分現状、最適な人選だったと、少なくとも私と、エドヴァルドは内心で思っていた筈だ。
「まあそれは、こっちの話だから良い。今は、殿下が完全に寝落ちしたから、呼びに来たんだよ。扉の前にはもう守護者も来てる」
「――そう。では〝転移扉〟のある部屋まで参りましょうか」
リックの怪我には全く動揺を見せずに、エヴェリーナ妃が立ち上がる。
こちらも元公爵令嬢、現王妃でどう考えても「深窓のご令嬢」だった筈なのに、この落ち着きはどうした事か。
「一応『筋書き』と言うものがございますから、コニー様が先導なさって?私は、コニー様が手引きをなさった事に時間差で気が付いて、リックと一緒に追いかける態にしますわ」
え、と目を丸くしたのはむしろリックだ。
もしかしたら、エヴェリーナ妃とコニー夫人が、ここまでガッツリ共犯だとは思っていなかったのかも知れない。
「分かりました、エヴェリーナ様。ではエドヴァルド、レイナ嬢。――行きましょうか」
こちらはこちらで「甥の行く末を案じて手を貸す伯母」を貫くつもりらしい。
どちらにしても、敵に回さなくて良かった――としみじみ思ってしまった。
「あら、宰相様にレイナ嬢。二人はこれから『駆け落ち』なさるのでしょう?エスコートではなく、手を繋いで歩いて頂きませんと、説得力に欠けますわ。サロンから〝転移扉〟のある部屋までは、一応それなりに距離もありますし、これから侍女使用人の大勢が目撃する予定なんですのよ?」
エドヴァルドが、多分無意識だったんだろうけど、軽く肘を曲げて私にエスコートの姿勢を見せたところで、統括責任者エヴェリーナ妃からの「待った」がかかった。
どうやら、どうせなら城内でも「噂」を思い切り煽っておこうと言う事らしい。
…やればやるほど、王と王子の評判が下がるのは良いんだろうか。
もう、聖女との婚姻が確実と分かれば、こちらは娯楽に徹するつもりなのかも知れない。
――それならば、徹底して。
「お迎えに上がりました」
ちょっと困った様に固まってしまったエドヴァルドの前に、私は右手を差し出した。
手を繋ぎましょう、と言う代わりに――とっておきの、一言を。
「――宰相閣下、私と駆け落ちしましょう」
「―――」
息を呑んだエドヴァルドの目が、無言のまま大きく見開かれた。
そう言えば、ラウラが書いた物語ではどうなっていたんだっけ…と一瞬脳裏に疑問が浮かんだ瞬間、エドヴァルドが、このうえなく甘い微笑を閃かせて、私の右手をとった。
「⁉」
そのまま右手の甲に、唇が落とされる。
「どこへなりとでも――我が姫」
「!!!」
――ゴメンサナイ。駆け落ちの前に、気絶しても良いですか――
「ちなみに、聖女マナがもう休んでいる――と言う事は、キスト室長の薬の効き目は保証されていると言う解釈で合っていると?」
念のため、と言った態で問いかけたエドヴァルドに「ええ、もちろん」とエヴェリーナ妃は微笑った。
「彼は辺境伯家の人間である以前に、王立植物園の研究施設を束ねる方ですもの。あそこはコネでどうにかなる場所ではありませんわ。正しく彼の実力でしてよ」
「なるほど」
「ですから、彼が作る『新薬』なら、最大限の効果が見込めるのではないかしら?」
上手くいけば従順な〝扉の守護者〟として、王家にとって都合の悪い野心や記憶を消せる。
失敗しても、せいぜい本人が二度と目覚めないかも知れない程度。
まだ誰も治験すらした事がない――そんな新薬。
「私は彼から『新薬』の実験と引き換えに、当代〝扉の守護者〟であるラガルサ殿の身を王宮から解放する事と、キスト室長の、室長としての立場を保障する事を願い出られているのですが、エヴェリーナ妃に引き継がせて頂いても構いませんか」
「構わなくてよ。今回の『よく眠れるお薬』の効き目も満足のいくもののようで、充分に結果は出して下さいましたわね」
――寒い。
エドヴァルドとエヴェリーナ妃との会話が、あちこち際どすぎて、決して魔力のせいではなく、背筋が寒くなりそうだった。
「レイナ嬢」
そんな二人をハラハラしながら見守っていると、つと、扇で口元を隠すようにしながら、コニー夫人が私の方へと話しかけてきた。
「書面上の繋がりは切れてしまっても、私がベアトリス・クリストフェルの姉である事実は変わりませんから、もしもエドヴァルドの事で困った事が起きたら、遠慮なく連絡してらしてね」
「――困った事」
「例えば色々と重すぎて逃げたくなった時とか」
「……えっと」
うっかり答えに困った私に、ゴホゴホとエドヴァルドがわざとらしく咳こむ音が割り込んできた。
どうやら扇で口元が隠されていたにせよ、しっかり聞こえていたらしい。
「あまり彼女に余計な話を吹き込まないで欲しいのだが」
伯母上、と声にならないところで聞こえた気はするけれど、使用人たちもいる手前、そこは皆が空気を読んだ感じだった。
あらあら、とエヴェリーナ妃だけが面白そうに笑っている。
「そうね。エドベリ殿下の正妃って、別にレイナ嬢でも問題ありませんものね?何なら弟に言って養子縁組の手続きをさせれば良いんですもの」
「は⁉︎」
ちなみに今のは、私の声じゃありません。
どうして本人より先に大きな声を上げてるんでしょう、宰相閣下。
「いかが、レイナ嬢?宰相様だけアンジェスにお戻り頂いても良くってよ?私たち、貴女をとても好ましく思っておりますのよ、ねぇコニー様?」
「ええ――本当に」
「…っ、そんなもの認められる訳がない‼︎彼女は私とアンジェスに戻る!それ以上も以下もない‼︎」
えーっと。
あの、御三方。私が置いてけぼりです。
どうしていいやらちょっと呆然としていると、いち早くそれに気付いたエヴェリーナ妃が「ほほ…」と笑った。
「ご本人が唖然としていては、帰るも残るも話が出来ませんわね?」
「…レイナ」
え、何でそんな愕然とした顔をするんですか。まだ何も言ってないのに!
「えーっとですね……」
エドベリ王子が論外とか、実の母親の前で断言して良いものなんだろうか。
察してくれないだろうかと思ってコニー夫人をじっと見ていると、どうしたものかと向こうも思っていたらしい、夫人の視線とぶつかった。
「……私の息子、顔の造形は悪くないと思っていたのですけれど、思ったよりモテないようですわ、エヴェリーナ様」
「あら」
「シャルリーヌ嬢も残念ですけれど、レイナ嬢も眼中になくていらっしゃるみたい」
「それは困りましたわねぇ……」
ちっとも困っていない風なエヴェリーナ妃が笑う。
「ただ高位貴族の婚姻の多くは、恋愛の要素を必要としていませんわよ?シャルリーヌもそうだけれど、レイナ嬢も、どうしようもなくなった時の逃げ道が、ギーレンにはあると思っておいて頂戴な」
そうですわね、とコニー夫人もそこで相槌を打った。
「たとえ今は良くても、囲い込まれた挙句に窒息するようでは困りますわ。息抜きがしたくなったら、お一人でもぜひいらして。エヴェリーナ様と二人、歓迎しますわ」
「あ…ありがとうございます……?」
ここはお礼を言うところで合っているんだろうか。
コニー夫人から「程々になさいな」とか何とか言われて、物凄く不本意そうなエドヴァルドの表情が怖くて、それ以上を言えなかったんだけど。
でも多分、エドヴァルドの実の父親が「最低だ」と全方向から罵られる様な男性であっても、エドヴァルド本人とコニー夫人との間にわだかまりはなさそうに見える。
むしろちゃんと「伯母」と「甥」の関係が成り立っている様に見えた。
「レイナ」
エドヴァルドが私を呼ぶ口調が、すっかり公式を取り繕う事を忘れているのが良い証左だと思う。
「ええっと、あの、帰りますよ、もちろん⁉」
わたわたと手を振った私を見て、ちょっとだけホッとした表情を見せたのは気のせいだろうか。
…あくまで周囲の空気から、そう思っただけだけど。
そこに、コンコンと扉がノックされる音が聞こえた。
「あら、時間かしら」
そう言ったエヴェリーナ妃が頷いて、扉近くにいた騎士に扉を開けさせると――中に入って来たのは、意外な人物だった。
「リック⁉」
私の顔を見て、腹の探り合いなく顔を顰めているのは、間違いなくこちら側にシーグがいる事で、強気に出られないからだ。
お兄ちゃん、今日も安定のシスコンです。
…それはさておき、私が声を上げたのは、リックの左腕の袖がざっくりと切られて、そこからじわじわと服に血が滲んでいたからだ。
深窓のお嬢様なら卒倒しかねない光景である。
「え、何その腕、どうしたの⁉何かまずい事態でも起きた⁉」
思わず立って駆け寄りかけたところが、後ろからパシリとエドヴァルドに手を掴まれて引き戻されてしまう。
「待て、レイナ!話ならここでも聞ける!」
「え、いやでもあれ……」
「仮にも王の正妃と第二夫人のいる前であの姿のまま現れたと言う事は、ケガそのものに意図があると言う事だ!」
落ち着けと言わんばかりに言葉を被せた後「――そうだな?」と、あくまで冷静に、エドヴァルドはリックに声をかけた。
答えの代わりに、リックは肩を竦めて見せる。
「一応夕食の前に『替え玉』だって事は気が付いていない態で『宰相っぽい男』をバシュラールに運んだって報告したワケ。その時は何も言われなかったけど、食事の後でついさっき、今にも寝落ちしそうな殿下に呼ばれて言われたんだよ『母上とエヴェリーナ妃の様子を見ておいてくれ』って。多分、何かが変だとは思ってるよ、あれ」
「あらあら。陛下よりはよほど見込みがありますわね」
とは言え、キスト室長謹製の「薬」を飲んだ事は確実なせいか、エヴェリーナ妃の態度には、まだ余裕がある。
リックも淡々と「だから」と話を続ける。
「殿下に言われて様子を見に来たら、今にも駆け落ちしそうな二人と、手を貸しているエヴェリーナ様とコニー様に出くわして、宰相の護衛と揉みあってケガをした――って、小細工がコレだよ」
こちらに血の滲む腕を見せつけるようにしながら、リックが口の端を歪めた。
「自分で傷を付けたらバレバレだろうから、ファルコ…だっけ?そっちで一番腕の立つアイツに頼んだ。まあ、遠慮なくやってくれたけどな。頬に傷つけた礼だとかつって」
頼むんじゃなかった…と本人はぶつぶつ言っているけど、多分現状、最適な人選だったと、少なくとも私と、エドヴァルドは内心で思っていた筈だ。
「まあそれは、こっちの話だから良い。今は、殿下が完全に寝落ちしたから、呼びに来たんだよ。扉の前にはもう守護者も来てる」
「――そう。では〝転移扉〟のある部屋まで参りましょうか」
リックの怪我には全く動揺を見せずに、エヴェリーナ妃が立ち上がる。
こちらも元公爵令嬢、現王妃でどう考えても「深窓のご令嬢」だった筈なのに、この落ち着きはどうした事か。
「一応『筋書き』と言うものがございますから、コニー様が先導なさって?私は、コニー様が手引きをなさった事に時間差で気が付いて、リックと一緒に追いかける態にしますわ」
え、と目を丸くしたのはむしろリックだ。
もしかしたら、エヴェリーナ妃とコニー夫人が、ここまでガッツリ共犯だとは思っていなかったのかも知れない。
「分かりました、エヴェリーナ様。ではエドヴァルド、レイナ嬢。――行きましょうか」
こちらはこちらで「甥の行く末を案じて手を貸す伯母」を貫くつもりらしい。
どちらにしても、敵に回さなくて良かった――としみじみ思ってしまった。
「あら、宰相様にレイナ嬢。二人はこれから『駆け落ち』なさるのでしょう?エスコートではなく、手を繋いで歩いて頂きませんと、説得力に欠けますわ。サロンから〝転移扉〟のある部屋までは、一応それなりに距離もありますし、これから侍女使用人の大勢が目撃する予定なんですのよ?」
エドヴァルドが、多分無意識だったんだろうけど、軽く肘を曲げて私にエスコートの姿勢を見せたところで、統括責任者エヴェリーナ妃からの「待った」がかかった。
どうやら、どうせなら城内でも「噂」を思い切り煽っておこうと言う事らしい。
…やればやるほど、王と王子の評判が下がるのは良いんだろうか。
もう、聖女との婚姻が確実と分かれば、こちらは娯楽に徹するつもりなのかも知れない。
――それならば、徹底して。
「お迎えに上がりました」
ちょっと困った様に固まってしまったエドヴァルドの前に、私は右手を差し出した。
手を繋ぎましょう、と言う代わりに――とっておきの、一言を。
「――宰相閣下、私と駆け落ちしましょう」
「―――」
息を呑んだエドヴァルドの目が、無言のまま大きく見開かれた。
そう言えば、ラウラが書いた物語ではどうなっていたんだっけ…と一瞬脳裏に疑問が浮かんだ瞬間、エドヴァルドが、このうえなく甘い微笑を閃かせて、私の右手をとった。
「⁉」
そのまま右手の甲に、唇が落とされる。
「どこへなりとでも――我が姫」
「!!!」
――ゴメンサナイ。駆け落ちの前に、気絶しても良いですか――
1,436
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。
木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。
彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。
しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。
お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?
水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」
「はぁ?」
静かな食堂の間。
主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。
同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。
いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。
「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」
「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」
父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。
「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」
アリスは家から一度出る決心をする。
それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。
アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。
彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。
「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」
アリスはため息をつく。
「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」
後悔したところでもう遅い。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜
野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。
しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。
義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。
度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。
そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて?
※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。