聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

245 帰れない 帰さない

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 隣り合う国と言う事もあるけれど、元々〝蘇芳戦記〟上で、時差のある国と言うのは存在していない。

 つまりはアンジェスの王宮も、国王陛下フィルバートはとっくに夕食を終えて、お寛ぎあそばされている筈の時間――と言う事だった。

「……やれやれ、やっと戻って来たか。そろそろ、牢に放り込んでおいた間者どもの指の一本でも送ってやろうかと思っていたところだ」

 無事にアンジェス王宮まで戻って来れたと言う安心感もそこそこに、そのまま私も、エドヴァルドと一緒に国王陛下の執務室で同席させられていた。

 もっとも、私がギーレンに行った経緯を考えれば、とても無関係とは言えないので、その場にいる事自体は間違ってはいない。

「ところで一つ聞くが、ちゃんと、正規の手段で、帰って来たのか?」

 わざわざ文節を区切って、強調する様に話すフィルバートにも、エドヴァルドの表情は変わらなかった。

 夜間ゆえか、部屋にいる面子を考えての事なのか、口調も態度もどちらもまるで畏まってない。

「国王正妃エヴェリーナおよび第二夫人コニー両名立ち合いの下で戻って来た。不服か?」

「ベルトルド国王だのエドベリ王子だのと言った固有名詞が抜けているようだがな。そもそも、聖女マナはどうした」

「今頃ギーレン王宮内部で、国母になる夢でも見ているだろうよ」

 あくまで淡々と答えるエドヴァルドに、フィルバートの方が「あ⁉」と柳眉を逆立てた。
 エドヴァルドは、白々しい…と言ったていで、半目になっている。

「自分で彼女がギーレンを選ぶように仕向けておきながら、何が『あ⁉ 』なんだ」

 最初の頃はいざ知らず、最近ではすっかり持て余して、ギーレンの方が魅力的な土地であるかの様な刷り込み誘導をかけていただろう――と、エドヴァルドが追い打ちをかける。

 が、サイコパス陛下がその程度で怯む筈もなく。

「自分自身は姉君優先、国としてはマナが聖女でなくとも、ボードリエ伯爵令嬢の存在が明らかになった以上は、特に困らない――と言った姿勢をほのめかして、あおっていたお前に言われたくはないがな。まあいい。これ以上は不毛だ。実際、国母とか言うが聞こえて気になっただけだ」

 …普通なら、そっちの都合で勝手に召喚しておきながら何だ!と憤るところなのかも知れないけれど、こと、相手が舞菜まなとあっては、匙を投げたくなる気持ちも分からなくはないので、私としては複雑な気持ちで黙り込むしかなかった。

「今回、ギーレン王家は埋めておいた過去を掘り返されて、その権威を落とした。元に戻す為には、『聖女』と『王子』の婚姻を喧伝するくらいしか、失地回復の余地がない。これ以上恥は晒せまいと、エヴェリーナ妃が折れた。とても国母にはさせられんが、結婚式くらいは夢を見させてやる――と言う事らしいぞ」

 ほぉ…と、フィルバートの口元が面白そうに歪んだ。

「ギーレンの正妃にそこまでの権力があったか。それは想定外だったな。しかし、そもそも正妃はエドベリ王子の実母じゃないだろう。聖女を妻にしろと言ったところで、王子本人が納得するのか?」

「そこは実母であるコニー第二夫人も了承済みだ。その上、聖女を補える正妃を選ぶ権利をこちらに譲ってくれるそうだ」

「はぁ?それは……」

 そこでいきなり、フィルバートの目がこちらに向いた。

「姉君」
「何でしょうか」
「どこまで王家の評判を落としたら、そうなる」
「いや、何で私だと⁉」

 他に誰がいる、とフィルバートが断言した。

「普段ならいざ知らず、今回エディは聖女マナともども半軟禁状態。それほど好き勝手に動ける状況にはなかった筈だ」
「……好き勝手」

 どうやらフィルバートの言い方が、微妙にツボったらしく、エドヴァルドが顔を背けて肩をふるわせていた。

 無駄だろうなと思いつつ、ちょっと咳きこんで「不本意」をアピールしながら、私は陛下に向き直った。

わたくし、あくまで陛下のご期待に添ったつもりでしたけれど、お気に召しませんでしたでしょうか……?」

「ほーう……」

 怖っ!
 サイコパス陛下の半目怖っ!

 いやでも、誰がギーレンに行かせたんだって言う事は、暗にでも主張しておかないといけないワケで!

「た、多分、今のままだと、婚約祝いとか何とかで、ギーレン国内のお祝いムードが落ち着いた頃に、また王子が『やっぱりシャルリーヌ嬢が諦められない――!』とかってなる可能性があると思うんですっ」

「まあそうだろうな。そもそもが王妃教育を終わらせていたところの逸材だ。色々な意味で放っておきたくはないだろう」

「エヴェリーナ妃自身は『次期正妃』さえ聖女の補佐として擁立出来るなら、それが他国の姫だろうと、再びシャルリーヌ嬢が戻って来ようと、どちらでも構わないと……だから、シャルリーヌ嬢がそこまでしてギーレンを、エドベリ王子を拒むなら、誰か代わりを立てて寄越せって言う、言わば『丸投げ』で…っ」

 表情かお痙攣ひきつらせながら説明する私に、ようやく納得したのか「ふむ…」とフィルバートが口元に手をあてた。

「ボードリエ伯爵令嬢か、それ以外か――と言う事か。彼女を次期『聖女』としてアンジェスウチが望むなら、相応の対価つまり正妃候補を寄越せと」

「エヴェリーナ妃が仰っているのは、そう言う事だと思います……」

「なるほどな……数の暴力しか振りかざさない、どこぞの国王ベルトルドとは天と地ほどの開きがあるな」

 うん。正しく、国と国の外交戦だと思う。
 軍事力の行使は最終手段。
 当たり前の事ではあるんだけど。 

「しかしまぁ、そう言う話ならアンジェスウチで役に立たない高位貴族令嬢を押し付ける訳にもいかないな。早々に現正妃どのに潰されそうだ。それに…姉君をにした日には、エディに叛乱起こされそうだしな」

「⁉」

 ニヤニヤ笑いながらこちらを見てくるサイコパス陛下に思わず目を剥いてしまったけど、私が口を開くより、エドヴァルドが動く方が早かった。

 いつの間にやら私とフィルバートとの間に立ち塞がってる。 

「分かっているなら、わざわざ口にするな。叛乱以前に一生謹慎してやっても良いぞ」
「…っ、おまえな、ホントに『謹慎』の意味一回辞書で引き直して来い⁉」

 あ、そこはちょっと陛下に賛成かも知れませんが。

「私の辞書に書いてある意味とは違うかも知れんな、生憎と」

 唖然とする国王陛下フィルバートをよそに、エドヴァルドは全く悪びれていない。
 と言うか、ある意味それも間違っていない気がする……。

「あのな、帰って来たからと言っていきなり『明日から休む』はないだろう⁉ギーレン行きはそもそも公務だろうが!あるだろう、報告書とか、報告書とか、報告書とか!」

 答えの代わりに激しく舌打ちしたあたり、フィルバートが強調した通りに「報告書」が必要と言うところは、エドヴァルドにも自覚はあったらしい。

 休むじゃなく謹慎――なんて屁理屈を、ここでこねなかったあたりからも、それは察せられる。

「まあ、こんな時間に戻って来て、明日朝から来いとまでは言わないがな。明後日、今、補佐役を自ら進んで引き受けているフォルシアン公爵と、次の〝扉の守護者ゲートキーパー〟の話をする為にボードリエ伯爵夫妻と令嬢を謁見の間に集めるから、おまえも来い。万一ギーレンから、正妃を飛び越して苦情が来たって対処出来ん」

「それさえ済めば『謹慎』で良いと?」

「謹慎、謹慎と連呼するなわざとらしい。確かに例の子爵の件がある以上は、処分を撤回する訳にもいかんだろうが、一ヶ月も休めるとは思うなよ⁉」

 せいぜいフォルシアン公爵に交渉するんだな――そう言われたエドヴァルドは、それはそれは人の悪い笑みを浮かべていた…と、思う。
 背中がそんな雰囲気をかもし出してる。

 何となく、フォルシアン公爵には最低限の補佐だけを頼みつつ、基本は国王陛下を働かせる気でいっぱいな気がした。

 もちろん〝賭け〟の話は未だ知らないにしろ、そもそもが長い付き合いだ。自分が彼の「娯楽」扱いでギーレンに行かされた事くらいは分かっているに違いない。

「仕方がない。明日は王宮に来なくて良いと言質をとった事だけでも今日は良しとしておく」
「えらく上からだな、おい」
「ところで今は〝転移扉〟を使って戻っても良いのか?この時間から馬車も出せまい」

 フィルバートの厭味をしれっと無視する形で、エドヴァルドが確認している。

 何か言おうにも、非常時でもないこの夜更けに、馬車だ馭者だと命じる方が暴君だと、察したフィルバートも顔をしかめただけだ。

「仕方ない。今は特例だ。ああそうだ、姉君。姉君にも今回の件で何かしら『褒賞』は必要だろうと思っている。頼んだ通りに宰相を連れて戻って来た訳だしな。今すぐとは言わないから、考えておいてくれ」

「あ…ありがとうございます…」

 迂闊な事を頼んだら自分の首が絞まる気がすると思いつつも、ここは何とか微笑わらって御礼を。

「…行くぞ、レイナ」
「あ、はい」
「口の減らないその男はともかく、姉君はゆっくり邸宅やしきで休んでくれ」

 フィルバートのはともかく「帰る」じゃなくて「行く」って…?と一瞬だけ不思議に思ったけれど、それは再度手を取られて、執務室を後にする頃にはいつの間にか霧散してしまっていた。

 王宮内のあの〝転移扉〟は誰が動かすんだろうと思ったら、この時間でも管理部に誰かはいるとエドヴァルドは言い――実際社畜な研究者さんがそこにいたので――行き先は自分が登録するからと、ちゃっかり起動だけをお願いしていた。

 予め、私が怯む事を学習したと言わんばかりに、エドヴァルドが繋いだ手を、より深く絡ませてくる。

 そして、気付いた私がエドヴァルドを思わず見上げたその瞬間には、もう〝転移扉〟は通過してしまっていた。

 まるで、私に余計な事を考えさせまいとするかの様に。

「え……暗い……?」

 ただ、通り抜けた先が何故か真っ暗闇で、私は一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 ふっ…と、エドヴァルドが片手を上げたっぽい空気の流れを感じた直後、多分魔道具に触れて灯りをつけたんだろう。辺りがぼんやりと照らし出され始めた。 

「あれ……ここって……」

 行き先の登録を間違えたのか〝扉〟に不具合があって、飛ばされてしまったのか。

「北の館……?」

 ミカ君とベッドメイキングをした、北の館の寝室だ。
 どう見ても公爵邸じゃない。

「エドヴァルド様、ここ――」

 違う、と言いかけた私は、そこで言葉が出なくなった。

「レイナ……」

 エドヴァルドの声が、すぐ耳元で聞こえる。

 ――後ろから抱きすくめられた、との理解が及ばないままに。
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