聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

【宰相Side】エドヴァルドの帰還(後)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 翌日、予め国王陛下フィルバートに言い含められていた事もあり、渋々王宮へと向かう。

 一瞬、レイナもついて行きたそうな素振そぶりは見せていたが、私が散々に翻弄してしまった所為せいか、足元が覚束ない状態がまだ少し残っていた事や、を散らしすぎた為に、そのままだと盛大に揶揄からかわれて報告にも話し合いにもならないだろう事を告げると、顔色を変えて、自ら退いてくれた。

 別に誇張はしていない。
 フォルシアン公爵やフィルバートでは、本気で何を言われるか分かったものではない。

 今日はフィルバートと二人の話し合いではないが、謁見の間を利用する程の仰々しい話でもないと言う事で、その中間的立ち位置にある「応接の間」に集まる事になっていた。

「エドヴァルド!」

 フィルバートはまだ来ていなかったが、中にはフォルシアン公爵とボードリエ伯爵令嬢が既に来ていて雑談をしていた。
 中に入った私を視認したフォルシアン公爵が、思わずと言ったていで立ち上がって、私の名前を叫んでいる。

「無事にギーレンから戻って来れたんだな、良かった!出発前日に飲ませすぎてしまって、本当に申し訳なかった!あれから妻にも随分と叱られて、戻り次第謝らなくてはと思っていたんだ」

 私がわざと、ゴホゴホと咳をした事で、彼もここが王宮内、つまりは公の場である事を思い出したのだろう。
 失礼した、イデオン公――と、やはり咳をしながら、再び椅子に腰を下ろしている。

「ボードリエ伯爵令嬢」

 基本的にこちらから話しかけない事には、身分の問題から、彼女からは何も言えない。
 恐らくはレイナの事を聞きたいであろう彼女のため、フォルシアン公爵には視線で一度断りを入れた上で、私はボードリエ伯爵令嬢に向かって話しかけた。

 一度立ち上がった彼女は、さすがギーレンで王妃教育を終えたと思わせる優雅な〝カーテシー〟で、こちらへと一礼した。

「レイナからは、無事に戻って来た事と、貴女とハルヴァラ伯爵令息との〝ヘンリエッタ〟でのお茶の約束を果たしたいとの伝言を預かっている。日付のない、儀礼上の誘いの手紙が今頃伯爵邸には届いているだろうが、とりあえず今ここで、日にちを決めさせて貰っても構わないか」

「え……っと、あ、失礼致しました。イデオン宰相閣下と、わたくしとの間で日時を決めてしまうと、今、仰いましたでしょうか……?」

 私からの話を鵜呑みにせず、さりげなく真意を確認してこようとするあたり、やはりエヴェリーナ妃の薫陶が行き届いているのだろうか。

 いや、レイナ自身も私が何故〝ヘンリエッタ〟に行くのか訝しんでいたから、それは気も合うだろうと、妙に納得をしてしまう。

「ああ。と言うのも、私自身、あの店の近くにある、に用があって、今日、フォルシアン公爵に口利きを願い出るつもりだった。そんな折に、レイナと貴女がたの約束を聞いた。ならば日時を合わせて、貴女がたが軽食を楽しんでいる間に、私がその店に行くようにすれば、レイナの送り迎えも兼ねられるから良いだろうと思ったんだ」

「――うん、私かい?」

 ボードリエ伯爵令嬢が何かを答える前に、名指しされたフォルシアン公爵が首を傾げた。

 そんな仕種ですら、人によっては「気障キザ」と眉をひそめるところだが、生憎この場では、彼に魅了される人間は皆無だった。

 ボードリエ伯爵令嬢もフォルシアン公爵には関心を示さず、むしろ声に出ないまでも、唇が「過保護…?」と動いているのがしっかりと見えた。

 今はとりあえず、見なかった事にはしておくが。

 まずはフォルシアン公爵に話を通す方が先だ。

「チョコレートカフェ〝ヘンリエッタ〟と同様に〝フリードリーン〟は貴殿あなたが最高責任者だと聞く。そこであれば〝サランディーブ〟と〝エルシー〟の両方が手に入るとも聞いた。可能であれば話を通して欲しい」

「え?それって――」

「話を通してくれるなら、この前の酒の席での事は水に流す」

 畳みかける様に私が言えば、フォルシアン公爵は一瞬目を見開いた後に、それは盛大な笑い声を上げた。

「サ…〝サランディーブ〟に〝エルシー〟!そうか、そう言う事か!ようやく本気になったか!ああ、もちろん喜んで話を通すとも。そうだな〝サランディーブ〟に関しては恐らく店でも選択の余地がない程の在庫しかないだろうが〝エルシー〟に関しては、私からの祝いだ、とっておきを用意してあげよう!」

 アンジェス国に来てから、まだそれほど日がたっていないからか、ボードリエ伯爵令嬢は〝フリードリーン〟と言う名の店舗自体を詳しくは知らないらしい。

 もしかすると〝サランディーブ〟も〝エルシー〟も、ギーレンでは名称が異なるのかも知れない。

 まあ、今は知らないままでいてくれた方が、レイナにも知られずに済むだろうから、私は敢えてこの場では正解を明かさなかった。

「ではいつにしようか?何ならこの後でも良いくらいだが、淑女たるボードリエ伯爵令嬢に、そんな無茶も言えまいよ。とは言えあまり時間も空けたくないだろうし……ご令嬢、ここは二日後くらいで如何だろうか?」

 貴族としての礼儀作法で言えば、今日この後も二日後も、作法に外れていると言う点ではあまり大差はない。

 ただ、ミカ・ハルヴァラが自領へ帰る事を思えば、今回に限っては急な日時指定でも許される筈ではあった。

 何故か私ではなく、フォルシアン公爵の方から日時指定を喰らったボードリエ伯爵令嬢は目を丸くしているが、口に出してはそれを告げず、あくまでにこやかに微笑わらった。

わたくしは構いません。拝見していると、何かとても重要なご用事のようですし……ハルヴァラ伯爵令息も、そろそろ自領の皆様がヤキモキしながら帰りを待っていらっしゃるでしょうから」

 何より、とこの場で悪戯っぽく笑えるあたり、肝は据わっている。

わたくしとレイナ嬢がお茶をします際は、普段からその様な感じですから、多分邸宅やしきの者も、今更誰も驚きませんわ。二日後と言う事で、喜んで承ります」

「やあ、それは有難いな。御礼に今回限りの当主権限で、個室を空けておこう。あの〝ヘンリエッタ〟は、基本的には貴族階級への特別扱いをしない事を信条にしていて、個室は普段は、提携ドレスサロンの顧客の為に空けてあるのだけれどね。貴女も〝マダム・カルロッテ〟にドレスを頼む事があれば、今後はそこを利用出来るから、覚えておくと良いよ」

「まあ、お気遣い有難うございます。チョコレートカフェ〝ヘンリエッタ〟に関しては、レイナがべた褒めしていましたから、楽しみにしておりましたの。ドレスサロンと提携と言うのも素敵ですわね。やはり婚姻の儀の後のお披露目パーティーの需要を見越しての事でいらっしゃいますか?」

 レイナ推薦、と聞いたあたりでフォルシアン公爵もまんざらでもないと言った表情を見せていたが、その後に続いた言葉には、公爵も軽く目をみはっていた。

「それは……レイナ嬢が?」

「え?ああ……はいでもあり、いいえでもありますかしら。直接話を聞いてはいませんけれど、彼女のいた国では、ままある形式だと言うのは知っていましたから」

 ほほ…と、ちょっと苦しそうに笑うボードリエ伯爵令嬢を見て、私の方がピンときてしまった。

 多分それは、レイナが居た異世界で存在していた仕組みなのだろう。
 ボードリエ伯爵令嬢にはその「記憶」だけがあると、いつだったかレイナが言っていたから。

「いや、失礼。図星だったので驚いただけだ。元はと言えば娘の友人がお披露目パーティーに〝ヘンリエッタ〟の菓子類を依頼してきてくれた事がきっかけでね。その際のドレスが〝マダム・カルロッテ〟だった事もあって、打ち合わせやなんかで懇意になったんだよ。その結果が、今の形式に繋がっていてね」

「そうなんですね」

「いやいや。レイナ嬢といい貴女といい、着眼点が他の令嬢たちとは違うね。話していると面白いよ」

 なるほど、私が来る前からこの調子で盛り上がっていたと言う事だろう。

 多分これならば、彼女が次の〝扉の守護者ゲートキーパー〟となっても、アンジェス国内に溶け込めるのではないだろうか。

 一人内心でそんな風に納得をしているところに、ようやくフィルバートが姿を見せた。

「帰国の遅れたどこぞの宰相の影響で、書類が山積みだし謁見申請も立て込んでいる。悪いが用件だけにさせて貰うぞ」

 何で帰国が遅れた事が私の所為せいになるのかと舌打ちしたい気分だったが、それでは話が進まない。
 ましてフォルシアン公爵は純粋に〝転移扉〟の故障が理由と思っている筈だ。

 ここは黙ってフィルバートに言わせておくより他はなかった。

「一つには、まだ内々の話だが、聖女マナとギーレン国次期王位継承者であるエドベリ王子との婚姻話が浮上している。その事もあって、彼女は当分アンジェスには戻って来ない。もしかしたら、そのまま輿入れとなる可能性もある」

 ボードリエ伯爵令嬢も、私がギーレンに留まっていた理由は知っていても、最終的にどう言う落としどころになったのかは、昨日の今日だ、まだレイナから聞いてはいないのだろう。
 フォルシアン公爵と同じように、目をみはっていた。

「そうなると、我が国には〝扉の守護者ゲートキーパー〟不在の状況が出来上がってしまう。ボードリエ伯爵令嬢。申し訳ないが、今まで『聖女代行』として臨時に手伝って貰っていたものを、正式な形でお願いしたい」

わたくし……ですか?」

「貴女が最も適任だ。その代わりに、あらゆる方向からのは私のところで留め置く事を約束しよう」

 言外に、エドベリ王子の事を匂わせつつ、フィルバートの口元には笑みが浮かんでいる。
 …あれは断れない事を察している笑みだ。

「宰相にはその件での根回しを頼みたいところだが、残念ながら某子爵殺害の件での謹慎期間と言うものが存在している。この後フォルシアン公爵との話し合いででも、落としどころを探してくれ。ギーレンから余計な横槍が飛んでこない様にな」

 そして今度は明らかに「とっとと謹慎なんか切り上げてしまえ」と言う圧力に満ちた笑みが取って代わる。

(……正妃候補を探す旅に出るとでも言ってやろうか)

 私はしばらくその思いつきに、心を揺さぶられる事になった。
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