聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

【宰相Side】エドヴァルドの帰還(中) ☆☆

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 後宮から〝転移扉〟のある部屋まで、レイナと二人、手を繋ぎながらこれ見よがしに歩けと言うのも「駆け落ち」を強調するエヴェリーナ妃の演出らしい。

 …まったく、あの妃はこちらより一枚も二枚も上手だ。

 ギーレン国の当代〝扉の守護者ゲートキーパー〟であるトバル・ラガルサは、前回顔を合わせた時と変わらず、あまり顔色が良いとは言えなかったものの、本人が「扉を動かすだけなら、枯渇を心配する程の魔力を使う事はない」と言うので、そこは潔く委ねる事にした。

「や…やっぱり、簡易装置とか、公爵邸の限定装置とかとは、規模が違いますね…っ」

 光の環が広がって、円の中央の景色が、少しずつ揺らぎ始めるのは、自分にとっては何度か目にしている〝転移扉〟の起動風景だが、レイナにとってはそうではないと言うのを、繋いだ手から伝わる震えと、上擦った声で、私は痛感させられてしまった。

 ある日いきなり召喚陣の中に引きずり込んでしまった事実が、この先も決して消える事はないと、レイナの怯えが私に訴えかけてくる。

「レイナ、大丈夫だ。もう二度と、貴女が見知らぬ土地に投げ出される事はない」

 そうやってこの先も、何度でも、私はレイナに伝え続けていかなくてはならないのだ。

「この〝扉〟の先は、アンジェスだ。――帰ろう」

 何があってもこの手は離さないと、レイナに信じて貰えるまで――いつまでも、何度でも。
 緊張を解そうと「王家の『魔の手』から逃げようか」と囁けば、かすかに笑う。

「……はい、ご一緒します」

 痙攣ひきつったその笑顔を、いつか本物にしたいと思う。

 彼女の手を引いて〝転移扉〟の向こう、アンジェスへと無事に通り抜けたところで、ホッと息をついたレイナを、今はそのまま連れて、とりあえずは彼女込みで国王陛下フィルバートに帰国を告げる事にした。

 聖女マナはどうしたと聞いてくるので、ギーレンに残ったと答えたところ、何か言いたげに顔をしかめていたが、こちらこそ、フィルバート自身が誘導をしておいて、何を言わんやだった。

 私が聖女を煽ったのはあくまでレイナと引き離す為だ。
 どうせ「そっちの方が面白いから」レベルでやってのけたに違いないくせに一緒にするなと言いたい。

 …レイナがギーレン王家の評判を落としてのけたのを「好き勝手した結果」と称したところには、多少は賛成しなくもないが。

 ――ボードリエ伯爵令嬢か、それ以外でエドベリ王子の正妃候補を。

 決してレイナをそこには含ませないと、フィルバートにはよくよく牽制を入れておく必要がある。
 でなければいつ、話をひっくり返してくるか分かったものではない。
 幼馴染かどうかなど、フィルバートの「娯楽」の前には考慮されない。

 謹慎の意味を辞書で引き直して来い、報告書を書け…等々言っている内は、まだ安心なくらいだ。

 再度王宮に来るのはで良いとの言質も取った以上は、今日、これ以上謁見を続ける理由はない。

 私は再びレイナの手を取って、事前にファルコに伝えておいた通りに『北の館』へと転移した。

 ファルコらは自分達で適当に『北の館』を護衛しに、敷地周辺まで来るだろう。
 まさか私とレイナを放置は出来ないが、敷地の中へは入るなとも厳命されているからには、そうせざるを得ない。
 アンジェス国内に戻って来た以上は、馬を用意するなり夜間の乗合馬車を捕まえるなり、やりようはある筈だからだ。

 管理部に規定外の移動を承認させる以上は、人数も少ない方が良いのだから、レイナと二人での移動を特に咎められる事はなかった。

「あれ……ここって……」

 灯りのついた先、公爵邸の中ではないと気付いたレイナが辺りを見回しているところに、私は後ろから彼女を抱きすくめた。

 どうしても今夜、このまま公爵邸に戻りたくなかったのだ。

 どのみちレイナは絶対に、今夜寝台では眠らない。

 エヴェリーナ妃に誘導されたとは言え、実の妹に薬を盛ると言う事をしてしまった以上は、背徳感と罪悪感の海で溺れそうになっている筈だ。

 深夜のベランダで、一人で涙を流すくらいならば。
 
 その時間を私にとう事を、一度は許して欲しい。

「貴女には…ある日いきなり生活の全てを奪った私は…受け入れられない、か……?」

 この館に転移してきてから、レイナは何も言わない。
 
 やはり私では彼女の「唯一」になれないのかと、悄然と腕を解けば、不意に彼女が私の頬に両手を添えて、私の目を覗き込んできた。

 完全に無意識の動作だったんだろう。

 アロルド・オーグレーンの書物から破いた頁を今、一緒に処分したらどうか…と、慌てた様に口にしている。
 今すぐは無理だと説明したところ、恐らくは文化の違いだろう。少し驚いてはいたが、私にもケジメをと思ったんだろう?と聞けば、やんわりそれを肯定した。

 それは私にもケジメがついたなら、私を受け入れてくれると、そう期待しても良いのだろうか。

 ――私はレイナを選ぶし、何があっても共に足掻く。

 どうしても確かめたくて、先に「答え」を告げてしまうずるさを許して欲しい。

 ――貴女が欲しい。

 この執着を、私ごと受け入れて欲しい。

「ああっ、あのっ! 某子爵令嬢を手酷くはねつけられた理由は……その、自惚れても……良いですか…?」

 怯えていた小動物が、少しだけ歩み寄ってくれた錯覚をうっかり覚えて、一度だけ目を瞬かせたが、否定する要素など、何もない。

 答えの代わりに唇を奪い、より深い口づけを何度も繰り返したところで、力が抜けたレイナの身体が崩れ落ちた。

「いくらでも自惚れろ。貴女の全てを私で埋めさせてくれる――ならば私の全ても、貴女のものだ」

 レイナの身体を支えたまま、これが最後だと耳元で「――良いか?」と囁く。

 俯いたまま、本当に小さくレイナが頷いてくれたのを目にした時には、私はもうレイナを抱え上げていた。

「……あまり怯えないでくれるか」

 寝台に横たわらせたところで、明らかに緊張で身体を強張らせているレイナに、思わず頬が緩む。

 媚薬とお酒に互いが浮かされていた夜とは違うと、強張った身体を解す様に、全身へと唇を滑らせていった。

「……っ」

 恐らくは、これまでに感じた事のない感覚に翻弄されている事への怖れがあるのだろう。
 吐息と共に零れ落ちかけた声を、抑えようとでもするかの様に、両の手がシーツを握りしめている。

 元より妹の我儘の前に、全てを我慢してきた筈のレイナだ。

 誰かがその生き方を「もう良い」と解放してやらなくては、例え異世界であっても、彼女は永遠に囚われたままだ。

 6年もの間囚われていた、叛乱クーデターと言う名の家族の呪縛に。

「何も考えず――私に溺れていろ」

 もう、自分だけの想いを優先しても良い頃だと、シーツを握りしめていた手を私の背中へと回させて、口づけからその先へと、全てを深めて、自分の熱を伝えていった。

 自分の熱で彼女が乱れていく事に、この上ない悦びが湧き上がっていく。

 互いに受け入れ合う。

 それがこんなに己の中に歓喜を呼び起こして、熱を孕むとは思いもしなかった。
 収まらない自分の中の激情に引きずられる様に、夜の間、何度も、何度も、レイナを翻弄した。

 ここから先は、私と共に――そんな思いを全身に刻み付けながら。

 ただし「家出」にしろ何にしろ、単語だけにしておいてくれ。
 わざとおどける様にそう囁けば、意識が落ちる直前の彼女は、少し微笑わらったように見えた。

 その時は私の中の熱も、確かに一度は鎮まっていたのだが、夜が明けて、部屋に差し込んできた陽の光に照らされたレイナの肌が、目を醒ました直後から、衣服を身に纏っていない羞恥に彩られて朱く染まっていくのを目にしてしまっては、自制心など維持出来よう筈もなかった。

 頼むから起きぬけに私を煽るなと呻いたのは、間違ってはいない筈だ。

「「旦那様……」」

 本当なら朝食に合わせて公爵邸から誰かを呼ぶつもりでいたが、さすがにレイナに無理を強いた自覚もあったため、彼女が一番落ち着くだろう、セルヴァンとヨンナを日が高くなってきてから『北の館』に呼んだのだが、来て早々、二人は寝室を一瞥して状況を把握したのか、あからさまに私を責める視線をぶつけてきた。

「旦那様、まさかとは思いますが無理矢理…などと言う事は……」

 レイナをヨンナに任せて、着替えの為に隣室に移動したところで、猜疑心も露わにセルヴァンに問いかけられる。

「私もそこまで落ちたつもりはないぞ、セルヴァン。きちんと本人に請うて、彼女も応えてくれた。ただどうしても、おまえのように思う者はこれから多く出て来るのだろう。今はどうしても身分の問題が立ち塞がっているからな。そこも含めて、先の事は考えているつもりだ」

「――失礼致しました。それを聞けて安堵いたしました」

 私はセルヴァンにレストラン『チェカル』の貸切を指示して、もう一つの『アンブローシュ』については、その「先の事」に絡めて、考えている事があると告げる。

 それを聞いたセルヴァンは、一転して口元を綻ばせた。

「差し出がましいようですが、大変に良い案であるとわたくしも考えます。他に出来る事がありましたら、何なりとお申し付け下さい」

 セルヴァンがこう言うのであれば、恐らくヨンナの方も大丈夫だろう。
 私は満足して頷き返した。

 公爵邸に帰ってから、レイナを案じてか厭味を浴びせかけられたのは、それはそれこれはこれと言う事かと、やや不本意だったのだが。
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