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第二部 宰相閣下の謹慎事情
【ギーレン王宮Side】コニーの選択(中)
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「私は母である前にこの国の王の妻です。例え第二夫人と言えど、公人としての立場は存在します。その立場から言わせて貰うならば――貴方はオーグレーン家の名にまつわる醜聞を軽く考えすぎていたのですよ、殿下」
軽く息を吸い込んで、エヴェリーナ様のようにはいかずとも、私が言葉に出来る精一杯を口にしたところ、エドベリは愕然としたようにこちらを見つめていた。
「あんな家名を今更掘り起こされて、誰が喜びます。今だから申し上げますけれど、本当にその名が再度表舞台に出てくるようであれば、私はこの王宮を下がらせて頂くところでしたよ。ですが、アンジェスの宰相様は、家名も、王の血を引く娘も要らぬと仰った。書物がなくとも、私は手を貸していたでしょう」
「は…母上……」
どうやらこれは、エヴェリーナ様も驚かせてしまったらしい。
まあ、と言う呟きが漏れ出ているのが聞こえてしまった。
だけどこれは、私の中でどうしても譲れない一線だ。
陛下も、エヴェリーナ様も、クリストフェル家には最大限の気遣いを見せて下さった。
陛下に見初められて、エドベリと言う息子も授かって、その息子は次期国王にまでなろうとしている。
それでも、どうしても呑み込めない事はある。
「では私は、イデオン宰相様に感謝しないといけませんわね。コニー様は、私よりも余程、侍女や使用人達に慕われていらっしゃいますもの。コニー様に去られてしまっては、王は、殿下は何をしていたのかと、益々王家は評判を落とすところでしたわ」
さりげなくエドベリを牽制しつつも、私を持ち上げて下さるエヴェリーナ様は、流石だと思う。
とても私には真似の出来ない事だ。
「……私は、実家は子爵家と言う下位貴族。エヴェリーナ様のように社交界で上手く立ち回るのにも限界がございます。その分、王宮で働く皆に目を配らせて頂いているだけですわ。私の方が、皆と目線も近うございますもの」
掛け値なしの本音。
そしてエヴェリーナ様が、妹を失って道を見失っていた私に教えて下さった、立ち回り方だ。
王の妻が一人と言うのは、それも一つの生き方であり、美談ではあるけれど、ギーレンほどの大国ともなると、社交界と使用人、その全てを正妃一人で目を行き届かせる事など、不可能に近い。
どこかで、反対勢力を育てる土壌を生んでしまう。
(嫌いな人間の言う事を聞かずに済む一番の方法はね、コニー様。自分が頂点に立つ事ですのよ。私は、他の公爵家の令嬢も、先代の王妃様も、ハッキリ言えば嫌いでしたわ。与えられた地位と財産に胡坐をかいているだけの女性に、居丈高に何かを命じられるなどと、耐えられそうになかった。ですから、王妃を目指しましたのよ。ギーレンの王の妻は、一人では務まりません。社交界の事は、私が全て引き受けます。ですからコニー様は、王宮の下働きを掌握なさいませ。そうすれば存外、生き易くなりましてよ)
私の境遇に安易に同情をせず、私の立場で出来る事を指し示して下さったエヴェリーナ様に、私が対立する感情を抱く事はない。
正妃と第二夫人の立場から、不仲と決めつける人々には、おあいにくさまとしか言いようがない。
イルヴァスティ子爵令嬢とその母親は、王の妻の存在意義を理解していないのだ。
あの二人の目にあるのは、地位と財。
自らの立ち位置を、王宮内で築くための努力をしていない。
エヴェリーナ様がご自身の茶会にお声をかけようとされないのも、その辺りに原因はある。
何かしら、王家の為に自分が出来る事を探す素振りが少しでもあれば、今回のように突き放すような事はされなかったものを。
今は恐らく、社交界や王宮と言った、現実的な話をしない、と言うか出来ないところに陛下は癒しを求めておられるのだろうが、結局のところは仮初の時間。長くは続かない。
――結婚がゴールだと思っている人は結婚で不幸になる法則。
いつだったか、レイナ嬢がエヴェリーナ様に説明をした話は、言い得て妙だと私も思う。
レイナ嬢は、エドヴァルドの為に自分が出来る事を考えて、それを実行すらしている。
エヴェリーナ様が目をかけるのは、当たり前だ。
そして、エドヴァルドの伯母としてもそれは嬉しく思うところだ。
「殿下、貴方は今や第一王位継承者。子供じみた執着は卒業して、国の為になる立ち回りをなさい」
シャルリーヌ嬢にしろ、レイナ嬢にしろ、エドベリを選んでくれれば良かったのだけれど、今のエドベリではきっとそれは難しい。
「国の為……」
「今、聖女マナとの婚姻を受け入れざるを得ない状況なのは分かりますね」
私がそう声を出せば、エドベリがグッと言葉に詰まっている。
普段であればエヴェリーナ様の役割ではあるけれど、エドベリの母親が私である以上は、私の口から言わなくてはならない事もある。
「ですが恐らく、あのお嬢さんでは〝王の妻〟にはなれません。そもそも高位貴族の正室自体が、お花畑の住人が住める場所ではないのです。イデオン宰相様がイルヴァスティ子爵令嬢を視界にも入れなかったのは、そのあたりもあるのですよ。一度目が成功したからと、どうして二度目があるなどと思ったのですか」
エヴェリーナ様の前でハッキリ言ってしまうのも気が引けるが、シャルリーヌ嬢よりも着飾っていた男爵令嬢になびいてしまった、とある王子は今や一辺境伯だ。
「話が逸れましたね。今、聖女マナとの婚姻を受け入れざるを得ないとは言いましたが、それはあくまで民を納得させるためのもの。あのお嬢さんには〝扉の守護者〟としての役目を全うして貰って、その上で貴方の王政を分かち合える伴侶を改めて探せば良いのです。それならば、貴方もまだ妥協が出来るでしょう?」
「王政を……分かち合う……」
呟くエドベリの脳裡にはまだ、シャルリーヌ嬢の事があるに違いない。
私もエヴェリーナ様も、今は未だそこまでを止める事は出来なかった。
こればかりは、アンジェス国側が誰を紹介してくるかによるからだ。
それでダメならシャルリーヌ嬢を返させようとか、下手に期待を持たせる様な事も、今は言うべきではない。
「とりあえず、陛下がバシュラールからお戻りになられたところで、貴方と聖女マナとの話を致しましょう。状況は早馬でお知らせした方が良いでしょうね――」
私がそう言ったところで、エドベリがハッと我に返って、顔色を変えた。
「バシュラール!イデオン宰相がアンジェス国に戻ってしまったと言うのなら、今、バシュラールには誰が――」
「――あら殿下、顔色が悪いようですが、どうかなさいまして?」
現時点では、私とエヴェリーナ様は「陛下とイルヴァスティ子爵令嬢とその母親が、バシュラールの別荘で静養中」と言う事しか知らない――そう言う設定だ。
だからエヴェリーナ様は、さも「何も知りません」と言った態で、エドベリを見つめていらっしゃった。
「――っ、リック!シーグリックはいるか⁉」
「ああ、殿下。それなんですけれど」
普段なら、いつでもどこでも、呼べば駆け付ける筈の侍従がこの日は姿を現さない。
訝しんで半目になっているエドベリに、エヴェリーナ様が、事前に取り決めた話を口になさった。
「あの子昨夜ね、貴方から周囲を警戒するように言われていたからと、王宮内を警邏していて。たまたま、アンジェス国に帰ろうと、王宮内の〝転移扉〟前にやって来た宰相様一行と鉢合わせをしたみたいで。護衛と揉み合いの末、ケガをしてしまったのよね」
「なっ……⁉」
「さすが宰相様の護衛ともなると、一筋縄ではいかなかったようよ。その後で、どうしても帰国したい宰相様から書物の取引を持ち掛けられたのだけれどね。ああ、今は王宮医務室で痛み止めを飲まされて眠っているわよ?あの子はあの子なりに役目を果たしているのだから、あまり叱らないでやって頂戴な」
そうするように言ったのは、実はエヴェリーナ様だけれど、それは今は言う必要のない話だろうと、私も大人しく口を噤む。
「しかし昨夜の状況を彼からも聞きたい…いや、先に陛下への連絡か?既にイデオン宰相がいないなどと、想定外で――」
ぶつぶつと、エドベリが悩み始めたところで、使用人の一人が後宮サロンの扉を激しく叩く音が響いた。
「失礼致します!今、陛下が予定を切り上げてバシュラールからお戻りになられ、サロンに向かっていらっしゃいます!」
「――あら」
既に予想済みの事である。
見ればエヴェリーナ様は、嫣然と微笑んでいらっしゃった。
「私は母である前にこの国の王の妻です。例え第二夫人と言えど、公人としての立場は存在します。その立場から言わせて貰うならば――貴方はオーグレーン家の名にまつわる醜聞を軽く考えすぎていたのですよ、殿下」
軽く息を吸い込んで、エヴェリーナ様のようにはいかずとも、私が言葉に出来る精一杯を口にしたところ、エドベリは愕然としたようにこちらを見つめていた。
「あんな家名を今更掘り起こされて、誰が喜びます。今だから申し上げますけれど、本当にその名が再度表舞台に出てくるようであれば、私はこの王宮を下がらせて頂くところでしたよ。ですが、アンジェスの宰相様は、家名も、王の血を引く娘も要らぬと仰った。書物がなくとも、私は手を貸していたでしょう」
「は…母上……」
どうやらこれは、エヴェリーナ様も驚かせてしまったらしい。
まあ、と言う呟きが漏れ出ているのが聞こえてしまった。
だけどこれは、私の中でどうしても譲れない一線だ。
陛下も、エヴェリーナ様も、クリストフェル家には最大限の気遣いを見せて下さった。
陛下に見初められて、エドベリと言う息子も授かって、その息子は次期国王にまでなろうとしている。
それでも、どうしても呑み込めない事はある。
「では私は、イデオン宰相様に感謝しないといけませんわね。コニー様は、私よりも余程、侍女や使用人達に慕われていらっしゃいますもの。コニー様に去られてしまっては、王は、殿下は何をしていたのかと、益々王家は評判を落とすところでしたわ」
さりげなくエドベリを牽制しつつも、私を持ち上げて下さるエヴェリーナ様は、流石だと思う。
とても私には真似の出来ない事だ。
「……私は、実家は子爵家と言う下位貴族。エヴェリーナ様のように社交界で上手く立ち回るのにも限界がございます。その分、王宮で働く皆に目を配らせて頂いているだけですわ。私の方が、皆と目線も近うございますもの」
掛け値なしの本音。
そしてエヴェリーナ様が、妹を失って道を見失っていた私に教えて下さった、立ち回り方だ。
王の妻が一人と言うのは、それも一つの生き方であり、美談ではあるけれど、ギーレンほどの大国ともなると、社交界と使用人、その全てを正妃一人で目を行き届かせる事など、不可能に近い。
どこかで、反対勢力を育てる土壌を生んでしまう。
(嫌いな人間の言う事を聞かずに済む一番の方法はね、コニー様。自分が頂点に立つ事ですのよ。私は、他の公爵家の令嬢も、先代の王妃様も、ハッキリ言えば嫌いでしたわ。与えられた地位と財産に胡坐をかいているだけの女性に、居丈高に何かを命じられるなどと、耐えられそうになかった。ですから、王妃を目指しましたのよ。ギーレンの王の妻は、一人では務まりません。社交界の事は、私が全て引き受けます。ですからコニー様は、王宮の下働きを掌握なさいませ。そうすれば存外、生き易くなりましてよ)
私の境遇に安易に同情をせず、私の立場で出来る事を指し示して下さったエヴェリーナ様に、私が対立する感情を抱く事はない。
正妃と第二夫人の立場から、不仲と決めつける人々には、おあいにくさまとしか言いようがない。
イルヴァスティ子爵令嬢とその母親は、王の妻の存在意義を理解していないのだ。
あの二人の目にあるのは、地位と財。
自らの立ち位置を、王宮内で築くための努力をしていない。
エヴェリーナ様がご自身の茶会にお声をかけようとされないのも、その辺りに原因はある。
何かしら、王家の為に自分が出来る事を探す素振りが少しでもあれば、今回のように突き放すような事はされなかったものを。
今は恐らく、社交界や王宮と言った、現実的な話をしない、と言うか出来ないところに陛下は癒しを求めておられるのだろうが、結局のところは仮初の時間。長くは続かない。
――結婚がゴールだと思っている人は結婚で不幸になる法則。
いつだったか、レイナ嬢がエヴェリーナ様に説明をした話は、言い得て妙だと私も思う。
レイナ嬢は、エドヴァルドの為に自分が出来る事を考えて、それを実行すらしている。
エヴェリーナ様が目をかけるのは、当たり前だ。
そして、エドヴァルドの伯母としてもそれは嬉しく思うところだ。
「殿下、貴方は今や第一王位継承者。子供じみた執着は卒業して、国の為になる立ち回りをなさい」
シャルリーヌ嬢にしろ、レイナ嬢にしろ、エドベリを選んでくれれば良かったのだけれど、今のエドベリではきっとそれは難しい。
「国の為……」
「今、聖女マナとの婚姻を受け入れざるを得ない状況なのは分かりますね」
私がそう声を出せば、エドベリがグッと言葉に詰まっている。
普段であればエヴェリーナ様の役割ではあるけれど、エドベリの母親が私である以上は、私の口から言わなくてはならない事もある。
「ですが恐らく、あのお嬢さんでは〝王の妻〟にはなれません。そもそも高位貴族の正室自体が、お花畑の住人が住める場所ではないのです。イデオン宰相様がイルヴァスティ子爵令嬢を視界にも入れなかったのは、そのあたりもあるのですよ。一度目が成功したからと、どうして二度目があるなどと思ったのですか」
エヴェリーナ様の前でハッキリ言ってしまうのも気が引けるが、シャルリーヌ嬢よりも着飾っていた男爵令嬢になびいてしまった、とある王子は今や一辺境伯だ。
「話が逸れましたね。今、聖女マナとの婚姻を受け入れざるを得ないとは言いましたが、それはあくまで民を納得させるためのもの。あのお嬢さんには〝扉の守護者〟としての役目を全うして貰って、その上で貴方の王政を分かち合える伴侶を改めて探せば良いのです。それならば、貴方もまだ妥協が出来るでしょう?」
「王政を……分かち合う……」
呟くエドベリの脳裡にはまだ、シャルリーヌ嬢の事があるに違いない。
私もエヴェリーナ様も、今は未だそこまでを止める事は出来なかった。
こればかりは、アンジェス国側が誰を紹介してくるかによるからだ。
それでダメならシャルリーヌ嬢を返させようとか、下手に期待を持たせる様な事も、今は言うべきではない。
「とりあえず、陛下がバシュラールからお戻りになられたところで、貴方と聖女マナとの話を致しましょう。状況は早馬でお知らせした方が良いでしょうね――」
私がそう言ったところで、エドベリがハッと我に返って、顔色を変えた。
「バシュラール!イデオン宰相がアンジェス国に戻ってしまったと言うのなら、今、バシュラールには誰が――」
「――あら殿下、顔色が悪いようですが、どうかなさいまして?」
現時点では、私とエヴェリーナ様は「陛下とイルヴァスティ子爵令嬢とその母親が、バシュラールの別荘で静養中」と言う事しか知らない――そう言う設定だ。
だからエヴェリーナ様は、さも「何も知りません」と言った態で、エドベリを見つめていらっしゃった。
「――っ、リック!シーグリックはいるか⁉」
「ああ、殿下。それなんですけれど」
普段なら、いつでもどこでも、呼べば駆け付ける筈の侍従がこの日は姿を現さない。
訝しんで半目になっているエドベリに、エヴェリーナ様が、事前に取り決めた話を口になさった。
「あの子昨夜ね、貴方から周囲を警戒するように言われていたからと、王宮内を警邏していて。たまたま、アンジェス国に帰ろうと、王宮内の〝転移扉〟前にやって来た宰相様一行と鉢合わせをしたみたいで。護衛と揉み合いの末、ケガをしてしまったのよね」
「なっ……⁉」
「さすが宰相様の護衛ともなると、一筋縄ではいかなかったようよ。その後で、どうしても帰国したい宰相様から書物の取引を持ち掛けられたのだけれどね。ああ、今は王宮医務室で痛み止めを飲まされて眠っているわよ?あの子はあの子なりに役目を果たしているのだから、あまり叱らないでやって頂戴な」
そうするように言ったのは、実はエヴェリーナ様だけれど、それは今は言う必要のない話だろうと、私も大人しく口を噤む。
「しかし昨夜の状況を彼からも聞きたい…いや、先に陛下への連絡か?既にイデオン宰相がいないなどと、想定外で――」
ぶつぶつと、エドベリが悩み始めたところで、使用人の一人が後宮サロンの扉を激しく叩く音が響いた。
「失礼致します!今、陛下が予定を切り上げてバシュラールからお戻りになられ、サロンに向かっていらっしゃいます!」
「――あら」
既に予想済みの事である。
見ればエヴェリーナ様は、嫣然と微笑んでいらっしゃった。
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