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第二部 宰相閣下の謹慎事情
320 怒りの森の美女
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
ユティラ・フォルシアン公爵令嬢が1歳上、ユセフ・フォルシアン公爵令息が5歳上と、予めエドヴァルドからは聞かされていた。
ユティラ嬢はやや夫人寄り、ユセフ青年はがっつりフォルシアン公爵の血を受け継いだ容貌の様だけれど、さすがにここ数日間のあれやこれやで、ユセフ青年は相当にやつれている感じだった。
ご愁傷様です、としか言いようがない。
その憤りはどうぞクヴィスト公爵家にぶつけて下さい。
「ユセフを探す魔道具を提供してくれた、管理部の術者と実際に使用して探し出してくれた王宮護衛騎士には、もう頭を下げて来たんだよ。だけど両名とも、最大の功労者は『認識阻害装置を無効化した令嬢だ』と言うのでね。改めて御礼を言わせて貰えるかな。本当に有難う」
この場を代表する形でフォルシアン公爵が口を開き、それに合わせる形でエリサベト夫人とユセフ青年が無言のままそれぞれが頭を下げた。
「お言葉大変恐縮に存じます。今回の事は私だけではなく、皆それぞれが、己の出来る事に腐心した結果と捉えておりますので、どうかもうこの話は本日この場までとして頂けませんでしょうか」
私は私の意思で認識阻害装置を無効化した訳でもなんでもない。
単に魔力がないから、そもそも認識を阻害されようがなかったのだ。
最初は周囲にそう説明するつもりでいたのに、ずっと隣にいたエドヴァルドから「認識阻害装置を無効化した」としておく方が、皆は理解しやすいし、何度も説明をしなくても済むと言われて、そんなものかと自分を納得させただけだ。
何なら私より、リファちゃんの方が仕事したんじゃないかと思うくらいなのに、それはそれでトーカレヴァの方から「手紙鳥」の存在はなるべく秘しておきたいと言われているから、それも大っぴらには言えない。
リファちゃんは、私が思いっきり褒めて、頭を撫でて、栄養分の高い虫をエサにあげれば充分らしいし。
…癒されるから良いんだけど。
そのうえ更に、フォルシアン公爵からはもう何度も御礼の言葉を聞いているのだ。
正直もう、この話題はお腹いっぱい――と言うのが、私の偽らざる心境だった。
もしかすると、声色に多少は現れていたのかも知れない。
ユセフ・フォルシアン公爵令息が、微かに肩を揺らせて、私を見やった。
「……後から見返りをあれこれ要求されるくらいなら、今のうちに言っておいてほしいんだが」
「ユセフ!」
どうやらユセフ青年は、私が見返りを要求しない事が信じられないらしい。
エドヴァルドやエリサベト夫人は軽く眉を動かしただけだったけど、らしからぬ鋭い声を発したのは、フォルシアン公爵だった。
「おまえの物差しでレイナ嬢を測るんじゃない!この件だけが理由ではないが、彼女は〝ヘンリエッタ〟のチョコレート以外を望んではいないんだ!高等法院を貶すつもりは毛頭ないが、我が領のカカオを使って新たな商品をいくつも開発しようとしている彼女の方が、おまえよりも余程フォルシアン領に貢献してくれているのだと言う事をまずは理解しないか!」
「……っ」
言葉に詰まっているユセフ青年とは対照的に、フォルシアン公爵はちゃんと「お父さん」しているんだなぁ、と思わず場違いな感想をその場で抱いてしまった。
私は私で、多分ちょっとポカンとしていたのかも知れない。
エドヴァルドの軽い咳払いが聞こえて、慌てて我に返った。
「父上…っ、ですが、あれだけの衣装と宝石に身を包んでおきながら、興味が薄いなどと、話に無理があります!」
「――はい⁉」
だけど父子の言い合いを黙って見守るつもりでいた筈が、思わぬ方向から攻撃を喰らってしまい、周囲に聞こえる声をあげてしまった。
淑女の見本の様なエリサベト夫人の前で、うっかりしてしまった。
「お…まえは…っ!」
あ、それよりこのままだとフォルシアン公爵が手をあげそうな勢いだ。
更にエドヴァルドが、そこに加勢じゃないけど、何かを言おうとしている。
多分ここは、この二人が何かを言ったところで、女性観の拗れているらしいユセフ青年には響くまい。
私が、くいっとエドヴァルドの上着を引っ張ったところで、気付いた彼が眉を顰めた。
私が何かを言う必要はないと、その目は言っているようだったけど、私は無言のまま首を横に振った。
「レイナ……」
思わず洩れたエドヴァルドの声が聞こえたのか、フォルシアン公爵とユセフ青年も言葉を呑み込んで、こちらへと視線を向けていた。
「宰相閣下もフォルシアン公爵閣下も、どうぞそこまでになさって下さい。私の出立ちが、全て宰相閣下がご用意下さったものである事自体は間違いではありませんから」
「しかしレイナ嬢!」
「その上で敢えて申し上げさせて頂くなら、私は現状、聖女マナは不在ながら、陛下のご判断が変わらない今の時点では、イデオン公爵家の客人として遇されている身です。言わばタダメシ喰らいの居候、何かを強請れる立場にはないんです」
タダメシ喰らい、ってもしかすると貴族のご令嬢らしからぬ単語かも知れないけど、ここは目を瞑って貰おう。
重要なのは、そこじゃない。
「高位貴族が食事や衣装にこだわるのは、国の経済を回す為と聞き及んだ為に、ご用意頂いた物は基本的に受け入れておりますが、対価なく享受する謂れもありませんので、その為の商品開発であり、特許権申請を重ねているつもりです。今はまだ、贈られた額には届いていないかも知れませんが――」
「――もういい。そこまでだ、レイナ」
ここでまた「一宿一飯の…」と言い出されてはかなわないと思ったのかも知れない。
エドヴァルドの手が、私の肩にそっと乗せられた。
「確かに貴女が公爵邸に来た当初は、経済を回す為だから気にするなと言われていたかも知れないが、今になって、まだその話を持ち出されるのは私が辛い」
「あ…す、すみません、つい……」
「いや。私やフォルシアン公爵の身分を考えての事だと言うのは分かっている。分かっているから敢えて言うが、必要以上に自分を卑下しないでくれるか。もう貴女は、周りを黙らせるだけの事はしてきているんだ。むしろその自覚を持って欲しいし、私の後ろではなく、隣を歩いて欲しい。――ユセフ」
不意に視線を向けられて、ユセフがびくりと身体を震わせた。
「恐らくレイナは、この場で頭を下げた時点で、もう良いと思っただろうが、その後は私が聞き流す訳にはいかない。女性を嫌うのは勝手だ。今回の件も同情はする。だが世の女性の全てが花畑在住だなどとは思うな。母親と妹を見ている筈なのに、何故それが理解出来ない」
「……イデオン公……」
ユセフ青年は呆然とエドヴァルドの言葉を聞いているけれど、フォルシアン公爵の目は明らかに「おまえが言うな」と語っている。
多分、その目線を感じたと思われるエドヴァルドは、フイっと視線を逸らしていたけど。
「――分かっている、私にそれを気付かせてくれたのは、レイナだ。だからこそ、彼女が一括りにされる事を私が許容出来ないだけだ。狭量と取るなら、それでも良い」
「エドヴァルド……」
思わず、と言った呟きをフォルシアン公爵が洩らしたところで、それまで黙ってコトの成り行きを伺っていたエリサベト夫人が、スッと一歩前に進み出た。
「――ユセフ。邸宅に戻ったら、一度この母と、ゆっくりじっくりお話し合いをしましょうか」
「⁉︎」
「私、人として最低限の礼儀作法も弁えないような子に、息子を育てたつもりはなかったのですけれど」
「「「………」」」
「ユセフ?」
「…は、はい……」
静かに怒れる美女の怖さを、男性陣が痛感した瞬間だった。
ユティラ・フォルシアン公爵令嬢が1歳上、ユセフ・フォルシアン公爵令息が5歳上と、予めエドヴァルドからは聞かされていた。
ユティラ嬢はやや夫人寄り、ユセフ青年はがっつりフォルシアン公爵の血を受け継いだ容貌の様だけれど、さすがにここ数日間のあれやこれやで、ユセフ青年は相当にやつれている感じだった。
ご愁傷様です、としか言いようがない。
その憤りはどうぞクヴィスト公爵家にぶつけて下さい。
「ユセフを探す魔道具を提供してくれた、管理部の術者と実際に使用して探し出してくれた王宮護衛騎士には、もう頭を下げて来たんだよ。だけど両名とも、最大の功労者は『認識阻害装置を無効化した令嬢だ』と言うのでね。改めて御礼を言わせて貰えるかな。本当に有難う」
この場を代表する形でフォルシアン公爵が口を開き、それに合わせる形でエリサベト夫人とユセフ青年が無言のままそれぞれが頭を下げた。
「お言葉大変恐縮に存じます。今回の事は私だけではなく、皆それぞれが、己の出来る事に腐心した結果と捉えておりますので、どうかもうこの話は本日この場までとして頂けませんでしょうか」
私は私の意思で認識阻害装置を無効化した訳でもなんでもない。
単に魔力がないから、そもそも認識を阻害されようがなかったのだ。
最初は周囲にそう説明するつもりでいたのに、ずっと隣にいたエドヴァルドから「認識阻害装置を無効化した」としておく方が、皆は理解しやすいし、何度も説明をしなくても済むと言われて、そんなものかと自分を納得させただけだ。
何なら私より、リファちゃんの方が仕事したんじゃないかと思うくらいなのに、それはそれでトーカレヴァの方から「手紙鳥」の存在はなるべく秘しておきたいと言われているから、それも大っぴらには言えない。
リファちゃんは、私が思いっきり褒めて、頭を撫でて、栄養分の高い虫をエサにあげれば充分らしいし。
…癒されるから良いんだけど。
そのうえ更に、フォルシアン公爵からはもう何度も御礼の言葉を聞いているのだ。
正直もう、この話題はお腹いっぱい――と言うのが、私の偽らざる心境だった。
もしかすると、声色に多少は現れていたのかも知れない。
ユセフ・フォルシアン公爵令息が、微かに肩を揺らせて、私を見やった。
「……後から見返りをあれこれ要求されるくらいなら、今のうちに言っておいてほしいんだが」
「ユセフ!」
どうやらユセフ青年は、私が見返りを要求しない事が信じられないらしい。
エドヴァルドやエリサベト夫人は軽く眉を動かしただけだったけど、らしからぬ鋭い声を発したのは、フォルシアン公爵だった。
「おまえの物差しでレイナ嬢を測るんじゃない!この件だけが理由ではないが、彼女は〝ヘンリエッタ〟のチョコレート以外を望んではいないんだ!高等法院を貶すつもりは毛頭ないが、我が領のカカオを使って新たな商品をいくつも開発しようとしている彼女の方が、おまえよりも余程フォルシアン領に貢献してくれているのだと言う事をまずは理解しないか!」
「……っ」
言葉に詰まっているユセフ青年とは対照的に、フォルシアン公爵はちゃんと「お父さん」しているんだなぁ、と思わず場違いな感想をその場で抱いてしまった。
私は私で、多分ちょっとポカンとしていたのかも知れない。
エドヴァルドの軽い咳払いが聞こえて、慌てて我に返った。
「父上…っ、ですが、あれだけの衣装と宝石に身を包んでおきながら、興味が薄いなどと、話に無理があります!」
「――はい⁉」
だけど父子の言い合いを黙って見守るつもりでいた筈が、思わぬ方向から攻撃を喰らってしまい、周囲に聞こえる声をあげてしまった。
淑女の見本の様なエリサベト夫人の前で、うっかりしてしまった。
「お…まえは…っ!」
あ、それよりこのままだとフォルシアン公爵が手をあげそうな勢いだ。
更にエドヴァルドが、そこに加勢じゃないけど、何かを言おうとしている。
多分ここは、この二人が何かを言ったところで、女性観の拗れているらしいユセフ青年には響くまい。
私が、くいっとエドヴァルドの上着を引っ張ったところで、気付いた彼が眉を顰めた。
私が何かを言う必要はないと、その目は言っているようだったけど、私は無言のまま首を横に振った。
「レイナ……」
思わず洩れたエドヴァルドの声が聞こえたのか、フォルシアン公爵とユセフ青年も言葉を呑み込んで、こちらへと視線を向けていた。
「宰相閣下もフォルシアン公爵閣下も、どうぞそこまでになさって下さい。私の出立ちが、全て宰相閣下がご用意下さったものである事自体は間違いではありませんから」
「しかしレイナ嬢!」
「その上で敢えて申し上げさせて頂くなら、私は現状、聖女マナは不在ながら、陛下のご判断が変わらない今の時点では、イデオン公爵家の客人として遇されている身です。言わばタダメシ喰らいの居候、何かを強請れる立場にはないんです」
タダメシ喰らい、ってもしかすると貴族のご令嬢らしからぬ単語かも知れないけど、ここは目を瞑って貰おう。
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「高位貴族が食事や衣装にこだわるのは、国の経済を回す為と聞き及んだ為に、ご用意頂いた物は基本的に受け入れておりますが、対価なく享受する謂れもありませんので、その為の商品開発であり、特許権申請を重ねているつもりです。今はまだ、贈られた額には届いていないかも知れませんが――」
「――もういい。そこまでだ、レイナ」
ここでまた「一宿一飯の…」と言い出されてはかなわないと思ったのかも知れない。
エドヴァルドの手が、私の肩にそっと乗せられた。
「確かに貴女が公爵邸に来た当初は、経済を回す為だから気にするなと言われていたかも知れないが、今になって、まだその話を持ち出されるのは私が辛い」
「あ…す、すみません、つい……」
「いや。私やフォルシアン公爵の身分を考えての事だと言うのは分かっている。分かっているから敢えて言うが、必要以上に自分を卑下しないでくれるか。もう貴女は、周りを黙らせるだけの事はしてきているんだ。むしろその自覚を持って欲しいし、私の後ろではなく、隣を歩いて欲しい。――ユセフ」
不意に視線を向けられて、ユセフがびくりと身体を震わせた。
「恐らくレイナは、この場で頭を下げた時点で、もう良いと思っただろうが、その後は私が聞き流す訳にはいかない。女性を嫌うのは勝手だ。今回の件も同情はする。だが世の女性の全てが花畑在住だなどとは思うな。母親と妹を見ている筈なのに、何故それが理解出来ない」
「……イデオン公……」
ユセフ青年は呆然とエドヴァルドの言葉を聞いているけれど、フォルシアン公爵の目は明らかに「おまえが言うな」と語っている。
多分、その目線を感じたと思われるエドヴァルドは、フイっと視線を逸らしていたけど。
「――分かっている、私にそれを気付かせてくれたのは、レイナだ。だからこそ、彼女が一括りにされる事を私が許容出来ないだけだ。狭量と取るなら、それでも良い」
「エドヴァルド……」
思わず、と言った呟きをフォルシアン公爵が洩らしたところで、それまで黙ってコトの成り行きを伺っていたエリサベト夫人が、スッと一歩前に進み出た。
「――ユセフ。邸宅に戻ったら、一度この母と、ゆっくりじっくりお話し合いをしましょうか」
「⁉︎」
「私、人として最低限の礼儀作法も弁えないような子に、息子を育てたつもりはなかったのですけれど」
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