聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

322 どこでも席次の悩みはあるようで

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 エドベリ王子が来た時の晩餐会に比べると、今回は踊る予定もなければ、侯爵家以上の各家の代表者1名しか顔を出さないと言う状況もあり、所謂「お誕生日席」は設けていない長テーブルに向かい合う形でテーブルセッティングが為されていた。

 部屋も前回の夜会で軽食が振る舞われていた「賢者ミーミルの間」よりも規模の小さい「月神マーニの間」が使われている。

 当初コの字型にして、フィルバートを一人配すると言う案もあったものの、サレステーデ側の人数とのバランスや、国王陛下を狙ってくれと言わんばかりの席配置はどうなんだと言う声も上がったとかで、長テーブルの真ん中で向かい合わせになる形で、最終的に収まったらしかった。

 右の真ん中付近にフィルバート・アンジェス国王の席があり、その両隣にエドヴァルドとレイフ殿下の席がそれぞれ用意されている。

 表向きアンディション侯爵は、まだ王族復帰の話が公になっていないものの、元王族として敬意を払う形で、レイフ殿下の隣にその席が用意されていた。
 更にその隣に、スヴェンテ老公爵の席があり、公爵代理であるところで、アンディション侯よりも席次が下でも礼は欠いていないとの判断が為されているようだった。

 ちなみにエドヴァルドの反対隣にはフォルシアン公爵の席があり、その更に隣にコンティオラ公爵の席があった。

 クヴィスト公爵に関しては、今回他国の第二王子、第一王女を先触れなく招き入れた張本人である事から、この場への参加は不可とされ、長子シェヴェス・クヴィストが代理ではあるものの、反対側のテーブルの一番端に席が用意されていた。

 …本当は、既に参加なんてしようがない、になっているんだ、なんて事はまだ伏せられているけど。

 どうやら席次札的な物はこの世界まだ存在をしていないらしく、代わりに家紋の刺繍されたテーブルナプキンが置かれていて、それを見て皆が腰を下ろす仕組みらしい。

 サレステーデの王族や貴族の家紋をわずか数日で縫わされた王宮所属の衣装係の方達は、さぞかし大変だったろうなと同情を禁じ得ません、はい。

 各家の代表とならない私やシャルリーヌ・ボードリエ伯爵令嬢、ユセフ・フォルシアン公爵令息やエリサベト・フォルシアン公爵夫人などは、アンジェス側のテーブルの右端と左端で、二人ずつに分かれての座席になっていた。

 本当に、座席ひとつとっても裏事情満載の夕食会だ。

 正直、ユセフ・フォルシアン公爵令息と下手に近い席にならなかったのは有難かったけど。

「――ごきげんよう、レイナ嬢」

 参加者は今回数十名と言えど、他国からの来訪者も参加する夕食会。基本的には公式の場と見做される。

 部屋の奥、割り当てられた席の近くに立って、アンディション侯爵と談笑しているシャルリーヌが、私に気付いて声をかけてきたのも、見事な〝カーテシー〟による、貴族令嬢式の挨拶だった。

「ごきげんよう、シャルリーヌ嬢」

 こればかりは、シャルリーヌとの年季の差がありすぎて、返礼するこちらの表情かお痙攣ひきつってしまう。

 前に一度その見事さを「羨ましい」と口にしたら「何年かエヴェリーナ妃とお茶をしていれば出来る様になるわよ」と一刀両断されて撃沈したので、それ以降は心の中で溜息をついているだけだ。

「先日の公爵邸へのお招き、改めて御礼申し上げますわ、レイナ嬢。とても有意義なひと時を過ごさせて頂く事が出来ました」

「そう言っていただけると、邸宅やしきの皆も喜ぶと思いますわ、シャルリーヌ嬢」

 一見社交辞令のようでいて、これで周囲にはイデオン公爵家の客人である私と、現在代理聖女であるシャルリーヌが、ある程度親しい間柄なのだと認識された筈だ。

 今はただの軽い認識でも、いずれシャルリーヌが正式に次の〝扉の守護者ゲートキーパー〟となった時に、今日の光景を思い出した目端の利く貴族は「新たな聖女の後ろにはイデオン公爵家が付いている」と拡大解釈をする事になる。

 そして私は「聖女の姉」でなくなると同時に「前聖女の姉」かつ「新たな聖女を取り込む為のキーパーソン」に立場がスライドする。

 例え侯爵家以上の少ない参加者であっても、ほとんどが家の代理として来ているのだから、この場がお開きになれば、その事を情報の一つとして奏上するだろう。

 結果として、王宮内での私の立場はほぼほぼ今のまま。
 無意味にエドヴァルドの足を引っ張る事もない。

 ギーレンからの亡命貴族令嬢であるシャルリーヌと、異国出身の平民である私――お互いがアンジェス国での足元を崩されない為の、ウィンウィンの会話なのだ。

 …たとえその後が「ふふふ」とか「おほほ」とかの応酬であっても。

「この二人には、儂らの保護などいらんのじゃないかとたまに思うよ、イデオン宰相」
「………否定しきれない己が不本意ですよ、侯」
 
 当然、そんな含みのある会話の裏側に気付いているエドヴァルドや、アンディション侯爵は苦笑いだ。

「レイナ。この後は私もアンディション侯爵も、陛下の側に付く事になる。貴女やボードリエ伯爵令嬢の近くには、サタノフやノーイェルもそうだが、常に〝鷹の眼〟の誰かの目が届くようにしておく。――何かあれば彼らに合図を」

「分かりました」

「多分もうすぐ、サレステーデの連中も現れるだろう。今更改めて謝罪をするほど空気が読めない…かも知れないから、すまないがその時は上手く場に合わせてくれるか」

 うん、ありえる。
 本来、言われてから謝るとか、小学生以下だと思うけど、さっきのあの調子だと、恩着せがましくやりかねない。

 あはは…と乾いた笑いを洩らした私に、シャルリーヌがちょっと興味深げな表情を見せたけど、私は口パクで「後で説明する」と伝えるに留めた。

 そうこうしている間に、サレステーデご一行と、国王フィルバート陛下以外の席が、いつの間にか埋まっていた。

「……うん?」

 まただ。
 さっきのドナート第二王子の「現時点ではキリアン王子が第一王子」云々発言に続いての、違和感。

『レイナ、どうしたの?眉間に皺』

 シャルリーヌが周囲をおもんぱかって日本語にしてくれていた事を、この時の私は気付かず、会場全体をぐるっと見回していた。

『うーん…何だろう、さっきから、物凄い違和感が……』

『違和感?』

『うぁぁ…気持ち悪い。何かが変なんだけど、喉元まで出かかっているんだけど、出てこないー……』

 呟きながら何度か辺りを見回している途中で、ハタとエドヴァルドと目が合った。

 国王席の隣にいたエドヴァルドが、その時確かに目を瞠っていた。

 レイナ、と微かに動いた唇は、何故と言わんばかりだった。

「―――」

 その時、私は確信した。

 私の違和感の正体を、彼は知っている。
 何故、今、気が付くのかとその目が語っている。

 私とエドヴァルドは、お互いに一歩踏み出しかけていた。

「――サレステーデ国キリアン第一王子ご一行様がお見えになられました!」

 けれどその疑問は、すぐには解消されそうになかった。
 それがどちらにとって幸いな事だったのか、分からないままに。
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