聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

326 公安と警察は協力しあえるのか

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「――なぜ、私がこの席なのかと思っていましたが」

「⁉」

 踵を返した〝鷹の眼〟ハジェスの姿が見えなくなった辺りで、シャルリーヌの隣から、ため息交じりの声が聞こえてきた。

「とても貴族のご令嬢方の会話とは思えない発言の数々、時折混じる聞いた事のない言語……お二方とも、明日から直ぐに我が公安部門でも働けそうですよ」

「ヘルマン長官……」

 シャルリーヌも、席につく前に型通りの挨拶をしただけだし、私も謁見の間で少し話をしただけだったけど、ベルセリウス将軍はなるべくエドヴァルド寄りの席の方が良いだろうし、アンディション侯爵も陛下寄りの席でなくてはならない。

 じゃあ、私達の近くの席は――となった際に、他に見知った顔がなかったからかと、勝手に思っていた。
 多少声が洩れても、スルーしてくれるんじゃないかと。

 そう思って視線を向けたのが分かったのか、フェリクス・ヘルマンの実兄でもある、ロイヴァス・ヘルマン公安長官も僅かに口の端を上げていた。

「お察しの通り、多少会話が物騒でも聞かなかった事にしようとは思っていましたよ。だが流石に今のは聞き捨てならない。そして道理で、シクステン軍務・刑務長官が私の隣に配されたのだと、それも納得をしました」

 確かフォルシアン公爵直属の部下、実務の長だと、どこかでサラッと耳にした気はするけれど、顔を見るのは初めてだったかも知れない。

「軍務・刑務……」

「多分だけど、ヘルマン長官が公安調査庁のトップ、シクステン長官が警察庁のトップって感じなんじゃないのかな……」

 職務にピンとこなかったらしいシャルリーヌに、小声で日本に置き換えた言い方をしてみる。

「あー…どっちもキャリア組、そして仲悪い――みたいな?」

 それはドラマの見過ぎでしょ、と思わず場を忘れてシャルリーヌにツッコんでしまった。

「仰っている内容が一部よく分かりませんが、別に仲は悪くありませんよ。まあ、良いとも言いませんが……互いの職務を忠実に遂行しているとでも」

 クスクスと笑っているロイヴァス・ヘルマン公安長官に、隣の青年が微かに眉をひそめていた。
 そして、何となく分かった。
 ヘルマン兄、少々、いや、結構性格がよろしくない気がする。

「ヘルマン長官……」

「ベルセリウスは比較にならないとしても、このシクステン長官も、中央の軍務・刑務を預かる長官職にいますからね。護衛としての腕は、この『月神マーニの間』においては、上から数えた方が早いですよ」

「……公安長官とは思えぬ饒舌ぶりだ」

 そうとも言わないけど、違うとも言わないあたり、腕っ節にはそれなりに自信はあると言う事なんだろう。
 さしずめ現場に出ちゃう警察庁長官。

 ……警察小説としてはかなり斬新かも知れない。

「おや。私は特に機密に触れる様な話はしていないつもりですが」
「令嬢相手にする話とも思えないが」
「誰かがレイナ嬢の食事にだけ、を混ぜたようですよ?貴方の管轄でもあると思いますが」
「⁉」

 そこで初めて、シクステン軍務・刑務長官の視線がこちらへと向けられた。

 身分差も考えて、私は目礼に留めておいたけど、公安長官ロイヴァスの方が、そのまま話を続けていた。

「まあ、それについてはもうご自身で処理されてしまった上に、イデオン公爵閣下にも報告をされたようなので、我々はもう出遅れてはいるのですがね」

「……は?」

「何とも判断の早いことで、真面目に公安に来て貰いたいと思った程ですよ」

「―――」

 いや、シクステン軍務・刑務長官…でしたか?
 そうこちらをガン見されましても。

「そして、誰からも何も言われていないのに、に気が付いてしまった」

「「⁉」」

 私とシクステン長官の驚きは、それぞれに異なる驚きだと思われた。

 長官二人は、違和感の正体を知っているのだ。
 知っていて、シクステン長官は、私がそれに気付いた事の方に驚いている。

「余計な事は知らせずに守る、と言うのは恐らくもう無理ですよ。今頃、宰相閣下とフォルシアン公爵閣下は、陛下の傍で頭を抱えておいでかも知れない」

「いや、しかしヘルマン長官……」

 そして二人のやりとりを聞きながら、私も察してしまった。

 ――この部屋で、突如増えた「誰か」の事を、エドヴァルドは最初から知っていたと。
 あるいは、増やしたのは彼かも知れないと。

「もしかして、私、さっき余計な指示を出しました?」

 私の問いかけに、公安長官ロイヴァス緩々ゆるゆると首を横に振った。

「貴女の出した指示は正しい。恐らく、牢の二人は狙われる。それ自体はこちらも考えていた事です。ですが、貴女に盛られた薬もそうですが、王女だけ牢の外に手引きされるのでは、と言う可能性についても思い至れていなかった。仮にそうなってしまったら、この部屋まで誘導をしてしまうと言うのは、警護の面から言っても最も妥当でしょう。そして貴女の言う通りに、様子を見に行こうと動く者が出たなら、この部屋の中でねじ伏せてしまった方が話が早い」

「ご令嬢が……そんな指示を?」

「ええ、まあ、こちらの次期聖女様と話をしながらね。宰相閣下がどこぞの王子には渡すまいと躍起になられる理由も、陛下が聖女様の交代をお認めになられた理由も、貴方とてよく分かったのではないですか」

 話を振られたシクステン長官は、何とも言えない…といった表情で口元を歪めていた。

「おや、貴方は反対派ですか、もしや?」

「誰もそんな事は言っていない。自分がこの部屋にいるのに、堂々と中に引き入れようとする発想がどうなんだと思っただけだ」

 見た目にはシクステン長官の方が年上に見えなくもない。ただ、公安長官ロイヴァスは誰に対しても口調がこの口調だと思われるので、会話だけでは何とも判断が出来なかった。

「――今更ですね」

 シクステン長官の呟きをばっさり切り捨てたところにだって、悪意はないんだろうけど、そのままザックリとこちらの精神も削られた気がした。

「それに、指示自体に妥当性がある。むしろ今からの撤回は悪手ですよ。時間の浪費です。恐らくは宰相閣下もフォルシアン公爵閣下も、同じ判断をされたでしょう。我々に出来るのは、いざとなったらこちらのご令嬢二人を避難させる事だと思いますよ」

 むぅ…と小さな唸り声を発しているシクステン長官に、思わず私も「なんか申し訳ないです……」と首を竦めてしまった。

「いや……まあ……私とヘルマン長官とで何とか急場を凌げと言われるなら、それはそれで構わないのだが――」

 言いかけたシクステン長官が、そこで突然、弾かれた様に立ち上がった。

「ったく!こう言う話は今度からもっと早く言ってくれるか!」
「……今度があったら困るでしょう、シクステン長官」
「貴殿には言ってないぞ、ヘルマン長官‼」

 叫んだシクステン長官が、国王陛下と似たスタイルで腰に下げていた剣に手をかけたのと同時に――「月神マーニの間」の扉が、音を立てて開け放たれた。
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