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第二部 宰相閣下の謹慎事情
337 自重の為の傾向と対策(中)
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
若いうちの苦労は買ってでも――なんて聞こえの良い慣用句はあれど、度を越せば、ただのパワハラだ。
明らかに当時のクヴィスト公爵は、エドヴァルドが宰相職と公爵家当主との職務を抱えてパンクするのを期待していたに違いない。
この場合、買ってでも…させちゃダメな案件だったと思う。
例え仕事の虫だった本人が、苦労と思っていなかったとしても、だ。
これは、大公殿下に上手く巻き込まれたなぁ…と、私もエドヴァルドとは違う意味で天井を仰いでしまった。
当時からの状況や立場を聞いてしまえば、私には断れないだろうと、見透かされていた気がする。
「……多分なんですけど」
「レイナ?」
「大公殿下は、エドヴァルド様が…と言うか、先代宰相がご存命だった頃から、宰相にかかる負担の大きさを憂いていらっしゃったんじゃないでしょうか」
「……負担」
「私、以前から言ってると思うんですけど。エドヴァルド様が、何もかもをお一人で背負い過ぎてるって。先代宰相やエドヴァルド様がワーカホリックで、なまじ大量の仕事でも裁けてしまう能力をお持ちだから、まるでそれが当たり前みたいに周囲は捉えているのかも知れないですけど、それだと、いつか、誰かの代で崩壊すると思うんですよね」
常に優秀な王族あるいは公爵家の人間が、宰相になるとは限らない。
むしろ先代、エドヴァルド共に異常なのだと、本気で理解をしている人間は片手で事足りる筈だ。
「わーかほりっく……?」
「私の居た国では『仕事中毒症』と言う意味ですね。何事においても仕事を優先する人、仕事の前には自分の健康すら後回しになる人――と言う意味も含みます」
私がそこまでを説明すると、珍しくぐうの音も出なかったのか、エドヴァルドがちょっと怯んでいた。
「……貴女も他人事の様に口にしているが……」
「あー…そうですね。元の国にいて、官僚になっていたら、間違いなく同じ症状を引き起こしてるでしょうね……」
根っこの問題として、十河家になど寄り付きたくもなかったのだから、一人暮らしをしたところで、なるべく家と言う場所には近付かない選択をしていたとしか思えない。…自慢じゃないが。
「だから他人事じゃないと言うか、エドヴァルド様にはもっとラクをして頂きたいんです。テオドル大公殿下はきっと、そのための人材を確保されたいんだと思いますよ」
「だから貴女をバリエンダールに連れて行く――と?」
「私は嬉しいですよ?テオドル大公殿下と言う、言わば第三者の方に、私がエドヴァルド様の役に立つと思っていただけた訳ですから」
「……貴女は…っ」
卑怯だ――と、今にもテーブルに突っ伏してしまいそうなスレスレのところで、エドヴァルドはその秀麗な容貌を歪めていた。
「私は、貴女にこそ楽をさせたいんだ。だがそれは、一方通行だと……?」
…どうやらセルヴァンの苦言が、地味にダメージを与えてるっぽかった。
「その…お気持ちは有難いんです。今までは、苦労をするのは私、それが当然――みたいな空気の中で育ってきましたし。だからかも知れませんけど『何もしなくて良い』みたいに扱われるのも、地味に堪えると言うか……あんなに苦労して手にした知識が、どこにも活かされないまま埋もれてしまうのって、どうなの……的な?」
私も話している内に、段々とよく分からなくなって、思わず首を傾げてしまった。
これじゃあ、なんだか自分が筋金入りのM属性みたいじゃないか。
いや、私には被虐趣味はないから、断じて!
「と…っ、とにかく!私も公爵邸の皆と同じ様に、エドヴァルド様のお役に立ちたいだけなんです!よくやったとか、頼むとか言って下さる方が断然嬉しいんです!」
「それは……いやそれでも、貴女自身にも、少しは我が身を顧みて欲しいんだが……」
「―――」
そこを突かれてしまうと、私も「う…」と言葉に詰まってしまう。
エドヴァルドは、そんな私を見ながら、殊更に大きなため息を吐き出した。
「……そうか。貴女にも、何か大きな『責任』がその身に纏われるなら、少しは変わるかも知れないな」
「エドヴァルド様?」
一瞬、冷気ならぬ黒いオーラが滲み出た気がしたのは、目の錯覚だろうか。
「今更、貴女のバリエンダール行きを止められるとは私も思ってはいない。既に私一人が反対をするような時期も過ぎたしな。その代わりに、今、いくつか滞っている事を出発までに済ませてしまおう。バリエンダール王家からの返信にも、内容を考えれば数日はかかるだろう。そこから来訪日時が指定される事を考えれば、最短でも1週間ほどは猶予があるはずだ。そうだな――少なくとも、商業ギルドに赴いて店舗を決めてしまって、行商人から実店舗への登録を済ませよう」
どうやら近々、弟の方のヘルマンさんが「くだけた服」を持って来る事になったと、セルヴァン宛に連絡が入っていたらしい。
確かにバリエンダールに行くなら、ユングベリ商会商会長の肩書は、あって損はない。
そうですね、と私も頷いた。
「なに、貴女が公の場で陛下に願い出た事でもある。私がそこに付き添ったとて、これは『謹慎中の私用』ではなく『公務』、バリエンダールに行くために必要な事と、周囲も納得する筈だ」
……納得「させる」の間違いですよね、閣下。
そんな私の内心を察しながらも、エドヴァルドはしれっとそこは無視していた。
「それと、スヴェンテ公爵邸への訪問だな。さすがにミカをいつまでも滞在延長させておけない。貴女がバリエンダールに行くくらいまでには領地へ帰さなくては」
「そうでした。ミカ君とスヴェンテ老公爵様、約束していましたものね」
ミカ君が、ハルヴァラ領に戻ってチャペックに話すだろう事を考えても、その訪問はきっと必要な事だ。
「私としては、ミカだけに行かせても良いんだが……本人がな」
エドヴァルドが、舌打ちしかねんばかりの苦い表情をそこで浮かべた。
まあ確かに、私も一緒でないとイヤだ!って、ミカ君、珍しく子供らしい我儘を言っていたっけ。
違う、あれは「あざとい」んだ…って、6歳児相手に何言ってるんですか、エドヴァルド様。
「ただ、貴女がスヴェンテ家とイデオン家の裏の約束について、私から聞かされているのだとスヴェンテ家側が知るのも、今後を考えれば必要な事ではあるし、スヴェンテ老公との繋がりがそこで深まれば、バリエンダールで何かあったとしても、手札の一つに出来るかも知れない」
「えっと…何か伝手をお持ちだと言う事ですか?」
「いや。直接にはないと思う。だがもし向こうで何かトラブルが起きた時に、相手を黙らせる事が出来る手札は一つでも多い方が良い。貴女は今回の騒ぎで、五公爵家の代表全員と顔繋ぎが出来た。私の名前だけではどうにもならない程の何かに巻き込まれた時に、他のどの公爵家の名を出しても、今なら誰も咎めないだろう」
フォルシアン公爵は確かに、虎の威じゃないけど名前を出させて貰ったとしても、笑って乗っかってくれる様な気はする。
コンティオラ公爵も〝スヴァレーフ〟の事があるから、積極的ではなくても、咎める事はしないかも知れない。
クヴィスト家は、単に現状、拒否権がないと言う最も後ろ向きな話ではあるだろう。
その上で、あと、スヴェンテ家からも確約を得ておきたいと言うところか。
「だからスヴェンテ家には、貴女がバリエンダールに出発する前に訪問を済ませておく。どうせならスヴェンテ家自慢の庭園で、しておきたい話もあるしな」
「えっと…今じゃなくて、ですか?」
「ああ、そんな困惑した表情をしないで良い。多分〝アンブローシュ〟に行く日程がその頃には決められるだろうと、その程度に思っていてくれて構わない」
何だか今一つ要領を得なかったけれど、今そこは追及してくれるなと言った空気を感じたので、私も「分かりました…」としか言えなかった。
「それとバリエンダールにおいての護衛に関しては、王宮側に属しているサタノフと公爵邸から何人かは無理にねじ込むとして、あの双子も同行させるつもりだ」
「え……」
そろそろ、食事も済んだ頃か?と呟いたエドヴァルドは、セルヴァンを呼んで「シーグリック」を〝鷹の眼〟に連れてこさせるようにと、指示を出した。
「……お話し合いは済まれたのでしょうか」
ちょっぴり懐疑的なセルヴァンに、エドヴァルドは口元に手をあてながら、僅かに首を傾げた。
「――戦略的撤退、かも知れんな。外堀を一度壊されたくらいで諦めていては、到底彼女を留め置く事など出来まいよ。スヴェンテ家の庭園と〝アンブローシュ〟それぞれで、再び請えば良いだけの事だ」
「⁉」
「……左様でございますか」
ちょっと待って、何を言ってるんでしょうか⁉
セルヴァンも納得しないで⁉
何の外堀ですか、宰相サマ――⁉
若いうちの苦労は買ってでも――なんて聞こえの良い慣用句はあれど、度を越せば、ただのパワハラだ。
明らかに当時のクヴィスト公爵は、エドヴァルドが宰相職と公爵家当主との職務を抱えてパンクするのを期待していたに違いない。
この場合、買ってでも…させちゃダメな案件だったと思う。
例え仕事の虫だった本人が、苦労と思っていなかったとしても、だ。
これは、大公殿下に上手く巻き込まれたなぁ…と、私もエドヴァルドとは違う意味で天井を仰いでしまった。
当時からの状況や立場を聞いてしまえば、私には断れないだろうと、見透かされていた気がする。
「……多分なんですけど」
「レイナ?」
「大公殿下は、エドヴァルド様が…と言うか、先代宰相がご存命だった頃から、宰相にかかる負担の大きさを憂いていらっしゃったんじゃないでしょうか」
「……負担」
「私、以前から言ってると思うんですけど。エドヴァルド様が、何もかもをお一人で背負い過ぎてるって。先代宰相やエドヴァルド様がワーカホリックで、なまじ大量の仕事でも裁けてしまう能力をお持ちだから、まるでそれが当たり前みたいに周囲は捉えているのかも知れないですけど、それだと、いつか、誰かの代で崩壊すると思うんですよね」
常に優秀な王族あるいは公爵家の人間が、宰相になるとは限らない。
むしろ先代、エドヴァルド共に異常なのだと、本気で理解をしている人間は片手で事足りる筈だ。
「わーかほりっく……?」
「私の居た国では『仕事中毒症』と言う意味ですね。何事においても仕事を優先する人、仕事の前には自分の健康すら後回しになる人――と言う意味も含みます」
私がそこまでを説明すると、珍しくぐうの音も出なかったのか、エドヴァルドがちょっと怯んでいた。
「……貴女も他人事の様に口にしているが……」
「あー…そうですね。元の国にいて、官僚になっていたら、間違いなく同じ症状を引き起こしてるでしょうね……」
根っこの問題として、十河家になど寄り付きたくもなかったのだから、一人暮らしをしたところで、なるべく家と言う場所には近付かない選択をしていたとしか思えない。…自慢じゃないが。
「だから他人事じゃないと言うか、エドヴァルド様にはもっとラクをして頂きたいんです。テオドル大公殿下はきっと、そのための人材を確保されたいんだと思いますよ」
「だから貴女をバリエンダールに連れて行く――と?」
「私は嬉しいですよ?テオドル大公殿下と言う、言わば第三者の方に、私がエドヴァルド様の役に立つと思っていただけた訳ですから」
「……貴女は…っ」
卑怯だ――と、今にもテーブルに突っ伏してしまいそうなスレスレのところで、エドヴァルドはその秀麗な容貌を歪めていた。
「私は、貴女にこそ楽をさせたいんだ。だがそれは、一方通行だと……?」
…どうやらセルヴァンの苦言が、地味にダメージを与えてるっぽかった。
「その…お気持ちは有難いんです。今までは、苦労をするのは私、それが当然――みたいな空気の中で育ってきましたし。だからかも知れませんけど『何もしなくて良い』みたいに扱われるのも、地味に堪えると言うか……あんなに苦労して手にした知識が、どこにも活かされないまま埋もれてしまうのって、どうなの……的な?」
私も話している内に、段々とよく分からなくなって、思わず首を傾げてしまった。
これじゃあ、なんだか自分が筋金入りのM属性みたいじゃないか。
いや、私には被虐趣味はないから、断じて!
「と…っ、とにかく!私も公爵邸の皆と同じ様に、エドヴァルド様のお役に立ちたいだけなんです!よくやったとか、頼むとか言って下さる方が断然嬉しいんです!」
「それは……いやそれでも、貴女自身にも、少しは我が身を顧みて欲しいんだが……」
「―――」
そこを突かれてしまうと、私も「う…」と言葉に詰まってしまう。
エドヴァルドは、そんな私を見ながら、殊更に大きなため息を吐き出した。
「……そうか。貴女にも、何か大きな『責任』がその身に纏われるなら、少しは変わるかも知れないな」
「エドヴァルド様?」
一瞬、冷気ならぬ黒いオーラが滲み出た気がしたのは、目の錯覚だろうか。
「今更、貴女のバリエンダール行きを止められるとは私も思ってはいない。既に私一人が反対をするような時期も過ぎたしな。その代わりに、今、いくつか滞っている事を出発までに済ませてしまおう。バリエンダール王家からの返信にも、内容を考えれば数日はかかるだろう。そこから来訪日時が指定される事を考えれば、最短でも1週間ほどは猶予があるはずだ。そうだな――少なくとも、商業ギルドに赴いて店舗を決めてしまって、行商人から実店舗への登録を済ませよう」
どうやら近々、弟の方のヘルマンさんが「くだけた服」を持って来る事になったと、セルヴァン宛に連絡が入っていたらしい。
確かにバリエンダールに行くなら、ユングベリ商会商会長の肩書は、あって損はない。
そうですね、と私も頷いた。
「なに、貴女が公の場で陛下に願い出た事でもある。私がそこに付き添ったとて、これは『謹慎中の私用』ではなく『公務』、バリエンダールに行くために必要な事と、周囲も納得する筈だ」
……納得「させる」の間違いですよね、閣下。
そんな私の内心を察しながらも、エドヴァルドはしれっとそこは無視していた。
「それと、スヴェンテ公爵邸への訪問だな。さすがにミカをいつまでも滞在延長させておけない。貴女がバリエンダールに行くくらいまでには領地へ帰さなくては」
「そうでした。ミカ君とスヴェンテ老公爵様、約束していましたものね」
ミカ君が、ハルヴァラ領に戻ってチャペックに話すだろう事を考えても、その訪問はきっと必要な事だ。
「私としては、ミカだけに行かせても良いんだが……本人がな」
エドヴァルドが、舌打ちしかねんばかりの苦い表情をそこで浮かべた。
まあ確かに、私も一緒でないとイヤだ!って、ミカ君、珍しく子供らしい我儘を言っていたっけ。
違う、あれは「あざとい」んだ…って、6歳児相手に何言ってるんですか、エドヴァルド様。
「ただ、貴女がスヴェンテ家とイデオン家の裏の約束について、私から聞かされているのだとスヴェンテ家側が知るのも、今後を考えれば必要な事ではあるし、スヴェンテ老公との繋がりがそこで深まれば、バリエンダールで何かあったとしても、手札の一つに出来るかも知れない」
「えっと…何か伝手をお持ちだと言う事ですか?」
「いや。直接にはないと思う。だがもし向こうで何かトラブルが起きた時に、相手を黙らせる事が出来る手札は一つでも多い方が良い。貴女は今回の騒ぎで、五公爵家の代表全員と顔繋ぎが出来た。私の名前だけではどうにもならない程の何かに巻き込まれた時に、他のどの公爵家の名を出しても、今なら誰も咎めないだろう」
フォルシアン公爵は確かに、虎の威じゃないけど名前を出させて貰ったとしても、笑って乗っかってくれる様な気はする。
コンティオラ公爵も〝スヴァレーフ〟の事があるから、積極的ではなくても、咎める事はしないかも知れない。
クヴィスト家は、単に現状、拒否権がないと言う最も後ろ向きな話ではあるだろう。
その上で、あと、スヴェンテ家からも確約を得ておきたいと言うところか。
「だからスヴェンテ家には、貴女がバリエンダールに出発する前に訪問を済ませておく。どうせならスヴェンテ家自慢の庭園で、しておきたい話もあるしな」
「えっと…今じゃなくて、ですか?」
「ああ、そんな困惑した表情をしないで良い。多分〝アンブローシュ〟に行く日程がその頃には決められるだろうと、その程度に思っていてくれて構わない」
何だか今一つ要領を得なかったけれど、今そこは追及してくれるなと言った空気を感じたので、私も「分かりました…」としか言えなかった。
「それとバリエンダールにおいての護衛に関しては、王宮側に属しているサタノフと公爵邸から何人かは無理にねじ込むとして、あの双子も同行させるつもりだ」
「え……」
そろそろ、食事も済んだ頃か?と呟いたエドヴァルドは、セルヴァンを呼んで「シーグリック」を〝鷹の眼〟に連れてこさせるようにと、指示を出した。
「……お話し合いは済まれたのでしょうか」
ちょっぴり懐疑的なセルヴァンに、エドヴァルドは口元に手をあてながら、僅かに首を傾げた。
「――戦略的撤退、かも知れんな。外堀を一度壊されたくらいで諦めていては、到底彼女を留め置く事など出来まいよ。スヴェンテ家の庭園と〝アンブローシュ〟それぞれで、再び請えば良いだけの事だ」
「⁉」
「……左様でございますか」
ちょっと待って、何を言ってるんでしょうか⁉
セルヴァンも納得しないで⁉
何の外堀ですか、宰相サマ――⁉
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