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第二部 宰相閣下の謹慎事情
【仕立て屋Side】ヘルマンの荊棘(けいきょく)(後)
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「愚弟をお引き止め下さり有難うございます」
背筋を伸ばして規則的に歩いて来たのは、間違いなく父母を同じくする実兄、ヘルマン侯爵家三男ロイヴァス・ヘルマンだった。
店を出すとなった時に、エドヴァルドや何名かの官吏貴族達と共に採寸、仕立てと注文を入れてくれてからこちらは、定期的に手紙で仕立ての依頼が届き、兄上付とした採寸係が確認も兼ねて、王宮内の官吏用住居に届けに行く流れが出来上がっているため、何ヶ月も顔を見ない事も珍しくない。
が、いつ会っても、細身の体形や気難しそうに眉根を寄せる仕種に至るまで、まるで様子が変わらないのが、この兄でもあった。
有無を言わさず引き止められ、何の話かと思えば……最初の内はスヴェンテ公爵領内における羊の話から会話が始まり、コレ、俺やレイナ嬢は居る必要があるのか?と思い始めたところで、ロイヴァス兄上は今日の本題とも言える爆弾を、表情も変えずにぶつけてきた。
「場合によっては、我々ヘルマン侯爵家の本家が、宰相閣下と正面から対立しかねません」
は!?と、うっかり俺の方が先に叫んでしまった。
そう言えば、侯爵家四男ルーデルス兄上は、侯爵領内で食用の仔羊の飼育から出荷までを取りまとめているとは聞いている。
複数のレストランを巻き込みながら、上手く自分の居場所を作ったのだと、ほぼ他人事の認識でいた。
改めて話の流れを頭の中で整理しながら聞けば、どうやらクヴィスト公爵領内で処罰必至の事態が起きていて、その影響を最小限に抑える為に、幾つかの領地内の人や物を回せないかと言う話が出ているらしかった。
その候補として、ルーデルス兄上が手がけている事業が挙げられているのだと。
(ガッチガチの政治案件じゃねぇか……)
恐らくは、ほぼ決定に近い話が動いているに違いない。
領地へは、内示として仄めかす程度の事でしかない筈だ――普通なら。
だが、ヘルマン侯爵家は……。
確かにロイヴァス兄上の言う通りに、羊皮紙産業を担う自負が人一倍高い本家が聞けば、たとえ食用の養羊と言えど、既得権益が削られると判断しての揉め事になりかねない気がする。
ただそれは、今更俺やロイヴァス兄上が間に立って落としどころを探す必要のある話なのか?
「ロイヴァス兄上、今更……っ!」
気付けば俺の本音は隠し様もなく言葉として吐き出されていたが、兄上の方はいっそ冷ややかなくらいだった。
知った事かで蹴飛ばせる程、貴族の責務は甘くない。
表向き勘当されたからと言って、お前も今までヘルマンを名乗ってきたのだろう。
そう言われてしまえば、返す言葉さえ思い浮かばない。
なら今、レイナ嬢が王都中心街で立ち上げようとしている店舗の従業員職を斡旋すれば良いのかと、半分捨て鉢な気持ちで聞けば、どうやらそれも「違う」らしい。
ただ血のつながりを理由に手を貸されるのであれば、そんな手は取りたいとも思わない。
そう言い切って顔を顰めているレイナ嬢は、もしかすると家族とは、俺と本家ほどの隔たりがあるのかも知れない。
そう思いはすれど、その後立て続けに語られる「技術指導」「バリエンダールにも商会の支店を」との話を聞けば、彼女はロイヴァス兄上すらとうに飛び越えて、エドヴァルドと並び立とうとしているのだと、嫌でも感じられてしまう。
彼女もそうやって、自分で自分の居場所を築こうとしているのだと。
まさか木綿製品を取り扱おうとしているバーレント伯爵領どころか、隣国ギーレンとも伝手を作っているとは、想定外も良いところだけどな⁉
そんな事を内心で考えていると、俺がルーデルス兄上の事業の話などこれっぽっちも気にかけていない事を悟られたのかも知れない。
察しの悪い愚弟で申し訳ない、と言う一言と共に、俺の頭にロイヴァス兄上の拳骨が落ちた。
「お前は普段通りに仕事をしていれば良い。ただ、そのうち本家の誰か、あるいはルーデルスが王都に出て来る可能性がある。その事だけ頭の片隅に入れておけ。いざ、そう言う時が来ても驚きは少なくて済む」
じゃあ、どうしろってんだよ⁉と言いかけたところに先手を打つように、兄上はそれだけを口にした。
――本家の誰かが王都に出て来る。
政治案件となれば、それも有り得るのかも知れない。
ギーレンのエドベリ王子の歓迎式典があった時には、当たり前だが父侯爵は〝ヘルマン・アテリエ〟には見向きもしなかったし、俺の方から宿を訪ねて行く事もしなかった。
ロイヴァス兄上とて、式典準備を口実に、似たようなものだった筈だ。
だが次に誰かが王都に出て来るとなれば、兄上どころか俺の方にも呼び出しがかかる可能性は確かにあった。
下手をすれば、エドヴァルドにとりなしを頼めくらいの事は言ってきかねない。
考えなしに「会わない」一択を決め込む前に、その時は周囲に相談しろと言う事か。
俺は自分の中でそう折り合いをつけて、イデオン公爵邸を辞去する事にした。
本来なら、エドヴァルドにもっと詳しく「解説」をさせるところだが、ロイヴァス兄上が動く気配を見せない以上、まだ何か、俺には聞かせられない話があるんだろう。
俺は渋々店に帰ると、客の流れが落ち着いた頃に、店長にだけは「いずれ本家の使者が来るかも知れない」とだけ知らせておく事にした。
そうしておけば、留守中何かあっても、店長が上手く采配してくれるだろう。
「事実上勘当されているにせよ『ヘルマン』の名前がこの店の信用を裏打ちしている事も確かだしなぁ……万一領地が没落の危機に陥ったら、知るか!とはさすがに言えねぇよな……」
恐らく本家は、この店があっという間に立ち行かなくなって、泣きついて来ると思って放置していたに違いないが、向こうから積極的に潰しに来なかった程度には、情はあったのかも知れない。
…聞いて確かめる気もないが。
俺がうっかり「没落の危機」とか言ったせいか、店長がちょっと目を見開いているので、俺は慌てて片手を振った。
「ああ、違う違う。現実としてそんな話が出てるワケじゃない。ただ、国の方でいくつか事業再編の話が出ているらしくて、本家がそこに組み込まれるかもってだけなんだ。店自体には影響はない……筈だ」
エドヴァルドとレイナ嬢を見ていると、何故かどうしても断言出来なかったが。
「ま、何を求められようと、俺はこの店でデザインをしつづけるだけだけどな」
権謀術数を駆使するのは、得意なヤツがやって欲しい。
それが宜しいと思います、と店長も微笑った。
――多分に苦笑交じりだったが。
「愚弟をお引き止め下さり有難うございます」
背筋を伸ばして規則的に歩いて来たのは、間違いなく父母を同じくする実兄、ヘルマン侯爵家三男ロイヴァス・ヘルマンだった。
店を出すとなった時に、エドヴァルドや何名かの官吏貴族達と共に採寸、仕立てと注文を入れてくれてからこちらは、定期的に手紙で仕立ての依頼が届き、兄上付とした採寸係が確認も兼ねて、王宮内の官吏用住居に届けに行く流れが出来上がっているため、何ヶ月も顔を見ない事も珍しくない。
が、いつ会っても、細身の体形や気難しそうに眉根を寄せる仕種に至るまで、まるで様子が変わらないのが、この兄でもあった。
有無を言わさず引き止められ、何の話かと思えば……最初の内はスヴェンテ公爵領内における羊の話から会話が始まり、コレ、俺やレイナ嬢は居る必要があるのか?と思い始めたところで、ロイヴァス兄上は今日の本題とも言える爆弾を、表情も変えずにぶつけてきた。
「場合によっては、我々ヘルマン侯爵家の本家が、宰相閣下と正面から対立しかねません」
は!?と、うっかり俺の方が先に叫んでしまった。
そう言えば、侯爵家四男ルーデルス兄上は、侯爵領内で食用の仔羊の飼育から出荷までを取りまとめているとは聞いている。
複数のレストランを巻き込みながら、上手く自分の居場所を作ったのだと、ほぼ他人事の認識でいた。
改めて話の流れを頭の中で整理しながら聞けば、どうやらクヴィスト公爵領内で処罰必至の事態が起きていて、その影響を最小限に抑える為に、幾つかの領地内の人や物を回せないかと言う話が出ているらしかった。
その候補として、ルーデルス兄上が手がけている事業が挙げられているのだと。
(ガッチガチの政治案件じゃねぇか……)
恐らくは、ほぼ決定に近い話が動いているに違いない。
領地へは、内示として仄めかす程度の事でしかない筈だ――普通なら。
だが、ヘルマン侯爵家は……。
確かにロイヴァス兄上の言う通りに、羊皮紙産業を担う自負が人一倍高い本家が聞けば、たとえ食用の養羊と言えど、既得権益が削られると判断しての揉め事になりかねない気がする。
ただそれは、今更俺やロイヴァス兄上が間に立って落としどころを探す必要のある話なのか?
「ロイヴァス兄上、今更……っ!」
気付けば俺の本音は隠し様もなく言葉として吐き出されていたが、兄上の方はいっそ冷ややかなくらいだった。
知った事かで蹴飛ばせる程、貴族の責務は甘くない。
表向き勘当されたからと言って、お前も今までヘルマンを名乗ってきたのだろう。
そう言われてしまえば、返す言葉さえ思い浮かばない。
なら今、レイナ嬢が王都中心街で立ち上げようとしている店舗の従業員職を斡旋すれば良いのかと、半分捨て鉢な気持ちで聞けば、どうやらそれも「違う」らしい。
ただ血のつながりを理由に手を貸されるのであれば、そんな手は取りたいとも思わない。
そう言い切って顔を顰めているレイナ嬢は、もしかすると家族とは、俺と本家ほどの隔たりがあるのかも知れない。
そう思いはすれど、その後立て続けに語られる「技術指導」「バリエンダールにも商会の支店を」との話を聞けば、彼女はロイヴァス兄上すらとうに飛び越えて、エドヴァルドと並び立とうとしているのだと、嫌でも感じられてしまう。
彼女もそうやって、自分で自分の居場所を築こうとしているのだと。
まさか木綿製品を取り扱おうとしているバーレント伯爵領どころか、隣国ギーレンとも伝手を作っているとは、想定外も良いところだけどな⁉
そんな事を内心で考えていると、俺がルーデルス兄上の事業の話などこれっぽっちも気にかけていない事を悟られたのかも知れない。
察しの悪い愚弟で申し訳ない、と言う一言と共に、俺の頭にロイヴァス兄上の拳骨が落ちた。
「お前は普段通りに仕事をしていれば良い。ただ、そのうち本家の誰か、あるいはルーデルスが王都に出て来る可能性がある。その事だけ頭の片隅に入れておけ。いざ、そう言う時が来ても驚きは少なくて済む」
じゃあ、どうしろってんだよ⁉と言いかけたところに先手を打つように、兄上はそれだけを口にした。
――本家の誰かが王都に出て来る。
政治案件となれば、それも有り得るのかも知れない。
ギーレンのエドベリ王子の歓迎式典があった時には、当たり前だが父侯爵は〝ヘルマン・アテリエ〟には見向きもしなかったし、俺の方から宿を訪ねて行く事もしなかった。
ロイヴァス兄上とて、式典準備を口実に、似たようなものだった筈だ。
だが次に誰かが王都に出て来るとなれば、兄上どころか俺の方にも呼び出しがかかる可能性は確かにあった。
下手をすれば、エドヴァルドにとりなしを頼めくらいの事は言ってきかねない。
考えなしに「会わない」一択を決め込む前に、その時は周囲に相談しろと言う事か。
俺は自分の中でそう折り合いをつけて、イデオン公爵邸を辞去する事にした。
本来なら、エドヴァルドにもっと詳しく「解説」をさせるところだが、ロイヴァス兄上が動く気配を見せない以上、まだ何か、俺には聞かせられない話があるんだろう。
俺は渋々店に帰ると、客の流れが落ち着いた頃に、店長にだけは「いずれ本家の使者が来るかも知れない」とだけ知らせておく事にした。
そうしておけば、留守中何かあっても、店長が上手く采配してくれるだろう。
「事実上勘当されているにせよ『ヘルマン』の名前がこの店の信用を裏打ちしている事も確かだしなぁ……万一領地が没落の危機に陥ったら、知るか!とはさすがに言えねぇよな……」
恐らく本家は、この店があっという間に立ち行かなくなって、泣きついて来ると思って放置していたに違いないが、向こうから積極的に潰しに来なかった程度には、情はあったのかも知れない。
…聞いて確かめる気もないが。
俺がうっかり「没落の危機」とか言ったせいか、店長がちょっと目を見開いているので、俺は慌てて片手を振った。
「ああ、違う違う。現実としてそんな話が出てるワケじゃない。ただ、国の方でいくつか事業再編の話が出ているらしくて、本家がそこに組み込まれるかもってだけなんだ。店自体には影響はない……筈だ」
エドヴァルドとレイナ嬢を見ていると、何故かどうしても断言出来なかったが。
「ま、何を求められようと、俺はこの店でデザインをしつづけるだけだけどな」
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それが宜しいと思います、と店長も微笑った。
――多分に苦笑交じりだったが。
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