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第二部 宰相閣下の謹慎事情
352 幻の異母姉(あね)
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「えーっと…キリアン第一王子の事はこの際、遠くの空に放り投げるとして」
王子を真っ先に放り投げるな、とエドヴァルドがこぼしているけど、かなりの小声なので、本人も一般常識として言ってみただけなんだろうなと、勝手に判断した。
「いくらメダルド国王が、そのビリエルが前のサレステーデ国王に似ているとは言っても、隣国の王の話では周辺諸国の信頼すら得られませんよね。せめて兄であるセゴール国王の証言は欲しいところでも、本人、話せる状況にないとの事ですし」
「そうだな。ビリエル本人がサレステーデ王族として復権するには、もう時代がたち過ぎた。ビリエルも自分の子を残して、セゴール国王の子として後継にするのが、今の自分に出来る事だと考えたに違いない。ただバルキン公爵としては、兄嫁であるリーケ妃の子供、つまりキリアン第一王子が後継でも、どちらでも困らない訳だから、そのあたりの温度差はあったかも知れないな」
「利害が一致したのは、ドナート第二王子にだけは後継の座を渡したくないと言うところだけ――と。と、言うかそもそも誰が、あのビリエルを暗殺者もどきに鍛え上げちゃったんですか。ただバルキン公爵家に口きいただけなら、むしろ転がした方が早いダルマ体型一直線の筈なのに」
ダルマってなんだ、とエドヴァルドの表情には出ていたけど、前後の言葉で想像がついたのか、口に出しては聞いてこなかった。
「年代的な事を考えれば、その頃はまだ、ミラン王太子は口を挟めなかった筈だ。恐らくは、バリエンダールの宰相あるいは宰相家の誰かが口を出し、手を貸し――ヤツをサレステーデに送り込んだ」
「と言う事は、バリエンダールの宰相様とミラン王太子は、基本的には手を組んでいないと思って良いんでしょうね……?」
「いや。サレステーデを潰すと言う一点においてのみ、協力体制をとっている可能性はある」
それもそうだ。
と言うか、それだと話が進まない!と私が思わず唸ってしまうと、エドヴァルドが「……レイナ」と、不意に声色を下げて、こちらを覗き込んで来た。
「バリエンダールにもし着いたら、キアラ・フォサーティと言う女性が今、どうしているのかを探ってみると良い。もしかしたら無関係、あるいは既に亡くなっている可能性もあるが、それも含めて情報を得ておいて損はないと思う」
「キアラ……フォサーティ」
「私の、オーグレーン家の継承権放棄に際し、もう何年も前に、先に保証人としての署名だけをしてくれていた女性だ。署名の時点で『これきりにしてくれ』と言われていたから、表立っては探らない方が良い…とは思う」
「……え?」
オーグレーン家の継承権放棄に署名が出来るのは、王族と本人以外の一族と決まっていた筈。
思わず表情を消してしまった私に、エドヴァルドもゆっくりと頷いた。
「もはや名前も言いたくはないが、アロルド・オーグレーンとその正妃だったカリタ妃との間に生まれていた王女だ。既に例の事件前にはバリエンダールの宰相家に降嫁していたらしいから、私も名前しか知らないんだがな」
「ギーレン王家からも、バリエンダール…それもウワサの宰相家に渡った女性がいたんですね」
それも、年齢の離れたエドヴァルドの異母姉――と言う事になる。
エドヴァルドの口調からするに、恐らくはエドヴァルドと同程度に、父親の事は思い出したくもない事であり、血の繋がりそのものから否定したい女性なのかも知れない。
「分かりました……そう言う事なら、先にバリエンダールにいる〝鷹の眼〟バルトリか〝シーグリック〟のどちらかに、こっそり探らせるようにしてみます」
「……そうだな」
少し複雑そうだと分かってはいても、今の時点では私からは何を言える筈もなかった。
そろそろ商業ギルドに行こうか、と言われた私は「分かりました」と頷いて、着替えと用意をヨンナにお願いした。
* * *
イデオン公爵邸宅には、銀の在庫がまだ存在していた。
レイフ殿下とボードストレーム商会を追い込むのに、どこまで買えば相場が動いたのかと、それはもうビックリするくらいに、まだ在った。
馬車の椅子の下、こっそり貴重品を隠す、今やお馴染みとなったスペースに、実店舗登録用の銀を押し込み、御者は護衛も兼ねてファルコとフィト、腕っぷし自慢の二人が馬車の前と後ろに腰を下ろしていた。
馬車自体も、家紋をわざと外してある、抜き打ちの視察などに使う方のシンプルな細工の馬車が使用されている。
「順序としては、どうするつもりなんだ?」
出発して間もないところで聞いてきたエドヴァルドに、私は「もちろん実店舗付商会登録が先です」と答えた。
「ファルコやフィトの腕がどうと言う以前に、大量の銀を持ったままとか、馬車に置いておくとか絶対イヤです。落ち着きません。とっとと登録して、渡してしまうに限ります。ええ、絶対」
根っからの資産家であるエドヴァルドは、あまり気にならないのかも知れないけど、小市民には、置きっぱなしとか絶対無理ですので!
そんな心の声も伝わったのか、エドヴァルドの方はちょっと引きぎみだったけど。
渡されていた書面を読む限りは、現金の代わりに銀で納品する場合には、純度と重さが重視され、貨幣には換算されない。
だとすれば、エドヴァルドが買い取った際の相場とは無関係と言う話になる。
出来るだけ、商売を始めようとする人間に対しては門戸を低くしようと言う、ギルドの方針の表れらしい。
その代わり、ギルドに貸付を頼む際に銀を指定する場合には、返済は銀でも現金でも良いとなるため、上手くいけば損をしない返金が可能になる。
商人として上手くやりくりしろと、実地教育をしているようなものなんだろう。
お金の流れに疎いなら疎いなりに、長けた人間を雇えと言う事だ。
現状、現金で買った銀をそのまま貨幣代わりに納める様なものなので、損をしているのかどうかが非常に分かりづらい。
今の相場はどうなっているんだろう。
気にするなと、エドヴァルドは言ってくれているけれど。
「あ、エスコートは不要ですよエドヴァルド様!それだと馬車から降りた瞬間に「貴族」だと丸わかりになっちゃいますから!」
正直エドヴァルドの場合、ちょっとやそっとの「くだけた服」ではどうフォローのしようもないんだけれど、それでも最低限「威圧してません」アピールはしなきゃ!と、私はエドヴァルドに念押しした。
ちょっと不満そうな宰相閣下、それ以前に庶民に見えてないって自覚して下さい!
「えーっと…キリアン第一王子の事はこの際、遠くの空に放り投げるとして」
王子を真っ先に放り投げるな、とエドヴァルドがこぼしているけど、かなりの小声なので、本人も一般常識として言ってみただけなんだろうなと、勝手に判断した。
「いくらメダルド国王が、そのビリエルが前のサレステーデ国王に似ているとは言っても、隣国の王の話では周辺諸国の信頼すら得られませんよね。せめて兄であるセゴール国王の証言は欲しいところでも、本人、話せる状況にないとの事ですし」
「そうだな。ビリエル本人がサレステーデ王族として復権するには、もう時代がたち過ぎた。ビリエルも自分の子を残して、セゴール国王の子として後継にするのが、今の自分に出来る事だと考えたに違いない。ただバルキン公爵としては、兄嫁であるリーケ妃の子供、つまりキリアン第一王子が後継でも、どちらでも困らない訳だから、そのあたりの温度差はあったかも知れないな」
「利害が一致したのは、ドナート第二王子にだけは後継の座を渡したくないと言うところだけ――と。と、言うかそもそも誰が、あのビリエルを暗殺者もどきに鍛え上げちゃったんですか。ただバルキン公爵家に口きいただけなら、むしろ転がした方が早いダルマ体型一直線の筈なのに」
ダルマってなんだ、とエドヴァルドの表情には出ていたけど、前後の言葉で想像がついたのか、口に出しては聞いてこなかった。
「年代的な事を考えれば、その頃はまだ、ミラン王太子は口を挟めなかった筈だ。恐らくは、バリエンダールの宰相あるいは宰相家の誰かが口を出し、手を貸し――ヤツをサレステーデに送り込んだ」
「と言う事は、バリエンダールの宰相様とミラン王太子は、基本的には手を組んでいないと思って良いんでしょうね……?」
「いや。サレステーデを潰すと言う一点においてのみ、協力体制をとっている可能性はある」
それもそうだ。
と言うか、それだと話が進まない!と私が思わず唸ってしまうと、エドヴァルドが「……レイナ」と、不意に声色を下げて、こちらを覗き込んで来た。
「バリエンダールにもし着いたら、キアラ・フォサーティと言う女性が今、どうしているのかを探ってみると良い。もしかしたら無関係、あるいは既に亡くなっている可能性もあるが、それも含めて情報を得ておいて損はないと思う」
「キアラ……フォサーティ」
「私の、オーグレーン家の継承権放棄に際し、もう何年も前に、先に保証人としての署名だけをしてくれていた女性だ。署名の時点で『これきりにしてくれ』と言われていたから、表立っては探らない方が良い…とは思う」
「……え?」
オーグレーン家の継承権放棄に署名が出来るのは、王族と本人以外の一族と決まっていた筈。
思わず表情を消してしまった私に、エドヴァルドもゆっくりと頷いた。
「もはや名前も言いたくはないが、アロルド・オーグレーンとその正妃だったカリタ妃との間に生まれていた王女だ。既に例の事件前にはバリエンダールの宰相家に降嫁していたらしいから、私も名前しか知らないんだがな」
「ギーレン王家からも、バリエンダール…それもウワサの宰相家に渡った女性がいたんですね」
それも、年齢の離れたエドヴァルドの異母姉――と言う事になる。
エドヴァルドの口調からするに、恐らくはエドヴァルドと同程度に、父親の事は思い出したくもない事であり、血の繋がりそのものから否定したい女性なのかも知れない。
「分かりました……そう言う事なら、先にバリエンダールにいる〝鷹の眼〟バルトリか〝シーグリック〟のどちらかに、こっそり探らせるようにしてみます」
「……そうだな」
少し複雑そうだと分かってはいても、今の時点では私からは何を言える筈もなかった。
そろそろ商業ギルドに行こうか、と言われた私は「分かりました」と頷いて、着替えと用意をヨンナにお願いした。
* * *
イデオン公爵邸宅には、銀の在庫がまだ存在していた。
レイフ殿下とボードストレーム商会を追い込むのに、どこまで買えば相場が動いたのかと、それはもうビックリするくらいに、まだ在った。
馬車の椅子の下、こっそり貴重品を隠す、今やお馴染みとなったスペースに、実店舗登録用の銀を押し込み、御者は護衛も兼ねてファルコとフィト、腕っぷし自慢の二人が馬車の前と後ろに腰を下ろしていた。
馬車自体も、家紋をわざと外してある、抜き打ちの視察などに使う方のシンプルな細工の馬車が使用されている。
「順序としては、どうするつもりなんだ?」
出発して間もないところで聞いてきたエドヴァルドに、私は「もちろん実店舗付商会登録が先です」と答えた。
「ファルコやフィトの腕がどうと言う以前に、大量の銀を持ったままとか、馬車に置いておくとか絶対イヤです。落ち着きません。とっとと登録して、渡してしまうに限ります。ええ、絶対」
根っからの資産家であるエドヴァルドは、あまり気にならないのかも知れないけど、小市民には、置きっぱなしとか絶対無理ですので!
そんな心の声も伝わったのか、エドヴァルドの方はちょっと引きぎみだったけど。
渡されていた書面を読む限りは、現金の代わりに銀で納品する場合には、純度と重さが重視され、貨幣には換算されない。
だとすれば、エドヴァルドが買い取った際の相場とは無関係と言う話になる。
出来るだけ、商売を始めようとする人間に対しては門戸を低くしようと言う、ギルドの方針の表れらしい。
その代わり、ギルドに貸付を頼む際に銀を指定する場合には、返済は銀でも現金でも良いとなるため、上手くいけば損をしない返金が可能になる。
商人として上手くやりくりしろと、実地教育をしているようなものなんだろう。
お金の流れに疎いなら疎いなりに、長けた人間を雇えと言う事だ。
現状、現金で買った銀をそのまま貨幣代わりに納める様なものなので、損をしているのかどうかが非常に分かりづらい。
今の相場はどうなっているんだろう。
気にするなと、エドヴァルドは言ってくれているけれど。
「あ、エスコートは不要ですよエドヴァルド様!それだと馬車から降りた瞬間に「貴族」だと丸わかりになっちゃいますから!」
正直エドヴァルドの場合、ちょっとやそっとの「くだけた服」ではどうフォローのしようもないんだけれど、それでも最低限「威圧してません」アピールはしなきゃ!と、私はエドヴァルドに念押しした。
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