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第二部 宰相閣下の謹慎事情

381 それ、今言いますか⁉︎

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 イデオン公爵邸から〝転移扉〟を抜けると、必ず始めに宰相室の奥の部屋に出てくる。
 それはもう、デフォルトで登録でもされているのだろうかと思うくらいだ。

 そう言えば、さっきは双子シーグリックが妙に静か……と言うか、あの場にいたっけ?と首を傾げそうになったけど、今〝扉〟を通り抜けて来てみれば、いつの間にやら最後方にそっと付いて来ていた。

 リックが軽く頭をさすっているのは、知らないところでファルコあたりに何か言われるかされるか――したっぽいな、アレ。

 テオドル大公やマトヴェイ外交部長は、それぞれに王宮内〝転移扉〟のある部屋にやって来る予定だとの事で、宰相室の中はほぼ素通り状態で通り過ぎる形になっていた。

(……うん、毎回ゴメンね忠犬1号シモンクン)

 日頃の実務のフォローには、恐らくロイヴァス・ヘルマン司法・公安長官が回っているにせよ、正規の手順をすっ飛ばして宰相への陳情に突撃してくる者もきっといるだろうから、色々とあしらうのが大変だろうと思う。

 とは言え、ヤンネに対してほどじゃないにしても、初対面の印象はあまり良いものじゃなかったので、私の方から積極的に話しかけようとは、あまり思わない。
 心の中で、頑張れと手を合わせるだけだ。

 そうして辿り着いた〝転移扉〟の魔法陣が描かれた部屋の中には、国王陛下フィルバートはもちろんの事、管理部の術者数名が待機をしていた。

 基本的には一度メンテナンスをすれば、起動の都度、当代「聖女」「聖者」が来ずとも、しばらくは管理部のみでの起動が出来る仕組みになっているらしい。

 メンテナンスのペースは国の規模によって異なるとか、大規模な移動の必要があって、一度に魔力を大量に消費した場合は臨時のメンテナンスが必要とか、そのあたり私にはよく分からないけど、とりあえず今回は、シャルリーヌの手を借りずとも〝扉〟は動かせると言う事なんだなと、無理矢理自分の中で腹落ちさせていた。

 その場には、王宮内滞在中のテオドル大公は既にいて、マトヴェイ外交部長は、どうやらギリギリまで仕事をしていたらしく、私の後すぐ…といったくらいのタイミングで、この部屋に姿を現した。

 基本的に、王から利用許可を取っていない人間は、この部屋に足を踏み入れる事すら許可されていないとあって、他の公爵サマ方さえこの場にはいない。

 ここにいる皆が生まれる前くらいの過去に、無断で便乗して、他国に亡命を図った貴族がいたとかで、それ以来この部屋への立ち入りは厳しく制限されているとの事だった。

 言われて見れば、現にサレステーデからの使者に紛れて双子シーグリックはアンジェスに入って来ているのだから、アンジェスの過去の王なり宰相なりは、至極真っ当な措置を取ったんだと言えるだろう。

「バリエンダール側の〝扉〟の前には、ミラン王太子が迎えとして待っているとの話だ。ふ……よほど話の真偽を我先にと確認したいんだろうな」

 魔法陣の先に視線を投げながら、フィルバートが可笑しそうに口の端を歪めている。

 陛下……とため息を溢しながらも、エドヴァルドとてそれ以上は口にしない。

 下手な冗談よりタチの悪い現実がそこにある訳だから、一概にバリエンダール側の反応は責められないと、二人ともが思っているに違いない。

「まあ、我が国への招待状を渡して戻るだけなら日帰りでも良いくらいだが、さすがに国と国が絡む話で、一方的に呼びつける訳にもいくまい。向こうとて、行く行かない、行くのなら何時いつ…と言った話し合いも必要だろう。だから4日目までは目を瞑る事にしたが、もしそれまでに何も決まらないとなったら、それはそれで、そのまま戻って来て構わん。こちらは王なり王太子なりの決断力不足を嘆くだけだ」

 王はともかく王太子の方は、未来の王として能力不足のレッテルを貼られるのは避けたいだろう。

 そしてサイコパス陛下サマが、ただ「嘆くだけ」で済ますなどとは、とても思えない。
 ……と、バリエンダール王宮側も思うだろう。

 なんだかんだとこの王は、自分がどう思われているのかを利用する事が上手い。

 そしてエドヴァルドをギーレンに行かせた時と同様に、相手にそうと悟らせず、アンジェス側に有利な「何か」を、もう仕込んでいるんだろう。

 どう転ぶか、楽しみで仕方がないと、目が語っているし、テオドル大公の目が、逆にちょっと泳いでいる。

(ええ……)

 これ、私が大人しくしようと思っても、外的要因サイコパス陛下がそうさせてくれないんじゃないんだろうか――。

 私が思わず隣に立つエドヴァルドを見上げると、同じ様に不穏な空気を感じていたのか、言葉の代わりにギュッと手を繋がれてしまった。

「……宰相も往生際が悪いな」

 気付いたフィルバートからは、呆れた声が飛んで来る。

「それより、逃げるなよ?管理部の魔道具開発に付き合うのも、国宝級のテーブルを壊した代償だからな」

「―――」

 実際のところ、テーブルを最初に壊したのは、サレステーデ側の襲撃者をテーブルに放り投げたベルセリウス将軍で、さすがの当人もちょっとバツが悪そうなんだけど、エドヴァルドが落とした氷柱がトドメになってる事も確かなので、二人して沈黙するより他ないと言った感じだった。

「ま、まあ、レイナ嬢。ではそろそろ行こうか?」

 私が〝転移扉〟に対して及び腰だと言うのは、どうやらテオドル大公が、エスコートで補ってくれるようだ。

 軽く曲げられた腕に手を乗せるべく、私はそっとエドヴァルドの手を解いた。

「……じゃあ、行って来ますね」
「……ああ」

 既にここは公爵邸じゃなく、王宮――それも宰相室とは違って、事実上の衆人環視の中だ。

「ベルセリウス」
「は!必ずやお守り申し上げますので!」

 視線で念押しするのが精一杯と言ったエドヴァルドに、ベルセリウス将軍は、場違いなまでに朗々とした声で、敬礼しかねない勢いで宣言していた。

 ウルリック副長が無言で眉を顰めているのは、絶対に「そんな大声は必要ない」と言いたいところが、陛下に大公に英雄と、周囲のメンツを考えて言えなくなったんだろうと思う。

 ただ私としては、二人セットで付いていてくれるのは、物心両面から言って安心なのは間違いない。

「――レイナ」

 足を一歩踏み出しかけたところで、少し屈んだらしいエドヴァルドの声が、すぐ耳元で聞こえた。

「帰って来て、を聞かせてくれるのを待っているから」

「‼︎」

 何の、とは言えない。
 まさか小声にしろ、今ここで言われるとは!

「それと折角だから、向こうから手紙を出してみてくれるか?――
「……っ」

 青藍セイラン宛の手紙を待っている。

 私は動揺したまま、ぶんぶんと首を縦に振る事しか出来なかった。
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