聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

382 銀狼殿下と万華鏡の瞳

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 バリエンダールが海洋国家と呼ばれる所以は、アンジェスの様に、ただ海に面しているだけでなく、複雑に入り組む湾や入り江が、地域によっては王都から200kmくらい先でも、まだ続いていると言う所にある。

 ゲーム上で見ていた限りは、多くのフィヨルドを抱えるスカンジナビア半島の先端付近が、バリエンダールの勝手なイメージではあるのだけれど。

 とは言え〝転移扉〟を抜けた先は、バリエンダール王宮に直結するため、今、外の景色を確かめる事は出来なかった。

「テオ殿!」

 案の定、若いながらも落ち着いた感じのする声が、到着後すぐさま耳に入ってきたので、私は周囲の目に触れないうちに、テオドル大公からは一歩離れて、マトヴェイ外交部長と共に視線を下げ、随行者らしい空気を形作った。

「久しいですな、殿下――いや、王太子殿下とお呼びすべきかな。やはり殿下の様な年代だと、6年も7年も会わぬと、雰囲気も変わるものですな。大きくおなりになられた」

「ははっ!其方そなたにかかると私もまだまだ子ども扱いされてしまうようだ!」

 やはりテオドル大公が、バリエンダール王家との、形式的ではない交流があると言うのは事実なんだろう。実の祖父にでも話しかけるかの様に「テオ殿」と相手むこうから親しげに話しかけているからだ。

 ――ミラン・バリエンダール。

 赤髪の王子様ことエドベリ・ギーレンに、如何にして対抗しうるか、乙女ゲーム〝蘇芳戦記〟運営側が頭を悩ませた結果の……〝万華鏡の瞳を持つ銀狼殿下〟だったんだろうなと、シャルリーヌと勝手な想像は膨らませていた。

 うん、まあやっぱり私よりサラサラっぽい銀髪とか「セントラル・ヘテロクロミア」と現代なら言われる、内側はゴールドとグリーン、外側はライトブルーと、ひとつの目に異なる色彩が出ている〝万華鏡の瞳〟は、静止画スチルの通りだった。

 どうやら王家の色らしいので、この分なら現実リアルのミルテ王女も静止画スチル通りに同じ色を持っているんだろうなと、ひとりでちょっと納得していた。

 ミラン王太子とミルテ王女との間には、確か私とエドヴァルド以上の年齢差があった。
 エドベリ王子よりも幾つか上だった筈だ。
 それもあって、バッドエンドが監禁ルートなどと言う物騒な設定になっていたのだろう。

 あくまでシスコンが拗れ切っただけに留まっていたのは、運営側にも良心があったと言う事か。

 閑話休題それはさておき

 テオドル大公は政変後は、王宮から退いてアンディション侯爵領にいたと言うから、確かに5~6年は会っていないのかも知れないし、その頃はまだ、ミラン王太子も成人はしていても「王太子」ではなかったんだろう。

 お互いが懐かしく思う側面があるのも、無理からぬ事だと言えた。

「テオ殿、早速で済まない。父である国王陛下も、ぜひ今回の顛末をテオ殿自身の口から聞きたいと、西の正面棟ファサードに最低限の人数での昼食会を用意させているのだ。お付き合い願えるだろうか」

「無論ですとも。世間話なら、夜でも明日でも出来る事ですからな。まずは本題を」

 鷹揚に頷いたミラン王太子の目が、ここでようやく同行者の方へと向いた。

「さすがにユリア殿は今回は来られぬか。妹が、息災かどうかと気にしていたのだが」

「これは有難い。王女殿下に気にかけて頂いていると知れば、妻も喜びましょう。そうですな…息災にはしておりますので、また今回の事態が落ち着いたら、私的に来れるか陛下にお伺いを立ててみますとも」

「そうか。ならばそれだけでも妹には後で伝えておこう。それで――」

「ああ。今回は妻を連れて来れぬ代わりに、私が今、孫同然に目をかけている娘を紹介したいと思いましてな。バリエンダール語にもサレステーデ語にも不自由をしておりませんし、アンジェスとギーレン両国の商業ギルドに伝手を持っているので、話題にも事欠かぬ。書記官としてだけでなく、王女殿下の話し相手にも充分なれるかと。後はもう一人外交官と、残りは護衛の様な者と認識しておいてくれて構いませんぞ」

 とりあえず、相手は一国の王太子。
 視線は感じたものの、私は言葉は発さずに〝カーテシー〟で頭を下げるだけに留めた。

 と言うかテオドル大公、マトヴェイ外交部長の方が本来ならば「外交官」で片付けられない人ですよね⁉

 わざとですか、わざと皆の関心を私の方へと向けさせる事で、マトヴェイ外交部長にある程度の行動の自由を持たせるつもりですか⁉

「――名を聞いておこうか」

 そんな私の内心の葛藤は、当然ながら誰に理解される事もなく、一応、最低限の礼儀は遵守されたと、王太子が理解したところで、案の定こちらへと話しかけてきた。

「レイナ・ユングベリにございます。大公殿下の仰られた通りに、現在ユングベリ商会の商会長をしております」

「ほう……女性の商会長か。まあどの国も商業ギルドや職人ギルドでは、女性が男性並みに仕事をしていると聞く。確かに妹も興味を示すかも知れないな。まして、テオ殿の推薦付ときている。これは、会わせぬ訳にもいくまい」

「光栄に存じます」

「昼食会には、元々『書記官』及び『外交官』の参加は認められている。事前にそのように連絡もあった事だし、どちらも国同士の対話の中においては参加必須とされる役職だ。まさかその片方が女性だとは聞き及んでいなかったが、テオ殿が認めた随行者と言う事で、誰も表立って非難はすまい」

 これも、テオドル大公がこれまで積み上げてきた信頼と人脈の為せる業だろう。
 ミラン王太子の声からも、とりたてて不快な感情は感じ取れない。

 どちらかと言うと可もなく不可もなく、今のところはさほど関心がない――と言った感じだ。

 まあ、サレステーデ王族が起こしている事件の詳細を知りたいと言う思いの方が、今は殊のほか強いに違いない。

「明日、妹主催の茶会…と言っても、テオ殿との面識がある者ばかりだが、昼間に開かれる予定だ。テオ殿にあてがわれた部屋には妹の手製の招待状が置かれているだろうが、妹には追加参加者の連絡を入れておくから、テオ殿と共に参加すると良い。護衛を見越して食事も飲み物も多めに用意されているだろうから、一人くらい増えたとて問題ないだろう」

「おお、ミルテ王女主催とは、それは光栄。もしや初めての主催では?」
 
 もともと、着いた翌日は王族関係者との昼食会があるだろうと、テオドル大公は言っていた。

 ただ年齢を考えると、主催が15歳の王女殿下とは思っていなかったのかも知れない。
 それにゲーム設定では「病弱」だった筈で、主催自体可能なのか。

 実際に、大公もちょっと驚いた声をあげていた。

「ああ。そのうち主催はせねばならないだろうが、侍女長が、テオ殿との茶会ならば肩肘張らずに良い練習になるのではないかと言ってきたからな。私と陛下も、それを了承したんだ」

「なるほど。では王女殿下の初めての主催を温かく見守る事といたしましょうか。確かにそう言う事ならば、妻も一緒に来られれば良かったのでしょうな」

「まあ、テオ殿が合格だと思えば、ユリア殿も交えての次の約束でもしてやってくれ。励みにもなるだろう」

 ……なんだろう、ここのところ、おかしな王族ばかりを見てきた所為か、ミラン王太子に後光が差している錯覚を一瞬覚えてしまった。

 いや、本人の性格はまだ何とも分からないけど、少なくとも公務にはそれを反映させてこない、これまで見た中でもっともマトモな王族に見えるのは、私がだいぶ荒んでいるからだろうか。

「では、西の正面棟ファサードに案内させて貰おう」

 そう言ってミラン王太子は身を翻した。
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