聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

419 トーレン・アンジェス

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 自分の事を「私」ではなく「余」などと言う王に、ロクなのはいない。己のアイデンティティを地位でしか主張出来ないから――などと思っているのは、多分に私の偏見かも知れないけれど。

 でも先代陛下の話を聞いていると、その偏見はまだまだ当分取り払えそうになかった。

「自称、とこちらが言うのはおかしいな。前のイェスタフ伯爵が、ビリエルを家に迎える為の後ろ楯、つまり身元保証となる者を紹介して貰いたいと王宮に訪れた際に、当時まだ王太子だった父が、宰相不在の代理として謁見を受けて、サレステーデ王家の関係者ではないかと言い出したそうだ。もちろん先代陛下には内密のまま、当時宰相にだけそれを明かした…と」

 ミラン王太子の言を受け、フォサーティ宰相も「ええ」と、それを肯定した。

「本来、高位とは言え一貴族家に養子が入る程度の話は、叙爵に関わる仕事と同様に宰相室の仕事です。たまたま別の来客があって、メダルド王太子殿下にお引き受け頂いただけだったのです。それが思わぬ話へと転がってしまった」

「とは言え、そのまま確認だけとって、サレステーデ王家にお返しになられた訳でもありませんよね…?」

 その頃であれば、サレステーデもまだセゴール国王でなかったか、あるいは国王になった直後くらいだっただろう。行方不明の王族の存在に関して、探りを入れる事くらいは出来た筈。

 なぜ、そのままになっていたのか。

 そんな私の表情を見ながら、一瞬その場を沈黙が支配した。
 どこまで私に明かして良いのか、もしかすると葛藤があったのかも知れない。

「――殿下」

 ややあって、口を開いたのはフォサーティ宰相だった。

「恐らくは、陛下からテオドル大公殿下にも、語られているやも知れません。元よりアンジェス国と手を取りあう事は、ジュゼッタ姫とトーレン殿下との婚姻で果たせなかった友好を取り戻す、最初で最後の機会になる気が致しませんか」

「…何なら本気で宰相家に取り込むか?その方がまだ安心ではないか?」

「否定は致しません。少なくとも息子ジーノの方はその気があるようですし。ですがそれが一方通行では意味を成しません。先代陛下のなされた所業と何ら変わりのないものになってしまいます。今は、テオドル大公殿下の養女むすめと同等の保証があると言う事で折れるべきではないかと」

 養父であるフォサーティ宰相の言葉に、ジーノ青年が僅かに顔を歪めたみたいだったけど、それはほとんどの人間に気付かれる前に、元に戻っていた。

 過去の王宮の暗い部分を明かす場においては、彼に会話の主導権はないと言う事なんだろう。

 と言うか、今、他国の王家の事情に首を突っ込み過ぎている私を、ジーノ青年使ってバリエンダールから出さない算段を立ててました⁉︎
 辛うじてバックにテオドル大公がいる事で、思い止まったりなんかしました⁉︎

 いやぁ!そうして下さい、そうして下さい!
 テオドル大公どころか、ウチには魔王サマがいますから‼︎

 内心冷や汗ダラダラな私の苦悶を察したのかどうか、バリエンダール組はバリエンダール組で、何か腹を括った様にも見えた。

「――ユングベリ嬢」

 ミラン王太子の、外交的な愛想の一切が抜け落ちた声に、知らず私の背筋もピンと伸びた。

「は、はい」

「今からの話は、出来ればこの場限り。自国アンジェスで話すか否かはテオ殿の判断に従う事を誓って貰えるか」

 が「書記官」である以上は、ここでの話とて、少なくともテオドル大公へは報告の義務を負う。
 現時点で、ミラン王太子の話を拒否する理由はどこにもなかった。

「もとより私はテオドル大公殿下の書記官として来た身です。大公様に話すなと言われると困ってしまいますが、ここでの話は後ほど逐一報告予定でしたので、その判断を仰ぐと言う点では、王太子殿下のご意向に従う形になろうかと」

「……良いだろう。二心無きよう、誓約を遵守してくれ」

 そう言ったミラン王太子は、執務机の上で、ひと呼吸置くように両手の指を組み合わせた。

「ビリエル・イェスタフと呼ばれた男が王宮に登城して、サレステーデ王家の関係者では…との話になった時、当然、探りは入れた。ただし仮に王家の中で何か争いの種が芽吹いていたとしたら、真正面からの確認は悪手。逆にこちらがどんな難癖を付けられるか分からない。だから、宰相が密かに、手の者に探りを入れさせた」

 話はそうすぐに終わらなさげなのに、フォサーティ宰相は着座の勧めを固辞して、ミラン王太子の傍から離れないまま、頷いた。

「王家の暗部を動かすと、どこから先代陛下に洩れるか分からなかったので、我が宰相家の者を使った」

「…先代陛下に知られるのはマズかったんですか?」

「その時点で、アンジェス国にジュゼッタ姫の代わりだとか言って、これもまた自分が手をつけた侯爵家の姫を送って、一触即発の事態になっていたのでね。サレステーデにまで余計な事をして欲しくないと、私とメダルド殿下との間で、話を先代陛下に上げない事にしたのだ」

「え…でも、アンジェス国の先代宰相様は――」

「新たに送られた姫を受け入れたりはされなかったと聞いている。それを受けたのは、そちらの先々代の国王陛下であり、自らの愛妾として囲われた…と」

「……っ!」

 ちょっと待て。
 アンジェスの先々代国王は、確か第三夫人までいて、先代国王は寵姫だった第三夫人の子。

 まだそれ以外に、女性を囲っていたのか。

 って言うか、下衆な国王同士で下衆な取引が成り立ってしまった結果、表向き国としての決着が付いた事になってしまったんだ。
 ――たとえ周囲がどう思っていようと。

「テオ殿に後から聞いたが、トーレン殿下は、先々代の国王陛下に対し、王家の血を残す義務の放棄――つまりは一切の縁談を拒否する事と引き換えに、公務の大半を引き受ける事を自ら申し出られたとか。こう言っては何だが、そちらの先代の国王陛下も、先々代の国王陛下に近い気質の方だった。フィルバート陛下の即位まで、長い間トーレン殿下こそが、事実上の国王だったと、周辺諸国は皆、認識していたようだ」

 それは、殺人的な忙しさを誇る宰相室が出来上がる筈だ。
 とてもじゃないが、実子でもない三人の王子の教育にまで、管理が行き届かなかったに違いない。

 自らの後継者として、エドヴァルドを教導する事だけで精一杯だったんだろう。
 王が飾りでも、最悪国が成り立つ事は自身で既に実証済みだったから。

「だから父とフォサーティ宰相は、まず裏からサレステーデ王家の情勢を探った。そして、行方不明…と言うより、既に死んだ事になっている王族が一人いる事を、確かに突き止めた」

「死んだ……」

「サレステーデはサレステーデで、内紛を抱えていた。単純に帰国させれば済むと言う話では、既になくなっていた。ただ――じゃあ、その後どうするとなったところで、父とフォサーティ宰相との意見が割れた」

 そう言ってミラン王太子は、一瞬だけフォサーティ宰相に視線を投げた。

「まあ、その頃妹はまだ生まれてはいなかったが、私も王宮内の風通しが悪い事を察せられるくらいの年齢にはなっていた。だから、私は私なりに考えたんだ。いずれこの国バリエンダールを継ぐのは私だ。父や先代陛下からのしがらみを考えないとして、どうするのが最も国の為になるのか、と」

 フォサーティ宰相は、目を閉じて天井を仰いでいた。
 何も言わない彼に代わって、ミラン王太子が淡々と言葉を繋ぐ。

「――そして私は、宰相の側に回ったんだ」
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