聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
397 / 786
第二部 宰相閣下の謹慎事情

474 理性のかけら

しおりを挟む
「あ…じゃ、じゃあ、とりあえずはこの花、一つにしちゃいますね」

 岩場の下へと下りて行ったテオドル大公とフェドート元公爵を見送りながらも、私はエドヴァルドが手にしていた方の花束を受け取って、自分が持っていた分と一つに束ね直した。

「トーレン殿下とジュゼッタ姫が、死んだ後の世界で、今度こそ結ばれる様に――か」

「生きている側の自己満足だと思いますか?」

「どうだろうな……だが、確かにフェドート卿にとっては救われる考え方ではあるし、トーレン殿下と親しかったテオドル大公にしても、そう思いたいところではあるだろう。ならば殊更に他の考え方を主張する必要もない。――それに」

 束ねた花束を石碑の上にそっと置いた私の肩に、エドヴァルドの手が回された。

「私としても、死してからも貴女と過ごせる世界があると知れたのは僥倖だ」
「……っ」
「レイナ」

 視線がこちらに向けられている事は分かっているけれど、恥ずかしすぎて私の視線は、薔薇の花束に固定されたままだ。

はあっただろうか」 
「‼」

 何を、などとまさか聞ける筈もない。
 なので正直なところを吐露するよりほかない。

「いえ……その……」

 歯切れの悪い私に、エドヴァルドは怒ったり苛立ったりと言う事はしなかった。
 だろうな…と、ため息交じりに呟いただけである。

「私は、貴女が国や公爵家にとって役に立つから傍にいて欲しいと思っている訳でも、召喚してしまったからには最後まで責任を負わねばならないとの義務感で動いている訳でもないんだ。せめてそれだけでも、そろそろ理解して欲しくて、先走っているところがあるのは否定しない」

「エドヴァルド様……」

「私が心底、貴女の全てが欲しいと思っている事を、あなたはまだ理解しきれていないだろう?」

「……全て」

 オトナの階段を飛び越えてしまって、このうえ、まだ何があるのだろう。
 と言うか、大公サマと元公爵サマがいなくなったにせよ、昼間に聞くセリフではないような……。

 そんな私の内心を見透かしたのか「全てだ」と、エドヴァルドはもう一度繰り返した。

「貴女はまだ、理性の全てを手放した事はない筈だ。私は貴女のその、理性の最後のひとかけらまでをも手にしたい。貴女の目が、私しか映さず、私の事だけを考える、その瞬間が欲しい」

(あああああ――っ‼)

 真顔で何てコトを‼

 ただでさえ、破壊力抜群なバリトン声の持ち主である。
 今すぐのたうち回らない事や、腰が抜けていない事を誰か褒めて欲しいと、私は頭を抱えたくなった。

「や…役に立ちたいと…思うのは、迷惑…とか……?」

 内心と言葉が、とんちんかんな事になっている私に、居丈高に出る事はエドヴァルドはしなかった。

 肩に回されていない方の手が、スッと私の頬に添えられて、気付けばエドヴァルドの顔が目の前にあった。

「レイナ」
「ひゃい」

 うっかり噛んだ私の粗相は、華麗に無視スルーされている。

「貴女は私が、明日から突然無能になって王宮から叩き出されたとしたら、どうする?」
「え?」
「例えばの話だ」

 そこに冗談の要素はなさそうなので、私もどう言う事かと混ぜ返したりはせず、ただ一言「どうもしません」とだけ答えた。

「……どうもしない?」

「もともと、エドヴァルド様が陥れられたりとか、何かあっても大丈夫なようにと色々張り巡らせてきたのがユングベリ商会です。もしもの時は商会長として、蒔いた種を咲かせて回収します。エドヴァルド様には会長代理の椅子を提供しますよ」

「宰相だけでなく、公爵でなくなっても?」

「ちょっと質素倹約を心掛けていただければ、生活はしていけると思います。今はまだ赤字先行かも知れませんけど――いずれは」

「貴女自身が、他の上位貴族を出資者として鞍替えする事はない?」

「あるわけないじゃないですか。そこは、見損なわないで下さい」

 恩を仇で返すような真似はしない――と言うのは、少し違うのかも知れない。

 エドヴァルドが、私がこの世界で地に足をつけて生活出来るようにと、最大限に配慮してくれたのは充分に分かっているし、そんなエドヴァルドに、恩を返して終わりと言う事もしたくなかった。

 お金や地位で動くとだけは、思われたくない。

 そんな感情に、どんな名前を付けるべきなのかが、まだよく分かっていなくとも。

「……同じ事だ、レイナ」
  
 エドヴァルドは、反発しかかった私を宥めようとするかの様に、緩々と首を横に振った。

「私も貴女に、イデオン公爵家にとって役に立たなくなったからと、容易たやすく手放してしまうような男だとは、思われたくない。もちろん、役に立ちたいと思ってくれるのは嬉しい。貴女がそう思ってくれるに値する男で居続けたいとは思う。だが同時に、私の為に、自由や安全を犠牲にして欲しい訳でもないんだ。そこを間違えて欲しくない」

 迷惑じゃない。
 ただ、無茶をして欲しくないだけ。

 エドヴァルドの言葉は、さっきよりもずっと深く私の中に沁み込んだ。

「レイナ……」

 一瞬の口づけに目を見開いた時には、既に唇は離れ、代わりに深い抱擁の中にあった。

「……っ」

「トーレン殿下には、良い紹介になるだろう。私が望んで、殿下あなたの教えを活かすのは、この女性ひとだ――と」

「エドヴァルド様……」

「今回、バリエンダールどころか北の地を踏んだ事すら想定外だった。貴女に余裕がなくなったとしてもおかしくはない。だから改めておう。レイナ、この先も私と共に、私の隣で歩く事を考えてくれ。それ以外の憂いは私が全て払う。セルヴァンに〝アンブローシュ〟の予約も先延ばしさせてある。だから今度こそ――考えてくれ」

 ユングベリ商会を上手く軌道に乗せなければ、いつか見捨てられるのではないか――そうなってしまう事が怖くて、考える事をなるべく後回しにしようとしていた。
 いつの間にか、軌道に乗せる事にばかり視点がいっていた。

 エドヴァルドの「望み」を分かっているのか。空回りをしていないか。

 シーグの言葉は、正しかった。

 思わず乾いた笑いを溢してしまった私に気付いたエドヴァルドが、不思議そうにこちらを覗き込んできた。

「レイナ?」

「あ、いえ……その、双子の片割れシーグに、ですね?わざわざあちこち深入りして、考えられなくしているのは自分だろう、的な事を言われて、ぐうの音も出なかったと言うか……エドヴァルド様の望みを曲解して、空回りしていないか……とか……」

「……何歳いくつだと言ってた?」

「15歳…です」

「至言だな。とてもそうは見えない」

「あの子はあの子で、色々と背負っている子なので……」

「そうかも知れないが、私としては、貴女にそれを気付かせてくれた事だけでも感謝をしたいところだな」

「………」

 それこそ、ぐうの音も出ない事を言われて、私も言葉に詰まってしまう。
 ちょっぴり不本意そうな私に、エドヴァルドは口元を少し綻ばせた。

「私の『望み』は理解してくれたか?」
「……はい」
「改めて、考えて――向き合ってくれるか?」
「……はい」
「私は貴女を愛しているし、結婚をして欲しいと思っている」
「……っ」

 言葉と空気を呑み込んでしまった私に「そこは『はい』と、流れで頷いて欲しかったな」と、茶目っ気交じりにエドヴァルドは微笑わらった。

「冗談だ。私は無理に貴女の首を縦に振らせたい訳ではない。改めて〝アンブローシュ〟での返事を待つ事にしよう」

 囁かれた私は、返事の代わりに耳まで赤くなってしまった。
しおりを挟む
感想 1,465

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

【完結】婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。