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第二部 宰相閣下の謹慎事情
474 理性のかけら
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「あ…じゃ、じゃあ、とりあえずはこの花、一つにしちゃいますね」
岩場の下へと下りて行ったテオドル大公とフェドート元公爵を見送りながらも、私はエドヴァルドが手にしていた方の花束を受け取って、自分が持っていた分と一つに束ね直した。
「トーレン殿下とジュゼッタ姫が、死んだ後の世界で、今度こそ結ばれる様に――か」
「生きている側の自己満足だと思いますか?」
「どうだろうな……だが、確かにフェドート卿にとっては救われる考え方ではあるし、トーレン殿下と親しかったテオドル大公にしても、そう思いたいところではあるだろう。ならば殊更に他の考え方を主張する必要もない。――それに」
束ねた花束を石碑の上にそっと置いた私の肩に、エドヴァルドの手が回された。
「私としても、死してからも貴女と過ごせる世界があると知れたのは僥倖だ」
「……っ」
「レイナ」
視線がこちらに向けられている事は分かっているけれど、恥ずかしすぎて私の視線は、薔薇の花束に固定されたままだ。
「考える時間はあっただろうか」
「‼」
何を、などとまさか聞ける筈もない。
なので正直なところを吐露するよりほかない。
「いえ……その……」
歯切れの悪い私に、エドヴァルドは怒ったり苛立ったりと言う事はしなかった。
だろうな…と、ため息交じりに呟いただけである。
「私は、貴女が国や公爵家にとって役に立つから傍にいて欲しいと思っている訳でも、召喚してしまったからには最後まで責任を負わねばならないとの義務感で動いている訳でもないんだ。せめてそれだけでも、そろそろ理解して欲しくて、先走っているところがあるのは否定しない」
「エドヴァルド様……」
「私が心底、貴女の全てが欲しいと思っている事を、あなたはまだ理解しきれていないだろう?」
「……全て」
オトナの階段を飛び越えてしまって、このうえ、まだ何があるのだろう。
と言うか、大公サマと元公爵サマがいなくなったにせよ、昼間に聞くセリフではないような……。
そんな私の内心を見透かしたのか「全てだ」と、エドヴァルドはもう一度繰り返した。
「貴女はまだ、理性の全てを手放した事はない筈だ。私は貴女のその、理性の最後のひとかけらまでをも手にしたい。貴女の目が、私しか映さず、私の事だけを考える、その瞬間が欲しい」
(あああああ――っ‼)
真顔で何てコトを‼
ただでさえ、破壊力抜群なバリトン声の持ち主である。
今すぐのたうち回らない事や、腰が抜けていない事を誰か褒めて欲しいと、私は頭を抱えたくなった。
「や…役に立ちたいと…思うのは、迷惑…とか……?」
内心と言葉が、とんちんかんな事になっている私に、居丈高に出る事はエドヴァルドはしなかった。
肩に回されていない方の手が、スッと私の頬に添えられて、気付けばエドヴァルドの顔が目の前にあった。
「レイナ」
「ひゃい」
うっかり噛んだ私の粗相は、華麗に無視されている。
「貴女は私が、明日から突然無能になって王宮から叩き出されたとしたら、どうする?」
「え?」
「例えばの話だ」
そこに冗談の要素はなさそうなので、私もどう言う事かと混ぜ返したりはせず、ただ一言「どうもしません」とだけ答えた。
「……どうもしない?」
「もともと、エドヴァルド様が陥れられたりとか、何かあっても大丈夫なようにと色々張り巡らせてきたのがユングベリ商会です。もしもの時は商会長として、蒔いた種を咲かせて回収します。エドヴァルド様には会長代理の椅子を提供しますよ」
「宰相だけでなく、公爵でなくなっても?」
「ちょっと質素倹約を心掛けていただければ、生活はしていけると思います。今はまだ赤字先行かも知れませんけど――いずれは」
「貴女自身が、他の上位貴族を出資者として鞍替えする事はない?」
「あるわけないじゃないですか。そこは、見損なわないで下さい」
恩を仇で返すような真似はしない――と言うのは、少し違うのかも知れない。
エドヴァルドが、私がこの世界で地に足をつけて生活出来るようにと、最大限に配慮してくれたのは充分に分かっているし、そんなエドヴァルドに、恩を返して終わりと言う事もしたくなかった。
お金や地位で動くとだけは、思われたくない。
そんな感情に、どんな名前を付けるべきなのかが、まだよく分かっていなくとも。
「……同じ事だ、レイナ」
エドヴァルドは、反発しかかった私を宥めようとするかの様に、緩々と首を横に振った。
「私も貴女に、イデオン公爵家にとって役に立たなくなったからと、容易く手放してしまうような男だとは、思われたくない。もちろん、役に立ちたいと思ってくれるのは嬉しい。貴女がそう思ってくれるに値する男で居続けたいとは思う。だが同時に、私の為に、自由や安全を犠牲にして欲しい訳でもないんだ。そこを間違えて欲しくない」
迷惑じゃない。
ただ、無茶をして欲しくないだけ。
エドヴァルドの言葉は、さっきよりもずっと深く私の中に沁み込んだ。
「レイナ……」
一瞬の口づけに目を見開いた時には、既に唇は離れ、代わりに深い抱擁の中にあった。
「……っ」
「トーレン殿下には、良い紹介になるだろう。私が望んで、殿下の教えを活かすのは、この女性だ――と」
「エドヴァルド様……」
「今回、バリエンダールどころか北の地を踏んだ事すら想定外だった。貴女に余裕がなくなったとしてもおかしくはない。だから改めて請おう。レイナ、この先も私と共に、私の隣で歩く事を考えてくれ。それ以外の憂いは私が全て払う。セルヴァンに〝アンブローシュ〟の予約も先延ばしさせてある。だから今度こそ――考えてくれ」
ユングベリ商会を上手く軌道に乗せなければ、いつか見捨てられるのではないか――そうなってしまう事が怖くて、考える事をなるべく後回しにしようとしていた。
いつの間にか、軌道に乗せる事にばかり視点がいっていた。
エドヴァルドの「望み」を分かっているのか。空回りをしていないか。
シーグの言葉は、正しかった。
思わず乾いた笑いを溢してしまった私に気付いたエドヴァルドが、不思議そうにこちらを覗き込んできた。
「レイナ?」
「あ、いえ……その、双子の片割れに、ですね?わざわざあちこち深入りして、考えられなくしているのは自分だろう、的な事を言われて、ぐうの音も出なかったと言うか……エドヴァルド様の望みを曲解して、空回りしていないか……とか……」
「……何歳だと言ってた?」
「15歳…です」
「至言だな。とてもそうは見えない」
「あの子はあの子で、色々と背負っている子なので……」
「そうかも知れないが、私としては、貴女にそれを気付かせてくれた事だけでも感謝をしたいところだな」
「………」
それこそ、ぐうの音も出ない事を言われて、私も言葉に詰まってしまう。
ちょっぴり不本意そうな私に、エドヴァルドは口元を少し綻ばせた。
「私の『望み』は理解してくれたか?」
「……はい」
「改めて、考えて――向き合ってくれるか?」
「……はい」
「私は貴女を愛しているし、結婚をして欲しいと思っている」
「……っ」
言葉と空気を呑み込んでしまった私に「そこは『はい』と、流れで頷いて欲しかったな」と、茶目っ気交じりにエドヴァルドは微笑った。
「冗談だ。私は無理に貴女の首を縦に振らせたい訳ではない。改めて〝アンブローシュ〟での返事を待つ事にしよう」
囁かれた私は、返事の代わりに耳まで赤くなってしまった。
岩場の下へと下りて行ったテオドル大公とフェドート元公爵を見送りながらも、私はエドヴァルドが手にしていた方の花束を受け取って、自分が持っていた分と一つに束ね直した。
「トーレン殿下とジュゼッタ姫が、死んだ後の世界で、今度こそ結ばれる様に――か」
「生きている側の自己満足だと思いますか?」
「どうだろうな……だが、確かにフェドート卿にとっては救われる考え方ではあるし、トーレン殿下と親しかったテオドル大公にしても、そう思いたいところではあるだろう。ならば殊更に他の考え方を主張する必要もない。――それに」
束ねた花束を石碑の上にそっと置いた私の肩に、エドヴァルドの手が回された。
「私としても、死してからも貴女と過ごせる世界があると知れたのは僥倖だ」
「……っ」
「レイナ」
視線がこちらに向けられている事は分かっているけれど、恥ずかしすぎて私の視線は、薔薇の花束に固定されたままだ。
「考える時間はあっただろうか」
「‼」
何を、などとまさか聞ける筈もない。
なので正直なところを吐露するよりほかない。
「いえ……その……」
歯切れの悪い私に、エドヴァルドは怒ったり苛立ったりと言う事はしなかった。
だろうな…と、ため息交じりに呟いただけである。
「私は、貴女が国や公爵家にとって役に立つから傍にいて欲しいと思っている訳でも、召喚してしまったからには最後まで責任を負わねばならないとの義務感で動いている訳でもないんだ。せめてそれだけでも、そろそろ理解して欲しくて、先走っているところがあるのは否定しない」
「エドヴァルド様……」
「私が心底、貴女の全てが欲しいと思っている事を、あなたはまだ理解しきれていないだろう?」
「……全て」
オトナの階段を飛び越えてしまって、このうえ、まだ何があるのだろう。
と言うか、大公サマと元公爵サマがいなくなったにせよ、昼間に聞くセリフではないような……。
そんな私の内心を見透かしたのか「全てだ」と、エドヴァルドはもう一度繰り返した。
「貴女はまだ、理性の全てを手放した事はない筈だ。私は貴女のその、理性の最後のひとかけらまでをも手にしたい。貴女の目が、私しか映さず、私の事だけを考える、その瞬間が欲しい」
(あああああ――っ‼)
真顔で何てコトを‼
ただでさえ、破壊力抜群なバリトン声の持ち主である。
今すぐのたうち回らない事や、腰が抜けていない事を誰か褒めて欲しいと、私は頭を抱えたくなった。
「や…役に立ちたいと…思うのは、迷惑…とか……?」
内心と言葉が、とんちんかんな事になっている私に、居丈高に出る事はエドヴァルドはしなかった。
肩に回されていない方の手が、スッと私の頬に添えられて、気付けばエドヴァルドの顔が目の前にあった。
「レイナ」
「ひゃい」
うっかり噛んだ私の粗相は、華麗に無視されている。
「貴女は私が、明日から突然無能になって王宮から叩き出されたとしたら、どうする?」
「え?」
「例えばの話だ」
そこに冗談の要素はなさそうなので、私もどう言う事かと混ぜ返したりはせず、ただ一言「どうもしません」とだけ答えた。
「……どうもしない?」
「もともと、エドヴァルド様が陥れられたりとか、何かあっても大丈夫なようにと色々張り巡らせてきたのがユングベリ商会です。もしもの時は商会長として、蒔いた種を咲かせて回収します。エドヴァルド様には会長代理の椅子を提供しますよ」
「宰相だけでなく、公爵でなくなっても?」
「ちょっと質素倹約を心掛けていただければ、生活はしていけると思います。今はまだ赤字先行かも知れませんけど――いずれは」
「貴女自身が、他の上位貴族を出資者として鞍替えする事はない?」
「あるわけないじゃないですか。そこは、見損なわないで下さい」
恩を仇で返すような真似はしない――と言うのは、少し違うのかも知れない。
エドヴァルドが、私がこの世界で地に足をつけて生活出来るようにと、最大限に配慮してくれたのは充分に分かっているし、そんなエドヴァルドに、恩を返して終わりと言う事もしたくなかった。
お金や地位で動くとだけは、思われたくない。
そんな感情に、どんな名前を付けるべきなのかが、まだよく分かっていなくとも。
「……同じ事だ、レイナ」
エドヴァルドは、反発しかかった私を宥めようとするかの様に、緩々と首を横に振った。
「私も貴女に、イデオン公爵家にとって役に立たなくなったからと、容易く手放してしまうような男だとは、思われたくない。もちろん、役に立ちたいと思ってくれるのは嬉しい。貴女がそう思ってくれるに値する男で居続けたいとは思う。だが同時に、私の為に、自由や安全を犠牲にして欲しい訳でもないんだ。そこを間違えて欲しくない」
迷惑じゃない。
ただ、無茶をして欲しくないだけ。
エドヴァルドの言葉は、さっきよりもずっと深く私の中に沁み込んだ。
「レイナ……」
一瞬の口づけに目を見開いた時には、既に唇は離れ、代わりに深い抱擁の中にあった。
「……っ」
「トーレン殿下には、良い紹介になるだろう。私が望んで、殿下の教えを活かすのは、この女性だ――と」
「エドヴァルド様……」
「今回、バリエンダールどころか北の地を踏んだ事すら想定外だった。貴女に余裕がなくなったとしてもおかしくはない。だから改めて請おう。レイナ、この先も私と共に、私の隣で歩く事を考えてくれ。それ以外の憂いは私が全て払う。セルヴァンに〝アンブローシュ〟の予約も先延ばしさせてある。だから今度こそ――考えてくれ」
ユングベリ商会を上手く軌道に乗せなければ、いつか見捨てられるのではないか――そうなってしまう事が怖くて、考える事をなるべく後回しにしようとしていた。
いつの間にか、軌道に乗せる事にばかり視点がいっていた。
エドヴァルドの「望み」を分かっているのか。空回りをしていないか。
シーグの言葉は、正しかった。
思わず乾いた笑いを溢してしまった私に気付いたエドヴァルドが、不思議そうにこちらを覗き込んできた。
「レイナ?」
「あ、いえ……その、双子の片割れに、ですね?わざわざあちこち深入りして、考えられなくしているのは自分だろう、的な事を言われて、ぐうの音も出なかったと言うか……エドヴァルド様の望みを曲解して、空回りしていないか……とか……」
「……何歳だと言ってた?」
「15歳…です」
「至言だな。とてもそうは見えない」
「あの子はあの子で、色々と背負っている子なので……」
「そうかも知れないが、私としては、貴女にそれを気付かせてくれた事だけでも感謝をしたいところだな」
「………」
それこそ、ぐうの音も出ない事を言われて、私も言葉に詰まってしまう。
ちょっぴり不本意そうな私に、エドヴァルドは口元を少し綻ばせた。
「私の『望み』は理解してくれたか?」
「……はい」
「改めて、考えて――向き合ってくれるか?」
「……はい」
「私は貴女を愛しているし、結婚をして欲しいと思っている」
「……っ」
言葉と空気を呑み込んでしまった私に「そこは『はい』と、流れで頷いて欲しかったな」と、茶目っ気交じりにエドヴァルドは微笑った。
「冗談だ。私は無理に貴女の首を縦に振らせたい訳ではない。改めて〝アンブローシュ〟での返事を待つ事にしよう」
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