聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

475 青空取調室(前)

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 下に下りるか?と問われた私は、顔の火照りを完全には消せないまま、コクコクと頷いた。

 墓碑の裏側に回ると、言われていた通りに、確かに岩場の下、湖畔へと続く階段があった。

「――ひゃっ⁉」

 人ひとり、行き来も出来ない幅の階段ではあるけれど、まさかいきなり抱えあげられるとは思わず、私は驚いて声が裏返っていた。

「ひ…一人で下りられ――」
「この段差と幅ではエスコートも出来ない。大人しくしてくれ」
「……っ」

 いや、何もエスコートありきでなくとも――なんて思ったところで、素直に聞いて貰える筈もなかった。

 明らかに、岩場の下から釣り竿片手にこちらを見ているテオドル大公とフェドート元公爵の視線が、生温かい。

 そのすぐ近くの湖畔には、聞いていた通りの素朴な石のテーブルと椅子が、景観を壊さないよう配慮された形で設置されており、私はその石の椅子の上で、ようやく「お姫様抱っこ」から解放された。

「……さて」

 諸々の恥ずかしさが積み重なって、石のテーブルに突っ伏している私をよそに、そのすぐ近くにあった石の椅子に自分も腰を下ろして、エドヴァルドが私の方へと向き直った。

 何の飾り気もない石の椅子なのに、妙に景色にはまっている。
 ……これだから、顔面偏差値の高い人って。

「テオドル大公が北から戻って来ないと、ギルドから手紙を出した後の事を聞こうか。バリエンダール王宮やユレルミ族の村で、それぞれ多少の事は聞いたが、貴女の中立的な立場での話も聞きたい」

「……その前に、お茶飲んで良いですか」

 人の動揺を面白がらないで貰えます⁉
 テーブルに突っ伏した姿勢のまま、恨めしげにエドヴァルドを見上げてみたものの、相手には全く通じていなかった。

「まあ……構わないが」

 フェドート元公爵が事前に言っていた通りに、私とエドヴァルドが岩場の上から下りて来たのに合わせて、使用人が二人、紅茶の用意を持って来ていたので、私はそれらの用意が整うのを待って、なるべくゆっくりと口に含んだ。

「……あ」
「レイナ?」

 紅茶自体は普通?の紅茶だったけど、私はふと思い立って「どうぞ、お召し上がりください」と、茶器を置いて下がろうとしていた使用人の一人を呼び止めた。

「あの、厨房にハチミツとレモンはありますか?」

「お嬢様、私どもに敬語は不要でございますよ。コホン……そうですね、厨房に置いてございます」

「あ…っと、今持って来なくて良いの。後で庭園の花を使って一緒に飲み物にして、フェドート閣下にお出ししたくて」

「旦那様に……でございますか?しかし、その飲み物と言うのは……」

「えっと、私の居たところで『ローズティー』って言う名前で、ちゃんと存在している飲み物だから大丈夫!あの二種類の花の香りをそれぞれ堪能して貰いたくて」

「お嬢様……」

 ついでだから、さっきは「考えておく」とだけ言われていたけど、香水とリネンウォーターの材料も用意しておいて貰おうかと、そちらもお願いしておいた。

 もしローズティーを気に入って貰えるようなら、もう一度提案してみれば良い事だし。

 夕食の後、厨房の手が空いたら教えて欲しいと言う事で、使用人も「承知致しました」と、頷きながら下がって行った。

「レイナ……」

「大丈夫です。少なくとも庭のあの花に関する物については、全てここだけの話にするつもりですよ?フェドート元公爵様に、穏やかに過ごして頂く為の一助のつもりなだけですから」

 ふふふ、と笑う私に、エドヴァルドはため息をつきながら片手で額を覆った。

「なら、の話を聞こうか」

 まるで、ない訳がないだろうとでも言いたげな口調だ。
 ――間違ってはいないんだけど。

「えーっと……大公殿下の件より前に手紙を出したのが、ガラスギャラリー見学の後だから……」

「ガラス?アンジェスの職人ギルドで頼まれていた眼鏡の件か?」

「それは基本的にラヴォリ商会優先のつもりなんです。ああ、商会長にお会いして、歩行補助器具の話はしました。試作にとりかかるよう、商会長代理むすこさんに連絡して頂けるみたいです。お互いの商売を妨害したりしないと言う話も納得頂けました。今回のガラス製品は、新しい商品の入れ物として作って貰う予定で――」

「……新しい製品」

「そうなんです。調味料と、入浴剤と、民族衣装を着用した人形ですね。後は北部地域で獲れる魚を使ったレシピをいくつか考えてます」

 私が指折り数えてエドヴァルドに説明をすると、途中からストンと表情が抜け落ちた。
 ただ、怒っていると言うよりは、今は反応に困っていると言う風に見えた。

「実店舗登録に関しては、実はバリエンダール王都商業ギルドから、ぜひ契約してくれって薦められている場所があってですね。初期費用含めて破格の条件を提示して貰っているんですけど、そこが共同使用予定店舗である事と、共同使用になる相手の店長さんが、今揉めてる部族イラクシ出身の方って言う事とがあって、今回の件が片付くまではと保留にして貰っているんです」

「ギルドが薦めているのか……貴女から見て、その部族の話以外は問題ないと?」

「企業努力以外の部分をギルドが保証してくれる訳ですからね。向こうのお店自体、イラクシ族の伝統的な商品を取り扱ってますし、既に固定客もいて、こちらの商品に関してもその人たちからの口コミで広がる可能性がある。少数民族の製品を扱う者同士として、共同にするだけの大義名分も立っているんですよ」

「……なるほど」

「あの、エドヴァルド様がここに来る直前にいらしてたユレルミ族の村に、多分まだギルドの幹部である男性がいて、今話した商品の概略が書かれた書面もお持ちの筈なので、戻り次第の確認は可能だと」

「ギルドもこの件で動いているのか」

「そもそも北方遊牧民絡みの問題に関しては、王の融和政策に関わるからと、ギルド内でも別格の扱いになっているみたいなんです。バリエンダールならではの事情だとも言えますね」

 しかも…と、私がバリエンダール王都商業ギルド長の就任経緯についてエドヴァルドに説明をしていると、どうやら全く知らなかったらしく、ひどく驚いていた。

「多分、時期から言えばアンジェスはリーリャギルド長が行かれたとは思うんですけど、そう言った情報は届かないんですか?」

「王宮への報告義務があるのは、アンジェス王都商業ギルド長の退任や就任に関する話、あとは国内のギルド管轄の店舗で刑事事件が起きた場合の報告に限られている。それ以外は任意であって、報告の必要性はギルド長の判断に委ねられているんだ。その内容がどうであれ、アンジェスの王都商業ギルド長がバリエンダールを訪れたと言うだけでは、王宮に話は来ないだろうな」

 それがもし、リーリャギルド長がバリエンダールに赴任する事になったなら、エドヴァルドやフィルバートの所にも話は届いただろうと言う。

 結果として、バリエンダールに赴任をしたのはベルィフの王都商業ギルド副ギルド長。
 リーリャも、王への報告の必要はないと判断したんだろう。

「貴女と共にバリエンダールの王都商業ギルドが動いている理由は理解した。それでさっきの村に複数の部族が集まっていたと言う事は、取引の目処はつきそうなのか?」

「そ……うですね……?」

 手応えはあると思うものの、果たしてイラクシ族の問題を横に置いたまま、言い切ってしまって良いのか。
 更にバリエンダール王都ではベッカリーア公爵家と宰相家の問題もある。

 歯切れの悪くなってしまった私に、エドヴァルドの目がすっと細められた。
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