聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

495 どこへなりとでも

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 結論から言えば、ミラン王太子の動きはまさに「迅速果断」だった。
 
 恐らくは、ベッカリーア公爵家に動きを知られる事を避ける為に、敢えて国王陛下には報告をせずに、簡易型の小型転移装置を融通したのではないか――そう思わせる程の短い時間で、装置がこちらへと送られてきたのだ。

 北部地域に火種を残すな。

 そんな無言の主張だとも取れた。
 きっと、ジーノ青年自身が音頭を取って、各民族の間に立つ事を促しているに違いない。

 未来の王と宰相として相応しくある為にと。

「フォサーティ卿」

 装置を手に戻って来たジーノ青年に、私は「ユングベリ商会の商会長」として、気になっていた事を尋ねてみた。

「当初は、ユングベリ商会との取引からは、イラクシ族は弾き出すとの話でしたけど、姉妹の持つ権力ちからが削がれて、イラクシ族として再度まとまるであろうこの状況下でも、しばらくはその方針は変えずにいくおつもりですか?」

「……それは」

 私の問いかけに、ジーノ青年は思ってもみなかった事を聞かれた、と言った表情を見せた。

「私としては、イユノヴァ・シルバーギャラリーにこれ以上手出し口出しをしない事を、まずは確約して頂かないと、話の出発点にも立てないですけど……とは言え、族長の皆様方にも、皆様方のお考えがあるでしょうし」

 その通り、と私の発言にフォローを入れてくれたのは、ギルドのシレアンさんだった。

「王都商業ギルドとしても、まず、ユングベリ商会にカンナハ地区の物件に入って貰いたい。その為には、イラクシ族内部からの横槍が入らない事も重要だし、どこかの高位貴族に買い叩かれるのも困る。――ああ、それと〝ソラータ〟の残党に押し入られるのも…か。実はギルドからの期待も、その肩に乗っていると言えるかも知れないね、ジーノ君」

「……なるほど」

 シレアンさんの牽制発言までいくと、実はちょっとした圧力プレッシャーだったりするんじゃないかと思ったけれど、さすがにジーノ青年も、気圧けおされてばかりではいられなかったらしい。

 少し考える仕種を見せた後「伯父に聞いてみますが」と、口を開いた。

「さすがに街道封鎖までしてしまっては、他の部族と同じ扱いと言う訳にもいかないと思いますよ。私としては、無事にトリーフォン君が後継として立ってから、改めて交渉と言う形にするのが折衷案な気もしますし……それまでに一度は、今回村で日和見を決め込んだ者達にも、自分たちが何を引き起こしかねなかったのかを理解させるべきでしょうね」

「じゃあ今回は、私はネストレ村へ行っても何の交渉もしない……と言う話で大丈夫ですか?」

 何だかサラさんとラディズ青年以外の視線が「出来るのか……?」と胡乱うろんげだったのは、気のせいだろうか。

「そうですね。伯父たちが何か言わない限りは、そうして貰えますか。もしかしたら、これ見よがしに『取引』の話を口にする可能性はありますが、その際は適当に合わせて下さいますか」

 そう言いながらもジーノ青年は、シレアンさんにはイユノヴァさんの件での話のフォローをするよう釘を刺していた。

 私は「了解しました」とばかりに黙って頷くにとどめておいたけど、確かに、私はまだイユノヴァさんとは一度しか会っていないのだから、そこは彼を推すシレアンさんの方が適任には違いない。

「……理解が早くて助かりますよ」

 ふっ…とジーノ青年が微かに口元を綻ばせていたけれど、それを見たエドヴァルドが、明らかに不愉快そうに目を細めたので、どうやらすぐさま話題の転換を強いられていたみたいだった。

「ラ…ディズ殿」
「あ、ああ」

 ここで振る⁉と言った表情をラディズ青年が見せたのは、私でなくとも無理からぬ事だと思った筈。

「昼食が済み次第、少なくとも今、この部屋にいる面々はネストレ村に移動します。そこで街道封鎖の解除を確認してから、ダルジーザ族の拠点に、挨拶にだけ向かいます。バレス嬢の体調から言って、無理はまだ出来ないでしょうから、数日ネストレ村に滞在する事になるとは思いますが、支度をお願い出来ますか」

「え……一緒にネストレ村へ?ここからダルジーザ族の拠点に行くのではなく?」

「最初はそのつもりでしたが、渡河の必要がないなら、それが一番です。本当ならバリエンダール王宮に向かいたいところですが、今後を考えればそれはあまりにも不義理ですからね」

「うん。行商人として、それは一番やってはならないコトだからね。私は貴方の提案に従うよ、フォサーティ卿」

 サラさんが、名前を確かめる様にジーノ青年の顔をじっと見ていたけれど、見られた当人はまるで動じていなかった。

 ラディズ青年の方が、過保護なくらいに心配しているけど、良く考えれば当たり前の話だった。
 将来を誓い合った仲なワケだから。

「では、伯母が昼食を用意していると思いますので、皆さんも召し上がって下さい。その後、別の部屋で〝転移扉〟を稼働します」

「うむ。では、そうさせて貰うとしようか」

「あ、じゃあ私、厨房のお手伝いを――」

 いきなり人数を倍にした押し掛けゲストとしては、何も手伝わないと言うのは非常に心苦しい。

 ここは「今からでも出来る事があるなら」――と、お礼代わりに台所仕事を何か手伝えれば…と思ったのに、何故かいきなりエドヴァルドに右肩を掴まれてしまった。

「やるのなら、後片付けを皆ですれば良いだろう。ようやく合流出来たんだ。もう少し私と過ごす時間をとってはくれないか」

「……っ」

 あてつけ!
 エドヴァルド様、ジーノ青年へのあてつけですよね⁉

 鈍いとかポンコツとか言われがちな私でも、それだけは分かります!

「いやはや、宰相も人の子と言う事か。国の者達が見れば驚くであろうな」

 そして、とっくにそうと悟っているテオドル大公はと言えば、明らかにちょっと面白そうに微笑わらっている。

 いえ、きっと皆さん、外の氷漬けの景色の方に驚くと思います、大公殿下!

 あ、そう言う意味では外の「異世界版御神渡り」をこの目でちょっと見てみたい気もする……。

「えーっと……エドヴァルド様、ちょっと厚着して、表を散歩とか……」

 何だかアンジェス組の面々が「ざんねんないきもの辞典」でも見ている様な目で今日見ているっぽいのは、ちょっと解せないのですが!

 ただエドヴァルドはと言えば、一瞬だけ面食らった様な表情を見せたけれど、すぐに何かを思い出したらしく「ああ……」と、一人口元を綻ばせていた。

「⁉」

 いきなり私の前まで来ると、片膝をついて私の右手をとった。

「どこへなりとでも――我が姫」
「……っ」

 ――それは、ギーレン王宮にいた少数の人間しか知らない話――
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