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第二部 宰相閣下の謹慎事情

503 気弱な長男の決意(前)

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「カゼッリ伯父上」

 イラクシ族の関係者が全て部屋から出て行った頃を見計らって、ジーノ青年が壁際で腕組みをして様子を窺っていたカゼッリ族長に、声をかけた。

「伯父上たちが敢えて深入りせずに我々を待っていたのは、もちろん事前にそう言う話になっていた事もあったでしょうが、最大の原因は――今の、ですか」

 問われたカゼッリ族長は、一度ガエターノ族長やバラッキ族長と顔を見合わせた後で「……そうだな」と、頷いていた。

「とにもかくにも、母親があの調子で、姉妹の方が叛旗を翻して以降どう言う状況だったのかが、さっぱり分からんのだ。あのマカールと言う男に聞こうかと思ったが、どうやらあの男はトリーフォンとあの母親に付いているのが自分の役目と言わんばかりで……結局、三人でイーゴス族長の療養する部屋に引きこもり同然の状態でいた事くらいしか分からなくてな」

「……それは……また……」

 ジーノ青年が呻くのも、分からなくはない。

 それでもし、姉妹や他の親戚関係者が締め出されて、指示一つ本当に族長本人のものなのかどうかが定かでないと言うなら、姉妹にもともと物騒な考えがなかったとしても、不審は募るだろう。

 こちらとしては、姉妹と姉妹についた者たちの処分を委ねて、街道の両方の入り口の封鎖解除を確認して、王宮に戻るだけのつもりだった筈が、これでは「処分を委ねて大丈夫か……?封鎖は本当に解除されるか……?」と言った、根本的な疑問がそのままになる可能性がある。

 テオドル大公の言う「困った」は、そう言う事だ。

「こちらとしては、王都のイユノヴァ・シルバーギャラリーに、をかけているのが誰で、もう余計な事はしませんと、確約さえ取れれば良かったんだが……」

 私とエドヴァルドの近くで顔をしかめているシレアンさんに、私は無言で首を横に振って見せた。
 うん。シレアンさん、多分それも、この問題の中に含まれると思います。

「……いや」

 そんな私とシレアンさんの無言のやり取りを見ていたエドヴァルドが、口元に手をあてたまま「その話、使えるかも知れん」と、不意の呟きを洩らした。

「エドヴァルド様……?」

「要は、今回のことに関して、原因が分かれば良いんだろう。姉妹なのか、あの母親なのか、伯父なのか……あるいは、別の誰かなのか。炙り出すだけなら、方法はある」

 そう言ったエドヴァルドは、シレアンさんと、サラさんを見て……それから最後私を見た後、何故かため息をついた。

「ええっ⁉」

 何で私が顔見てため息をつかれなくちゃならないのか、と言いそうになったけれど、エドヴァルドの視線に気付いたサラさんとシレアンさんがこっちを向いたので、いったんは言葉を吞み込んだ。

「レイナには、ユングベリ商会の商会長として、そのギャラリーの後ろ楯に入ったと、あの母子おやこの前で宣言をして貰う」

「……え」

「それを、王都商業ギルドの、そこの――メルクリオだったか?に、証言をして貰う。最後、バレス嬢にはギャラリーのオーナーの恋人を装って貰って、さも、オーナーがこの村に戻って、次の族長になる気があるかの様に振る舞って貰うんだ。そうすれば、誰かが動く筈だ。姉妹の叛乱が鎮圧された今となっては、そのオーナーが戻って来れば、次期族長候補として一躍前に出ることになるからな」

「「ええっ!」」

 私の「え」よりも更に声を上げたのは、名前を出されたサラさんと、本来の恋人であるラディズ・ロサーナ公爵令息だ。

「いや、待って下さい!それは――」

「誰も本当に恋人になれ、などと言ってはいないだろう。バレス嬢はもともとギルドカードを持っていて、周辺地域に顔が利く。そのオーナーと一緒になって戻って来れば、一躍次の族長だと信じさせるのに最適だ。要はいかに相手を焦らせるか、だからな」

「それは……そうですが……」

 さすがに不満げなラディズ青年の視線が、一瞬こちらに向いた気がしたけど、言葉もないのに冷たい空気が足元を流れていった気がして、私だけでなく、サラさんとラディズ青年の顔色もちょっと悪くなっていた。

「ま、まぁ、ディ、この場合は仕様がないんじゃないかな。他国籍のレイナが仮に恋人だと言ったところで、この村での次期族長争いにおいては有利にはならないだろうからね」

「けど、サラ……」

「私の心は、この程度では揺らがないよ、ディ。私を信用して欲しいな」

「……っ」

 冷えた空気が、今度は甘くなったかも知れない。
 つくづく、サラさんの方がよほど男前な気がする。

「じゃ、じゃあ!」

 だけどこの日は、ラディズ青年の様子が少し違っていた。
 いつもの気弱さが、ちょっとだけ後ろに下がっているみたいだった。

「僕がそのギャラリーのオーナーになるよ!多分だけど、今ここにいるイラクシ族の人たちの中で、誰もそのオーナーの顔を知らないんだよね?だったら僕が名乗ったって問題はない筈だ!」

「「「………」」」

 こればかりは、全員の予想外だったんだろう。

 シレアンさんやエドヴァルドどころか、ジーノ青年までが目を丸くしていた。

「誰も顔を知らない……?」

 確認する様に、エドヴァルドがシレアンさんとジーノ青年を見比べると、二人は一度顔を見合わせた後、思い返すようにそれぞれが一瞬考えこんだ。

「シレアン、王都のシルバーギャラリーはいつ頃から開業を……?」

「いや、開業自体は割と古い。何せもともとは、バリエンダール人の職人が持っていた工房で、それを家出同然に住み込み弟子になっていたイユノヴァさんが引き継いだだけなんだ。だから、5年10年で済む話でないことは確かだな……」

「すると確かに、名前以外の情報がこの村に届いている可能性は少ないのか……念のため、捕まって転がっている連中から、生死含めた親兄弟の情報を吐かせれば、万一会話にのぼっても、齟齬は出にくい……か?」

「いや、しかし言葉の問題が……」

「家出して長いと言うなら、王都の共通語しか話せないと言っても、それもあり得る話なのでは?」

「………」

「バレス嬢とラディズ殿が恋人同士であるのなら、余計に不自然さも出ないだろうし」

 畳みかけるジーノ青年に、最後とうとうシレアンさんは沈黙してしまった。

 そこを話の潮時とみたエドヴァルドも「では、それで決まりだ」とダメ押しの様に頷いていた。

「ここの族長に会えるとなったら、その時に『いずれは戻ってくる』と仄めかせて、彼らを紹介すれば良い。捕らえた連中の尋問派と、二手に分かれて動ければ、少しは早い決着が目指せるかも知れない」

 ――反対意見は上がらなかった。
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