聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

526 無言だった理由 ☆

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「――テオ殿!」

 イラクシ族の拠点の村から、今回限りと繋いで貰った〝転移扉〟を抜けた時、聞こえてきたのはメダルド国王とテオドル大公が握手を交わしながら、肩を叩きあっている光景だった。

「無事とは聞いていたが、この目で見るまでは落ち着かんかった。迷惑をかけて済まなかった」

「いやいや。こう言う時は、儂より周りの方が被害が大きいものだ。まあ、他の連中を労わってやってくれ」

 敢えて鷹揚に声を張っているのは、周囲に「外交問題にはしないつもりだ」と仄めかすためだろう。

 メダルド国王も、自身の立場からそうそう頭を下げられないと分かっていて、後は黙ってテオドル大公の肩を叩いただけだった。

「部屋はまだ、そのままにしてある。昼食まで……と言っても、もう幾ばくも無いが、少しでも休んでくれ。話はまた昼食の際にさせて貰おう」

「うむ。陛下も何かと忙しかろう。それで構わぬよ」

「イデオン宰相殿は――」

 今、部屋を用意させると、そう言いかけたメダルド国王がエドヴァルドを振り返った。

 その瞬間、私の肩にエドヴァルドの手が回って、勢いよく引き寄せられてしまった。

「……っ⁉」

 他国の王宮で「エドヴァルド様⁉」と叫ぶワケにもいかず、はくはくと口だけ動いてしまった。

 エドヴァルドは、そんな私の反応は綺麗に無視スルーする形で「短時間であれば、彼女の部屋で結構」と、清々しく断言していた。

「……そ、そうか」

 え、メダルド国王サマ、それで良いんですか⁉
 未婚の男女が……とか、一般的なお話はナシですか⁉

 あ、何か遠い目になってる?

 隣のミラン王太子にも視線を逸らされてしまったし……これは相当、私が北部地域に行っている間に、ナニカ聞いちゃいけないコトがあったっぽい。

 触らぬ魔王エドヴァルドに祟りなし……的な。

「で、では後ほどな。準備が整い次第、呼びに行かせる」

 王の一言を合図に、半ばなし崩し的な解散状態となり、部屋の場所としては分からなくもないけど、エドヴァルドもいる分、建前的に侍女の案内を受け、この王宮内に現在あてがわれている部屋に案内される事になった。

「昼食会の用意が整い次第、改めて伺わせて頂きます」

 と、言う折り目正しい一礼と共に、侍女は下がっていく。

「あ」

 中に足を踏み入れると、北部出発前に「部屋に運んでおく」と言われていた、日持ちする素材や試作品の諸々が部屋の隅に積み上がっていた。

「ふ、増えてる……」

 人形含めた商品見本は、北部地域に持ち出しをして、今もシレアンさんがダルジーザ族の拠点に向かうにあたっての見本として、預けてある筈なのに、なぜかここにも新しいモノが置かれていた。

 明らかに、不在の間にナザリオギルド長が増やしたモノたちだろう。

「エドヴァルド様!戻ったら、バリエンダールの海産物をメインにした、バ……ガーデンパーティー開いても良いですか?今回バリエンダールに行った皆への労いもかねて」

 バーベキューと言いかけて、さすがに通じないかもと、とりあえずガーデンパーティーと違った言い方にしておく。

 実際にはそんなかしこまったものじゃなく、キノコ・山菜パーティーの類似版なだけなんだけど。

「ただ、ボードリエ伯爵令嬢は招待したいです。私のいた所の料理も厨房に作って貰おうと思っているので、多分、彼女喜ぶ――⁉」

 彼女シャルリーヌだけは貴族的礼儀作法の例外、たとえば「明日来てね!」が通用する唯一の友達だ。

 ソテーやムニエル以外の魚料理のあれこれを、ぜひ一緒に。
 だけどその言葉は、最後まで言えなかった。

「⁉」

 肩に手が回って、膝の裏をいきなり掬い上げられたかと思ったら――気付けば寝台ベッドの上に寝かせられていて、エドヴァルドを見上げていた。

「え……え?」
「レイナ」

 両頬をエドヴァルドの手に挟まれて、視界を覆い尽くさんばかりにの距離にある、紺青色の髪と瞳に、いったい何が起きているのか、理解が出来ずに目を瞬かせてしまった。

「私と、アンジェスに戻ってくれるんだな?」
「……はい」

 あまりに真摯なその表情に、意図が分からずに、それでも戻るのは間違いないので「はい」と答える事しか出来ない。

「ジーノ・フォサーティの手は取らない」
「……はい」

 言いながら、エドヴァルドの両手に自分の手を添える。

「えっと……以外は、イヤだなって……思って……」
「……っ」

 その途端、エドヴァルドがドサリとこちらに体重を預けてきた。

「⁉」

 耳元に「無自覚か……っ」と、呻くような声が聞こえる。

「エ……エドヴァルド様……?」

「あんな場で、あの男の招待には答えず、自分の帰る場所が分かったなどと……どれほど私を煽ったと思っているんだ……っ」

「え……」

「期待をして良いのかと……!」

「……え」

 さっきから、間の抜けた答えを返している自覚はある。
 一方で頭の中では、だからさっきから言葉数も減って、ある意味挙動不審だったのかと、妙な納得もしている。

「あの……」

「いや、いいんだ。こんなところで『答え』は強要しない。今はただ……私と帰ってくれると、確信出来ただけで……」

 あくまで、私にギリギリまで考える余地を残しておいてくれようとしているんだろう。

 だから何度か機会はあった筈なのに、最後まで「返事」を強要しようとはしてこなかった。
 今も。

 自分からの圧力ではなく、私自身が考えて、答えを出せるようにと。

(……ああ)

 段々と、心拍数が上がっていく。
 他の誰だったとしても、こんな気持ちになる事はないだろう。

「……帰ります。一緒に」

 そう零すのが精一杯の私に、レイナ、と耳元で囁くエドヴァルドが、少しだけ頭を持ち上げて、私の顔を覗き込んだ。

「あ……あの、ここ、他国の王宮ですし、そろそろ――っ!」

 そろそろこの体勢は……と、そう言いかけた筈なのに、実際は頭の後ろにエドヴァルドの手が回って、息も出来ないほどの深い口づけを、一度ならず降り注がれる事になった。

「分かっている。これ以上の事は、ここではしない。ただ……私を煽った代償を、少し前払いして貰っているだけだ」

「⁉」

 少し⁉ 前払い⁉

 そんな疑問さえも、口にする事が出来ず。

 結局、侍女が扉を叩いて昼食の用意が出来たと、呼びに来るまで――ただひたすらに、キスをされつづけることになった。

 ――もうちょっと、侍女が来るのが遅かったら、意識が飛んでいたかも知れない。
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