聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
468 / 785
第二部 宰相閣下の謹慎事情

545 アンブローシュ(中)

しおりを挟む
「ようこそ、お越し下さいました」

 馬車を降りてすぐ目の前に、高級モーニング衣装のような出で立ちをした男性がいて、私が地に足を着けたタイミングで、深々と頭を下げた。

「ああ」

 とは言え、こう言うところでの応対役を担うのは、管理職層ではないのが一般的だ。
 だからエドヴァルドも細かい挨拶はせず、鷹揚に頷いて見せただけだった。

 いくら身分が下の者からは話しかけられないとは言っても、レストランでそんなことをしていては仕事が回らない。

 王宮にせよ、給仕関係者はどこも例外として扱われているそうだ。

「本日は貸し切りとなっておりますが、当館でもっともステイタスの高い最上階の個室にご案内申し上げます。また、玄関ホールには最上階へ移動するための小型の〝転移扉〟が設置されておりますので、そちらからのご案内となります」

 どうか私の後に続いて頂けますでしょうか――と案内役の男性は言い、教育の行き届いた、洗練された仕種で身を翻した。

 この世界、時代にエレベーターやエスカレーターが存在していない以上、二階ならともかく、上までドレスにヒールで階段なのかと暗くなりかけたところに思いがけない話を聞かされて、私は目をみはった。

「レイナ。多分、王宮以外にはここだけだ」

 私が驚いているのを察したエドヴァルドが、エスコートをしながらそう囁く。

 王宮にしても、王族以外は普通に徒歩で移動しているそうだから、そう聞けばここが元王族専用レストランだったと言うのも頷けてしまう。

 ルヴェックは、馬車を移動させたら、あとは1階の馭者用の控室で待機と言う事らしいけど、そこでも簡単な食事は振る舞われるとの事で、ちょっと嬉しそうだった。

「――どうぞ、こちらです」

 玄関ホールの奥に豪奢な細工が施された扉があり、案内役の男性が、観音扉の様にその扉を両手でスッと開けた。

わたくしの後に続いていただければ、すぐさま階上の部屋へと繋がりますので」

 そう言った男性が、あっと言う間に扉の向こうへと姿を消す。

「……すまない。こんな仕組みだとは思っていなかった」
「あ、いえ、大丈夫です!その……エドヴァルド様も一緒ですし」

 申し訳なさそうな表情を一瞬だけエドヴァルドが見せたので、慌てて片手を振る。
 
 エドヴァルドは私の言葉が言い終わらないうちに、私の背中に回るようにしながら、一度エスコートの手を解いて、代わりに腰に手を回した。

「すぐに着く」
「……はい」

 後から考えると、本当に一瞬のことではあるのだけれど、身に沁みついた恐怖感は、なかなか消えてくれない。

 すみません、と私が言いかけると、それは言わなくて良いとばかりに腰にあった手が頭の上にポンと置かれていた。

「貴女が申し訳なく思う必要はない。私が一緒ではない時には〝転移扉〟は使わない――くらいでいてくれる方が、かえって私も安心だ」

「エドヴァルド様……」

 そんな会話をしている間に、いつの間にか足元の不安定さは取れて、目の前には王宮並みの装飾煌めく部屋が視界を覆い尽くしていた。

 うっかりすると、茫然と口を開けてしまいそうな自分を慌てて内心で叱咤する。

 中央には、6人程度が腰を下ろせそうな楕円のテーブルがあり、そこに二人分の食器がセットされている状態だった。

「公爵閣下、そしてご令嬢様。本日は当館へ足をお運び下さり誠に有難うございます。支配人のコティペルト子爵タハヴォにございます」

 後で聞いた話によると、子爵男爵と言った下位貴族の中には、当人の職務遂行能力の高さが領地経営に相当するとして、一代貴族としての爵位を持って王都に住まう者もいるらしい。

 と言うよりも、王都にいて爵位を名乗る人間は、学園経営者であるボードリエ伯爵と、次期高等法院の長となるであろうオノレ子爵、古き英雄の名を賜ったマトヴェイ卿を除いては例外なくそう言う立ち位置なんだそうだ。

 であれば、コティペルト子爵を名乗ったこの人も、この〝アンブローシュ〟の支配人として、社交界に顔を出せるよう賜った爵位と言う事なんだろう。

わたくしの代になりましてから、イデオン公爵領関係者の方のご利用は初めてと記憶しております。フォルシアン公爵閣下からも、くれぐれも粗相のない様にとのお言葉を頂戴しておりますので、本日は当〝アンブローシュ〟の料理をどうぞ心ゆくまでお楽しみ下さいませ」

 フォルシアン公爵の名を聞いて微かにエドヴァルドが眉根を寄せていたけれど、その事について、とやかく言うつもりはないみたいだった。

 何を余計なことを――と、目は語っている気がしたけど。

「ああ。支配人、こちらこそ過日には我が公爵領下リリアート領の伯爵令息が大変に失礼をした。今日はその詫びも兼ねている。存分に、最高の料理を提供して欲しい」

 そう言えば、元はヘンリ・リリアート伯爵令息が自領で作られたガラスの器を拝借するために押しかけたからこその、お詫びの利用と言う話だった。

 先にわだかまりのないようにしておこうと言うことなんだろう。

 このレストランの外観や内装、格式を鑑みれば、むしろよく突撃出来たなとヘンリ・リリアート伯爵令息の行動力にちょっと感心をしてしまう。

「いえ。リリアートのガラス製品は、今や当レストランとは切っても切れない物となっております。聞けば何か焦っておいでとの事でしたので、器をお貸ししました事がお役に立っておりましたら、私どもとしましてもこれに勝る喜びはございません」

 さすが、王都最高峰レストランの支配人だと思う。
 会話に隙がなさすぎだ。

「ではどうぞ、お席までご案内いたします」

 私とエドヴァルドは、コティペルト子爵――支配人直々の案内を受け、それぞれが椅子に腰を下ろした。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。