聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
469 / 785
第二部 宰相閣下の謹慎事情

546 アンブローシュ(後)

しおりを挟む
 事前に聞いていたところによると、この〝アンブローシュ〟では、定期的に同じ商会から同じ食材を仕入れていると言う訳ではないらしい。

 メニューが完全オーダーメイドのため、予め利用客の希望を聞いて、それに基づいて考えられたメニューに必要な食材を都度、その方面に強い提携商会から仕入れているんだそうだ。

 自分の領地で採れる食材のみが良いとか、逆に他の領の味が知りたいから、自領の食材は使うなとか、娘あるいは息子の好物の食材で固めて欲しいとか、基本的に「NOノー」はないとの事で、私も「希望はあるか?」とエドヴァルドに事前に聞かれていた。

 なので一応「スヴァレーフじゃがいもづくしにしなくて良い」と言うのと「今までに公爵邸で出されていない料理」と言う形でお願いをしておいた。

 どうせなら、まだ知らない食材、味に巡り合いたかった。

 エドヴァルドも「そう言ったら言ったで、料理長ラズディルも今まで扱っていない食材とか、張り切って挑戦しそうだから、黙っておこうか」と微笑わらいながら了承しての、今日だった訳なのだ。

 そしてエドヴァルドと私が席についたタイミングで、部屋の一角に料理の乗ったテーブルが運ばれてくる。

 コティペルト支配人曰く「先にスープと冷製の料理をお持ちしています。温製の料理はもう少しお待ち下さい」との事だった。

 ざっと見るにデザートも乗っていないところから、こちらの方が王宮よりもサーブの仕方が現代寄り、コース料理風の出され方がしているっぽかった。

 王宮での晩餐会となると、人数もテーブルも多いだろうから、なかなか一度に全ての料理が置かれるスタイルから抜け出すのは難しいのかも知れない。

「それとこちら食前酒としてお楽しみ下さい。当〝アンブローシュ〟の敷地内でのみ生産されております限定の葡萄酒となります」

 サングリア以来アルコールを止められている状況ながら、限定食前酒と言われれば、さすがに気になる。

 チラと向かいのエドヴァルドを見れば、一瞬ピクリとこめかみを痙攣ひきつらせていたものの、小さめのグラス一杯の食前酒程度ならと思ったのか、最終的には折れて頷いた。

「……一応、バリエンダールから無事に戻って来られたことだしな」

 そう言ってグラスを軽く上げたエドヴァルドに、私も軽く追従した。

 これが王宮なら、国王の挨拶があって乾杯の儀が……となるんだろうけど、私的に来ているのだから、それがちょうど良いくらいな気もした。

「――甘い?」

 飲んだことはなかったけれど、大学の独語の教授がワイン好きで、一度脱線して語っていたことのある「貴腐ワイン」が、こんな感じじゃないだろうかと思った。

 私の反応に、支配人が満足げに頷いている。

「元々、当レストラン専用のワイナリーが王家直轄領の中にあったのですが、一時いくさがあり、その影響でブドウの収穫が遅れ、一見腐ってしまった葡萄が大量に出たことに端を発しております。農家の者が、もったいないから身内用にと別に仕込んでワインを作ってみたところ、このように非常に甘美なワインが出来上がったため、すぐさまギルドに登録をし、食前酒として皆さまにお出ししております」

「なるほど、王家直轄領の中の専用ワイナリーでしか生産されないから、特定の貴族による不当な買い占めもなく、飲みたい場合はまたレストランへ――と、そう言う訳か」

 ワイングラスを矯めつ眇めつしながら呟くエドヴァルドに「仰る通りでございます」と、こちらにも満足げに頷いていた。

「この後のお飲み物はいかがなさいますか。オルセンワインのビンテージでもご用意出来ますし、当レストランのハウスワインもお出し出来ます。もちろん、お酒をあまり好まれないようでしたら、果物汁ジュースのご用意も可能です」

「せっかくだから、私はハウスワインの方を貰おう。彼女は――酒精分のない、同じ葡萄を使った果物汁ジュースはあるだろうか」

「もちろん、ございます。当レストランはご家族連れでご利用いただくこともございますので」

「では、それで頼む」

 どうやら私はあまりお酒に強くなさそうだから、ハウスワインも気にはなるけど、ここは仕方がないと諦めるよりほかなさそうだった。

 今からちょっとずつ飲めば、そのうちもう少し強くなったりするだろうかと考えつつも、そこまでは怖くて聞けなかった。

 かしこまりました、と答える支配人の目くばせを受けた他の従業員が、頷いて一度部屋を下がっていく。

 その間にテーブルの上には、オニオングラタンスープ「的な」スープと、ローストビーフのサラダ「的な」前菜とが、まず置かれた。

 再び支配人の説明を聞いていると、今はハーグルンドの牛肉が手に入らないため、わずかに残る熟成肉を使ってブイヨンスープを作っているのと、次点で所謂いわゆる「霜降り肉」が重宝されている、クヴィスト公爵領下の牛肉をサラダに利用したらしい。

「ああ、保存期間の問題がありますものね……」

 私が納得したように頷いていると、支配人は一瞬驚いていたものの、すぐに嬉しそうに口元を綻ばせた。

「……ご理解いただけて嬉しく思います」

 最近のことではないらしいけど、以前はそういった運送や生産の事情を考慮することなく、名前ブランドに拘る王侯貴族もいたんだそうだ。

 なるほどサービス業あるある、お客様と言う看板を伝家の宝刀のごとく振り回した人間もいたと言う事なんだろう。

 そうしているうちに、料理が出来上がったのか追加のテーブルに、魚料理と別の肉料理がサーブされた。

「ホタテ……!」

 うっかり叫んだ私は慌てて自分の口元を手で覆った。

「ご、ごめんなさい」

「いや。二人きりで食事をしているのだから、何を気にする必要もない。その料理は、貴女の国でもあったのか?」

「はい、大好きでした」

 テーブルに置かれたのは、仔羊のロティとホタテと彩り野菜のポワレレモンバターソース添えだった。

 もちろん、こっちでホタテなどと言う筈もなく「ジェイ」と、まるで人の名前の様な名前のつけられた、二枚貝と言う事らしい。

 ロティにしてもポワレにしても、私が勝手にそうと判断しているだけの事だ。

 支配人曰く、この貝に関してはコンティオラ公爵領内、サンテリ領近くの子爵領で水揚げされる事が多いんだそうだ。

(……マトヴェイ外交部長だけじゃ無理かもだから、コンティオラ公爵閣下にも話を通して貰って、ホタテを参加証代わりに海鮮BBQに参加して貰おうかな)

 つい内心でそんな計画を立てていると、何か不穏な空気を感じたのか、エドヴァルドが半目でこちらを見つめていた。

「こ、仔羊肉も食べた事がなかったので、嬉しいです」
「…………そうか」

 続きは帰ってから聞くとしようか、と言われた私の背中を冷や汗が滑り落ちる。
 ただエドヴァルドも、今日はあまりクドクド言うまいと思っているのかも知れない。

 その後、料理を食べ終わるまでは、支配人から料理に関しての説明を受けて、お互いに感想を話し合うと言った形で、ずっと進んでいくことになった。

 うっかり、ここに来た本来の目的を忘れそうになったところで、レストランの従業員が支配人に何やら耳打ちをし、そこから支配人がエドヴァルドの方へと歩み寄って、また何事か耳打ちをしていた。

「……分かった。頼む」

 レイナ、とカトラリーをテーブルに置いたエドヴァルドが、不意に表情を引き締めながら、私の方へと視線を投げた。

「最後、デザートと食後の飲み物は隣の部屋に別に用意をさせている。移動をして貰うが、構わないだろうか」

 私もちょうど、とろけそうな程に柔らかかった仔羊肉を最後口の中に収めたところだったので「はい、大丈夫です」と、慌てながらも頷いた。

 なるほど、だからこの部屋にデザート類が影も形もなかったのかと、そこで初めて納得した。

 立ち上がったエドヴァルドが、私の方へと歩み寄ってきて、スッとエスコートの為の手を差し出す。

 ……「話」は、そこでするのだろうか。

 私は緊張しながら、その手に自分の手を重ねた。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。