聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

【宰相Side】エドヴァルドの希求(6)

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 我ながら、ここまで氷の魔力が奔出したのは初めてだったかも知れない。
 気付けば視界に入る景色全てが凍り付いていた。

 恐らくは「何ごとだ!」と叫んで出て来たであろう、ジーノと同じ服の男、別の服の男二人が、唖然と集会場出口で立ちつくしていた。

 服装もそうだが、ジーノ自身が「伯父上!」と声を上げて足を速めたからには、打ち合わせ中の三人の族長と言うのが、彼らなのだろう。

 簡単な説明だけでもあった方がいいだろうと、私はわざと急がなかったが、近付きながら様子を見ていたところ、三人の中の一人、ジーノと同じ服を着ている男が、先ほどの夫人よりも勢いよく、こちらは拳骨をジーノの頭へとお見舞いしていた。

 似た者夫婦か、と思ったことは黙っておく。

「ただでさえ婚約者の安否が心配だったところに、甥が馬鹿な話をしたようで申し訳ない。私がユレルミ族の族長カゼッリだ。この二人は、ネーミ族のバラッキ族長と、ハタラ族のガエターノ族長。今回のイラクシ族の内紛に関しては、なるべく我ら主導で決着させたいと、今も話し合っていたのだ」

 そして族長を名乗るからには、バリエンダール語はきちんと話せると、そう言った事のようだった。

「……アンジェス国宰相イデオン公爵エドヴァルドだ。だが今回は、一公爵として、婚約者を迎えに来た。そう言う認識でいて貰って構わない」

「うむ。それなのだが――ああ、話は中でしよう。外はどうやら。他国出の客人にそう何人も風邪を引かれては、今度はこちらの管理体制が問われてしまう」

 この時の私はまだ、サラチェーニ・バレス侯爵令嬢とその恋人の存在を把握しておらず、確かに自分が原因で周囲の温度を下げたところで風邪をひくのは愚の骨頂だろうなと、黙ってカゼッリ族長の発言に頷いただけだった。

 そして建物の中に入ったところで、私はレイナたちが、この村よりもさらに北にある湖あたりを目指して既に出発していたことを聞かされた。

「北の湖……」

「正直なところ、表がでは足の速い馬を出すのは少し不安だと言うのもあるが、出来れば我々がイラクシ族の拠点に向かうことを優先させたい。一人一頭の馬と言われると――」

「ああ、それならば気遣いは無用。今回通らせて貰った〝転移扉〟よりも更に小型の簡易装置をこちらは所持している。彼女の気配を辿って追えるようになっているから、使用許可さえ貰えれば、それで構わない」

 カラハティと共に移動をして過ごす事が生活の根幹である彼らには〝転移扉〟も、ましてはその簡易型装置も、名前としては知っていても、その仕組みは恐らく想像の外の産物だろう。

 魔力を持たないレイナを追うのではなく、レイナが身に着けているネックレスが持つ、私の気配を追う。
 正確にはそういうカラクリなのだが、ここでイチから説明をする必要性を感じてはいなかった。

「ほう……簡易型とはそのような仕組みのものなのか」

 案の定、カゼッリ族長も物珍しそうな表情を見せただけで、深く追求してくる素振りは見せなかった。

「通常は、行きたい場所を思い浮かべる仕組みだ。だが今回のように居場所が分からない場合には、行先をに指定する。まあ、誰にでも取れる手段と言う訳ではないだろう」

 婚約者だから。

 だからせいぜいジーノ・フォサーティへの牽制をこめて、私はそう言い切っておいた。

「……っ」

 眉根を寄せて、唇を噛むジーノを、カゼッリ族長が視線で軽く窘めている。

「普段であれば〝転移扉〟そのものの使用許可すら出してはいなかっただろう。まして更に奥地に入ることになる、その簡易型装置とやらもだ」

 だが、とカゼッリ族長はやや諦観の色を見せながら、視線をジーノから私へと再度移動させた。

「今回は、甥の短慮で不快な思いをさせた。望むのであれば、使用許可は私の名で出すが――」
「……出すが?」

 そこで少し言い淀んだカゼッリ族長の言葉尻に引っかかった私の語尾も、少し上がっていたかも知れない。

「我々はこの後、イラクシ族の拠点へ赴いて、場合によっては騒動を起こしている姉妹を捕えようかとも話をしていた。長引いたり、こちらが不利になったりした場合、北の湖自体に騒動が飛び火をしない保証がない」

 なるほど、行った先で「何か」起きても保証をしかねると言うことか。

 私は少し考える仕種を見せた後で、策をひとつ提案しておくことにした。

「採用する、しないは自由だ。その一族の今の様子が、この状況に合致しているなら、有効だと言うだけの話だからな。まずはそこを確認したうえでの判断を薦める。私は提案しただけ、内政干渉にはあたらないはずだ」

「それは……」

「だいいち、私は婚約者を迎えに来ただけ。私用で来ている人間が何を呟こうと、大事おおごとにはなるまい」

 人はそれを詭弁とも建前とも言う。
 だがそれは、決して無視は出来ない。

 私は、族長の館で防御の構えを崩さない勢力と何とか連絡をとって、二人の姉勢力を結託させずに、各個に挟み撃ちにする案を預けておいた。

「それぞれに付いている人数から言っても、この時期に揉め事を起こす程度の能力から言っても、大した参謀はいない筈。姉勢力に、一時的にせよ手を組むと言う発想さえ持たせなければ、さほどの労力も必要とせず、騒動は鎮められるだろう」

 策の強要はしない。

 私はもう一度そう告げておいて「では、失敬」と、集会場からは身を翻した。
 ジーノが眉根を寄せ、満足していない空気を漂わせたまま後を追ってくるが、私はそれを無視して足元の凍り付いた外へと再び数歩踏み出した。

「グザヴィエ」
「は」

 そこで〝鷹の眼〟の一人を近くまで呼び寄せれば、話の流れで何を言いたいかを分かっていたんだろう。
 私が広げた右の手のひらの上に、懐から取り出した小型の簡易装置を静かに置いた。

「……正直、こんな使い方は初めて聞きますが」

 場所ではなく、人を念じながら起動をさせるなどと。

「だろうな。私もだ」

 だが、あのネックレスには、ヘリファルテによる手紙のやりとりを可能にさせた「実績」がある。
 恐らくは今回も、レイナのところまで私を導いてくれる――との確信があった。

 装置を起動させ、凍る足元に現れた小さな陣も、そのことを私に確信させていた。

「どうやら大丈夫そうだ。無理強いはしないが、私は行く」



 そうして移動した先、私の目に飛び込んで来たのは――追いかけて、追いかけ続けた華奢な背中。

 私は無言のまま、後ろから手を伸ばしてを抱きすくめた。
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