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第二部 宰相閣下の謹慎事情
【宰相Side】エドヴァルドの希求(5)
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どうやら私が〝転移扉〟で現れた建物の別の部屋で、立ち寄ったところで体調を崩したと言う行商人夫婦が休んでいたらしい。
族長夫人が私とジーノに付いて部屋を出ようとした際、目が醒めたのか体調が悪化したのか、いずれにせよ様子を見に行くので、ジーノに先に私を連れて集会場に行くようにとの指示があった――と、ユレルミ族の言語で会話したジーノが、その内容を私に歩きながら説明した。
「それと」
と、族長夫人の言葉を伝えるジーノの表情は、一般人が見れば無表情と言えるのかも知れないが、私からすれば「気に入らない」と、ハッキリと書かれている表情だった。
「ランツァ伯母上――族長夫人が、話し合いが長引くと、日が傾いてしまうかも知れない。今日はここに宿泊して、明日の朝追いかけて行かれてもこちらは構わない、と」
気に入らないのはお互い様だ、とよほど言ってやろうかと思ったが、館から我々を見送る族長夫人の妙な笑顔と威圧感に、ジーノだけではなく私も、それを口に出来ない空気を悟ってしまった。
「……いや」
だからせいぜい、私の最優先がどこにあるのかと言う事を主張しておく。
「レイナがいないと言うのであれば、ここに留まる理由はない。元々、テオドル大公付の書記官と言う臨時の仕事が済んだ後は、互いに休暇をとって、共に過ごす筈だった。いないのなら、いるところまで迎えに行くまでの話だ。族長たちには現状を説明して貰えればそれで良い」
休暇、と言った時点でグザヴィエとコトヴァがこめかみを痙攣らせていたが、そこは無視だ。
バリエンダール側の人間に、事情を説明してやる義理も必要もない。
「……失礼ですが」
そして案の定、私が敢えて、レイナがどこぞの宰相令息ごときになびくなどありえないと言外に含め置いてみたところ、ジーノの表情が無から険しいものへと少しその段階を上げていた。
「ご婚約されているとは聞いていますが、後々彼女から商会を取り上げるおつもりなのですか?」
「……何?」
「普通に考えれば、公爵夫人と商会の責任者との両立など、どちらかが名ばかりだったとしても成立するかどうか……そしてその振る舞いを拝見している限りは、籠の中に閉じ込めて愛でようとされているようにしか思えない」
「……おかしなことを言う」
恐らくはこのあたりから、私の中にある感情と魔力、双方が私の手を離れようとしていた。
「次期宰相候補と言われている者に、なぜそれを言われなくてはならない。フォサーティ宰相家とて公爵家相当の家格を持つ。キアラ夫人が王都ではない島に留まって、社交界に出ていないからと言って、次の代でも同じように出来ると思うか?結局フォサーティ宰相は側室夫人を娶ることになった挙句、いらぬ騒動の種を振りまいている。私に彼女の立場云々を指図出来ると思うな」
「……っ」
どうやら、異母姉と言う名を私の口から聞くとは思わなかったらしく、ジーノはそこで一瞬怯んでいた。
この男、存外義理の父母とは良い関係を築いているようだ。成り上がるために利用をしているようには見えなかった。
「義母上と……面識が……?」
「あろうとなかろうと、親しくもない者にそれを説明する義理はない」
ただ、この時点で既に苛立っていた私は、ジーノの疑問をすっぱりと切り捨ててしまったのだが、さすがにそこまでいくと引っ込みがつかなくなっていたようだった。
睨みつけるよう――と言うか、間違いなく、ジーノの目は私を睨みつけていた。
「彼女には才能がある!彼女なら、ユングベリ商会なら、北部少数民族と王宮との橋渡しが出来る!私はバリエンダールでの彼女しか知らないが、それでも過保護と狭量と牽制との三重奏が彼女の周りで鳴り響いているくらいのことは分かる!いくらなんでも狭量がすぎよう!」
既に建物の中ではなく、集会場に向けて外を歩いていたこともあり、やや声高になっていた面はあったかも知れない。
私の感情を逆なでするに、それは充分な声と内容だった。
「……ジーノ・フォサーティ……いったい、何様のつもりだ……?」
げっ、マズっ……などと洩らしているリックの声は、私の鼓膜をすり抜けていき、その声とともに冷ややかな風が吹き始めていた。
「何重奏でも良いが、それを彼女自身あるいは彼女の親しい周囲の者から言われるのであればともかく、赤の他人、他国の宰相令息ごときにそれを言われる筋合いだけは、まかり間違っても存在しないぞ」
「しかし、あれでは彼女は――――」
まだ言うか。
そう思った時点で、私の中の何かが完全に吹き飛んだ気がした。
「結局おまえは、私の立ち位置にとって代わりたいだけだろう!」
そう叫んだ私の声と共に、王宮を覆った氷柱以上の氷の塊が、足元から辺りに凄まじいスピードで広がって行ったのだ。
だが私はそれには頓着をせず、私はジーノに威圧をかける。
私自身が魔力を自由自在に操れる訳ではないが、威圧を向ければ魔力もそれに引っ張られて「暴れ度」が上がる気がしたからだ。
片手で額を覆いながらぶつぶつと何か呟いているリックの前髪も、冷気にさらされたせいか、少し濡れている。
「ごめん、妹よ。不甲斐ない兄を許せ……」
そんな内容だったかも知れないが、それさえも無感動にすり抜けて行く。
まだ〝鷹の眼〟の中でも若手部類に入るらしいグザヴィエとコトヴァは「そうか、これが噂のキヴェカス山脈での氷漬け疑似体験か」と思っていたとか、いなかったとか。
「己の欲望を美辞麗句で包んだ挙句に話の論点をすりかえただけ、おまえごとき小物にレイナが靡くと思うな!」
もう、何がどこまで凍っていたかなどと、私の知るところではなくなっていた。
「おまえの義父にも言った。――彼女は私の半身。私の唯一無二。私が何重奏を奏でようと、彼女はいつでも、ただひとりの観客として、傍にいてくれる。10年、いや、百年たっても宰相家など門前払いにしてくれる」
――異母姉上、ギーレン王位継承権放棄への署名に対する感謝と対価は、どうやらこの瞬間に払いきってしまったようだ。
***********************
いつも読んでいただいて、有難うございます!
この度、このお話の書籍化が決まりました!
詳しくは近況ボードをご覧下さいm(_ _)m
すみません、毎日の連載分を書くのと、書籍化関連作業、皆様へのtwitter、なろう、カクヨム、アルファポリスそれぞれに頂いたお祝いに返信する時間の確保が両立出来ていません……(´;ω;`)
連載頑張りつつ、少しずつ返信させて頂きますので、お時間下さい!
族長夫人が私とジーノに付いて部屋を出ようとした際、目が醒めたのか体調が悪化したのか、いずれにせよ様子を見に行くので、ジーノに先に私を連れて集会場に行くようにとの指示があった――と、ユレルミ族の言語で会話したジーノが、その内容を私に歩きながら説明した。
「それと」
と、族長夫人の言葉を伝えるジーノの表情は、一般人が見れば無表情と言えるのかも知れないが、私からすれば「気に入らない」と、ハッキリと書かれている表情だった。
「ランツァ伯母上――族長夫人が、話し合いが長引くと、日が傾いてしまうかも知れない。今日はここに宿泊して、明日の朝追いかけて行かれてもこちらは構わない、と」
気に入らないのはお互い様だ、とよほど言ってやろうかと思ったが、館から我々を見送る族長夫人の妙な笑顔と威圧感に、ジーノだけではなく私も、それを口に出来ない空気を悟ってしまった。
「……いや」
だからせいぜい、私の最優先がどこにあるのかと言う事を主張しておく。
「レイナがいないと言うのであれば、ここに留まる理由はない。元々、テオドル大公付の書記官と言う臨時の仕事が済んだ後は、互いに休暇をとって、共に過ごす筈だった。いないのなら、いるところまで迎えに行くまでの話だ。族長たちには現状を説明して貰えればそれで良い」
休暇、と言った時点でグザヴィエとコトヴァがこめかみを痙攣らせていたが、そこは無視だ。
バリエンダール側の人間に、事情を説明してやる義理も必要もない。
「……失礼ですが」
そして案の定、私が敢えて、レイナがどこぞの宰相令息ごときになびくなどありえないと言外に含め置いてみたところ、ジーノの表情が無から険しいものへと少しその段階を上げていた。
「ご婚約されているとは聞いていますが、後々彼女から商会を取り上げるおつもりなのですか?」
「……何?」
「普通に考えれば、公爵夫人と商会の責任者との両立など、どちらかが名ばかりだったとしても成立するかどうか……そしてその振る舞いを拝見している限りは、籠の中に閉じ込めて愛でようとされているようにしか思えない」
「……おかしなことを言う」
恐らくはこのあたりから、私の中にある感情と魔力、双方が私の手を離れようとしていた。
「次期宰相候補と言われている者に、なぜそれを言われなくてはならない。フォサーティ宰相家とて公爵家相当の家格を持つ。キアラ夫人が王都ではない島に留まって、社交界に出ていないからと言って、次の代でも同じように出来ると思うか?結局フォサーティ宰相は側室夫人を娶ることになった挙句、いらぬ騒動の種を振りまいている。私に彼女の立場云々を指図出来ると思うな」
「……っ」
どうやら、異母姉と言う名を私の口から聞くとは思わなかったらしく、ジーノはそこで一瞬怯んでいた。
この男、存外義理の父母とは良い関係を築いているようだ。成り上がるために利用をしているようには見えなかった。
「義母上と……面識が……?」
「あろうとなかろうと、親しくもない者にそれを説明する義理はない」
ただ、この時点で既に苛立っていた私は、ジーノの疑問をすっぱりと切り捨ててしまったのだが、さすがにそこまでいくと引っ込みがつかなくなっていたようだった。
睨みつけるよう――と言うか、間違いなく、ジーノの目は私を睨みつけていた。
「彼女には才能がある!彼女なら、ユングベリ商会なら、北部少数民族と王宮との橋渡しが出来る!私はバリエンダールでの彼女しか知らないが、それでも過保護と狭量と牽制との三重奏が彼女の周りで鳴り響いているくらいのことは分かる!いくらなんでも狭量がすぎよう!」
既に建物の中ではなく、集会場に向けて外を歩いていたこともあり、やや声高になっていた面はあったかも知れない。
私の感情を逆なでするに、それは充分な声と内容だった。
「……ジーノ・フォサーティ……いったい、何様のつもりだ……?」
げっ、マズっ……などと洩らしているリックの声は、私の鼓膜をすり抜けていき、その声とともに冷ややかな風が吹き始めていた。
「何重奏でも良いが、それを彼女自身あるいは彼女の親しい周囲の者から言われるのであればともかく、赤の他人、他国の宰相令息ごときにそれを言われる筋合いだけは、まかり間違っても存在しないぞ」
「しかし、あれでは彼女は――――」
まだ言うか。
そう思った時点で、私の中の何かが完全に吹き飛んだ気がした。
「結局おまえは、私の立ち位置にとって代わりたいだけだろう!」
そう叫んだ私の声と共に、王宮を覆った氷柱以上の氷の塊が、足元から辺りに凄まじいスピードで広がって行ったのだ。
だが私はそれには頓着をせず、私はジーノに威圧をかける。
私自身が魔力を自由自在に操れる訳ではないが、威圧を向ければ魔力もそれに引っ張られて「暴れ度」が上がる気がしたからだ。
片手で額を覆いながらぶつぶつと何か呟いているリックの前髪も、冷気にさらされたせいか、少し濡れている。
「ごめん、妹よ。不甲斐ない兄を許せ……」
そんな内容だったかも知れないが、それさえも無感動にすり抜けて行く。
まだ〝鷹の眼〟の中でも若手部類に入るらしいグザヴィエとコトヴァは「そうか、これが噂のキヴェカス山脈での氷漬け疑似体験か」と思っていたとか、いなかったとか。
「己の欲望を美辞麗句で包んだ挙句に話の論点をすりかえただけ、おまえごとき小物にレイナが靡くと思うな!」
もう、何がどこまで凍っていたかなどと、私の知るところではなくなっていた。
「おまえの義父にも言った。――彼女は私の半身。私の唯一無二。私が何重奏を奏でようと、彼女はいつでも、ただひとりの観客として、傍にいてくれる。10年、いや、百年たっても宰相家など門前払いにしてくれる」
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