聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

569 先代宰相の秘蔵っ子

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 カティンカさんの店の周りには、20人前後くらいの人たちが、ガヤガヤとたむろしていた。

 エドヴァルド曰く、トーレン殿下の命日に合わせて来る時に比べると、少ない方なのだと言う。

「エウシェンは村といっても小さな集落の集合体で、だいたい4~5世帯で一つの所にまとまっている。そして、集落と集落との間は近い所もあれば、少し離れているところもある。私一人なら命日の時でも良いだろうと思っていたところが、貴女の話を聞いて急遽駆けつけたらこの人数になった――と言ったところだろうな」

 本来、エウシェン在住としてくくられるのは、だいたい170人前後らしい。

「へえ、そうなんです――」

 そうなんですね、と言おうとした筈だったんだけど、その時点で既に、自分の声以上のテンションの高い声が、あちらこちらから響いてきていた。

「公爵さま!そのかたがお嫁さんなのかい⁉」
「公爵さま!部下でも使用人でもなく、嫁さんなんだな⁉」
「公爵さま!紹介して下さい!」

 すごい。
 皆さんが、半信半疑どころじゃない表情かおで、エドヴァルドを取り囲もうとしている。

「ああ、分かった!分かったから押すな!」

 エドヴァルドがそう声を張った瞬間、村人全員の目が一斉にこちらを向いた。

「⁉」

 二十人近い人間が一斉にこちらを向くと言うのは、思っていたよりも怖い。

 そう言えば、ここに着いた時にカティンカさんと旦那さまであるフロウルさんにも名乗れていなかったかも知れない。

 私は内心でびくびくとしながら、軽めの〝カーテシー〟で頭を下げた。

「レ、レイナ・ユングベリと申します……」

 トゥーラ・オルセン嬢の様な、こちらに敵意をぶつけていた視線とは質が違う。
 王宮内で品定めにあっていた視線とも違う。

 ただただ好奇心の塊がいくつもぶち当たってくるのが、かえって怖いのだと学習した。

「レイナ、心配ない。ここにいる者の大半は、当時のトーレン殿下の部屋付だったり、王宮内警備担当だったりと、殿下の周囲にいた者も多いんだ。だからその分、少し距離が近い」

 そう、苦笑いを見せたエドヴァルドが私に手を差し出す。

 おずおずとそこに手を乗せれば、案の定、グイと抱き寄せられた。

「フロウルの言ったことは間違ってはいない。彼女は私の伴侶となる者だ。以後は私と、あるいはテオドル大公も交えて、毎年この地を訪れることになるだろう」

 おおっ!と、どこからともなく声があがる。

 その中のひとりが、エドヴァルドに向かって軽く片手を上げた。

「公爵さま、ユングベリと言うのは……」

 もしかしたら、手を上げたその男性は、多少アンジェス国の貴族事情に通じているのだろう。
 聞き覚えのない家名に、思わずと言ったていで疑問を呈したに違いなかった。

「ああ、おまえの疑問はもっともだ、ガエル。彼女はこの国の出身ではない。今はユングベリ商会の商会長だが、元々は今、ギーレンとのの地に留まる当代聖女の姉だ」

 エドヴァルドの言葉に、再び場がどよめく。

 シャルリーヌとの、聖女、聖女候補としての

 そう言えば舞菜いもうとがギーレンから戻って来ない理由を、そんな風に取り繕っていたなと、今更ながらに思い返す。

 やはり聖女の名は、その姉の名よりも通りが良い。
 おかげで、エドヴァルドに近付く不審人物扱いされないことは、有難いと思わないといけないのかも知れない。

「……レイナ」

 どうやら我知らず、手に力が入っていたらしい。
 慌てて我に返った私は、エドヴァルドに向かって出来るだけにこやかな笑みを浮かべてみせた。

「大丈夫です」
「分かった、戻って二人きりになったところで、全て吐き出せ」
「え」

 大丈夫です、と答えた私とは、ひどくかみ合わない答えがエドヴァルドからは返される。

 肩に回されていた手が、軽く私の頭を上下に滑った。

「当代聖女はギーレンに行ったが、彼女は私がこの国に留め置いた。聖女はともかく、彼女が姉だからと付き従う理由はないからな。近いうちに、養子縁組のめども立つ。彼女には、聖女の姉と言う肩書は外して貰い、近くイデオン公爵夫人を名乗って貰う。おまえが心配するようなことにはなるまいよ」

 頭を撫でながらも、答える口調には優しさの欠片もない。
 その落差に、ガエルと呼ばれた男性も、ややたじろいだ。

「そ……うですか。私が昔の伝手を掘り起こす必要はございませんか」

 どうやらこの男性、元はトーレン殿下の私的居住区の巡回を夜な夜な行っていた、警備責任者だったらしい。

「ああ。近いうちまた、その伝手は使わせて貰うことになるだろう」

 王宮の警備責任者が持つ王宮情報は、生命線であり、生き字引とさえ言われる。

 もしかすると、養子縁組に不満がある家があったとしてもそこを黙らせられる「何か」を持っている可能性があった。

 ……意外にここは、のんびりとした田舎だと言い切れない地域なのかも知れない。

「すまないね、公爵さま。みんな、殿下の命日に合わせて作物を育てるからね。どれも、今はまだ早いかも知れないよ。ただまあ、仮の祝いと思って持って帰っておくれよ!」

 ガエルが引き下がったところで、話題転換のために大きく手を打ち鳴らしたカティンカさんが、ひときわそこで声を張り上げた。

「しょうがないから、今日は大盤振る舞いだ!」

 その声に呼応するように「しょうがねぇなぁ!」とか「いやぁ……生きてるうちに公爵さまの嫁を拝める日が来るとはな……!」とか、本当に誰もが微塵も期待をしていなかったらしい声があがる。

 放っておいたら、私が拝まれそうな勢いだ。

「……ああ、なんとなく分かりました」

「レイナ?」

「きっとここの方々にとっては、エドヴァルド様は『公爵閣下』でも『宰相閣下』でもなく、あくまで『トーレン殿下の秘蔵っ子』なのかも知れないですね」

 セルヴァンやヨンナが、息子を見る目に近い空気を感じさせることがあるのに比べれば、ここの住民たちは、世代の変わったカティンカさん夫妻を除く大半が「孫を見る目」に近い目をしている気がする。

 エドヴァルドにしてみれば、トーレン殿下は父親のような存在だったみたいだけれど、実際の年齢差や、殿下に仕えていたであろう使用人たちの年齢を考えれば、その視点は、孫に対してのソレになるだろう。

「さあさ、馬車の前に色々と置いたからね。積み込む前に確かめとくれ!」

 カティンカさんは、聞こえていただろうけど、自分たちの側からは何も言わずに、明るく笑っただけだった。
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