聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

576 ファーストピアス

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 結果「ふつつかもの」と言う言葉は、ここでは通じなかった。
 なので、主に三通りの使われ方をしていると説明をしておいた。

・仕事の場においては、まだまだ未熟であることを謙遜の意味もこめて表現する。

・婚姻の場において、本人が自分のことを謙遜して述べる場合はもちろん、女性側の家族が新婦のことを謙遜して述べる場合にも使う。

・目上の人にお願いをする時にも使われる、へりくだり――自分自身を謙遜して、相手に敬意を示すための表現

「いずれにせよ謙遜の意味が主軸になると言うことかな」
「あらあら。義理とは言えこれから親子になるのだから、気にしなくて良いのよ?」

 私の説明を聞いたフォルシアン公爵夫妻は、そう言って微笑わらった。

「さて、場所を変えようか。婚約届の保証人署名もそうだが、その後の予定もざっくり相談しないとな」

「それと、ピアスですわね」

 フォルシアン公爵の隣で、エリサベト夫人がやんわりとそう言葉を足していた。

 何だろう、こう、テンション上がりまくりの夫を上手くフォローしている感が凄い。

「ふふ、ごめんなさいね?この人、忙しすぎるイデオン公爵様に手を貸せない自分をもどかしく思っている期間が結構あったものだから、今は嬉しくて仕方がないのよ」

「――――」

 どストレートなことを言われたエドヴァルドがさすがにちょっと固まっていて、フォルシアン公爵はと言えば「エリサベト……」と、困った様に眉を下げていた。

「イル……前にも言ったが、私がフォルシアン公爵領内をのはあくまで結果論で……」

「その話なら、私も同じことを言うぞ、エドヴァルド。周囲の雑音が、若すぎる公爵家当主に向いたからこそ、私は私の地盤の足固めが出来た。本来であれば、私がその立場にいただろうからな」

「…………」

 どうやらこのやりとりは、随分と前から繰り返されているらしい。

「はいはい、行きますわよアナタ。レイナ嬢がお好きなチョコレートドリンクも用意したのでしょう?」

 そして埒が明かないと判断したエリサベト夫人が、素早く夫の腕を取って、前を歩き出した。
 ……こちらに向かって片目を閉じながら。

「美女のウインクって破壊力抜群ですね……」
「何の話だ」

 理解不能、と顔に書いたままエドヴァルドが、エスコートではなく私の手を握った。

「えっと……」

「心配せずとも、貴女に同じことは求めていない。むしろあんなことをされて、万一にでも余計な虫が寄ってきたらどうしてくれる。貴女は何もせず私だけを見ていればそれで良い」

「……っ」

 いや、変われば変わるものだ――なんて歩く先で笑うフォルシアン公爵の声は、聞こえなかったことにしてもイイでしょうか……。

*          *          *

 移動した部屋のテーブルの上には、やれニードルだなんだと、明らかにピアス穴を開けるための小道具類が並べられていた。

 聞けばアンジェスでも、穴を開けた初日からいきなり婚約の証のピアスを付けたりはしないんだそうだ。

 まずは開けた穴を安定させる――仮止めファーストピアスの考え方が、こちらでも根付いているとのことだった。

「三週間ほどしたところで、再度つけ合うべきピアスを持って、またおいで。それまでに婚約届は提出して、高等法院の認可を仰ぐんだ。まあ犯罪歴でもない限りは、却下されることもないさ」

 そう言いながらフォルシアン公爵とエリサベト夫人が、ニードルの先に軟膏を塗った。
 軟膏を塗ることでニードルの滑りが良くなって、穴を開ける痛みも軽減できると言うことらしい。

「ユティラの時は、アムレアン侯爵夫妻が領からここへ来たんだ。そしてレクセル君とユティラがピアス用の穴を開けるのを補佐した」

 コルクを耳の裏側に当てて、ニードルの位置を安定させている。
 痛みをなるべく抑えるための方法と言う事らしい。

「今回は、私とエリサベト、二人の作業になるな。今更だが、テオドル大公でなくて良かったのか?婚約届の証人署名をして下さったくらいなら、ピアスの穴開けとて手伝って下さっただろうに」

 ニードルを耳たぶに対して直角に当て、ニードルをゆっくりと押し込む傍らで聞くと言うことは、あくまで聞いてみただけ、と言うスタンスな気がした。

「……今更だな」

 エドヴァルドの耳を触るフォルシアン公爵、と言うのは絵面的にちょっとシュールな気もしたけど、何せエドヴァルドが頑なに、私のピアスホールを開けるのは女性でないと許可しないと言い張ったのだ。

 結果、私のピアスホールはエリサベト夫人に開けて貰う形になった。

「まあ、おまえのココロの狭さはよく分かったから、とりあえず正しい面子とやり方は覚えておけ?自分が私の側に回った時に、間違ったコトは伝えるなよ」

 そもそもは、互いの両親が集うユティラ嬢の時のやり方が正しい。
 ただ、私もエドヴァルドも実両親を顔合わせさせることが出来ない。

 だから、あくまでイレギュラーとして認識しておけば良いと言うことなんだろう。

「ごめんなさいね、少し我慢してね?誰もが通る道だと思って」

 ニードルを手に、エリサベト夫人が申し訳なさそうにしている。
 いえいえ!と私は首を横に振った。

「お二人に開けて貰えて光栄です」
「まあ」

 仮止め期間中のピアスは、これも「フリードリーン」で用意をしてくれていたらしい。

 エドヴァルドの側に続いて、私の方もゆっくりと、ニードルが耳たぶに押し込まれた。
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