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第三部 宰相閣下の婚約者
578 愛称はいりません
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木のスティックについたチョコレートを、ホットミルクに溶かして飲むチョコレートドリンク。
テイクアウト不可で基本は〝ヘンリエッタ〟でしか味わえない一品。
フォルシアン公爵家主催のお茶会でも時々出るとの事だけど、それは出席する人やら時期やら色々と吟味され、毎回のことではないらしい。
「……そうやって見ると、年齢相応に見えますわね」
私がスティックチョコをホットミルクの中でくるくるとかき混ぜながら、ニコニコと微笑っていたのが見えたらしい。
エリサベト夫人が、口元を微かにほころばせていた。
「す、すみません」
「あら、いいのよ気にしなくて。そうそう、レイナ嬢は普段は何と?愛称とかはあるのかしら」
多分エリサベト夫人は会話の一環で普通に聞いてくれたんだと思うけど、受け取る私の側の問題で、こめかみが痙攣ってしまうのを止められなかった。
「あ……えっと、その、元の家族はレナとか言ってましたけど、私は認めていないうえに嫌いだったので、むしろレイナと呼んで欲しいと周りにはお願いしてあるんです」
「あら」
「エドヴァルドも?」
フォルシアン公爵から視線を向けられたエドヴァルドも「ああ」と頷いてくれている。
「逆に周囲が誰も普通に呼ばなかったから、レイナがいいと言われた」
「ふうん……?」
「あら」
むしろレナだけは絶対にやめて下さいと、答えた私は――イヤな表情になっていなかっただろうか。
「しかしそれだと、エドヴァルドが拗ねそうだ。我々までが呼び捨てでは、特別さが出ないだろう」
「……いや、それはいいんだ。レイナの国の言葉で、二人の間でしか通じない名を決めてある。だからいいんだ」
青藍と紫烏は手紙のやりとりにおいてのみと決めた名前だけれど、それでも、エドヴァルドは「自分たちの間でのみ通じる名」として、それはそれで気に入ってくれているみたいだった。
「ならせめて、私たちは公の場以外では『レイナちゃん』にしましょうか、アナタ」
夫人はともかく、フォルシアン公爵の方もそれでいいのかと一瞬思ったけれど、フォルシアン公爵は私の頭の中を見透かしたかの様に「我が最愛の仰る通りに」と、どこか楽しげに、恭しく一礼していた。
「この書類を提出した後は、貴女はレイナ・フォルシアンになる。きっと今、イデオン公爵家のしきたりのことも学んでいるんだとは思うが、我がフォルシアン公爵家のこともある程度学んで貰わないといけないだろうね」
「……よろしいんですか?」
養子縁組を結ぶとは言え、私が「フォルシアン公爵令嬢」となる期間はそこまで長くはない。
逆に知らないままでいた方が良いこともあるのではないだろうか。
複雑な表情を浮かべた私に「気にしなくて良い」と、フォルシアン公爵は微笑った。
「既にカカオの件でも色々と貢献して貰っているしね。さしてやましいこともないし、どこに出しても恥ずかしくない〝フォルシアン家の娘〟としてのあれこれを学んで貰おうとは思っているよ」
「けれどレイナちゃん、ユングベリ商会の商会長として、もうあれこれ決まっている予定もあるでしょう?逆に私たちにもある程度教えて貰うことになるのだけれど……」
特許権絡みの話が山ほどある現状、夫妻の方こそ私に気を遣ってくれているようだ。
私は無意識のうちにエドヴァルドを見ていたようで、エドヴァルドの右手が、いつの間にかそっと頭に置かれていた。
「……どのみち、今、ユセフがヤンネの事務所助手なのだから、伏せるような秘密も何もない。しいて言うならそちらの雇用契約延長の話が必要になるかも知れないくらいだ」
確かに、とフォルシアン公爵も苦笑している。
「その件はその件で、またオノレ子爵との話し合いも必要かも知れんな」
「ああ」
もう、反省しているとかしていないとかの次元を通り越した量の仕事があり、ユセフもヤンネの事務所で、抜けられない「沼」にハマっているようなものだった。
「あの、一応ユングベリ商会の本店にと考えて、押さえてあるお店があって」
正確には、フェリクス・ヘルマンのセカンドライン商品をメインに、バーレント領の特産品を中心に取り扱っていくつもりのお店だ。
そろそろ手つかずから卒業して、業者との打ち合わせ等をしなくてはならない時期にきていた。
「えーっと……明日は、王都商業ギルドと、中心街にあるその店舗候補のところへ行って、打ち合わせをしようかとざっくり考えていました」
ふむ、と腕組をして考える姿勢を見せるフォルシアン公爵とは対照的に、今初めて明日の予定を聞いたエドヴァルドは、微かに身じろぎをしていた。
まさかダメとか言うつもりなんだろうか。
「あら、じゃあそれ、私が付き添いましょうか」
「⁉」
エリサベト夫人の思わぬ申し出に、私、エドヴァルド、フォルシアン公爵と三者三様に目を瞠った。
「合間合間にフォルシアン家のことも教えられますし、何よりユセフが関わっていることも同時に知ることが出来るでしょうから、こちらにとっても悪い話じゃないと思いません、アナタ?」
「……なるほどね。一理あるかも知れないね。エドヴァルド、どのみち我々は三者会談の詰めを行うのに王宮へ行かねばならない。心配なら我が家の護衛ではなく、イデオン公爵家の護衛をつけても構わない。エリサベトに付き添いをして貰う形で良いか?」
「――――」
エドヴァルドは何か、断る口実はないかと考えているみたいだったけど、フォルシアン公爵の「どのみち閉じ込めておけないのだから、こちらの目の届く範囲で動いて貰え」との一言に、折れたみたいだった。
中心街に行く、は今思いついたことだったけど、どうやらそのまま現実の予定になりそうだった。
テイクアウト不可で基本は〝ヘンリエッタ〟でしか味わえない一品。
フォルシアン公爵家主催のお茶会でも時々出るとの事だけど、それは出席する人やら時期やら色々と吟味され、毎回のことではないらしい。
「……そうやって見ると、年齢相応に見えますわね」
私がスティックチョコをホットミルクの中でくるくるとかき混ぜながら、ニコニコと微笑っていたのが見えたらしい。
エリサベト夫人が、口元を微かにほころばせていた。
「す、すみません」
「あら、いいのよ気にしなくて。そうそう、レイナ嬢は普段は何と?愛称とかはあるのかしら」
多分エリサベト夫人は会話の一環で普通に聞いてくれたんだと思うけど、受け取る私の側の問題で、こめかみが痙攣ってしまうのを止められなかった。
「あ……えっと、その、元の家族はレナとか言ってましたけど、私は認めていないうえに嫌いだったので、むしろレイナと呼んで欲しいと周りにはお願いしてあるんです」
「あら」
「エドヴァルドも?」
フォルシアン公爵から視線を向けられたエドヴァルドも「ああ」と頷いてくれている。
「逆に周囲が誰も普通に呼ばなかったから、レイナがいいと言われた」
「ふうん……?」
「あら」
むしろレナだけは絶対にやめて下さいと、答えた私は――イヤな表情になっていなかっただろうか。
「しかしそれだと、エドヴァルドが拗ねそうだ。我々までが呼び捨てでは、特別さが出ないだろう」
「……いや、それはいいんだ。レイナの国の言葉で、二人の間でしか通じない名を決めてある。だからいいんだ」
青藍と紫烏は手紙のやりとりにおいてのみと決めた名前だけれど、それでも、エドヴァルドは「自分たちの間でのみ通じる名」として、それはそれで気に入ってくれているみたいだった。
「ならせめて、私たちは公の場以外では『レイナちゃん』にしましょうか、アナタ」
夫人はともかく、フォルシアン公爵の方もそれでいいのかと一瞬思ったけれど、フォルシアン公爵は私の頭の中を見透かしたかの様に「我が最愛の仰る通りに」と、どこか楽しげに、恭しく一礼していた。
「この書類を提出した後は、貴女はレイナ・フォルシアンになる。きっと今、イデオン公爵家のしきたりのことも学んでいるんだとは思うが、我がフォルシアン公爵家のこともある程度学んで貰わないといけないだろうね」
「……よろしいんですか?」
養子縁組を結ぶとは言え、私が「フォルシアン公爵令嬢」となる期間はそこまで長くはない。
逆に知らないままでいた方が良いこともあるのではないだろうか。
複雑な表情を浮かべた私に「気にしなくて良い」と、フォルシアン公爵は微笑った。
「既にカカオの件でも色々と貢献して貰っているしね。さしてやましいこともないし、どこに出しても恥ずかしくない〝フォルシアン家の娘〟としてのあれこれを学んで貰おうとは思っているよ」
「けれどレイナちゃん、ユングベリ商会の商会長として、もうあれこれ決まっている予定もあるでしょう?逆に私たちにもある程度教えて貰うことになるのだけれど……」
特許権絡みの話が山ほどある現状、夫妻の方こそ私に気を遣ってくれているようだ。
私は無意識のうちにエドヴァルドを見ていたようで、エドヴァルドの右手が、いつの間にかそっと頭に置かれていた。
「……どのみち、今、ユセフがヤンネの事務所助手なのだから、伏せるような秘密も何もない。しいて言うならそちらの雇用契約延長の話が必要になるかも知れないくらいだ」
確かに、とフォルシアン公爵も苦笑している。
「その件はその件で、またオノレ子爵との話し合いも必要かも知れんな」
「ああ」
もう、反省しているとかしていないとかの次元を通り越した量の仕事があり、ユセフもヤンネの事務所で、抜けられない「沼」にハマっているようなものだった。
「あの、一応ユングベリ商会の本店にと考えて、押さえてあるお店があって」
正確には、フェリクス・ヘルマンのセカンドライン商品をメインに、バーレント領の特産品を中心に取り扱っていくつもりのお店だ。
そろそろ手つかずから卒業して、業者との打ち合わせ等をしなくてはならない時期にきていた。
「えーっと……明日は、王都商業ギルドと、中心街にあるその店舗候補のところへ行って、打ち合わせをしようかとざっくり考えていました」
ふむ、と腕組をして考える姿勢を見せるフォルシアン公爵とは対照的に、今初めて明日の予定を聞いたエドヴァルドは、微かに身じろぎをしていた。
まさかダメとか言うつもりなんだろうか。
「あら、じゃあそれ、私が付き添いましょうか」
「⁉」
エリサベト夫人の思わぬ申し出に、私、エドヴァルド、フォルシアン公爵と三者三様に目を瞠った。
「合間合間にフォルシアン家のことも教えられますし、何よりユセフが関わっていることも同時に知ることが出来るでしょうから、こちらにとっても悪い話じゃないと思いません、アナタ?」
「……なるほどね。一理あるかも知れないね。エドヴァルド、どのみち我々は三者会談の詰めを行うのに王宮へ行かねばならない。心配なら我が家の護衛ではなく、イデオン公爵家の護衛をつけても構わない。エリサベトに付き添いをして貰う形で良いか?」
「――――」
エドヴァルドは何か、断る口実はないかと考えているみたいだったけど、フォルシアン公爵の「どのみち閉じ込めておけないのだから、こちらの目の届く範囲で動いて貰え」との一言に、折れたみたいだった。
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